27.新しい友達
27.新しい友達
先の戦いから二週間が経過したが、その間戦闘は一度も行われず、インゴルスハイム基地では平穏な日々が続いていた。
圧倒的に優位だったはずのゲルマニア軍が半月近くも沈黙を保っていたのは、もちろん敵のパイロットたちがベルリンへの帰還準備に追われていたせいもある。だが一番の理由はフライヤーユニットの改良が終わるまでの間、敵が試作型での飛行訓練に集中していたためだ。そのおかげで連合軍側もAMの改修や訓練のための十分な期間を取ることができているのだが、彼女たちにはそれを知る由もない。
現在インゴルスハイム基地では敵が攻めて来るのを警戒し、三方に哨戒を出すようにしていた。北東のヴァイセンブルクと北西のショーネンブール通り、さらに敵が空を飛べるようになったことで一直線に山を下りてくる可能性も出てきたため、北西のクルプル方面にもAMを向かわせている。九人のエースたちがそれぞれ三方面を、八時間ごとの三交替制で見張るのだ。
敵の出撃を確認した者は発煙筒、夜間なら閃光弾を打ち上げてその方向を知らせ、残った二機のうち近いほうの一機が救援に向かい、その間にもう一機が基地に戻って援軍を呼ぶという備えだった。
アーサリンが一人前のAMパイロットになるための特訓を始めてから三日――彼女はウィルマやラモーナだけでなく、他のパイロットたちとも模擬戦を繰り返していた。指導役のウィルマやラモーナが哨戒任務中、もしくは就寝しているとき、手の空いている者に指導してもらうのだ。
「はぁ……私って、やっぱり才能ないのかなぁ……」
午前と午後で十時間以上にも及ぶ特訓を終え、疲れきったアーサリンはプレイルームのソファに身を投げ出した。
ジョルジーヌの負傷以来、いまいち打ち解けることのできないシャルロットと隊長のルネを除き、すでにアーサリンは七人のエースたち全員に相手をしてもらっていた。だがこの三日間、未だその七人のうち誰にも、弾の一発すら当てられていない。
「えっと……ブラウン准尉でしたよね? お疲れ様です」
ふと声をかけられ、アーサリンが後ろにのけ反らせていた頭を起こす。
「あ、えっと……あなたは……ホワイト少尉?」
声をかけてきたのは、新人の一人であるジャクリーン・ホワイトだった。三つ編みのお下げが純朴そうな、とても優しげな雰囲気の少女だ。
「そうです! 名前、覚えててくれたんですね」
「い、いえっ。こちらこそ」
「特訓、大変ですね。准尉はまだ実戦経験はないんでしたっけ?」
「ええ……でもそれ以前に、一ヶ月後にテストがあって、それで認められないと実戦には出さないって隊長から言われてるんです」
「ええっ? そうなんですか?」
「私、胸が小さいからトライプを動かすのが精一杯だし、そのうえ操縦の才能もないみたいで……本当にどうしようかと」
「だ、大丈夫ですよ! 私だってキャメルを動かすの結構ギリギリですし、コリショー大尉になんてそれこそ手も足も出ませんし」
「そんなこと自慢にならないでしょ。まあ、大尉が強すぎってのは認めるけど」
アーサリンとジャクリーンの会話に、突然別の少女が割り込んできた。
彼女もジャクリーンと同じく新人の一人で、名前をクリスティーナ・ドレーパーという。前髪をオールバックにした広い額と、人を見下すような三白眼の視線が高慢な印象を与えるが、話し方や声のトーンはそれと相反するように明るい。
クリスティーナは夕食に出たフライドポテトを指でつまみ、ポリポリとかじっていた。
「それに……あんたがどれだけダメかをいくら力説したところで、ブラウン准尉の実力が伸びなきゃ根本的な解決にならないでしょうが」
「も、もう! うるさいなぁクリスは」
「ねえ、シェリルはどう思う?」
クリスティーナが振り返りながら声をかけると、隣のテーブルでビリヤードに興じていた少女がこちらに視線を向けてきた。
「……さあ? 私たちの実力でアドバイスできることなんてないと思うけど」
球を打つのを中断し、声をかけられた少女が立ち上がる。
彼女の名はシェリル・ローワ。新しくやって来た三人のうちの一人だ。
顔だけを見ればおそらくまだ十代の少女なのだろうが。身長が恐ろしく高い。明らかに百八十センチは超えているだろう。
「ええー、それ言っちゃあおしまいでしょ。この子だって私たちと同じRUK軍の仲間なんだから、仲良くしてあげましょうよ」
「そ、そうだよシェリル」
「別に仲間外れにするつもりはないんだけど……私たちがなにかアドバイスできるほど強くないってのは本当でしょ」
