第6話『蓮くんって凄いんだね!』
最近配信も順調なため、悠人くんのネットリテラシー講義も増えて来たのだが、裕二くんのSNSを絡めた歴史のお勉強というのも増えて来た。
「動員というのは非常に難しい物です。SNSで登録されている数。姫乃さんで言うのなら、チャンネル登録者の数ですね。この数がそのまま動員数に繋がるワケでは無いんです」
「そうなの?」
「はい。遥か昔、コミックマーケットというイベントがありまして、そのイベントにあるサークルという集まりが、同人誌という本を出したんです」
「……?」
「あぁ。細かい言葉は気にしなくても大丈夫ですよ。今話したのはあくまで土台の話。本題はここからです」
「うん」
「そのサークルにはチャンネル登録者が千人いました。サークル主は全員来る事は無いだろうから、半分程の人が買える本を用意すれば良いだろうと考えたんです。姫乃さんはこの判断が正しいと思いますか?」
「んー。どうかな。難しいけど」
私はうーんと唸りながら裕二くんの質問に悩み、考える。
そして、そのコミックマーケットの様子を考えつつ、私のチャンネル登録者の事を考えつつ、答えを出す。
「私は。うん。それで問題なかったと思う! 確かに買えない人が出るかもしれないから、少ないかもしれないけど。売れ残ったら悲しいもんね。千冊用意しちゃったら風邪とかで来れない人も居るかもしれないし」
「なるほど。姫乃さんは優しいですね」
「えへへ。そうかな」
「はい。そして、姫乃さんの答えは……」
「うんうん」
えへへと笑いながら、裕二くんに褒められたまま、裕二くんの「正解です! 流石は姫乃さんですね」という言葉を聞こうと待っていたのだが、
冷徹にも裕二くんは私の予想とは反して、予想もしていない様な答えを出してきた。
「不正解です」
「えぇ!? そうなの!? 千冊用意しなきゃって話!?」
「いいえ。それも違います」
「じゃ、じゃあ……八百冊くらい、とか?」
「……」
裕二くんは私の答えに一度言葉を止めてから小さく息を吐いた。
そして、眼鏡の奥のキラリと光る瞳を私に向けながらとても残酷な真実を告げる。
「17冊です」
「……え?」
「千人のフォロワー……チャンネル登録者を抱えるサークルが当日に売った本の数です」
「う、うそ……だよね」
「いえ。これは本当にあったお話です」
裕二くんは明日から雨が三年間振り続けます。とでも言うような冷たさで悲しくも、恐ろしい事実を静かに私に告げた。
いや、本当に恐ろしい。
私のチャンネル登録者32万人いるけど、ザックリ400人くらいしか集まらないって事でしょ?
勢いでライブ開かなくてよかったー。
「まー。もし売れ残ったら、俺が買ってやるよ。姫乃」
「えー? 蓮くんがー? いっぱいあるよ。買えるかな」
「へっ、俺の年収を知らないのか? なぁ、修」
「なぁじゃない。俺に話を振るな。というか自分の年収くらい自分で把握しとけ」
お兄ちゃんはどこか冷たく蓮くんを突き放しながらも、ビックリするような金額を教えてくれた。
なんと! 出前のピザ60万回分である。
そんなに頼んだ事ないけど!
