第2話『私! アイドル頑張る!』
アイドルがやりたいとお兄ちゃんに訴えた日の翌日。
私はどーしても。というお兄ちゃんからのお願いを聞いて、お兄ちゃんのお友達で学校の先生をしている裕二くんの話を聞いていた。
正直、あんまり聞きたくはないケド。
でもでもでも!
お兄ちゃんのお願いも聞かないと、私のお願いも聞いてもらえないだろし。
私は良い子ちゃんの顔をしながら、チョコンとリビングのソファーに座って、裕二くんの話を聞く。
「遥か太古。まだ人類が男女の交わりによって子を為していた時代の話です。その頃は現代と違い、女性も数多く居たため、女性はその愛らしさを示す必要がありました。その為、アイドルというのは非常に人気の高い職業でした。しかし、今はそうなっておりません。何故か分かるでしょうか? 姫乃さん」
「分かんない!」
「……な、なるほど……分からない。と。なるほど」
「大丈夫か? 裕二」
「問題ありませんよ。この程度。えぇ。えぇ。本当に。問題は何も起こっていません。安心して下さい。修」
裕二くんは少しズレた眼鏡を直しつつ、お兄ちゃんからの視線に軽く答えた。
少しだけ汗をかいている様に見えるのは、私が答えられなくて焦っているからか。
いや、急にアイドルが人気じゃなくなった理由とか聞かれても分からないじゃんね?
昔の方がアイドルが輝いてたからとか?
「分かりました。話題を変えましょう」
「うん」
「現代社会において、夫婦関係というのはわざわざ構築する必要のない物です。何故なら子供は世界システムが生み出してくれるし、夫婦という枠に囚われず、私たちの様に、性別ではなく相性で共に居る相手を選ぶ事が重要だと考えられているからです。姫乃さんはまだまだ子供ですし。この辺りの話は少々難しいでしょう」
む……?
「確かに、世の中には愛という物を基軸にして、夫婦という関係を構築する人間もいます。しかし、姫乃さんにはまだ好きという感情も……」
「私、好きな人、居るんですけど」
「ある訳が……は?」
「な、な、なななな! 姫乃!? どういう事だ!」
「好きな人くらい居るよ。私だって」
「だ、誰だ!? 誰なんだ! 姫乃!?」
「姫乃さん!? ど、どどど、どういう事なんですか!?」
お兄ちゃんと裕二くんは突然慌て始め、ワイワイ、ギャイギャイと騒いでいる。
私がお兄ちゃんたちを好きな事って、そんなにおかしな事なのかな。
まぁ、良いけど。
「それで? 私の話はどうでも良いけど。お話はそれだけ?」
「あ、いや! それは!」
「無論、色々あるよ! 姫乃がアイドルを諦める為なら……! あ」
「あ」
「むー」
「ち、違うんだよ。姫乃」
「姫乃さん。話を聞いてください」
「もうお話はおしまい!! 私はアイドルでキラキラしたいの! じゃあね! お話終わり! お昼ご飯は、おうどんが食べたい!」
「りょ、了解だ。姫乃。最高のうどんを作るからな」
「うん! ありがと!!」
私はソファーから飛び降りて、そのまま部屋に向かって走って行った。
お兄ちゃんめ、まだ私の夢を諦めさせようとしていたとは……!
ぬぬぬ、今回は諦めないなぁー。
なんてやり取りを行った次の日。
私はお兄ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べていたんだけど。
お兄ちゃんが食事をしながら、妙に扉の方を気にしていて……。
裕二くんがまた何かしでかそうとしているのかな? なんて考えていたら、リビングの扉がバッと開かれて、蓮くんがいつもの明るい顔で現れた。
「よぅ! お前らー! 蓮様のご帰還だぞー!」
「おぉ! おぉ! 帰ったか! 蓮!」
「あぁ。今回のツアーは長かったがなー。無事のご帰還だっ!」
蓮くんはリビングに入って来るなり、お兄ちゃんとハイタッチをしつつ、世界大会の疲れなどは一切見せないまま私の隣にある椅子に座った。
お兄ちゃんや裕二くんとは違い、どこか乱暴な様子で座る為、椅子がギシッと悲鳴を上げている様にも見える。
お兄ちゃんよりも背の高い、怖い顔をした人だ。
けど、アイドルとは違った意味でキラキラした世界でバスケットボールの選手として活躍している人であり、私も身長がすんごく高ければ蓮くんに憧れたかもしれない。
まぁー。私はザックリ計算しても150センチで……190センチ以上ある蓮くんからすると、小さい小人みたいな感じだケド。
「姫乃。聞いたぜ? お前、キラキラした世界に憧れてるんだって?」
「うん。アイドルね」
