36.成長の証
36.成長の証
クリスティーナの死から二十日が経った。しばらくふさぎ込んでいたジャクリーンとシェリルも任務に戻れるようになり、この数日間はアーサリンの特訓にも付き合っている。
今日がいよいよ約束の一ヶ月目だ。アーサリンはパイロットスーツに身を包み、プラスチック製の空砲弾が装填された機銃とパイルバンカーだけを装備したトライプに乗り込むと、グラウンドに出てルネの指示を待った。
「(クリスちゃん……見ててね。私、必ずパイロットになってみせるから)」
グラウンドにはルネだけでなく、トマサや哨戒任務に出ていない非番のパイロットたちもみな揃っている。ここしばらくの間、任務のとき以外ほぼ付きっきりでアーサリンを指導してきたシャルロットはもちろん、他のメンバーも興味深そうにテストの行方を見守っていた。
「それでは、これからアーティちゃんがAMパイロットとして相応しいかどうかのテストを行います。相手はウィルマちゃん、お願いね」
「はぁい……」
アーサリンと同型のトライプの中で、まだ眠そうなウィルマが舟を漕ぎながら返事をする。
「ルールは簡単よ、制限時間は十分。どんな方法、どんな形でもいいから、アーティちゃんがウィルマちゃんに一発でも弾丸、もしくはパイルバンカーを当てられたら合格とします。ウィルマちゃんの攻撃がアーティちゃんにクリーンヒットして、それが実戦なら撃破されるダメージだと私が判断した場合は試合を止めるわね」
「はいっ!」
「りょーかい……」
「それでは、始めっ!」
―― ズガガガガガガガガガ! ――
早く終わらせて再び眠りたいのか、ウィルマはルネの合図と同時に、西部劇のガンマンも真っ青な早さで機銃を撃ち込んできた。
―― ギャゥゥゥゥン! ――
それと同時に、アーサリンは右足を軸に百八十度バック旋回して弾丸を全てかわした。そして彼女はさらに旋回を続けて元の位置に戻ると、ウィルマのトライプに向けて機銃を発射する。前に自分がされたことを、そっくりそのままやり返したのだ。
「面倒くさがりのビショップ中尉なら、絶対にいきなり撃ってくると思っていました!」
「お?」
ウィルマが素早く反応し、弾丸を右へとかわす。そのときアーサリンはすでに左に動いていて、ウィルマの死角へ入り込もうと距離を詰めてきていた。
「おおー……」
ウィルマは感心したように声を漏らしながらも、相手の踏み込みと同じだけ下がりつつ機銃を右へと掃射する。アーサリンはそれに当たらないよう左へ進みながら、さらに加速して距離を詰めにいった。
相手が機関銃を連射・掃射してくるとき、左右に動いて逃げようとしても必ずそのうち当たってしまう。撃つほうはその場で体の向きを変えればいいだけなのに対し、避けるほうは移動しなければならない距離が長い分、速く動く必要があるからだ。同じ距離を保って相手の周囲を回るにしても、円の中心にいるほうが動きが小さくて済む。その不利を被らないためには、今アーサリンがやっているようになるべく距離を詰め、回らなければならない円周の距離を縮めるしかない。
―― ギュィィィン! ――
ウィルマはいったん離れようとするのを諦め、その場で片足だけを引いてアーサリンのほうへと向き直る。そしてアーサリンのトライプを正面に捉えてから、そのまま少しだけバックして距離をとった。
回り込みという技は相手の攻撃を誘い、それをギリギリでかわすことで崩れた体勢の死角へと入り込むものである。ゆえにその技術を持った者同士が戦う場合、先に攻撃したほうが不利になることが多い。だからこそ敵の姿を正面に捉えながら、ウィルマは続けて攻撃しようとしなかったのだ。
銃を撃つか、踏み込んでパイルバンカーを叩き込むか、微妙な距離を保ちつつ二機のトライプが向かい合う。ウィルマもアーサリンの成長ぶりに多少眠気が覚めたようで、下手に動こうとはしない。とはいえこのまま無駄に睨み合いを続ければ、時間を区切られているアーサリンのほうが不利になるだけだ。
―― ギュゥゥゥゥン! ――
アーサリンが距離を詰め、パイルバンカーの装着された左腕でパンチをくり出す。ウィルマはそれを待ってましたとばかりに右手で捌くと、右前方に踏み込んでアーサリンの左後方へと回り込もうとした。だが次の瞬間――
