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第1話 平安の妖術師 前編

ーーー妖術ーーー


それは、かつての日本で生まれた異能。

ある時を境に異能を持った赤子が一人、また一人と生まれ落ち、急速にその異能は広まっていった。

やがて刀や槍で武力を行使する時代は終わりを告げ、人々は異能を用いて戦うようになる。


そして、人々はその異能を"妖術"と呼んだ。


度重なる戦を通し、洗練され続けた妖術は平安時代にその全盛を迎える。この時代、妖術一つで地は揺れ、海は割れ、天は如何様にも姿を変えたとされている。


そんな激動の時代から現代の東京に来訪したものが一人。


名を『三木みきの 翔麿かけまろ



「全く、散々な朝だった…」


ミキのボヤキが隣を歩くあおいの耳に入る。


「散々って。結局は水道代金踏み倒してたミキが悪いんじゃない。し、しかもいい歳して漏らすとかありえないんですけど…」


葵はミキに軽蔑の目を向ける。


「あのな、俺のいた時代は家の近くに穴掘ってそこでしたり、薮の中で済ませたりしたもんだ。そう考えると昔は野糞が主流であり、俺はそれに則ったまででだな」


「今は2026年よ?いくらミキが平安時代出身だからってそんな言い訳認められないわ。それにあんたはここに来てもう2年も経つでしょうが」


葵は正論をミキに振りかざす。ミキは必死に反論の糸口を見出そうとしているが、なかなかそれを見つけることはできず、開こうとした口を閉じる。


「しっかし、人間って怖いものね。平安時代に生きていたあんたが2年でこうも現代に適応しちゃうだなんて」


葵はミキをじっと見つめながら言う。ミキの纏っている服は全て今の時代に作られたものであり、古代を感じさせるような要素はどこにもない。おまけに顔立ちも対して現代人と変わらないものだから、一見ただの青年である。


「俺が一番驚いてるよ。今じゃ理解できない言葉も文明もほとんどないからな」


「ふふっ、最初はござるとか語尾につけてたくせに」


「断じてそんな語尾は一度も使ってない。勝手に捏造するな」


今まで葵は、現代の生活を目の当たりにしてたじろぐミキを小馬鹿にしてきたが、最近ではそんな様子をミキが見せることもなく、少し退屈していた。驚かせる何かはないかと思考してみるも、パッと思い浮かぶものは何もない。知識をひけらかそうものなら、ミキの持っている知識量で逆にこちらが馬鹿にされかねない。そこまでミキは現代人として確立しつつあるということだ。


「はぁ」


葵は可愛げがなくなったミキの顔を見てため息を漏らす。


「人の顔見てなんだよ」


「ミキがこ〜んなに小さかった頃はテレビを見せれば『これは新種の妖術か!?』とか、車を見せれば『なぜ妖気を使わずにこれほどの速度を出せる!』とか面白い反応を見せてくれたのに…」


葵はミキの背丈がこれぐらいの時と自身の腰あたりに手をやって話し出したが、ミキが現代に来たのは16歳の時のため、そんな記憶はないはずなのである。


「いつの話だよ。いつの。俺の体はそんなに伸び縮みしないよ?ゴムゴムの実の持ち主でもあるまいし」


そんなくだらないツッコミを葵に向かってすると、葵は音もなくその場に崩れ落ちる。


「そ、そういうとこよ…!何その平安時代出身らしからぬツッコミ。ここは『俺の妖術ではそんなこと不可能なはずだが…』みたいな反応を示しなさいよ!あの頃の純朴なミキはどこに行ったの…」


「あっそ」


ミキは葵の妙なテンション感には付き合わず、項垂れる葵を無視して目的地へと歩みを進める。


「ちょっと待ちなさいよ!」


相手にされなかった葵は顔を真っ赤にしながら駆け足でミキの方へと走り出す。


「まぁ、今までのはどうでもよくて」


葵は軽く咳払いをして、今日こそミキに話そうと思っていたことについてを口に出した。


「あんたねぇ、最近遅刻が多いわよ!」


語気を強くしてミキに言い寄る葵だったが、当の本人は全く気にしていない様子。


「別にいいだろ?ちゃんと仕事はこなしてるんだから。その証に誰も文句は言ってこないし」


「私は言ってんのよ…!」


二人が向かっている喫茶店『た〜にんぐ』は妙夜みょうや市の中でもそれなりの力を持っている妖術師組織だ。


現代の東京では一般人が妖術を認識することはまずない。


平安時代末期、並外れた力を持つ妖術師の一族によって国が統治されて以来、大きな争いが起こることはなくなり、この国には平和が訪れた。そんな平和な世には、物騒な異能は必要がなくなり、徐々にその力は薄まっていった。そして現在に至る。


しかし、妖術は完全になくなったわけではない。一部の人間たちは着々とその力を受け継ぎ、利用している。今朝、俺の命を狙った者のように。


力を持つ者はそれを正しい道で使わなければならない。た〜にんぐのボスの口癖だ。た〜にんぐはこの街を守る対妖術師の自警団と言っても良いだろう。妖術を使うことができない一般人をその力から守るために俺たちは活動をしているわけだ。たまに妖術師同士で諍いがあったりもするのだが…とミキは葵から教えてもらい、そのように認識している。


