37.新たなる武器、新たなる力(ゲルマニアSIDE)
37.新たなる武器、新たなる力(ゲルマニアSIDE)
アーサリンがウィルマとの戦いに勝利し、一人前のAMパイロットとして認められたまさにその日、クリンバッハ城には叙勲式を終えたマルグリットたちが帰還していた。
「はぁ……ああいう堅苦しい式典はほんと嫌ねぇ。肩が凝っちゃったわぁ」
数日ぶりに自分の研究室に戻ったアネットが、白衣をだらしなく着崩したいつもの格好でソファに寝そべっている。
「フフフ……フォッカー博士は私と同じだな。私もその手の式典はどうにも性に合わん」
向かいのソファに座っているのはマクシーネ・インメルマンである。彼女はアネットにとってゲルマニアに亡命して間もない頃からの知り合いであり、アルバトロスD.IIの性能を最初に内外に示してくれた盟友でもあるのだ。
「そういえば、少佐はまだ東部戦線に戻らなくていいのぉ?」
「ああ、もしも式典が順延になったときのことも考えて、今回の出向は余裕を持ってスケジュールが組まれていたからな。少なくともあと一週間はこちらに滞在してもいいことになっている」
「うふふ、こっちのほうが強敵揃いの最前線なのに、まるでバカンスにみたいに言うのねえ」
「どちらでも同じことさ。私にとっては強い相手と戦える戦場こそが最高の居場所だ。東部へ帰る前に、ここでもう一働きさせてもらおうと思っている」
「さすがに今度ばかりはインゴルスハイムの連中に同情するわねぇ。帝国最強の赤い薔薇とリールの虎が、空と地上から同時に襲ってくるだなんて」
「そういえば、フライヤーユニットの改修はもう終わったのか?」
「ええ、私が不在の間にも作業班の娘たちが頑張ってくれてたから。それに……パイルバンカーに代わる新型武器も完成したわ」
「ほう……それはなかなか興味深いな」
「これからリヒトホーフェン大尉の部隊にそれをお披露目することになっているの。少佐も見に来る?」
「ぜひ拝見させてもうらおうか。アネット・フォッカーの創り出した新型武器とやらを」
「ふふ……じゃあドックまで一緒に行きましょう」
アネットはソファから身を起こすと、マクシーネを伴って城のAM格納庫へと向かった。
「リヒトホーフェン大尉、みんな揃ってるかしらぁ?」
アネットとマクシーネが格納庫に到着すると、そこにはすでにパイロットたちが集まっていた。誰に誘われたのか、マクシーネの部下たち三人もいる。
「ああ、全員揃っているぞ。さっそく新型武器とやらの説明をしてもらえるか」
マルグリットの胸には三つのプール・ル・メリット勲章と、受章したばかりの赤い薔薇が輝いている。ブルーマックスもそうだが、この勲章を贈られた者は常にそれを身につけることが義務付けられているのだ。だがマルグリットはそれを誇るでもなく、驕るでもなく、彼女には以前と全く変わった様子はない。他者と比べることでしか自らの価値を測れないヘルミーネと違い、マルグリットの誇りはあくまで自分自身の中にしかないのだ。
「まあまあ、慌てないでぇ。それよりも、前に言われたフライヤーユニットの問題点を改良したところから見てちょうだいよ」
「ああ、そちらのほうが重要だな。ではそちらから頼む」
「……その言い方もちょっと引っ掛かるけど……まあいいわ。そこにあるリヒトホーフェン大尉のアルバトロスを見てちょうだい」
アネットが後ろを指差すと、パイロット全員が振り向いてそちらに注目する。そこにあったのはマルグリットの乗機である赤いアルバトロスD.IIだった。
―― ゴゴォォォォン………… ――
アネットが整備用ハンガーにあるスイッチ入れると、ハンガーごと機体が百八十度回転する。すると機体の背面がこちらを向き、以前よりも複雑な機構を組み込まれたフライヤーユニットがその威容を現した。
「おお……!」
マルグリットが思わず感嘆の声を漏らす。
以前のフライヤーユニットは、中央にあるタービンに二対の翼が直に溶接されていた。それに対して今のユニットには翼を繋ぐ部分の近くに格子状のフレームが組まれ、タービンのすぐ横には上下に伸びたレールのようなものも見られる。
「これが、あなたたちの要望を参考に改良した実戦型フライヤーユニットよ。試しに翼を動かしてみたいから、誰か乗ってみてもらえる?」
「テオドラ、乗ってやれ」
「はっ!」
マクシーネがそばにいたテオドラに、マルグリットの機体に乗るよう命じた。これを使うのはマルグリットの部隊なのだから、全員がその挙動を見ておいたほうがいいだろうという配慮だ。
テオドラは小さな体で素早く機体の真下へと走ってゆき、ウインチワイヤーに掴まって操縦席へと滑り込む。そして軍服の上着とワイシャツのボタンを全部外すと、その豊満な胸を操縦ユニットに押し付けた。たちまちGETSから機体へとエネルギーが供給され、アイカメラのランプが点灯する。
「システム立ち上がったみたいね。じゃあテオドラちゃん、モニターのすぐ右にあるスイッチを押してみてもらえる?」
「はい、了解です」
―― ゴゥゥゥゥ…………ン ――
