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第1話 平安の妖術師 後編

「それで、どうやって今朝の殺し屋とかいうのを見つけるつもり?」


ミキと葵は適当なビルの屋上で今後の作戦を話し合っていた。


「式神を使う。俺は低位のやつらしか扱えないが、探索にはもってこいだからな」


ミキは印を結び、自身が契約している式神を呼び出す。


伐犬ばっけん


ミキの言葉に呼応して式神 伐犬が現れる。仰々しい名前とは裏腹に子犬程度の大きさしかなく、犬種で例えるなら豆柴だ。


「久しぶりだな、バツ。よーしよし」


久方ぶりの主人との再会に尻尾を振って喜ぶバツもとい伐犬。ミキはそんなバツの頭を撫で回す。


「あら〜、バツちゃんじゃない。私と会うのも久しぶりね〜」


葵が甘えた声を上げてミキのように頭を撫でようとする。


「ワン!ワンワン!ガルルルゥ…!」


バツに威嚇されまくる葵。実際の動物にも言えることだが、構いすぎると嫌われるものだ。葵とバツはその例に漏れない。


「バツが嫌がってるからやめろ」


「いいじゃない別に。ほら見なさい。バツちゃんが私に甘噛みして甘えてるじゃないの」


ミキの目にはバツの歯が葵の手に食い込む様子が映っている。


「いや、血出てるから。どこも甘くないよ?」


ミキは葵にそうツッコむが彼女は相手をしない。


「てか、こういう時は万能派生って便利よね〜。低位の式神しか使えないと言えど、探索くらいなら任せられるし」


妖術師には五つの派生が存在する。


一つ目は〈肉体派生〉。言葉の通り、自身の肉体を強化したり、能力を寄与する術を使うことができる。


二つ目は〈精神派生〉。幻術や相手の精神に関与して攻撃する術を使うことができる。


三つ目は〈武具派生〉。武器やその他様々な物に己の妖気を纏わせて戦うことができる。自身の妖気から武具を生成することも可能で、それらを扱った術を使えることができる。


四つ目は〈式神派生〉。伐犬のような低位の式神から、高位の式神を使役して戦う。使役できる式神は術者の妖気量によって決まる。


五つ目は〈万能派生〉。以上四つの派生の能力を扱うことができるが、その出力は本来の派生を修めている術者のものには劣る。ミキが低位の式神しか扱えないのはこの性質によるためだ。


「皆んなそうやって万能派生を羨むけどさ、自分が万能派生だったらって考えてみろよ?結局色んな能力が使えたところで、たった一つの派生を極めた連中には勝てないのが現実だ」


ミキは自身の派生を卑下して言う。


この五つの派生は自身で選択して修めることはできない。本人の意思は関係なく、生まれたその瞬間に定められる。


加えて、数ある派生の中でも異質な万能派生はその数が少ない。万能派生者が生まれるのは稀なことだ。そもそもの生まれる術者の数が減った現代では余計にだ。


「確かにミキの言う通り、昔から万能派生はハズレだって言われてるみたいだけどさ、この2年間あんたを見てるとそうは思えないのよね」


葵は少し悔しそうな表情をしながらミキを見る。


ミキが来てからの2年間、間近でミキの戦闘を見る機会が多々あった。しかし、どの術の出力も他の派生者と相応しいものであった。それどころか相手を上回る出力が当たり前だった。式神だけは低位のものしか扱えない制限があるようだが。


