第4話『私、ライブやってみたいな……みんなと、同じ場所で』
配信で素顔を全世界に晒してしまうという失態を犯した日から三日。
私は配信を自粛し、いい子で生活を続けた。
裕二くんから個別授業を受けて、
悠人くんからネットリテラシーを学び、
蓮くんと一緒にサッカーで遊んで、
お兄ちゃんと一緒にお料理とお掃除を行う。
平穏な日常だ。
思えば、私はこういう生活の中に喜びを見いだして、静かに生活していた様な気がする。
しかし、私は熱狂に出会ってしまった。
輝きに魅入られてしまった。
アイドルスズナ。
その魅力に取りつかれてしまった。
故に。
「では、配信を始めます」
私は誰も居ない部屋の中、静かにそうパソコンに告げた。
誰に聞かせるでもなく、これから行う事を静かに世界に宣言するのだ。
「というワケで配信スタート!」
私はパソコンを起動してからいつもの様に配信を初めて、どこか懐かしい配信空間で視聴者に挨拶をした。
「おはよー」
『おはよう』
『今日も綺麗だね』
『まるで君を見ていると、美しいバラ園を見ているかの様だ』
「……なに? みんな、壊れた?」
『ひどっ!』
『みんなヒメノちゃんにアピールしてるんやで』
『前の時代は、こうやって交流してたらしいじゃん』
「いや、気持ち悪いから普通で良いよ。普通で」
『普通とは』
『普通に女の子が居ないからなぁ。だいぶ難しい』
『普通とは発言者にとっての平均的事象が言葉として現れた物であり、ヒメノちゃんの普通と我らの普通がー』
「あー! もう! 分かった! 分かったら! 難しい事言わないで! ぽーん! ってなっちゃう」
『かわいい』
『これが女の子かぁ』
『初めて見るわ。女の子』
「そんなにビックリする? 私は別に変な人じゃないよ。みんなと一緒」
『そうなんや』
『女の子はマシュマロみたいに柔らかいって聞いたんだけど、どうなん?』
「柔らかい、のかな? 分かんないけど。お兄ちゃん達よりは柔らかい気がする」
『ほえー』
『スライムみたいな感じかね』
『ぬいぐるみみたいなイメージだって聞いたぞ。柔らかくて壊れやすいんだそうだ』
『ふぁ!? 壊れやすいってヒメノちゃんは大丈夫なんか!?』
『金庫にでも入れておいた方が良いのでは?』
「いやいや。壊れやすいって言っても、別に私は普通に生きてるし……って、そうか。普通って駄目なんだっけ」
『別に駄目って事は無いから、使いやすいのならその方が良いで』
『せやせや』
『俺らにとっては普通じゃないかもしれないけど、ヒメノちゃんにとっては普通だろうしな』
『それにもしかしたら、この配信見てる女の子には伝わるかもしれん』
『女の子と女の子が出会う? 何それファンタジー』
『百万分の一の奇跡として書籍化しよう』
「私以外の女の子、かぁ……会ったこと無いから、よく分かんないなぁ」
『そら、俺らもヒメノちゃん以外の子には会った事ないし』
『ヒメノちゃんが顔出しするまで女の子なる存在が居るかどうかすら分からなかったからね』
『わかる』
『昔は表舞台に立つ女の子も結構いたけど、アイドルの女の子が刺されてからはすっかり姿を消しちゃったからなぁ』
『そらまぁ、身内の子が殺されるかも! なんて考えたら外に露出したくは無いだろ』
『隠しておくのが正解ってワケか』
『そう考えるとヒメノちゃんはよく周りに許して貰えたね?』
質問の様な確認の様なソレであったが。
私の内情に踏み込む様な質問に、私は少しばかり体を硬直させる。
悠人くんとやった、ネットリテラシーの奴だ……!
