第1話『お兄ちゃん……! 私、アイドル、やってみたいの……! 駄目……?』
「理不尽! 理不尽だよ!」
私は怒りのままに地団太を踏みながら、クールでいつだって冷静沈着なお兄ちゃんに叫んだのだが。
お兄ちゃんは少しだけ困ったような顔をしながらも、私の言葉には頷いてくれない。
私のお願いを受け入れてくれない。
いつもなら、二つ返事で、「それが姫乃の願いなら」なんて言ってくれるのに!!
「姫乃。例え理不尽であろうとも、こればかりは頷けないな。アイドルなんて、楽しい物ではないよ?」
「~~! けど、やってみたいの! 私もキャーキャー言われたいのー!」
「なんだって姫乃はそんなにアイドルをやってみたいんだい?」
身長180センチもあるお兄ちゃんは、150センチしかない私が話しやすい様にしゃがんで、地面に片膝を付けながら子供に問いかける様な声を私に向けた。
その瞳は純粋な疑問符だけが映っており、何か考えているとか、企んでいるとか。そういう物は一切見えない。
お兄ちゃんは純粋に私を心配しているだけだ。
が、ががが!
私の動機を聞きながらも、どうにかして私の行動を止めようとしているお兄ちゃんに靡く事は出来ない。
何故なら、アイドルをやるというのは私の憧れであったからだ。
幼い頃。
伝説的なアイドル『スズナ』のライブを見て。
全世界を熱狂させる様な歌声を聞いて!
妖精の様なステップと、ステージの上を踊るアイドルスズナの姿を見て!!
私は、あの光に憧れたのだ。
心が! 魂が! あの煌びやかな場所に囚われてしまったのだ!!
私もアイドルをやりたい! スズナの様になりたいと!!
「姫乃」
「う、うぅ……」
「唸っていても分からないよ?」
「あ、アイドル……に、なりたい、な……って思ったから」
「ふーむ」
お兄ちゃんはため息とも呆れともとれる様な息を吐いて、私を見つめる。
その瞳に責められている様な……いや、そうでなくともお兄ちゃんに呆れられてしまうというのは悲しい事なのだが……それはそれとして!
「お兄ちゃん……! 私、アイドル、やってみたいの……! 駄目……?」
「姫乃の願いだ。俺は駄目なんて言わないけどね」
「うん」
「姫乃も知っているだろう? スズナというアイドルの事。スズナが最期、どうなったのか」
「……うん」
「確かに姫乃は可愛いし、アイドルをやれば世界中の人が姫乃に夢中になるだろう。けどね。きっと楽しいだけでは終わらないよ。スズナだって、最期にはファンに刺されて殺された。そういうおかしな人を惹きつけてしまう可能性だってあるんだ」
「わかってる」
「なら、俺の言いたいことは分かるだろう?」
「アイドルになんて、ならないで……大人しく家の中で、ゴミみたいに小さくなって、過ごしなさいって事?」
「まさか! 姫乃にそんな残酷な事は言わないよ。俺は」
私は膝を地面についてなお、僅かに私よりも高いお兄ちゃんの顔を見上げる。
ウルウルと瞳を潤ませながら、お兄ちゃんを見つめた。
こうするとお兄ちゃんが酷く弱くなるのを知りながら。
「うーん。そうだね。じゃあ、蓮や悠人、裕二なんかも呼んで、みんなの前でアイドルをやるのはどうだろう。みんな姫乃のパフォーマンスを楽しみにしてくれると思うし、何ならリビングにステージを作ったって……」
「私……あいどる、やりたい」
「姫乃……」
「うぅ……ぐすっ。ふえぇぇ」
「泣かないで姫乃。お兄ちゃんが悪かった。お兄ちゃんは悪い奴だ。姫乃のお願いを否定するなんて。けどなぁ。アイドルは危ないんだよ? 姫乃。分かってくれないか?」
私はお兄ちゃんが私を抱きしめながら必死に訴えて来た言葉にコクンと小さく頷いて。
目を覆うように泣きじゃくりながら、お兄ちゃんから離れて、私用に用意された部屋にトボトボと去った。