―― ドギャァン! ――
「んぐっ……!?」
激しい金属音とともにウィルマのトライプが一瞬宙に浮き上がった。姿は見えないがウィルマは左後方にいると分かっていたアーサリンが、右足を引きつつ背後のトライプにバックスピンエルボーを叩き込んだのだ。ここ数日の特訓で、彼女がシャルロットから身体で教え込まれた技だった。
これは回り込みを行うときに最も警戒しなければならない返し技の一つであり、普段ならウィルマほどの天才が食らうような技ではない。だが最初から左のパンチを囮にしようと決めてくり出された無駄のない動きと、アーサリンがこの技を身につけているのを知らなかったことによる油断が彼女の反射神経を鈍らせた。
「痛たた……やったなぁ」
機体が大きく跳ねたことで衝撃を受け、操縦ユニットに胸を打ち付けたウィルマが苦悶の声を漏らす。パイルバンカーによる攻撃ではなかったので合格にはならないが、アーサリンが初めてウィルマに一撃を加えた瞬間だった。
「おぉぉぉ……すっげぇ…………ちゃんとAM同士の戦闘になってるよ」
二人の戦闘を見ていたエダが、感動のあまり体をぶるりと震わせながら呟く。
「フン……私が二十日以上も指導したのですから、あれぐらいできてもらわなければ困ります」
「んなこと言って、愛弟子の成長が嬉しいんじゃねえのか? ほれほれ、素直に言っちまえよ~♪」
「お黙りなさい野蛮人!」
エダとシャルロットがそんな会話をしている間に、二機のトライプはさらに激しい戦いを繰り広げていた。
ときに離れて銃撃戦を行い、ときに近づいて見事な接近戦の駆け引きを見せ、アーサリンのトライプはウィルマのトライプに勝るとも劣らない動きをしている。これならば十分に一人前のAMパイロットといっていいだろう。ルネも満足そうな顔で二機の戦いを見守っていた、そんなとき――
「あっ!?」
ふとした瞬間に、アーサリンのトライプが完全に背後を取られた。先ほどあえて囮にしたときとは違い、漫然とくり出したパンチを捌かれたのだ。
バックスピンエルボーをくり出すには判断が遅すぎた。今から慌てて技を出したところで、容易く防がれてしまうだろう。
「ふふふ……もらったぁ」
気の抜けた掛け声とともに、ウィルマがアーサリンのトライプを後ろに引き倒そうとする。だがアーサリンは倒される瞬間も諦めることなく、機銃の引鉄を引き続けた。
―― スタタタタタタタタタタタン! ――
仰向けの状態であらぬ方向に放たれた銃弾は、無論どこにも命中することなく全て外れた。そして後ろに倒された衝撃で操縦ユニットからアーサリンの体が離れ、動けなくなっているトライプを跨ぐようにしてウィルマがパイルバンカーを構える。
このままでは、また胸にパイルバンカーを打ち込まれて撃破扱いになってしまうだろう。今までどんなに素晴らしい戦いぶりを見せていようと、そうなってしまえば不合格だ。
アーサリンが飛び起きて再び操縦環を握ると、モニターにパイルバンカーを構えたトライプが映し出された。それを見た彼女は懸命に機体を暴れさせ、ウィルマの体勢を崩そうとする。
「おっとっと……と……」
―― ドスン! ――
機体が前のめりになったせいでパイルバンカーの狙いが逸れ、右脇腹のすぐ隣に突き立てられる。アーサリンはその隙を逃がさず、パイルバンカーの装着された左腕を右脇に抱え込んで動きを封じた。
「なにをするー。はなせー」
これだけ密着した状態では、右手に持っている機銃で撃つこともできない。ガッチリとロックされた左腕を放させるため、ウィルマは機銃を捨てて右のパンチでアーサリンのトライプを殴りはじめた。
―― ガァン! ゴォン! ぐゎしゃん! ――
「はなせー」
ウィルマは右のショートフックで執拗にトライプの左脇腹を殴り続ける。そのたびに機体が激しく揺れ、アーサリンの薄い胸板に衝撃が加わる。
「くっ……は、放すもんかぁ……」
この状態でいくら粘ったところで、もはやアーサリンに逆転の目はない。残り時間もあと一分を切っている。ルネはこれ以上アーサリンを苦しめないため、テストの中止を宣言しようとした。
「ウィルマちゃん、そこまでよ。このテストはここで――」
「待ってください!」
ルネのそばに置かれた無線機から、アーサリンの叫び声が聞こえた。