「てか本業は妖術の方なんだから喫茶店の運営なんてする必要なくないか?」


ミキは思った疑問をそのまま葵にぶつけた。


「確かに私たちはこの街の人たちを守る活動が主だわ。でもね、今の時代それだけじゃ食べていけないのよ」


「なるほど。葵ちゃんの言う通り、善意だけじゃどうにもならないこともあるな」


「そう。だから私たちはしがない喫茶店を営むことでお金の問題を解決しているの。そう言いたいところなんだけどね」


ミキは葵の言葉に再び疑問を覚える。


「まだなんか理由でもあんの?」


葵は一拍置いてミキの問いかけに答えた。


「私たちが喫茶店をやってる大きな理由はね…」


ゴクリ…。


ミキは唾を飲む。


「ずばり、資金洗浄よ!」


何を高らかに言っているんだこいつはとミキは冷めた眼差しを葵に送る。


「いやそれって犯罪じゃん。正義の活動をしてる俺たちがそんなことやっちゃっていいわけ?」


「いいえ、これも必要なことなの。当然、あのショボいお店じゃ全員を賄うことは不可能。うちは自警団的な仕事の他にも、悩める人たちから依頼を受けてそれを解決したりしてるでしょ?当然その時には依頼料をいただくわ」


「あぁ、うん。それで?」


葵の言うことは間違っておらず、た〜にんぐでは悪事に妖術を使う者たちに悩まされる人々から依頼を受けることも多々ある。


「つまり、その依頼料を店の売り上げとして計上することで、清く正しいお金を私たちはお給料としていただいているの」


「いや、それめちゃくちゃ汚いお金だと思うんだけど」


「馬鹿ね。そんなことでは税務署の目は誤魔化せないわよ。今こうして私たちが生活できているのは喫茶店を運営することで資金洗浄を可能にしているからなの。だから黙って従業員としてミキも働きなさい」


正しく生きるというのはどの時代でもとても難しいことなのだと実感したミキであった。それと同時に資金洗浄という悪事に手を染めながらも、水道代が払えないほどの安月給しか与えられない自分の職場に深い疑念を抱くミキであった。



た〜にんぐに着いたミキたちは店の扉を開け中に入る。喫茶店を経営していると言っても店はそこまで立派なものではなく、少し古びた小ぢんまりした店だ。カウンター席が5つ。テーブル席が2つ設置されている。内装は落ち着いていて、ギラギラしたインテリアなどは一つもない。建物の間に店を構えているものだから、店内に外から明かりはあまり差し込まず、照明もそこまで明るくはないため、少し薄暗い。


「ただいまー、ボス」


「お、帰ったか」


ミキたちを取り仕切るた〜にんぐのボスはこの人。


高藤姫子たかとうひめこ。正確な歳は分からないが、おそらく30代半ばといったところだろう。現代の日本では美容の意識とその技術が高まっていることもあり、若く見える女性が多いが、俺の目は誤魔化せんとミキが推測したのがこの年齢。


「ミキ、たまにはちゃんと朝から店に来い。毎度毎度葵を駆り出していては店が回らん」


そう姫子は言うが、店内に客の姿は見えない。


「いや、どうせ今日もお客さん来てないでしょ」


「そういう問題ではない。そうだ、葵。肩が凝ってきたから肩を揉んでくれないか?」


「はい!ボス!」


葵は素直に姫子の指示に従い、姫子の肩を揉みほぐす。


「あーそこそこ。あともうちょい下も。うん、いい感じだ。やはり葵の肩揉みが一番効くな〜」


(葵ちゃんを駆り出したくないのはこれをやらせるためでは?)


「なんだ、ミキ。何か言いたげだが」


「いえ、なんでもありません」


まぁ、あれほど大きなものが二つも胸に付いていれば肩が凝ってもしょうがないのだろうかとミキは納得した。


「とりあえず座ってくれ。正直言うと、今日は店の手伝いではなくて、ある件をお前に頼みたくてここに呼んだんだ」


ミキは姫子と姫子の肩を揉んでいる葵が座っているテーブル席の対面に座した。


「それで、俺に頼みたい案件というのは?」


ミキは単刀直入に姫子に問う。


「うむ。どうやら近頃うちの店を目の敵にしている連中がいるらしくてな。心当たりはないか?」


ミキは今朝の出来事を思い出す。


「はい。ありますね…」


「やはりそうか…」


姫子は額に手を当てて頭を悩ませる。自分たちに危害を加えようとする勢力がいることが、ミキの一言によって確定したからだ。


「それで心当たりというのは?」


姫子はミキに問いかける。


ミキが質問に答えようとした時、ミキたち三人の前に出来たてのホットコーヒーが配膳される。


コーヒーを配膳したのはた〜にんぐ料理長のじいに他ならない。爺というのは本名ではないことは確かだが、ここの皆んなは爺としか呼ばないし、本人に聞いてもいつもはぐらかされる。そして影が薄い。コーヒーを差し出される今の今まで店内にいることにミキは気が付かなかった。