お兄ちゃんは私と話をしていた場所に立ちながら、不安そうに私を見ていて、私は部屋の扉を開けてから、目を隠したまま、お兄ちゃんに言葉を残す。
「……お兄ちゃん」
「な、なんだい!? 姫乃。ケーキを食べるかい? もしくは……」
「ううん。何もいらなぃ。アイドルの話も……我儘言って、ごめんね? 私、良い子になるから、ごめんなさい」
「姫乃!」
「今日は……何も食べたく無いから……ごめんなさい」
しょぼくれた言葉を吐いて、私はお兄ちゃんが私の名を呼ぶ声を聴きながら、扉を締めて、鍵をかける。
そして……。
そして。
「くふ、くひひ。うまくいった! うまくいーった!」
私は手で口を抑えながらベッドまで走り、そのままベッドに飛び込んだ。
そして枕に顔を埋めながら笑う。
「ふふ、お兄ちゃんってば、私に甘いからなー。こう言えば、お兄ちゃんはきっと私の夢を応援してくれる!」
私はクルリとベッドの上で体を回転させて、天井を見ながら笑う。
ニヤニヤと笑ってしまうのが抑えられない。
「アイドル。遂に私もアイドルになれるんだ。ふふんふーん。ふふん」
ベッドの上で寝転びながら踊ってみたりなんかして。
ステージの上で煌びやかな光を受けながら踊る私をイメージする。
完璧! 完璧だ!
桜井姫乃。今日から私、アイドルになります!
なんっちゃってー!
私はベッドの上をコロコロと転がりながら、未来の自分を夢想して笑う。
が、未来を想像している中に、お兄ちゃんが言っていたスズナの事件もあって。
私はムクリとベッドの上で起き上がってからパソコンの前に向かい、スズナの事件について調べる。
アイドルスズナ。
ファンの凶刃に倒れる!
十年経っても消えない、センセーショナルなニュースだ。
まぁ、この事件以降、アイドルと呼ばれる物が一切出て来てないのだから、当然と言えば当然か。
いや、アイドルというか。
女の子自体が世界から完全に消えてしまったというか。
お兄ちゃんみたいに、女の子が居る家は、女の子を外に出すのを酷く嫌がったというのが真実か。
私はやや大きな椅子の上で膝を抱えつつ、机の向こう側。
壁に張られた写真を眺めながら、この世界の事を想う。
お兄ちゃんと、お兄ちゃんの友達と、私。
女の子は私以外には居ない。
写真の世界には私しかいなくて……世界にも一万人ばかりしか女性というのは居ないらしい。
何か、世界システムが子供を生産する上で発生する特異的なバグ……? だっけ? よく分からないけど、お兄ちゃんがなんか難しい事言ってたのは覚えてる。うん。
けど、世界人口が100億人ばかり居る中、女性は一万人くらいしか居なくて、男性百万人に対して女の子は一人しか居ないという情報は確かだ。
世界を管理するシステムが無ければ人類はきっと滅んでたってお兄ちゃんは言ってて、とにかく女性という存在がこの世界では非常に、すっごく希少な存在なんだって言ってた。
私が天使みたいに可愛いって……まぁ、それはお兄ちゃんの感想か。
とーにーかーくー!
私という存在は非常に珍しい存在というのは間違いないだろう。
まぁ、世界システムが次から次に子供をポンポン生産してくれるし、私という存在は本当にただ物珍しいくらいの価値しか無いんだろうけども。
それでも! 珍しい人間というのは確かなのだ!
ならば! スズナの様に、アイドルとしてやっていくというのもアリなのでは無いだろうか!?
「一人に対して、男の人が百万人もいるって事はー。私がアイドルやったら、少なくとも百万人のファンが出来るって事だもんね? コレって凄い事だと思うんだよね。分かんないけど!」
私は椅子の上でゆらゆら揺れながら、百万人のファンから応援される私を想像して、クフフと口元を押さえながら笑う。
「あー。はやくアイドルになりたいなー」
私は椅子から足を投げ出してブラブラと揺らしながら、お兄ちゃんが頑張ってくれるのを待つのだった。




