後編
とある昼下がり。
団長が花屋の前で仁王立ちをしていて、大迷惑と言う報告を受けました。あの方は一体何をやっているのでしょう?と駆けつけてみれば
「贈り物の1つもしない男はクソだと言われた」
厄介事の前振りのようなお言葉。
手ごわい敵に立ち向かうような鋭い眼光に、心なしか花が萎れてきているような気がします。
店から引き離しつつ、どなたに言われたのです?と聞けば、昼に立ち寄った食事処の後ろにいた女たちがそのように話していたと。
それただの盗み聞き、と思いましたが、眉が繋がらんばかりに皺を寄せ苦悩していらっしゃるので、僭越ながらご注進申し上げました。
申し上げた言葉は異なりますが、つまる所
「無駄に悩むな。無駄だから。レイ・ロドリックに欲しいものを聞いて、それを渡すべし」
直接的ですが、外れのない方法です。団長にぴったり。
素直に顎を引いて了承した団長に、私はもう一つ助言させて頂きました。
「贈り物にリボンをかけたり、袋に入れたり、花を一輪添えたり、そう言った工夫を施してみては?些細な心遣いが心を掴むものですよ」
男は贈られた物自体を重視しますが、女性はそのシチュエーションを重視する傾向がございます。
男は結果を、女は過程を評価するとも言いましょうか。
団長はそうなのか、とそれも素直に受け入れてくれました。
しかし何でしょうか、団長のあんまりな残念具合は。
団長はレイ・ロドリックが欲した鶏を市場で仕入れ、きゅっと絞めたあと、どこからか取り出したレースのリボンでトサカを括っておりました。
もう、本当にアホかと。
「ありがとうございます!食べたかったんです。でも…その……」
リボンを見つつ、言葉を濁したレイ・ロドリックは
「副団長がした方が良いと言った」
団長が指さした方向を追い、物言いたげな視線を寄越してきました。
「……………」
団長と話し合う必要があるようです。
基本的かつ当たり前の贈り物心得を説いたあと、団長がレイ・ロドリックに贈ったのは母君の形見の品を加工した髪留めでございました。
これはお見事です。
わが国は髪結いの儀と言う仕来りがございます。
昔、未婚女性は髪を下ろし、既婚女性は結い上げると言う決まりがございました。
今は廃れ、女性は思い思いに好きな髪型をしておりますが、婚姻を交わす時に髪留めを贈ると言う伝統は残っております。
レイ・ロドリックは贈られた髪留めが、元は形見の鈴飾りであったとすぐに気づいたようです。
少し恐縮するようにそれを撫でてから、そして何かに気付いたように目を開きました。
「……この、花は…」
「故郷の花だと言ってただろう。お前が地面に描いた絵をもとに職人に伝えたから少し違うかもしれんが…」
見たことがないその美しき花は故郷にのみあるので、この地では見られないとレイ・ロドリックが寂しそうに笑ったのを団長は覚えておられたようです。
「……その、違うのか?」
何も言わずに、じっとそれを見ているレイ・ロドリックに団長は自信なさげに問いかけました。
「いいえ、これは桜です。俺の故郷に咲く…」
小さな声で呟いたレイ・ロドリックの目は心なしか潤んでいて、それを見た団長が怯んだのが分かりました。
「そ、そうか」
望郷の思いに捉われたのか、懐かしそうにその髪留めを見るレイ・ロドリックからそっとそれを取ると、団長は不器用な手つきでレイ・ロドリックの髪に付けました。
レイ・ロドリックの髪は珍しき艶やかな黒髪で、銀の髪留めが良く映えます。
その日よりレイ・ロドリックはその髪留めを常に身に付けるようになりました。
レイ・ロドリックの動きに合わせて鳴る、軽やかな鈴の音。
暫くもしないうちに、アレクはその音でレイ・ロドリックの場所を特定するようになり、鈴の音が聞こえていれば、きゃらきゃらと上機嫌。
それならば、と私は鈴が付いた玩具を持参してみました。レイ・ロドリックが傍にいない時でも、鈴の音であやせるのではないかと思いついたからです。
寝台で指をしゃぶっていたアレクは、鈴の音に反応し寝返りを打ちました。そして私の顔を見るなり
