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第2話 た〜にんぐ

「ほう。高橋が敗れたか」


全身を黒のローブで纏った妖術師が玉座で頬杖をつきながら話す。


「はい。高橋様を倒すとは正直私も予想外でした…」


部下は傅きながら男に答える。


「まぁよい。もともと高橋程度の術師には期待していない」


「で、ですが、高橋様の実力はこの組織でも屈指。それ以上の力の持ち主となると…」


部下は苦しそうに顔を上げ、男を見つめた。


「そうだな。お前の言うことは正しい。だから次は俺が出るとしよう」


その意外な言葉に部下はたじろぎ、額から冷や汗を流す。


「御身自らなど!いけません!あのような下等な者たちの相手は私どものみで十分です!」


男は口角を上げ、ニヤリと歯を見せた。


「クックックッ…。お前らでは無理だから俺が出るというのだ。高橋、貴様の仇はこの俺がとってやる…!」


男はひらりとローブを翻し、玉座から立ち上がった。そして部屋を後にしようと歩き出す。


「はっ!微力なれど、私どももご助力させていただきます」


これ以上の反論は無駄だと部下は察し、男に侍って追随する。


「…楽しみだ。果たして奴らは俺の渇きを潤してくれるのだろうか…」


そして、男の甲高い笑い声が大きな部屋に響いた。


というミキの他愛もない妄想。ミキはそれを自信満々に葵に披露してみせていた。


「とまぁ、今頃俺たちを目の敵にしている連中のアジトではこんな感じのやり取りが行われているに違いない。なんせ俺たちがこの"高橋"を倒したんだからな」


ミキは先ほど葵と共に葬った男の死体を眺めながら言う。


「確かに、もしかしたらそんなことやってる可能性もあるけど…。悪の組織No.2の名前が高橋って。いまいち場が締まってなかったわよ」


あの後、すぐミキと葵は倒した男の所持品を探った。すると、ポケットに入っていた身分証で『高橋誠一たかはしせいいい』という名前が確認できた。


「実際のところは高橋とは呼ばれてないんじゃない?何かしらコードネームがあると思う。朝の噛ませ野郎みたいにじんとかさ」


「だと思うわ。でもどうせこんなの偽名でしょ。プロの妖術師なら素性が明かされるようなものは持ち歩かないもの」


葵の言うことは本当で、こういった裏の人間は何から何まで偽造しているケースが多い。


「何はともあれ、とりあえずボスに報告しに行こう。現場の始末もしないといけないしな」


「それもそうね。死体は外から見えちゃマズイからお風呂場のバスタブにでも突っ込んどきましょ。後で掃除屋が回収してくれるわ」


葵は何食わぬ顔で指示する。


対してミキは、もう住むことが不可能であろう我が家を眺める。


(何気に気に入ってたんだけどなぁ…)


「何ぼさっとしてんのよ。さっさと運んでちょうだい」


「はい…」


ミキは渋々高橋の死体をバスタブに移し、葵と共に店へ戻ることにした。



店まであともう少しというところ、葵がミキへ語気を強めて言葉を放つ。


「あ、そういえば!あの時、私のこと呼び捨てしたでしょ。『今だぁ〜葵〜』とか言って」


そんなこと言ったっけと頭を傾げるミキ。


「うーん、もしかしたら言ってたかも」


否定しても逆に面倒くさくなりそうなのでミキは適当に肯定しておく。


「あのね、歳はそっちのが上でもた〜にんぐの先輩は私だから!そこら辺気をつけてよね!」


くだらない葵の言動にミキは呆れて適当に返す。


「うんうん。分かった分かった〜。すんませんした、葵さん」


「ふふん、よろしい。これからも敬いたまえよ、ミキくん」


なんてチョロい先輩なのだろうと少し可笑しく笑う。ミキからしたら葵はまだまだ子供で、生意気なくらいが可愛く思えるものなのだ。


(妹とかいたらこんな感じなのかな)