きっと本気でミキと私が戦ったら私は敗れるだろうと葵に思わせるほどの実力だ。


「葵ちゃんがそう思うのも無理はないかもね。なんせ時代が違うからさ」


ミキは葵と同様に悔しさを滲ませたような表情を浮かべて話した。


「ま、派生がどうとか言う話はやめにしよう。結局ものを言うのは妖気量だからねー」


あんたがそれを言うのかと腹を立たせる葵であったが、実際ミキの言うことは間違っていないため、渋々納得する。


「それもそうね。肉体派生者が自身の身体をいくら強化しても、その出力を超える妖気量で防御されたらなす術がないもの」


ところでとミキは口を開いて葵の右手を指差す。


「いつまでバツをそのままにしておくんだ」


バツは一向に敵意剥き出しで葵の手を噛みちぎらんとその口を離さずにいるが、当の葵もその口を無理やり引き剥がすようなことをしないでいた。


「それもそうね。ほらバツちゃん、そろそろ仕事の時間よ」


葵はいとも簡単にバツを引き剥がす。低位の式神は、並以上の力を持つ術者にはこの程度にあしらわれてしまうのだ。ミキは自身の式神の弱さに少し気が滅入る。万能派生も名ばかりなところが多く、式神の運用に関しては特に顕著だ。単純な戦闘においてはまず使うことがない。一体どこのどいつだ。万能なんて名前をつけたやつはとミキは嘆く。


葵の手から離れたバツはそそくさとこの場を後にし、与えられた命令を遂行するため、街へと繰り出した。


「あの仁とかいう男、妖気の扱いがまるでなってなかったから、バツの鼻ならその残滓を追うことができるだろ」


「パっと見た感じ、ど素人っぽかったわね。あんなので私たちた〜にんぐをどうにかできると思ってる連中がいるとは驚きだわ」


葵は小馬鹿にして言う。


「あまり敵を侮るなよ。この時代にだって強いやつはいる。それをうちのボスが証明してるだろうが」


「だけど、ボスより強い妖術師なんて見たことないわよ?どうせ今回もそこら辺のゴロつきよ」


ミキは最近見たアニメの内容を思い出す。


(こういう何気ない発言がフラグになって痛い目を見ることになるんだよなぁ。この2年間、色んな創作物を目にしてきたが、葵ちゃんみたいなタイプはろくな目に合わない。敵勢力にボコボコにされて囚われたり、囚われた後はお楽しみだーとか言って卑猥なことをされる)


「何よ、じっと見て」


ミキは無意識のうちに葵を見つめていた。


「いや、別に」


そうミキが返答すると、葵が得意げな顔をしてミキを見下す。


「ははーん。さては私でエッチなこと考えてたでしょ?」


葵はまだ14歳。四つも離れた葵にミキがそんなことを思うはずもなく、むしろその貧相な身体を憐れんだ。


(まぁ、まだ14歳だしな。現代の成人は18歳なわけだし…)


そんなミキの胸中を知るはずもなく、葵は自身の話を続ける。


「残念だったわね。私は妖術師とかいう物騒な連中と添い遂げるつもりはないの。そうね、私の旦那さんに相応しいのは自己主張の少ない、なよなよした男。職場では孤立し、周りから雑用を押し付けられるだけの日々。でも彼はそんな日常を良しとしているの。なぜなら一切自分が期待されず、何も責任を負うことがない環境がすごく心地いいから。それで家でも私に…」


また葵ちゃんの妄想劇場が始まったと呆れたミキは、葵の声を思考から除外し、適当な物思いに耽る。


平安時代から転移して2年。どうやら俺はタイムスリップしてここに来たらしい。しかし、その理由は分からない。転移前の記憶が一部欠落しているからだ。覚えている最後の記憶は親父と喧嘩して家を駆け出した記憶。どんな理由で喧嘩をしたのかは覚えていない。そして家から出た俺はいつの間にかこの時代の東京に飛ばされていた。身体中傷だらけで狭い路地裏に倒れていた俺を高藤姫子たかとうひめこ、た〜にんぐのボスが助けてくれた。なぜあの場にボスがいたかは不可解であるが、あの人のおかげでなんだかんだ上手く今まで生きてこれた。何かを勘ぐるというのは無粋だ。


転移直後は初めて見るものばかりで、ひどく混乱したのを覚えている。おまけに軽い記憶喪失付きだからな。そんな俺はた〜にんぐで生活するうちに徐々に現代に適応していき、今に至る。今では分からないことはほとんどない。昨今の漫画やアニメには助けられた。なんせ自分と同じような境遇の主人公がわんさかいたからな。おかげで変な知識までついてしまったりもしたが…。


