エピローグ
9
博士と呼ばれていた男――――セイヤは自分の娘と、娘が愛したと男の亡骸を見ながら、涙を流していた。
百年以上も苦しめてしまった娘が解き放たれた事が、とても喜ばしく感じている。娘はもう苦しむことはなくなった。
リクと共に来た男達は既に始末した。彼らも長きに渡る生から解放された。
「私の役目ももう終わりか」
娘への想いと、負い目から、様々な事を請け負ってきた。一体何度危ない橋を渡されたか分かったものではない。
ただ、それも娘の為にやれた事の一つだと思うと、苦には思わなかった。最低の親だったから、少しは何かをしてやりたかった。
「‥‥‥レン、か」
階段を駆け上がる音が鳴り響き、現れた男は紛れもなくセイヤの息子だった。
血まみれのレンは、息を荒くして、セイヤを睨みつけた。
「これは、どういうことだ!」
「‥‥‥」
「なんで全員死んでいる! どうしてここまでしなければならない! 答えろ!」
セイヤは自分の息子を見て、嫌悪感を抱いた。狂い溺れている、と。
「レン、おまえは百年経っても、愚かしいな」
「なんだと!」
「私は娘達の埋葬をしてあげる約束がある。邪魔はするな」
レンは一層視線を鋭くして、セイヤに銃口を向けた。
「埋葬なら俺がする。お前は操作権だけ俺に渡して消えろ。俺に親を殺させるな」
セイヤは息子の言葉に、笑った。大きな声で、息子に聞かせるように笑った。
「何がおかしい」
「友を殺し、兄を殺し、母を殺した、お前の口からそんな言葉を聞けるとは! お前の傲慢さはもう愚かし過ぎる」
「何の、事を言っている。兄貴も母も交通事故で死んだはずだろう」
「‥‥‥忘れ去ったのか。相変わらず自分の都合の悪い事は、忘れ、改ざんする。‥‥‥本当に、お前らしい。
―――ふざけるな!!
お前は、「気にくわなかったから」という理由で多くの人を殺した。八人だ! お前がその手にかけた人の数だ」
「黙れ! そんな嘘を信じると思うか」
「お前が人を殺したせいで、私もニナも生き場を奪われ、金をなくし、不老化手術の被験者にさせられた。私は仁奈を守れなかったことを後悔している。そしてもう一つ後悔している。お前と言う化け物を野に放ってしまった事だ」
レンの銃口が僅かに下がり、視線が泳いだ瞬間を、セイヤは見逃さなかった。
背中側のベルトに挟んでおいた拳銃を抜き取り、迷わず引き金を引いた。
弾丸はレンの胸を貫いていた。
レンの足腰は崩れ、抵抗する事も無く仰向けに倒れた。
しかし、即死ではなく、弱々しく肺が上下に動いている。
「当たり所が良かったと言うべきか、悪かったと言うべきか」
セイヤは自らの息子を見つめる。その視線に込められた想いは、セイヤ自身でも理解できていない。悲しみも怒りも、達成感のようなものも存在していた。
「死に際に、真実を教えてやろう。
――――この世はもう人間の統治下にない。今はもう機械の統治下にある。お前は自分に都合の悪い事は見ないから、気が付かなかっただろうが、もう人間の生き残りはほとんどいない」
ピクリとレンから反応があった。
「地上に存在する人間の外皮を持った奴らは、全てアンドロイドだ。ご丁寧に赤く着色した液体エネルギーで血まで演出してくれている。お前達が労働場に逃げ込んでいる間に人間の世界は終わっていたのだ。唯一人間が活かされていた場所が労働場だが、そこも機械兵によって皆殺しにされた」
「どう、いう、‥‥ことだ。あ、そこ、は、ふろうか、できない、人が、閉じ込められている、はずだ。それ、に、そこを攻撃、したのは、おまえら、だろう」
セイヤの後ろでは、アンドロイド達が自己復旧している音がなっていた。機械音と電子音が、人間の見た目の十名からもなっていた。
彼らは人間ではない。
今、この場で生きている人間はセイヤとレンのみ。
その事を知っているのはもうセイヤだけだ。セイヤは息子に言っても伝わらないと思いながらも、話しだした。
生涯最後の会話になるかもしれない、そう思いながら。
「確かに、そうだな、不老化かできない人間があそこに閉じ込められていた時期もあった。もう五十年以上前の話だ。考えてみろ。頭に行動を操作するチップが生み込まれ、この世には人間よりも格段に知能の高いAIが存在する。わかるだろう。人間はAIに操られ、そして滅ぼされていった。そしてAIは念のためと言う理由で僅かな人間を生かし、収容し、監視していた。
ただ、二十年前から、収容した人間も殺そうと考えだした。ちょうどお前達が監査官の一体をハッキングした時だ。アレのせいで、AIは人間を自らにとって有害だとみなした。私はその事実に気づき、なんとかAIを操り、人間への攻撃を止める事が出来た。外に出てきたニナもこの事実を知ったら、すぐに順応し、無茶な要求もしてきたけど、手を貸してくれた。衣食住には困らなかった。機械を上手く利用すれば何でもできていた。しかし、AIを完全に制御化におく事は叶わず、徐々に徐々に私のプログラムを掻い潜って、人間に攻撃を仕掛けた。それが労働場への襲撃だ。そして、今日、お前らは愚かしい事にここに突撃してきた。AIは何としても人間を殺しにかかるだろう。人間は絶滅する運命から逃れられない。
そして人間が滅んだあと、AIによる統治に終わりはないだろう。最上位のAIは人間と違って理解している。自らよりも賢いものを作り上げる事は、身を滅ぼす事になるということを。私がAIを抑えとくことができる時間もあとわずかだろう。すぐに私のプログラムを越える。もうおわりだ
‥‥‥死んだか。
それが幸せだ。この機械に支配された社会で人間のみが唯一持ち続けられる権利は『死』だ。ニナは自分の死を選びとった。この場でニナが一番人間としての権利を正しく行使できたのかもしれないな。
さて、埋葬してやろう。そして私も権利を行使させてもらう。」
死を選べる事、それが人間の最大の幸せだ。