テオドラがスイッチを入れると、フライヤーユニットの翼が動き出し、V字型に傾きはじめた。格子状のフレームがマジックハンドのように変形し、翼の向きを変えているのだ。さらに完全に真上を向いたところで、翼がレールに沿って下がっていく。
―― ガシュゥゥゥゥン………… ――
フレームの動きが完全に停止すると、翼は見事に折りたたまれていた。しかもただ上を向けただけではなく、頭上の障害物にも当たらないよう、少し下にずらす工夫までしてある。これならバックパックの両サイドに少し長めのバズーカ砲でも担いでいるのとさほど変わらない。
「うん、スムーズに動いてるわね。完全に収納し終わるまで十秒かかってないわ。テオドラちゃん、もう降りてきてもいいわよぉ」
「はい」
ボタンを留めて胸を隠したテオドラが操縦席から降りてくる。
「うむ、素晴らしい。これならば地上に下りて接近戦を挑まれても邪魔にはなるまい」
「当たり前でしょう? 克服すべき弱点をクリアしてないようじゃ、改良とは呼べないわよぉ」
「さすがはアネット・フォッカー博士だ。貴女が我が陣営にいてくれたことに心から感謝する」
マルグリットがアネットに最大級の賛辞を贈る。だがアネットの望みはこの敬意がゲルマニアだけでなく、連合国全土からも向けられることなのだ。
「さて……次はお待ちかねの新型武器ね。誰か、そこにある物にかかってるシーツを取っ払ってくれなぁい?」
アネットが少し離れた場所にあった長い物体を指差すと、一番近くにいたヴェロニカがそこにかけられたシーツを引っ張って取り去った。
「む……?」
「こ、これって……」
マルグリットやローラ、そして他のパイロットたちも意表を突かれたような顔をしていた。そこにあったのは、中世ヨーロッパの馬上試合で使われていたような円錐形の槍だったのだ。
「これが新型の武器ぃ? ただの古臭い槍じゃない」
この部隊の中で最も空気の読めない女であるブリュンヒルデが、思ったことをそのまま口にする。だが他のパイロットたちも口には出さないだけで、みな同じ事を思っていた。
「失礼ねぇ。私が作ったものが“ただの”槍なわけないでしょう? よく見てよぉ」
「よく見てって……ん? なんなのこの穴。それに持ち手の部分にトリガーが付いてるじゃない」
その槍には、手元に近いほうの表面に四つの穴が開いていた。槍の先端側から見ると、円の中心から円周までのちょうど中間あたりに、四つの点が等間隔で配置されている格好だ。それはよく見ると銃口であり、手元の引鉄を引くことでそこから弾丸が発射されるようになっていた。
「これこそ私が開発した新兵器、『ガンランス』よぉ。今までの機銃みたいに照星と照門(リアサイト)を合わせなくても、槍の先端を敵に向けて撃てばそのまま照準が合うようになってるの」
「ええー……さんざん勿体つけて、できたのがコレぇ?」
ブリュンヒルデがげんなりしたように顔をしかめる。
「『ええー』はこっちの台詞よぉ! あなたにはこの武器の有用性が分からないのぉ!? 構えて突進すればパイルバンカーと同じように敵の装甲を貫けるし、傘状の部分は反りの大きい曲面にしてあるから銃撃戦で敵の弾を逸らすことも、接近戦でパイルバンカーを受け流すことだってできるんだから! ちょっと練習すれば槍を地面に突き立ててインメルマン・ターンだって……いいえ、倒れ込む必要がなくなる分、今までよりも速いターンだってできるかもしれないわよぉ?」
アネットがブリュンヒルデに向かって、ガンランスの利点を一気にまくし立てた。たしかにそう言われてみると、かなり汎用性の高い武器にも思えてくる。
「なにより、機銃とパイルバンカーの役目を一つの武器に集約することで、武器二つ分の重量をほぼ半分以下にまで軽量化できたんだからぁ」
それまで感心したように聞いていたパイロットたちが、一斉に「結局そこかよ!」とでも言いたげな顔をする。みなアネットの有能ぶりは認めているが、彼女の偏執的な軽量化へのこだわりにはさすがにちょっと引くものがあるのだ。
「ま、まあいいだろう。滞空時間を延ばすためにパイルバンカーを装備することができない以上、たしかにこれは使える武器だ」
「そうだな、攻撃だけでなく防御も可能という点から見ても、この武器は地上部隊にも配備する価値が十分にある」
マルグリットとマクシーネが揃ってガンランスの有用性を肯定する。最も現場を知るこの二人のお墨付きがあれば、軍の上層部もこの武器をアルバトロスD.IIのメイン兵装として制式採用してくれるに違いない。
「隊長さんたちは気に入ってくれたようでなによりだわぁ。まあフライヤーユニットの改良点もそうだけど、本当は地上に下りる前に勝負をつけて欲しいところなんだけどねぇ」
「それに関しては善処する」
「それでリヒトホーフェン大尉、これで連合軍の連中を蹴散らすための準備が整ったわけだが………いつインゴルスハイム基地を叩き潰す?」
「ファルケンハイン閣下は『戻り次第すぐにでも』と仰いました。ならば――」
「明日――か」
「はい。明日――」
出撃は、明朝と決まった。