「爺、いつもありがとう」


「いえ、礼には及ばず。私はこの店の料理長ですから」


ミキは感謝を述べる。対して爺は料理長だからと言うが、冷静に考えてこんな小さい喫茶店で料理長という肩書きはどうなのだろうか。役職と店の規模が不釣り合いで少しおかしいとミキは思っているが、爺に料理長としてのプライドがあったらと考えて一度も口に出したことはない。


ミキはホットコーヒーを口にする。同じように対面に座っていた姫子と葵もコーヒーを口にした。


「「「はぁ」」」


三人は一斉に一息つく。いつ飲んでもホッとする味だ。ミキは初めてコーヒーというものを口にした時は美味しさがてんで分からなかったが、今は違う。真夏の昼下がりの空調の聞いた室内でホットコーヒーほど乙なものはないと今現在思っているほどだ。


「あぁ、いけないいけない。大事なところなのに爺のコーヒーで一息ついてしまった」


姫子は緩んだ表情筋に再び力を入れて先ほどの話に意識を戻した。


「それで心当たりというのは…」


「はい、実は…」


「なんだ。何があった」


「今朝起きたら、家の水道が止まってたんだ…!」


張り詰めた空気が一気に緩み、姫子は何を言ってるんだこいつはという戸惑いの顔を。葵はまた始まったよこいつという呆れの顔をミキに示した。


「ボス。もうミキの話聞かなくていいよ」


「い、いや、流石にもう少し聞いてみよう。この後に例の件と繋がってるのかもしれない」


ミキは一人神妙な面持ちのまま話を続けた。


「そう、今朝水道が止まってた。それに…」


「それに?」


姫子はミキの続く言葉に耳を傾ける。


「冷蔵庫が壊れてたんだ!」


姫子は隣の葵と目を見合わせて、自分たちの心境が一致していることを確かめた。


「ミキ、ボスが聞きたいのはそんなどうでもいいことじゃなくてその後のことよ」


葵がミキに急かす。


「あぁ、それなら。それで水道が止まっていることに気づいた後に便意を催してしまってだな、仕方がないから近くのコンビニで用を足そうとしたんだ。そしたら葵ちゃんが…」


姫子の求めている話ではないことを察知した葵は再びミキの話を遮り本題を話すように迫った。


「いい加減にして!ボスが聞きたいのはその後のことだってば!結論から話しなさいよアホ」


ミキは葵に促され、仕方がなく結論から話すことにした。ミキは文脈を放棄して結論だけを先の文に繋げて述べた。


「葵ちゃんが……ウンコ漏らしました」


「う、嘘でしょ…」


姫子は先ほど親子のような肩揉みのコミュニケーションを取っていた葵に向かって侮蔑の目を向ける。カウンターで作業していた爺の背中がピクリと動いた気もした。


「ち、違う違う!違うから!私がそんなことするわけないでしょ!」


必死に抵抗する葵に、姫子は少し沈黙して何かを考えたあと、ふと顔をあげて微笑んだ。


「葵、私は何があってもあなたを娘のように思っている」


ミキは姫子と葵の友情を超えた絆に感銘を受け、涙を流していた。


「あぁ、もう何この人たち!ミキ!その後よ!もう私は誤解されたままでもいいからその後のことを話しなさい!」


「あぁ。分かった。そんで漏らした後、殺し屋を名乗る男が家の屋根から突き破ってきてな、た〜にんぐの三木翔太郎だな?とか言って殴りかかってきたな。返り討ちにしたけど」


姫子はそれだと拳で手のひらをポンと叩いた。


「あるじゃないか。心当たり。それで?その殺し屋はその後どうなったんだ?」


ミキは今朝のことを思い出しながら答える。


「殺すほどの威力では殴ってないからまだ生きてると思うよ。さすがにもう現場からは逃げてるだろうけど」


「なるほどね…。それならその自称殺し屋を探ってみるか。うちを敵対視してるやつらがどこのどいつなのか分かるかもしれないな」


姫子はそう呟いた後、おもむろに立ち上がり、ミキを指差した。


「た〜にんぐのボスとして命じます。ミキ、今すぐその殺し屋の後を追いなさい。そして私たちを消しかけようとしている連中の情報を持って帰りなさい」


姫子は先ほどとは打って変わった凛々しい声色でミキに命じる。


「あいあいさー、ボス」


「葵、貴方もお供しなさい。ミキに万が一のことがあったときは頼むぞ?」


「あいあいさー、ボス」


姫子とミキたちの温度感が違うのはいつものことである。一応組織のボスらしい威厳を見せたいのだろうが、普段の様子を見ているミキたちには無駄な行為でしかないのである。


「んじゃま、久しぶりの任務といきますか」


ミキは座ったまま伸びをして、呟く。


「ふん、足引っ張らないでよね」


ミキと葵は目の前のカップを手に取り、残ったコーヒーを飲み干した。


「「行ってきます。ボス」」


「あぁ。行ってらっしゃい」


姫子もまた、カップを手に取り残ったコーヒーを飲み干した。




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