「あー、っと、えっとね」
『あ。ごめん。プライベートな事は話さなくて大丈夫だよ。話したくない質問はスルーでオーケー』
『そうそう。答えに困る質問は無視しよ。無視』
『俺らもよく分からんから、適当に質問しちゃうしな』
『いやー。悪い悪い』
先ほどの問い詰められている様な気配から、お兄ちゃん達と一緒に居る時の様な和やかな空気になったのを感じる。
緊張し、固まっていた心が少しだけ柔らかくなったのを感じた。
「うん。私は大丈夫。応えづらい質問は、ごめんなさい。応えられません」
『いいよー』
『気にしないで行こうぜ!』
「ありがとう。えっとね。それでさっきの質問なんだけど。ホントはね。ホントのホントは、みんな駄目だよーって言ってたの」
『あらら』
『そらそうか』
『俺だってヒメノちゃんみたいな可愛い妹が居たら、配信なんぞさせたくないからね。当然』
『それはそう』
「うん。嬉しいよ」
私は椅子の上に下ろしていた足を上げ、膝を抱えながら優しいお兄ちゃん達を思う。
心配しすぎと言えば、そうなんだろうけど。みんな私の事が心配で色々言っているのは分かった。
だから、あんまり我儘は言いたくないと思える。
「……私、アイドルになりたいの」
『アイドル?』
『昔の仕事だろ。ほら、アイドルスズナとか居たじゃん』
『あー。アレかー』
「キラキラ光が降り注ぐステージでさ。私、両手いっぱい広げて、クルクル回って、踊りたいの。けど、リアルでやるとスズナみたいになっちゃうからってお兄ちゃん達と話して配信でやろうってなったのね」
『ほーん』
『なるほど理解』
『まーアイドルスズナも、最後にゃあかなりの人集めたんだっけ?』
『特設の野外ステージ作って、動員数は驚異の五百万人』
『はえー。化け物で笑う』
『けどまぁ。確かに、ライブみたいな。そういうイベントがリアルにもあったら行ってみる気持ちは分かるなぁ』
「そうなの?」
私は小さくなりながら流れていくコメントを見ていたのだが、その中のコメントに目を向ける。
『そりゃそうだよ。こうして配信を見てるのも良いけどさ。現実には一人の部屋で配信を見てるだけだし。リアルなら、一体感っていうの? 同じ場所に居るっていう喜びもあるだろ?』
『わかる』
『友達同士で住むってのもアリだけど、何だかんだ別々の世界に生きてるしなぁ』
『同じ世界に生きて、同じものを見て楽しむっていうのは、ある種の憧れがあるよな』
「そうなんだ……」
私は曖昧なまま始めたアイドル配信に一つの目標を見出した様な気がした。
同じ世界に生きていても、結局は別々の場所で生きているというのは私も感じていたことで、お兄ちゃん達は優しくしてくれるけど、それでもお兄ちゃん達はお兄ちゃん達で、私は私。
同じな様に見えて、結局は別の場所に居る。
それが嫌で……。
「私、ライブやってみたいな……みんなと、同じ場所で」
『んー。それはどうかな』
『俺は反対』
『俺もー』
私は目を半分閉じながらいつかの日、お兄ちゃんと一緒に見た時の様に、スズナの様にライブをやりたいと思った。
しかし、コメントの反応は今までとは違って反対一色で。
私は少しだけ驚きながらモニターに顔を近づけて、コメント欄を凝視する。
「なんで反対なの?」
『そら。スズナが刺されたのも野外ライブだからな。もしヒメノちゃんがスズナと同じ事やって刺されたら後悔しても後悔しきれないっつー話で』
『確かにライブは楽しいだろけどさ。それでヒメノちゃんが居なくなっちゃうのは違うからな』
『そうそう。こうして配信してる所で楽しまなくては』
「むー」
『あらら。ご機嫌ナナメになってしまった』
『女の子、難しいな』
『しかし、気難しい女の子ほど可愛いという文献がありまして』
『古代人極まり過ぎだろ』
『俺らもいつかそうなっていくのだろうか』
『俺は笑ってるヒメノちゃんが好きだが!』
『はいはい』
『自分だけ良い子ちゃん止めてねー』
私はある意味で適当に進んでいくコメントの流れに怒りを霧散させて、ぷひゅーと息を吐いてから再び配信に意識を戻した。
そして、色々な話をしながら夜を過ごすのだった。




