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第0話 最悪の朝

「お前は強い子だ。我ながら自慢の息子だよ」


「へへ。僕、父さんより強くなってみせるもん!」


「そうかそうか。そりゃあ頼もしい」


これはいつの記憶だろうか。


我が父と、どこか見覚えのある幸せそうな少年の一幕。


「いつになったら父さんのこと追い越せるかなぁ」


少年は父親を見上げながら言う。


「お前ならいつか訪れる未来で俺を越えるさ」


そう言って父親は少年の頭を荒く撫で回す。


よく見れば、少年は幼い頃の自分の姿にそっくりだ。自分の記憶なはずなのに、なぜ俯瞰でこの光景が映し出されているのだろうか。いや、これは夢か…?



男は夢から目覚める。


「全く、日本の夏はいつからこんな暑くなったんだ…」


茹だるような暑さに愚痴を吐き捨てる。男の住んでいる部屋にはエアコンのような高価な家電は置かれていない。今年の夏も扇風機で耐え凌ぐしかないのだ。


「これが地球温暖化ってやつの影響なのかね」


そう言いながら冷蔵庫から水を取り出し、口に含む。


「うぇっ。これ全然冷えてねぇぞ…」


冷蔵庫は一夜のうちに故障していたようで、男はしょうがなくぬるい水を再び口の中へと流し込んだ。


「にしても服がベタついて気持ちが悪い…。仕方がない。水道代が嵩むがシャワーを浴びるとしよう…」


男は汗で湿った衣類を脱ぎ捨て風呂場へと向かう。

そして汗ばんだ身体を洗い流すために蛇口を捻った。しかし。


「嘘だろ…」


いくら蛇口を水の出る方へと回してもお湯どころか水さえでない。男は最後に水道代を支払った日がいつだったかを思い出そうとするが、直近で払った記憶を全く思い出せない。ということはきっと払っていないのだろう。男はその事実に落胆し、風呂場の冷たいタイルに崩れ落ちる。


「あ、これ冷んやりして気持ちいいかも。いや、今はそうじゃなくて。水道が止まっているということは、もしかして…!」


男は全裸のまま慌ててトイレに駆け込む。そして用を足さずに水を流すレバーだけを動かした。


「み、水が、流れねぇ…!」


男にとってシャワーを浴びれないことやその他の蛇口から水が出なくなったことなどどうでもよかった。決まって朝は快便のこの男にとって、用を足せないということは他の何よりも優先される問題だったのだ。


そして、不幸なことにこのタイミングで男の腸内活動は活発化してしまう。


「よ、よりにもよってこのタイミングかよ…。おのれ、神め。一体俺が何をしたっていうんだ」


水道代を払わなかっただけである。


「い、いや待て、状況を整理しよう。確かに水は流せない。しかし、一回だけならウンコはすることができるはずだ。ただここで重要なのは、出したウンコをそのまま放置するかどうかの問題であってだな…。俺がそれを良しとすれば今のこの状況はなんとでもなる」


だが、男はそれを良しとしなかった。


(ダメだ。それだけは俺のポリシーに反する。ウンコをそのまま放置など俺のプライドが許さん!)


「そ、そうだ。近くのコンビニのトイレを借りよう。ついでに水道代の支払いも済ませてしまうんだ。給料日まで質素な生活が続くだろうが、背に腹はかえられん」


男は腹痛に襲われながらもタンスから服を取り出してそれを着る。


(コンビニまではおよそ徒歩10分。ギリギリ耐えられるだろう…)


男が靴を履き、玄関の扉を開けて外へ出ようとしたところ、玄関の扉が外から蹴破られ、男は崩れ落ちた扉の下敷きとなった。


「遅刻よ。ミキ」


常人ならぬ怪力で玄関を蹴破った少女は下敷きなっている男、ミキに呼びかける。


「ミキ〜?いないの〜?」


少女はミキが下敷きになっているのに気付かず、自身で壊した玄関の扉を踏みつけながら家の中へと歩みを進める。


「うーん、もしかしたら私がこっちに来る間にすれ違ったのかしら」


少女はそう言って一度外に出る。当たり前にミキが下敷きになっている扉を踏みつけながら。


「いや、やっぱり居留守でも使ってるのかしら」


少女は再び家の中へと入る。もちろん、扉を踏みつけながら。


ミキは声にならない声をあげているが、鈍感な少女の耳には届かない。少女はよほど優柔不断なのか、はたまた全てを知った上で行動しているのかは定かではないが、扉の上を右往左往して行ったり来たりを繰り返した。


