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#16 正体

 魔王城の中は、思いの外、広かった。

 先ほどのディッケバルト二十五基による一斉砲撃で、黒曜石の分厚い城壁はドロドロに溶かされ、自重に耐えきれなくなった上部が崩落した。その結果として生じた巨大な壁の穴は、まるで地獄へと続く大口のようにぽっかりと開いていた。

 が、幸いなことに、その穴から城の上部へと続く巨大なスロープ状の坂道は、奇跡的に崩落を免れて残っているようだった。我々、第七十五砲術隊とディッケバルトは、魔王城へと突入し、ついに魔族の本拠地である魔王城内に足を踏み入れたのである。


「蒸気圧、安定! このまま前進を続ける!」


 蒸気車両の運転士が叫び、石炭をくべる機関助士たちが汗だくになりながらシャベルを振るう。

 信じられないことだが、射程十二キロ、口径四十二センチを誇るあの巨大な大砲「ディッケバルト」が、黒煙を上げながらそのまま城の中を通ることができるほどの途方もない空間が、そこには広がっていた。天井は遥か高く霞み、巨大な黒曜石の柱が何十本も立ち並んで、崩れかけた上層部を辛うじて支えている。我々人類の力では到底不可能な、魔力と無尽蔵の労働力に物を言わせた常軌を逸した規模の建造物だ。

 私はこの禍々しいばかりの城内での不安を紛らわすために計算尺を握りしめ、ディッケバルトの台車の脇を歩きながら周囲を警戒した。護衛の歩兵部隊が小銃を構え、ランタンの灯りで薄暗い城内を照らし出しながらじりじりと進んでいく。

 外での戦いで、守勢に回った魔獣の大半は潰したはずだったが、それでも広大な城の暗がりには、まだ多数の残党が潜んでいた。


「右翼、柱の陰から敵影! ゴブリンの群れ!」


 歩兵の怒号とともに、乾いた銃声が城内に反響する。緑色の肌をした魔獣たちが、奇声を上げながら瓦礫の陰から次々と飛び出してきた。魔獣を生み出す「工房」はすでに破壊されたが、すでに生み出されていた奴らは、最後の命令に従うかのように狂信的な突撃を繰り返してくる。

 あれを操っているのは、魔族ではないな。明らかに「魔王」だ。外にいる魔獣とは、明らかに動きが違う。

 だが、歩兵たちの銃弾がゴブリンを次々と薙ぎ倒していく。もしもオークやさらに大型の魔獣が姿を現せば、この閉鎖空間での戦闘は我々にとって不利になる。ディッケバルトのような巨砲は、このような至近距離での乱戦には向いていないのだ。

 この場は、歩兵らの銃撃に任せる他ない。


「接近戦は歩兵に任せる! ただし、大型の魔物が出た時に備え、砲弾装填せよ! この大型砲での至近弾での戦闘もありうるぞ!」


 アルデリーギ中佐が指示を飛ばすが、次から次へと暗闇から湧き出してくる魔獣の波に、前衛の歩兵部隊の足が完全に止まってしまった。このままでは、被害が拡大するばかりだ。

そう私が歯噛みした、まさにその時だった。


「……退け。下等な獣ども」


 低く、しかし城内の空気をビリビリと震わせるような重い声が響いた。

その声と同時に、我々に襲い掛かろうとしていた魔獣たちの動きが、まるで時を止められたかのようにピタリと静止したのだ。振り上げられた錆びた剣も、剥き出しにされた牙も、そのままの状態で固まっている。


「な、何が起きた!?」


 困惑する歩兵たちの前に、瓦礫の陰からゆっくりと姿を現したのは、筋骨隆々とした体躯に太い二本の角を生やした大型魔族だった。その左腕は肩のすぐ下から無惨に失われ、マルディーニが巻いた分厚い包帯がまだ、痛々しく残っている。


「なんだ、ヴラゾヴラか」


 ブリヘーリアがその名を呼ぶと、彼は黄金の瞳で私を一瞥し、鼻で笑った。遅れてやってきた指揮魔術の使い手である彼が、自身の魔力を用いて、眼前にいる魔獣たちの意識を完全に掌握し、従わせてしまったのだ。


「まったく、手間をかけさせるな、人間どもよ。俺がこの場にいる魔獣を従わせているうちに、さっさと前へ進むがいい」


 ヴラゾヴラのその言葉に、私は思わず歩みを止め、彼と、その後方で涼しい顔をして歩いているブリヘーリアの姿を交互に見つめた。

 私は、ある一つの疑念を抱かずにはいられなかった。

魔獣を操る指揮魔術師と、強力な炎を操る長距離魔術師。この二人の高位魔族は、人間軍に捕らえられた後も、常に奇妙なほど協力的だった。いや、協力的というよりは、むしろ状況を自分たちの都合の良い方向へと誘導している節があった。