「葵ちゃん、そろそろ俺たちも行くよ」


ミキは葵の話を遮り声をかけた。


「え?いいけど、どこに?」


「犯人は現場に戻ってくるってのは鉄則だろ?」


このセリフもミキが転移後に身につけた変な知識に他ならない。



そうして伐犬バツが手がかりを見つけるまでの間、ミキと葵は半壊したミキ宅へ待機することにした。


「酷い有り様ね…」


「は、半分は葵ちゃんがやったんだけどね…」


ミキはボロボロになった我が家を見て唖然とする。

玄関は扉ごと破壊され、外から中の様子が丸見え。おまけに屋根には大きな穴が空いており、狭いワンルームには崩れ落ちた瓦礫が散乱していた。


「ま、まぁ良かったんじゃない?ミキの部屋ってエアコンないしさ、これで風も通りやすくなって涼しくなるわよ」


「その分、真夏の太陽の影響をもろに受けるけどな…」


ミキと葵は簡単に玄関と屋根を修繕し、戻ってくる可能性がある殺し屋仁を待つことにした。修繕とは言っても、玄関は突っ張り棒を使って暖簾を設置しただけだし、屋根の穴にはベッドのシーツをガムテープで貼っただけで終わりだ。


「一応これでプライベートは保護されたな」


ミキは自身の中に眠っていたDIYの才能に感心する。


「急に平安チックな価値観に戻らないでよ…。これのどこが保護されてるって言えるんだか…」


葵は玄関を破壊してしまった罪悪感から、普段のようには強く出れず、控えめにミキを諭す。


「まぁ、とりあえず例のやつをここで待つとするか。それかそのうち手がかりを見つけたバツが戻ってくるだろう」


「分かったわ。てかミキの家ってなんか遊ぶものないの?それまで退屈だしさ」


ミキは少し考えた後、タンスの一番下の引き出しを開けて何かを取り出した。


「てってれー。人生ゲーム」


ミキが自信満々に取り出したのは人生ゲーム。


「げっ」


ミキの思いとは裏腹に、葵は冷めた視線でそれを見つめる。


「俺がこの時代に来て一番最初に遊んだゲームがこれでな?あの時は葵ちゃん学校でいなかったけど、俺とボスと爺で白熱したのを覚えている。よしやるぞ!」


「やらないわよ!てか二人でやってもそんな楽しくないでしょそれ!」


「そうか…。それは残念だ…」


そんな会話をしていると、犬の鳴き声がどこかからか聞こえた。


「ワン!」


これはバツの鳴き声。ミキと葵は鳴き声のする頭上の方へと視線を送った。


「お、バツが帰ってきたな」


「思いの外早かったわね。さすがバツちゃん」


天井に貼ったベットのシーツを剥がすとバツの姿が見える。


「よーし、バツ。降りてきて結果を報告してくれ」


「ワン!」


ミキの言葉に従い、バツは屋根から部屋の中へと飛び降りた。その瞬間。


激しい轟音とともに何かが空から降ってきた。その勢いは今朝の殺し屋の比にならないもので、ミキの家の天井は丸ごと壊される。


「な、なんだ!」


葵もミキと同様に戸惑いの声を上げる。部屋を舞う砂埃が少し晴れ、その奥に隠れていた影の正体が明らかになる。


「妖術師…!」


葵は自身の右手に長身の刀を生成させて応戦の構えを取る。


「お前、何もんだよ」


ミキは目の前の謎の男に問いかける。


「三木翔太郎、お前を殺しにきた。お前にはここで死んでもらう」


そう宣う妖術師は黒を基調とした迷彩服を身につけており、先ほどこちらに降りてきたバツを下敷きにしていた。


バツは弱った鳴き声を出し、男の足元で消滅した。


「バツ!」


ミキのその反応を見て男は鼻で笑う。


「別にいいだろ。式神なんぞ一度消滅しても時間が経てばまた召喚できるのだから」


男の纏う雰囲気は邪悪そのもの。明らかに非道の道を進んできた妖術師だ。


「てめぇ…、バツに妖術かけて操りやがったな。その見た目で精神派生者かよ」


式神にも精神攻撃は通用する。それが低位の式神となれば尚更だ。式神は主の場所を捕捉できるため、男は妖術でバツを操り、ミキたちの居場所まで誘導させたのだ。今回のような事態に陥ったのは、式神を逆に利用されることはないと相手を軽く見ていたミキの失態に他ならない。