「何よ。ニヤニヤしちゃって」


「ううん。なんでもないよ」


そんな会話をしているうちに店へと着いた二人。


「ただいまーボス〜」


ミキがそう言いながらドアを開けると、いつもの返事がない。何か様子がおかしい。


いつもなら点いているはずの照明は消えていて、椅子やメニュー表など、色々なものが散乱している。


「ボス…?」


ミキが暗い店内をよく見回すと、いつも姫子が座っているテーブルに人影が見えた。


「なに、これ…」


ミキの後ろから店内を覗き込み、現在の店の様子を見た葵が、そう言いながら自身に続いて店内に入ろうとするのをミキは止める。


「葵ちゃんはここで待ってて。俺が様子を見てくる」


ミキは恐る恐る、人影があったテーブルへと恐る恐る近づく。店に入るとポタポタと何かが滴る音が聞こえた。


(音がしてるのは水道の方じゃない?)


「ボス?起きてるなら返事をしてくれ」


しかし、返事はない。ミキがゆっくりと歩みを進めると、人影の正体が姫子であることが分かった。しかし。


「…嘘だろ」


ようやく見えた姫子の姿は血まみれで、見開いた目はただただ虚空を見つめていた。


腹部には短刀が突き刺さっており、聞こえていた何かが滴る音は姫子から垂れ出た血液によるものなのが分かった。


「ボス!目を開けてくれボス!」


ミキは姫子の肩を揺さぶりながら叫ぶ。たが一向に姫子の口は開かない。


(そ、そうだ。脈はまだあるのか…?)