「お前かよーっ!がっかりだー!チョー不満!」
と言わんばかりにぎゃん泣き。
軽くショックを受けた私は、この出来事を告げようと団長を探しました。
鈴の音に反応して振り返った団長は私を見るなり、お前か、がっかりとアレクと全く同じ顔をなさいました。
このお二人、間違いなく親子です。
我が第五騎士団の任務は多岐に渡り、時として長く都を離れることもございます。
任務が終わり次第都に戻れるので、団長は精力的かつ異常なやる気を見せて取り組んでおられましたが、夜になると2人会いたさにしおしおと萎れておりました。
物思いにふけり、ため息を吐く合間に、鈴の玩具をリンリンと。
それ、団長をあやすために買ったのではないんですけど。
「あと半月ほどで戻れますので、ご辛抱ください」
「分かっている」
団長は夜な夜な遠くの方を見ながら、心を慰めるために鈴の玩具を鳴らしておりました。
放っておきたいところですが、何だっ、あれ!と団員が恐怖に慄いていて、私に訴え出てきました。大変迷惑です。
「泣いてはいないだろうか?」
「アレクは団長の有無に関わらず、元気に泣いていると思いますよ」
「アレクの話ではない」
団長はレイ・ロドリックの話をしているようです。
それはないです、きっぱり。
レイ・ロドリックは男たる者涙は見せん!と言う信条を持つ男気に溢れている方です。
「時折サクラを見ては、故郷を思っているようなのだ」
サクラと言うのはレイ・ロドリックの故郷に咲く艶やかな花なのだそうです。薄桃色で美しく咲き誇ったあとに、一瞬で散る潔い花。
髪留めに意匠されたそれは失った故郷を思い出せるのか、レイ・ロドリックは時たま団長に故郷の思い出を語りました。
懐かしそうに、けれど寂しそうに笑うレイ・ロドリックに団長は狼狽え
「故郷はどこにある?アレクが大きくなったら連れて行ってやる」
とおっしゃったそうですが、レイ・ロドリックは小さく首を振り
「ありがとうございます。でも帰る道が分からないほど遠きところですから…」
諦めたように呟きました。
レイ・ロドリックは気づけば故郷から離され、見知らぬ地に倒れていたそうです。
団長の命により密かにレイ・ロドリックの故郷ニホンを、歴史を浚って調べてみましたが、その名はどこにも存在しませんでした。
「故郷に戻れぬことをとうに受け入れ、ここで生きると言うが、それでも故郷の話をするときは寂しそうに笑う。俺はそれを見るたびに胸が締め付けられるように痛んで、守ってやらねばと思うのだ」
故郷を恋しく思いながら、それでもこの地で強く生きること諦めないレイ・ロドリックに団長は知らず心を動かしているようでした。
アレクを共に守る者から、己が守らねばならぬ存在として。
片方が変われば、もう片方も変わります。
自らを男だと思い、そして誰にも疑われることなかったレイ・ロドリックは団長に大事にされ、守られることで美しく変わっていきました。
日毎に美しくなるレイ・ロドリックと、そんな彼女に魅せられていく団長。
私は、当初の予定通りにアレクが2歳になれば国を出ると言うレイ・ロドリックの決意に難色を示しました。
自覚がないお二人の御心が分かっていたので。
しかし正式にレイ・ロドリックが団長と婚姻を結べる良き方法が思いつかぬまま約束の時を迎えてしまいます。
団長は由緒正しきお生まれで、それに対しレイ・ロドリックは出自が確かでない平民です。
お二人の関係が如何に変わろうともそれは変えられぬ事実。
そしてこの国では家同士が釣り合わぬ相手と婚姻を結ぶことは困難なことでありました。
私はせめてもと伝手を辿り、レイ・ロドリックに正しい性別と名を与えました。
「名は如何いたしますか?身元を探られにくくするのであれば、多少なりと手を加えた方がよろしいかと思います」
「…では、リン…リンレイと改めさせて頂きたいのです」
名の由来が分かるように、軽やかに鈴が鳴りました。
私は気が進まないまま、全騎士団の団長が集う軍法会議に合わせ、レイ・ロドリック改めリンレイ・フォードを国から出る手筈を整えました。