「その妖気量、うちの下っ端では相手にならないのも無理はないか」


男は余裕の表情でぺらぺらと話を続ける。


「しかし、その程度なら私には勝てんよ。まずはお前より弱いその娘から殺すとしよう」


瞬間、男の姿は消え、気づいた時には葵の目の前まで迫っていた。


「室内でそんな長身の刀など…。笑わせるな」


葵は何とか反応したものの、刀を振って攻勢にでることはできず、男から放たれた拳を刀で防御することで手一杯だった。だがその防御も虚しく、刀は砕け、男の拳は葵の腹部へと届く。男の攻撃を受けた葵は部屋から弾き出され、玄関先の鉄柵へ身体を殴打する。


「ぐはっ…!」


「葵!」


ミキは吹き飛ばされた葵の方へ視線を向ける。


「…結局は妖気量ってこういうこと…?」


葵はそう言い残し、意識を失った。


「ふっ、小娘のくせに分かってるじゃないか」


男は葵の言い残した言葉に感心する。


「随分、余裕そうだな…!」


ミキは能力で肉体を強化して男に殴りかかった。


しかし、その拳は届かない。


「どこを殴ってるんだ?」


男はいつの間にかミキの背後をとっていた。


「てめぇ!」


ミキは一瞬で両手に数本のクナイを生成し、男に投げつける。


「ふん、こんなおもちゃでは私に傷はつけられないよ」


男はクナイを軽く往なし、ミキの意表を突いた一撃に対応した。


「話には聞いていたが、本当に万能派生者なんだね、君は。会うのは君が初めてだ」


ミキはここまでで肉体派生と武具派生、式神派生の能力を見せた。それなのにどの力も通用しない。しかも相手は精神派生者ときた。精神派生者は能力の特性上、肉弾戦を疎かにしやすい。そのため、そこに勝機があると判断して攻撃を叩き込んだミキだったが、そのどれもが失敗に終わった。


「なかなか見ないぞ、あんたほどの実力者は」


(この時代ではの話だが)


「ほう。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。まぁ、そんなことは今はどうでもいい。遊びは終いだ」


男は葵を屠った時のように何らかの術を使い、一瞬で姿を眩ませ、いつの間にかミキの背後に回っていた。


「うぐっ!」


男の一撃がミキの背中に直撃する。

男はカウンターを警戒し、ミキと再び距離を取る。


「あの娘より堅いな。一撃では無理か」


男はポツリと呟き、ミキの次の動きを注視する。


葵を吹き飛ばした一撃を受けても倒れることのなかったミキであったが、負ったダメージは決して軽いものではなく、すぐには反撃に出れずにいた。


「そこそこ効いてるようだな。そちらから来ないならこちらから行くぞ!」


男は再び姿を一瞬で消し、今度はミキの身体側面へと低い体勢で迫る。


ミキの脇腹に男の拳が迫った刹那、ミキは素早く身体を男の方へと振り向かせ、カウンターを狙う。


男の顔面にミキの拳が当たりそうになった瞬間、距離を詰める時と同じように男の姿が消え、隙ができたミキの顔面に男の拳が炸裂した。


男の攻撃をくらってもここまで踏ん張っていたミキであったが、この一撃には耐えられなかった。


家の壁を貫通して葵と同様に玄関先の鉄柵まで吹っ飛び、気絶する彼女の真横でミキも崩れ落ちる。


この衝撃でミキの意識も奪われてしまう。


「まさかあれに反応してくるとはな。いや、反応できるわけがない。ただの勘か…。とりあえず大事をとっていて正解だった。はぁ…、それにしても期待外れだ。この程度で二人仲良くおねんねとは」