「アーティちゃん?」
「もう少し……もう少しだけやらせてください! 絶対に……絶対に勝ってみせますから……!」
「でも……その体勢からじゃなにもできないでしょう?」
「お願いします……時間ギリギリまでやらせてください」
「…………分かったわ。あなたの納得いくまでやってみなさい」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
そう言ったところで、ここからウィルマのトライプに有効打を浴びせる方法などありはしない。機銃を持っていた右腕は相手のパイルバンカーを封じるために放すことができないし、自分のパイルバンカーは馬乗りになられたときに足で押さえつけられているのだ。にもかかわらず、アーサリンはなぜ諦めようとしないのか。
状況は膠着したまま、時間だけが過ぎていった。ウィルマもさすがに疲れたのか、もう殴るのも止めて時間切れを待つことにしたらしい。ルネは手元の懐中時計を見ながら、終了の合図をするために最後の秒読みに入った。
「十……九……八……七……六……五……」
もはや万事休すかと誰もが思っていた。ただしアーサリン以外は――である。
そして、ルネが残り四秒のカウントをしようとしたそのとき――
―― バララララララララァン! ――
「!?」
突然、ウィルマが乗っているトライプのコックピット内に甲高い音が響いた。これは装甲板に銃弾が撃ち込まれたときの音に似ている
「さ、さすがのビショップ中尉でも……音も殺気も出さずに降ってくる雨を避けるなんて……できませんよね?」
アーサリンが苦しそうな顔をしながらも、勝ち誇ったようににやりと笑う。
そう、ウィルマのトライプの背中に命中したのは、先ほどアーサリンが最後に撃った弾丸だった。普通ならばAMの機銃で上空を撃つことはできないが、仰向けに倒される直前であれば銃口を真上に向けることができる。そうして撃った弾丸が、天に唾する者はそれが自分に返るという慣用句のとおり、推力を失ったところで自由落下してきたのである。アーサリンが真上に向けて弾丸をばら撒いたのは半ば偶然であり、もう半分も悪足掻きに過ぎない。しかしその悪足掻きがもたらした逆転の可能性に気付いたからこそ、彼女は必死にウィルマのトライプを弾丸の落下点である自分の真上に縛り付けていたのだ。
とはいえ、これが有効打と認められるかどうかは甚だ疑問である。アーサリンの言うとおり、引力に従って落下してくるだけの弾丸からは殺気を感じ取れないということを利用して見事にウィルマの裏をかきはした。しかし実戦でこれをやったところで、敵には装甲が少し傷つく程度のダメージしか与えられないからだ。
「少佐は『どんな方法、どんな形でもいい』から一発当てろって、最初に仰いましたよね」
アーサリンが念を押すようにルネに語りかける。ルネはそれを黙って聞いていたが、小さく「ふぅ」とため息をつくと、顔を上げてこう言った。
「アーサリン・ロイ・ブラウン准尉、合格よ。今日からあなたを一人前のパイロットとして認め、任務に就くことを許可します」
「や……やったぁ…………」
アーサリンが力尽きたように操縦ユニットから体を放すと、動力の落ちた機体もまたパイロットと同じようにぐったりと動かなくなった。
「……よろしいのですか? このような決着を勝利と認めても」
ラモーナがルネに問いかけた。
「いいのよ。私が見たかったのは技術的なことよりも、最後まで勝とう、生き延びようとする意思を持っているかどうかなんだから。AMのパイロットに一番必要なのは前に出る勇気……でもそれは死を恐れない勇気じゃなくて、最後まで生きようとする勇気でしょう?」
「ふっ……そうですね」
「よっしゃぁ! よくやったぞアーサリン!」
「ほんっと……ギリギリでしたわね」
「よかったねアーティ……クリスもきっと喜んでるよ……」
パイロットたちがこぞって二機のトライプに駆け寄っていく。その歓声を聞きながら、アーサリンは心地よい疲労感に包まれていた。そして――
「おーい。そろそろ放してくれないと、私ここから出られないんだけどー」
ウィルマはコックピットに突っ伏したまま、薄型テレビに跨った猫のような格好で呟いた。