「おーおー。アイドルってのはよく分かんねぇけどよ。バスケットボールコートも天井からの光でキラキラしてんだ」
「知ってるよ。ケド、私の夢はアイドルね。バスケットボールの選手じゃなくて」
「だからよー。俺とバスケットボールやろうぜ! 勿論、修や、裕二、悠人も誘ってさ」
「良いけど。バスケットボールやっても、私の夢はアイドルになる事だからね」
「なん……だと……?」
そんな心底驚いたみたいな顔をされても……。
というか、お兄ちゃんは蓮くんが私を説得できると思っていたのだろうか。
……。
流石に思ってはいないか。
そうだろうな。みたいな顔をして虚無を顔に付けているお兄ちゃんは微かな希望を……おそらく無理だろうけど、もしかしたら何か起きるかもしれない程度の希望を抱いて、蓮くんに話してみたのだろう。
なんだか逆に可哀想になって来た。
「ハァ……」
「ひ、姫乃。ご飯、美味しく無かったか?」
「ううん。全然。おいしかったよ。お兄ちゃん」
「そうか……!」
「けどね」
「あ、あぁ」
「私の夢は、アイドルになること。それは変わらないからね。ただ光ってれば良い訳じゃないの」
「ハイ」
しょぼくれるお兄ちゃんを見つつ、そろそろ諦めてくれないかなぁと思いながらも、何だかんだ言いつつ私の夢を諦めさせるという事以外でも、みんなでバスケットボールがやりたかった蓮くんと一緒に、私達は一緒にバスケットボールで遊んだ。
しかし、普段とは違い、悠人くんは部屋に閉じこもったまま出て来る事はなく。
私達は学校から帰って来た裕二くんを含めた四人でバスケットボールを楽しむのだった。
そして、この時、悠人くんが一緒に遊ばなかった理由を私は一週間後、知ることになる。
それは、いつもの様にお兄ちゃんと一緒に夕ご飯を食べていた時の事だ。
突然悠人くんの部屋の扉が開いて、ボサボサ頭の悠人くんが現れ、リビングにやってきた。
「……おはよう」
「おはようじゃない。悠人。もう夜だぞ。というか、風呂くらい入れ。なんだその格好は」
「う、ん……そうだね」
頭がうまく動いていないのか、悠人くんは欠伸をしながら目を半分閉じてゆらゆらと揺れている。
このままお風呂に入ったら窒息してしまうのではないか。
なんて考えていたら、急に悠人くんが衝撃発言を口にした。
「姫乃ちゃん。出来たよ。アイドル」
「……え?」
「僕らの希望と、君の希望。両方を叶える。アイドル。そう、ネットワークアイドル配信装置だ」
悠人くんの言葉に、私はガタっと椅子から立ち上がりながら悠人くんを見やる。
相変わらず、というか部屋から出て来てから悠人くんはフラフラ、ウトウトとしていたが、私が立ち上がった事で悠人くんの部屋に入ることが出来……たのだが、お兄ちゃんが掃除するまでは悠人くんの部屋に立ってはいけないと私を抱きかかえる。
そして、二人で悠人くんの部屋に入ると、暗い室内の中、煌々と光るパソコン画面に私が映っていた。
ニッコリと微笑んでおり、真っ白な翼と金色の輪が頭の上に浮かんでいる。
おぉー。凄い美化されている様な気がするけど、私だ……。多分、私。
「これはネットワーク空間での姫乃ちゃんの姿だ。見た目をそっくりにしたのは、その方が姫乃ちゃんが喜ぶと思ったから。なんだけど」
「うん! うん! これが良い! これが良いよ!」
「良かった。喜んでくれて……。それでね。僕らも、姫乃ちゃんが外でアイドル活動をするのは反対だ。昔、あー。なんとかっていう名前のアイドルが」
「スズナ、ね?」
「そうそう、スズナ、スズナだ。彼女みたいに誰かの悪意に晒されるのは見たくない、けれど、ネットワーク空間でアイドルをするのなら、姫乃ちゃんは家の中に居られるし、怖い事は何もない……と思うのだけど……」
「うん」
「姫乃ちゃんは、どう?」
伺うように。
実は私を除くみんなの中で一番私に近い身長を持つ悠人くんはお兄ちゃんに抱えられた私と視線を合わせながら首を傾げた。
どこか自信の無さそうなその姿は、私の答えに少し怯えている様にも見える。
が、私の答えは一つだ。
「最高! 最高だよ! 悠人くん!!」
「っ! そう、か……頑張ったかいがあったなぁ……」
「もしかして、悠人くんがずっと部屋に居たのって」
「あぁ。ずっとコレ、造ってた。世界にもこういうシステムはあるけど、人の物は信用できないし。せっかくだからってね」
「悠人くん……!」
へへ、と微かに笑う悠人くんに感動を覚えながら、私はお兄ちゃんに抱えられたまま腕を上げる。
決意はここに。
「私! アイドル頑張る!」
遂に私のアイドル生活のスタートである。