ミキが姫子の脈を測ろうと身体に手を当てようとしたその時、店外で待機していた葵の声が後ろから聞こえた。


「ね、ねぇ!私もそろそろ入っていい?」


ミキは振り向いて葵に言葉を返す。


「だ、ダメだ!葵ちゃんは外で…」


外で待ってろとミキが言いかけると、血まみれで意識がなかったはずの姫子の左手が動いた。


「てってれー!ドッキリ大成功!!」


先ほど動いた左手には自身の背後から取り出した『ドッキリ大成功!!』の簡易的なプラカードが握られていた。


「は?」


ミキは目の前の状況が上手く飲み込めず、情けない声を出す。


「は?じゃなくて。ドッキリ。これドッキリだから」


姫子はニコニコと満面の笑みを浮かべながらミキに話す。


「…ドッキリ、、、だと?」


俯いて姫子の前に立ち尽くすミキの両手にはグッと力が入る。対面の彼女はそれに気づかない。


「そうそう!ドッキリ!いやぁ、ミキにも現代の文化の一つを味わってもらおうと思ってな。よくできてただろ、これ」


姫子は刺さっていた短剣を腹部から引き抜く。一見、ミキの目にはそう見えたのだが、短剣には柄の部分しか存在していなかった。


「この腹の部分の血糊だけ特殊でな、粘着性が非常に強いんだ。要は見た目が血の接着剤だな。どうだ?騙されただろ?」


そう意気揚々に語るが、思いの外反応が薄く、姫子はミキの顔を覗き込む。


「ミキ…?」


するとミキは、建物を揺らすほどの大声を出した。


「この…クソばばぁああ!!!!」


予想だにしない叫びに姫子は呆気に取られる。


「へ?」


「おいこの腐れ三十路。なんか言い残すことは?」


ミキの眼光が鋭く光る。


「お、おい!ミキ!上司に向かってなんだその口の聞き方は」


姫子は少しどもらせながらも、ミキに説法を説く。


「じゃあ、逆に聞くけどさ、上司からの命令を死にかけながらもこなしてきた部下に労りの言葉はないわけ?」


ミキは指の関節を反対側の拳で鳴らしながら問う。ここで姫子はようやくミキの怒りに気づく。ところが、時すでに遅し。


「ま、まままま待て。少し落ち着け。な?さっきも言ったが、私はただミキに現代の文化をだな…」


確かに姫子の気持ちに嘘はない。ただ、もはやミキにとっては相手の真意などとうに関係がなかった。


「なら俺からもボスに古代の文化を教えてあげようと思う。そうだな、ドメスティックバイオレンスって知ってるか?」


いやそれ現代の文化だろと心の中で唱える姫子。


いよいよ遂にミキのドメスティックバイオレンス(家庭内ではない)が出そうになったその瞬間、姫子に救世主が現れる。


「ちょっと…。どういう状況なの。これは」


店の外で待機していた葵が顔を出したのだ。


「なにこれ。めっちゃ散らかってるじゃん」


葵は物が散乱した店内をぐるぐると見回しながら二人のもとへと歩み寄る。


「げっ」


そして、葵の視界に入ったのは姫子の横に投げ出された例のプラカード。もちろん姫子の服を赤く染めている血糊やおもちゃの短剣も彼女の目には映っていた。


「またしょうもないことしてミキを怒らせたのね…」


すると葵は床に落ちていたプラカードを手に取る。


「葵ちゃん?何する気?」


ミキの言葉を気にするそぶりのない葵はプラカードを握った右手を大きく振りかぶり、姫子の頭にそれを振り下ろした。


「あイタ!」


姫子は反射的に自身の頭部を押さえる。


「よし!これで喧嘩両成敗ね!めでたしめでたし」


自信満々に宣う葵であったが、即座に目の前の両者から糾弾する台詞が吐き出される。


「「めでたくない!!」」


その言葉を皮切りに、二人の今まで溜まっていた鬱憤が間欠泉のように吹き出す。


「ていうかお前、何様だ!確かに今回は私が悪かったかもしれないが、この私をクソババアだとか腐れ三十路だとか罵りやがって!それに終いには手をあげようとしたな!それもか弱い乙女に!」


「はっ!どこが可愛い乙女だよ。逞しいババアの間違いだろ!」


「な、何をぉ!!言って良いことと悪いことがあるだろ!大体、この現代の東京でお前が生活できているのは私のおかげだろうが!戸籍も作ってやったしな。そんな恩人に向かって暴言など千年早いわボケェ!!」


「千年早いだぁ?こちとら平安時代から生き抜いてきてんだよ。年季が違うわ年季が。こんな甘っちょろい今の時代でぬくぬく育ってきた人間にどうこう言われたくないね」


「そうは言うが、お前の実年齢は…」


怒号が飛び交って止まない二人に冷ややかな目線を送るのはカウンター席に座する葵と、そこに面する厨房で死んだふりをしていたが、誰にも気づかれなかった爺。


「どっちもいい歳して子供ね」


葵が爺に淹れてもらったブラックコーヒーをちびちびと飲みながら話す。


「ははっ。では葵さんは大人なんですか?」


「ふん、当たり前よ。あんな風に喧嘩なんかしないし」


澄ました顔の葵に爺は口を出す。


「喧嘩は良いものです。普段は言えない本音をぶつけられる数少ない場の一つですから」


「私には理解できないわね。大人なら我慢するべきだもの」


そんな台詞に爺は微笑む。葵の飲むコーヒーを指差しながら。


「葵さん。ミルクと砂糖、入れたらどうです?全然量が減ってませんが」


「わ、私はこれがいいのよ」


葵はムキになってコーヒーを一気に飲み干す。


「…うげっ」


あまりの苦さに葵の声が漏れる。


「ははっ。葵さんもまだまだ子供ですな」


「な、なによ!私は大人だって…」


爺は大人を自称しようとする葵の言葉を遮り、一言。


「喧嘩…。しますか?私と」


先の自身の言動を思い返し、葵は眉を顰めるだけにとどまる。


「うんうん。葵さんは大人ですね」


「そうでしょ?私は大人なの」


葵を見つめる爺の瞳は、孫娘を見守るような暖かいものだった。その視界の中には取っ組み合う二人の姿も。


「こんな日々が続くと良いですね…」


爺がポツリと呟く。


「爺?なんか言った?」


「いいえ。何も」


「嘘だー。なんか言った!」


「言ってません」


「絶対言ったって!」


「ふふっ。言ってませんよ」


今日もた〜にんぐは平和だ。少女と老翁の時間はゆっくりと。青年と淑女(?)の時間はせわしなく駆け抜けていく。しかし、不思議とこの不揃いな面々が調和しているこの空間こそがた〜にんぐに他ならない。


いつまでもこの調和があらんことを。


そんな日暮れ前の一幕であった。

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