そんなことをしているうち、遂に負荷に耐えきれなくなった扉に亀裂が入り、亀裂から扉は割れてしまった。そして、そこから現れたのはミキと呼ばれるこの男に他ならない。


「あら、ここにいたのね。気付かなくてごめんなさい。ていうかなんで泣いてるの?」


少女は扉の割れ目から顔を覗かした泣いてるミキの顔を見て尋ねる。


「しかもなんで真顔のまま泣いてるの?何その顔?一体どういう感情なのかしら?」


「これはな、あおい。漢泣きってやつだ」


葵はミキの言っている意味が分からず首を傾げる。


「まぁ、なんだ。とりあえずお使い頼まれてくれるか?」


ミキは葵に懇願する。


「まぁ、あなたが早くた〜にんぐまで来てくれるなら問題ないけど。てかなんか臭い」


葵は鼻を摘みながらミキを見下ろした。


「そうか。頼まれてくれるか」


「それで?何を買ってくればいいの?」


「尊厳を買ってきてくれ」


「へ?」


「あぁ、すまない。今の言葉は忘れてくれ。オムツとお尻拭きを買ってきてくれないか?」


葵は謎のミキの注文を受け、眉間に皺を寄せる。


「なにそのラインナップ」


「頼む、何も聞くな。とりあえずそれさえ揃えてくれたら、俺も準備ができ次第、た〜にんぐへ向かうとしよう」


「わ、分かったわよ。後でお金はもらうからね」


葵は去り際にミキを睨みつけながらも、ミキからのお願いを聞くべく、その場を後にした。


「葵ちゃんが天性の鈍感で救われたな」


ミキは扉の下敷きになりながらも、地面と擦れないように尻だけ浮かし、呟いた。


「にしても、あいつは遅刻だとか言ってたが、もうそんな時間だったのか。てか玄関ぐらい普通に開けてくれよ…」


ミキは冷静になった途端、扉の修繕費のことで頭がいっぱいになる。どうするんだこれ。またあの大家にぐちぐち説教される羽目になりそうだ。


そんなことを考えていると、ポケットに入れていたスマホの通知音がなった。


ミキは未だ扉の下敷きのまま、ポケットからスマホを取り出し、通知の内容を確認する。


そこには葵からのメッセージが映し出されていた。そこには文章とともに写真も添付されていた。



〈ミキ、オムツってこれでいいの?〉


添付された写真には『パンパース 新生児用 Mサイズ』と書かれたオムツの写真。


〈いや、よくないです〉


ミキはメッセージを返す。すぐに既読がつき、葵から返信が来た。新たな写真を添付して。


〈じゃあこれ?〉


新たな写真には『パンパース 新生児用 Lサイズ』と書かれたオムツの写真。


〈葵ちゃん、大人用のやつってありませんか?〉


すると再び即座に既読がつき、メッセージが返ってくる。


〈なんだ、大人用が欲しかったのね。じゃあこれで間違いないわね〉


新たに送られてきた写真に写っていたものは…。


〈葵ちゃん、それ貞操帯です。いや、確かに言われてみれば大人のオムツとも捉えられるんだけどさ。別にそういうの漏らなさいようにとかって考えてないんで〉


ミキは葵の行動に頭を抱えてしまう。いつになったら

自分はこの汚れたケツを拭けるのだろう。


すると突然、大きな音ともに後ろの屋根に穴が開き、陽があまり差しにくいミキのアパートに光が届く。


(葵ちゃん、いい加減普通に入ってきてくれませんか)


そして埃舞うミキの部屋に屋根から降りてくる人影が映る。


しかし、その人影の正体が葵ではないことにミキはすぐ気づいた。


「おいおい、困るな。人の家に入ってくる時はインターホンを鳴らすって教わらなかったか?」


ミキは挑発的に謎の人物へ言葉を投げかける。


「ふっ。お前の家にはインターホンどころか玄関すらないじゃないか」


謎の男は黒のスーツを羽織っており、いかにも怪しいオーラを漂わせている。


「一体何用で?」


「お前、た〜にんぐの三木翔太郎みきしょうたろうだな?お前らのせいで…いや、正確にはお前のせいで迷惑してる連中がたくさんいるんだよ。だから私が雇われた。ってことで死にな」


男の正拳が尋常ではないスピードでミキが下敷きになっている扉に叩きつけられる。


「案外あっけないものだな。た〜にんぐ最強の妖術師も私の拳を前にしたらこんなものか」


男は余裕綽々の笑みを浮かべ、扉ごと拳で粉砕されたであろうミキを眺める。


「お前、どこ見てんだ?」


男は瞬時に声のした方へと顔を向ける。


「貴様!いつの間に!?」


「いつの間にって、それでも肉体派生の妖術師かよ。まぁ、お前みたいに程度が低ければしょうがないか」


「程度が低いだと?この殺し屋仁じん様に向かって舐めた口を聞きやがって!今こそトドメを刺してやる!」


仁と名乗る男は己の身体を強化するべく妖気を強固に練り始める。


「本来なら妖気を練ってる隙に叩き込むところだけど。いいよ、葵ちゃんが帰ってくるまで待ってやる」


そして仁は妖気を練り終わる。


「馬鹿な男だ。この私に舐めた態度をとったこと、後悔させてやる。行くぞ!」


仁は再び瞬足の正拳をミキへと突き立てる。


「見せてやるよ、おっさん。妖術はこう使う!」


ミキは妖気を右手のみに集中させ、迫ってくる仁の拳に合わせて自身の拳を振りかぶった。


瞬間、ミキの拳は対する仁を吹き飛し、玄関の外へと投げ出した。


「ぐはっ!!」


その直後、買い出しを終えた葵がミキ宅へと到着する。


「ミキ〜、買ってきたわよー。ってなにこの状況は…」


「なんか殺し屋に襲われた。てか早くお尻拭きをくれ。ケツがかぶれてきた」


「はいはい。お頼みの品はこれかしら?」


そして手渡されたものをミキは受け取る。それはお尻拭きではなくお尻を叩くための鞭。いやなんで?


「いやあのこれ…」


「あと言ってたオムツ」


ミキは黙って葵から渡されたオムツを受け取る。そしてオムツは例の大人のオムツ-貞操帯-…。


「いやだからこれ…ただのSMグッズじゃねぇか!!」


ミキのケツはかぶれる一方だった。



第一話に続く。

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