男はミキの元へと歩み寄る。すると、ミキがまだ息をしていたことに気がついた。


「まだ息があるのか。しぶといやつめ。でも安心するといい。お前を殺した後は横の娘もすぐにあの世に送ってやる」


男がトドメを刺そうとしたその時。確かに意識がないはずのミキの口が開く。


霊魂再燃れいこんさいねん…!」


術が唱え終わると同時に意識がなかったはずのミキが立ち上がる。


「な、バカな!」


「おはよう。おっさん」


ミキは頭上の男を睨みつけながらボロボロの身体を起こす。


「き、貴様!なぜ意識を失った状態で術を唱えられる!」


「簡単な話だ。俺の精神派生のわざがさっきの霊魂再燃だったってだけだ。オリジナルは死んでも生き返れるらしいけどな」


本来の霊魂再燃は、術者の命が尽きたときに自動的に唱えられる。それがミキの場合、万能派生の弊害で意識の復活に留まる。加えてオリジナルは蘇生の際に傷ついた肉体の修復が行われるが、劣化版の霊魂再燃ではそれが行われない。ミキの頭からは血が流れ出たままだ。


「はっ!それが何だと言うのだ。死に体なのは今も変わらないじゃないか」


(図星だな…)


ミキは男に劣化版の弱点をすぐに見破られるも動じない。


「その言葉そのまま返す。それが何だって言うんだ!?」


ミキの眼力がんりきに男は一瞬怯む。


「はったりはよせ。無駄に足掻いても何も変わらんぞ」


「はったりじゃない。お前の憑き術はもう見切った」


男は徐々に焦りを滲ませる。額には冷や汗がつたい、鼓動は少し速くなっていた。


「俺の憑き術を見切っただと!?そんなことができた人間は今まで一人もいない!」


男はミキに怒号を飛ばす。


「おっさん。一人称が変わってんぞ。キャラ変か?」


ミキの程度の低い煽りに男は眉をピクつかせる。


「とことん舐めたガキだ。必ず殺す。絶対に殺す。確実に殺す!」


「さぁ、かかっこい。はったりじゃないことの証明をしてやる」


ミキは構えを取る。


「このぉ!死に損ないがぁぁああ!!!」


そして男は再度自身の憑き術を用いて姿を眩ました。


(どこだ…どこから来る…。いや、どこでもいい。奴が現れた箇所に妖気を集中させろ…!)


ミキの狙いは耐えること。この一撃さえ凌げば勝機は生まれる。


「死ねぇえええ!!!!」


男が背後に現れる。するとミキは打撃が当たるであろう自身の背中に局所的に妖気を集中させる。その範囲、わずか拳一個分。ちょうど男の拳が収まる程度だ。


この男の憑き術は自身の幻影を作り、幻影がいる間だけ透明化できるというもの。あれは超速で間合いを詰めているのではなく、そう見えるようにしているだけ。それをミキは最後の一撃を受けて気付いた。


「ちっ!」


背中に現れた男の姿は幻影。背中の幻影が消えると同時に今度は正面に男が現れる。


ミキはそれに対応し、一瞬で集中させた妖気を正面に移す。幻影と本体の入れ替わりの速度に身体で反応しても間に合わないが、妖気の移動のみならそれが可能とミキは判断した。


「馬鹿め」


正面も幻影。では本体は。


また正面…!