シェリルの言うことはいちいち尤もなのだが、クリスティーナは呆れたように両手を広げてかぶりを振る。
「シェリルはほんとノリ悪いわねぇ。私たちでなんとかコリショー大尉に勝つ方法を考えようとか思わないわけ?」
「いくら考えたところで方法の問題じゃないと思うよ。AMの操縦なんて直感的なものなんだから慣れるしかないし」
「それじゃあ私たちは経験値の差でずっと追いつけないってことになるじゃない!」
「そこまで言ってないけど……」
この三人は士官学校の訓練生時代からの同期なのであろうか、とても仲が良いのが傍目にも分かる。
もしヴィルヘルミナも自分と同じ連合軍側にいてくれたなら、こんなふうにお互い笑い合えたのだろうか。
親友のことを思い出し、アーサリンは少しだけ顔を曇らせた。
「そういえばさ、なんでブラウン准尉は准尉なの? 普通、AMパイロットになったら士官学校を出てなくても少尉扱いになるもんでしょ」
クリスティーナの言うとおり、通常であれば士官学校を卒業した者の階級は少尉となるのが一般的だ。そうでない叩き上げの兵士であっても、志願してAMパイロットとなった者は少尉扱いとなるのが通例だった。
「私の場合、ちょっと事情が特殊でして……私、元々は諜報部の幕僚志望だったんです」
「ああ、大隊幕僚って普通は上級曹長がなるものですよね」
「なるほど。それで一度階級が曹長になっちゃったから、途中でAMパイロットに志願したからっていきなり少尉は無理ってわけか」
「そうなんです。さすがに一気に二階級特進はできないらしくて」
「あはは! それじゃまるで戦死扱いね」
「クリス!」
ジャクリーンがクリスティーナを叱りつける。
「冗談よ。でも、それなら実戦に出て敵を一機でも倒せば、すぐに少尉昇進になるかもね」
「別に階級にはこだわってないんですけどね。どうしてもやりたいことがあって……」
「やりたいことって、なんですか?」
「…………ここだけの話にしていただけますか?」
「なになに、そんなにヤバい話なわけ?」
「これは隊長にも話していないことなんですけど……実は先日の戦闘で、昔の親友がゲルマニア軍にいることが分かったんです。それもクリンバッハ城のAM部隊に」
「えぇぇっ!?」
「クリス、声大きい」
シェリルが大声で叫んだクリスティーナを注意する。デリケートな問題なので、他のパイロットたちに聞かれないようにと気を使ったのだ。
「私、その子を止めたいんです。なんとか投降するように説得できればいいんですけど……」
「もしもその親友さんが説得に応じなかったら?」
「彼女、リヒトホーフェンに心酔しているみたいで……だからリヒトホーフェンが倒されれば、彼女がゲルマニア軍にいる理由もなくなるかなって」
たしかにヴィルヘルミナが忠誠を誓っているのは、ゲルマニアという国家というよりもリヒトホーフェンという恩人といっていい。しかし彼女がAMパイロットになろうとしたそもそもの動機は、移民として迫害されている家族の社会的地位を回復させるためであることをアーサリンは知らない。
「それで自分がリヒトホーフェンを倒そうって? だけどそれやっちゃったら、あんたその子に一生怨まれると思うわよ?」
「それも最初から覚悟のうえです。私は怨まれたっていい……連合軍がゲルマニアに勝利したとき、彼女が軍人でなければ軍事裁判にかけられることはないでしょうから」
「そういうことね……よぉし! こうなったら私たちもブラウン准尉に協力してあげましょ。とりあえずは准尉がビショップ中尉に一発当てられるように」
「そうだね。私たちにできることは少ないかもしれないけど、ブラウン准尉に協力してあげるのは賛成」
「ハァ……しょうがないわね。私も付き合うわ」
「じゃあブラウン准尉、明日からは一緒に特訓ね」
「は、はいっ。みなさん、ありがとうございます!」
「いいのよお礼なんて。親友のためにあんなに頑張れるなんて、私、あなたのこと気に入っちゃった」
「あ、あの……それと、私のことはアーサリンか、もしくはアーティで構いませんよ。歳もそんなに違わないみたいですし」
「そう? じゃあ私のこともクリスティーナ、クリスでもいいわよ」
「私もジャクリーンで構いません」
「私も、シェリルで構わない」
「はいっ。明日からよろしくお願いしますね」
四人が顔を見合わせ、にこりと笑い合う。
ここ数日張り詰めていたアーサリンの心は、新たな友人を得たことで久しぶりに暖かい気持ちに包まれていた。