「蓮くんって凄いんだね!」
「ふっ! まぁな!」
蓮くんは髪をかき上げながらどこか自慢げであり、裕二くんとお兄ちゃんは苦笑していたが、リビングにあるソファーでゴロゴロしていた悠人くんは半目になって蓮くんにツッコんだ。
「いや、蓮が稼げるのは後十年も無いでしょ。三十代も中頃になったらもう稼げないよ」
「ばぁか悠人。それまでに稼げるだけ稼いでおくんだよ。そしたら、その後は安泰だろうが」
「意外と蓮にしては考えてるね?」
「おう。修がそう言ってた」
「なるほど。修の仕込みか」
「俺を巻き込むなー。二人ともー」
いつもの様にお兄ちゃんと蓮くんと悠人くんはワイワイと軽い言葉をぶつけ合って笑い合う。
とても仲のいい友達みたいだ。
三人を見ていると、私も友達が欲しいなぁ。というような気持ちになる。
が、配信には女の子のフリをしている人たちしかおらず、本物の女の子は私くらいしか居ないようだ。
嬉しい様な、寂しい様な。という話である。
「ねぇねぇ。裕二くん」
「なんですか?」
「お金がいっぱいあったら嬉しいの? 幸せ?」
「ふむ。金銭の所有が幸福につながるか。中々に興味深い話題ですが……」
「ばぁか! 裕二! 姫乃が言いたいのは、そういう小難しい話じゃねぇだろ」
「……? では、どの様な話が」
「俺に任せとけ」
蓮くんは裕二くんの言葉を遮って、私の前で床にベタっと座り、あぐらをかく。
そして、少し乱暴に私の頭を撫でてから私の質問の、おそらくは最も欲しかったであろう回答を返してくれた。
「姫乃。なんで俺が金をいっぱい稼ぐか。分かるか?」
「ううん。全然」
「おぅ。それはな。俺たちの生活を続ける為なんだよ」
「生活を、続ける?」
「そう。生活を続ける為だ」
蓮くんの言葉に首を傾げながら彼の話を聞く。
「この世界には、いくつか決まりごとがあるんだが、その中に、一番怖い奴がある」
「……こわい、やつ」
「そうだ。それは、金の無くなった奴、生きる理由が無くなった奴は世界システムに還るっていう奴だ」
「……うん」
「この、世界システムに還るってのがどういう事かは分からないが、とにかくそこに行くと終わりだって事は教えられた。だから、金が無くなったら終わりって事だ」
私は蓮くんから語られる怖い話にブルリと体を震わせた。
終わり。終焉。それが一体何に繋がるのかは分からないが、とにかく怖い事が起きる事だけは分かった。
「だが、怖い話であると同時に、分かりやすい話でもある」
「……?」
「金がある限り、俺たちは永遠に離れ離れにならないって事だ。姫乃。俺が大金稼げば、俺たちはずっと一緒に居られるって事だ」
「っ」
蓮くんの言葉の意味が分かって、私はパァっと目の前に光が差すのを感じた。
永遠!
ずっと一緒に居られる!
「一応注釈はしておきますが、永遠に生きる事はおそらく不可能ですよ。肉体は、世界システムで再生処理を受ける事で老いる事はありませんし。最悪は記憶を引き継いだ再誕も行う事は出来るでしょうが、それでも金銭という限界があります。修さんがどれだけ節約しながら生活を整えて下さっているとしても、やはり限界はあるでしょう。先ほど悠人さんが仰ったように蓮さんも後十年もすれば新世代の方々に追いつけなくなりますしね」
「へっ! んな先の事はどうでも良いんだよ! それに! 俺が稼げなくなっても、悠人やお前が稼いでくれるんだろ?」
「それはまぁ……そうですが」
「なら、その時間は永遠さ。いつか終わりが来るとしても、その時間は永遠に等しい。そうだろ?」
分かる様な、分からない様な。
非常に難しい話であったが、私にも分かる話はあった。
「ならさ!」
「あん?」
「私も配信でお金いっぱい稼ぐ! 見てる人にいっぱい出して貰ったら、見てる人が世界システムに還っちゃうし、いっぱいは貰えないけど! それでも、少しずつ貰って、それで! みんなで一緒にいよ!」
私はアイドル配信を始めてから出来てくるいっぱいの夢に胸を躍らせながら立ち上がり、みんなに笑いかけた。
どうかな!
どうかな!?
私はみんなが「姫乃は天才だ!」と喜んでくれると思っていたのに、お兄ちゃん達はどこか微笑ましい顔をするばかりで。
まるで子供を見る様な目に、私はぶー! と文句を言うのだった。
天才的な発想だと思ったんだけどなー!
くっそー!
こうなったら、チャンネル登録者を増やして!
蓮くんみたいにいっぱい、いーっぱいお金を稼いでやるんだー!
いくぞー! おー!