ミキは微妙にズレた打撃の予測位置を修正し、全身の妖気をそこへ集める。


今度こそ現れたのは本体。


男は全力の一打をミキの鳩尾へと放つ。


ミキはそれを一点集中の全力の防御で迎え撃つ。


「終わりだぁぁああ!!!」


男の一撃の衝撃で家屋が揺れる。


しかし、この一打でミキを再び沈めることはできず…。


「へ、へへっ。捕まえたぜ、おっさん」


「なっ!」


ミキは男の拳をかろうじて受け止めることに成功し、男の右腕をガッチリと両の手で掴んだ。


「今だ!葵!!」


その呼びかけに今まで気絶していたはずの葵が妖気で刀を生成し、男に向かって飛びかかる。


「む、無駄だ!先ほどの俺の打撃で刀は折れただろうが!そこの女の妖気量では俺は切れんぞ!!」


確かに先の打撃で葵の刀は砕かれた。それはこの男が妖気を自身の拳に一点集中していたからである。妖気の総量で言えば、葵はこの男のそれに引けを取らない。


ミキはそこまで見抜いた上で決め手を葵に任せた。自身を囮にして。


「はぁあ!!」


葵は全妖気を刀に込め、それを振り上げる。


「き、貴様らぁ!!!!」


振り下ろされた葵の一撃は男の命を絶つに至った。


男はその場に崩れ落ち、もう立つことはない。


「はぁはぁ、本気で死ぬかと思った…」


ミキは息をあげ、男の一撃をくらった鳩尾を手で押さえる。妖気を集中していたとは言え、ダメージは確かに残っていた。


「本当、危ないところだったわ。ミキが運良く私の隣に吹っ飛ばされてなきゃ負けるところだったんじゃない?」


「全くだ。お前に霊魂再燃をかけることが出来なかったらなす術がなかったかもしれん」


ミキが霊魂再燃と口に出して唱えた時、意識が回復したのは葵の方だった。ミキが持つ霊魂再燃は自身に効果が付与される場合、意識を失ってすぐに詠唱なしで自動的に効果を発動する。つまり詠唱を唱えたあの時、すでにミキ自身への霊魂再燃は発動を終えており、二度目の発動は葵のためのものだったのだ。


「やつがこの術を知らない潜りで助かった。それに俺が一点に妖気を集中していることにも気づかない鈍感野郎だったし。今まであの憑き術で楽に相手を殺してきたんだろ」


「あ、そういえば霊魂再燃?だったけ。その術、もう使える術者は現代にはいないわよ」


「え?そうなの?」


「えぇ。400年前だかに使える一族の血が途絶えたとかで。だから知らない術師がいても無理ないわ」


憑き術は基本的に遺伝して発現する。


(つまり俺の血族は400年前にこの世界から姿を消したらしい。何とも無情な話だ)


「てか、マジでそんな憑き術使えたのね。今まで話半分で聞いてたわ」


「まぁ、俺が気絶するか周りが気絶するかしないと使いようのない術だからな」


今までここまでの強敵を相手にすることなく過ごしてきたミキたちには使う機会がなかっただけにすぎない。今後このような強さの敵が現れるなら、多用することになるだろう。


「結構それって妖気の消費量大きいの?」


「いやそこまでだな。劣化版にとどまっているおかげかも」


オリジナルの霊魂再燃は蘇生と肉体の修復という絶大な効果を持つ。しかし、劣化版は意識の回復のみの効果なため、その分消費する妖気も少ないのだろう。数少ない万能派生の利点とも言える。


「へー。てか何で他の憑き術は使わなかったのよ。万能派生の貴方ならあと他の派生分の3つは使えたんじゃない?」


憑き術は各派性に従属した効果を持つ。例えば肉体派生なら身体の一部分を硬化させるとか、精神派生なら先の男のように幻影を見せるとか。ミキが今回使用した霊魂再燃のオリジナル版は精神と肉体のどちらにも寄与するから珍しい部類であるが。


とはいえ無制限に何個も術を扱えるわけではなく、使えるのは己に宿している派生の数だけ。つまり普通の妖術師は一つしか持てない。ミキのような万能派生は特別で、その他4つの派生ごとに一つの憑き術がセットで付いてくる。つまりミキは3つの憑き術を出し惜しみしたことになるので、葵の疑問はもっともである。


「使えたけど、これ以上家が壊れるのは嫌だったから…」


「あぁ…」


葵はさらに修繕が必要になったミキ宅を眺め、声を漏らした。


「しかも殺人現場になっちゃったね」


葵がテヘっと笑いながらミキに問いかける。


「いや、テヘっじゃないから。今朝水道料金払ったばっかりなのに、その日のうちに事故物件になってんじゃねぇか」


ミキは涙を流しながらその場に崩れ落ちる。


「なんで、何でこんなことに…」


その一言でミキと葵は与えられた任務を思い出す。


「「あっ」」


た〜にんぐを狙っている連中の情報を暴くことが目的だったのに、貴重な情報源を抹殺してしまったことに気付いたミキと葵であった…。








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