話し合いが決裂する予算会議や、各騎士団の報告を兼ねた情報交換、騎士団の優劣を競う団長同士の剣試合なども行うため、一週間は別邸に帰れぬと推察しておりました。
しかしここに来て計画を狂わす予想外の事件が。
各国で重罪人として手配されている盗賊団が、わが国の貴族の邸を襲い、命も金品も根こそぎ奪って行ったと。
軍法会議は延期、直ちにその盗賊団を捕えよと言う王の勅命が下りました。
全ての関所を封鎖し、厳重な検問を設置。
しかし私は何ら焦りを感じておりませんでした。
2人に与えた登録証は身元を確かに証明するものであるし、アルディーラを目指す弱り切った女性のみの一団を警備兵が止めることはほぼないと言えます。
しかしそれ以外にも予想外の出来事が。
普段ならば任務を第一とし、休みなく指示を出す団長がなぜか数刻で戻る故別邸に帰りたいと言い出しました。
私は焦りを隠し、努めて冷たく問いかけました。なぜ、この大事な任務の前にそのようなことをおっしゃるのかと。
「様子がおかしかった。体調が優れぬのかもしれない。アレクもいつも以上にくずっていた。今日を逃すと暫く帰れぬから、その前に一目見ておきたいのだ。安心しろ、その分は寝る時間を削って取り戻す」
「……………」
団長の勘が強いのか、リンレイ・フォードの隠し事が出来ぬ性質が悪いのか、はたまたその両方か、まずい展開になりそうです。
国を抜けてしまえば、リンレイ・フォードを探すことは難しくなる。しかし2人はまだ我が国の関所も抜けておらず。
私は思いつく限りの仕事を振り、理詰めで説き伏せましたが、思い立ったらすぐ行動が信条の団長。
あれ?姿が見えないと思ったら、慌てふためいた様子で戻って来られました。
いらんところでも迅速な行動力を発揮する方です。
「●※□♯▲~~~!」
何を言っているのか分かりませんが、何を言いたいのかは分かります。
別邸には誰もいなかったのですね。
団長の手に握られたリンレイ・フォードが残した手紙。
アレクと新しい地で新しい生活を始めること。
探さないで欲しいこと。
2年間幸せだった、もう十分だということ。
そして団長の幸せを願っていること。
そのようなことが男らしい力強い字で綴られています。
団長はしばし動きを固めたあと、その手紙を胸元にしまい
「指揮は中央関所で執る」
さっと身を翻しました。
「……はい」
わが国にある関所は5つ。その全てが他国への門となりますが、中でも中央関所が最も大きく開けております。
良好な関係を保っている隣国に通じており、また其の国は治安も良く、幼き子を抱えるリンレイ・フォードが通るだろうと団長は当たりを付けたようです。
残念ながら団長、その直感当たっています。
しかしそれでも私は焦りませんでした。
リンレイ・フォードとアレクの存在は公に出来ない。
団長の血を継ぐアレクを都合の悪い存在とする者たちは数多くいます。彼らによって2人が危険に晒されることを団長は重々承知しておりました。
つまり団長の目を掻い潜りさえすれば良い。
容易きことと私は思っておりました。
アルディーラを目指す女集団が関所の調べを受ける時、私は敢えて団長に話しかけ注意を逸らしました。
それなのに何なのでしょう、団長の野性の勘とリンレイ・フォードの詰めの甘さは。
リンレイ・フォードが唯一持ち出したあの鈴の髪留め。
団長はその一団が過ぎる時に、リンと小さく鳴った鈴の音を捉えていました。
「……………」
リンレイ・フォードの迂闊さにがっくりと膝をつきたくなりました。
「あの一団を、信頼できるものに追わせてくれ」
「……御意」
盗賊の捕縛は優先せねばならぬ任務です。それが分かっているからこそのご命令なのでしょう。
私は腕の立つ部下に命じ、後を追わせました。
これからの事を考えると先が思いやられます。リンレイ・フォードはこの国に留まる気はないのでしょうし、団長は手放す気など全くない。2人を婚姻させられる方法もない。
ないない尽くしの状態です。
しかしそのような懸念など吹っ飛ぶ知らせが届きました。
件の盗賊団の一味が山に潜んでいて、アルディーラを目指す一団が襲われたと。