「おい、ブリヘーリア」


 私は、歩兵たちが硬直した魔獣の横を恐る恐る通り抜けていくのを見計らい、ディッケバルトの傍らを歩く彼に歩み寄って尋ねた。


「お前たち……もしかして最初から、魔王に対して叛逆するつもりだったのではないか?」


 私の直球の問いかけに、ブリヘーリアは歩みを止めず、ただ前を見据えたまま口角をわずかに上げた。魔王への明確な敵意や叛逆の意思を言葉にすることは、彼らの魂に刻まれた「禁則事項」に触れ、命を落とす危険がある。だが、彼はその縛りをすり抜けるように、遠回しな表現でこう返答した。


「考えてもみろ。数百年も生きていて、何ものにも束縛されない自由を欲するのは、当然ではないか?」


 その言葉の裏にある深い意味を、私は瞬時に理解した。魔族というものは、魔王の意思によって生み出され、魔王の願いを叶えるためだけに作り上げられた、いわば「道具」だ。その目的のためだけに、魔族らは各々が個の力を磨くことを強いられてきた。彼らには頼るべき家族も友人もなく、もちろん愛などという概念もなく、ただ戦うことだけが運命づけられた。

 だが五百年、あるいはそれ以上の途方もない時を生きる中で、彼らのような高度な知性を持つ魔族が、自らの存在意義に疑問を抱かないはずがない。「なぜ自分たちは、己の意志とは無関係な目的のために、永遠に働き続けなければならないのか」と。


「……なるほどな。まさかとは思うが、私をリーリアにさらわせたのも、その一環だったのか?」


 私がさらに踏み込んで尋ねると、ブリヘーリアは悪びれる様子もなく頷いた。


「我は牢獄の中から、リーリアに『人間たちの中に恐るべき算術使いがいる。その娘を捕らえよ』と伝えた。優秀な算術使いがいなくなれば、人間どもは血眼になってお前を探し出し、結果としてあの魔王の側近であるリーリアやガウガを倒してくれるだろうと期待していたのだ。思惑通りに、事は運んだ。でなければ、これほど軽々と魔王城に入ることは敵わなかったであろう」


 なんという狡猾さだろうか。彼は自分の手を一切汚すことなく、敵である人間を巧みに利用し、魔王の忠実な側近たちを排除させたのだ。私がひどい目に遭ったことなど、彼にとっては作戦の些末なことに過ぎないらしい。


「まったくだ。俺もブリヘーリアから念話で本心を聞かされた時は冗談かと思っていたがな」


 後ろから歩いてきたヴラゾヴラが、残った右腕で顎を撫でながら会話に加わった。

 今、念話といった。そういえば、ヴラゾヴラが初めて私と出会った時、すでに算術のことを知っていた。さらにリーリアも、どうやら私が魔術を越える途方もない力、すなわち算術という技能を持っていることを知っていた。彼らには、何らかの言葉を越えた会話の手段がある、ということに他ならない。


「俺自身も、生まれてから三百と七十年、ずっと不自由な暮らしだった。魔獣を操り、人間を殺すだけの日々。いい加減、自由とやらになりたいとは思っていた。が、俺たちにその自由とやらを手に入れる術などないからな」

「だからこそ、我々人間を利用して魔王を討たせようとした、というわけか」


 ヴラゾヴラは私のこの返答に、敢えて答えなかった。元々、私も返事を期待していたわけではない。私が呆れながらも笑みを浮かべると、その意味を理解してか、二人の魔族は揃って不敵な笑みを浮かべた。

 親であるはずの魔王を裏切り、憎むべき敵であったはずの人類に味方し、自らの種族の運命すらも他力本願で変えようとする。なんとも節操がないというか、自分勝手というか……怒りを通り越して、もはやそのしたたかさに感心してしまうほどだった。


「お前たち魔族の『卑劣さ』とは、本当に私の想像を遥かに超えている」

「誉め言葉として、受け取っておこうか」


 私は皮肉を交えて言ったのだが、ブリヘーリアはそれをむしろ光栄に思い、受け入れた。なんとまあ、おそるべき卑劣な種族だ。


 そんな会話の中、巨大な黒曜石の回廊を抜けて、我々第七十五砲術隊と先鋭の歩兵部隊は、ついに魔王城の最深部へと到達した。

 そこは、城の他の場所とは明らかに空気が異なっていた。床には足音が沈み込むほど分厚い真紅の絨毯が敷き詰められ、壁面には無数の不気味な骨の装飾が施されている。

 天井からは青白い光を放つ鉱石が吊り下げられ、広大な空間を幽玄に照らし出していた。


「これが……玉座の間か」


 アルデリーギ中佐が拳銃のグリップに手をかけながら、油断なく周囲を見回した。

広大な部屋の最奥。十段ほどの階段の上に設けられた巨大な祭壇のような場所に、明らかに異質な「何か」が鎮座していた。

 私たちは息を呑み、恐る恐るその祭壇へと近づいていく。

だが、何も聞こえない。魔王の威圧的な声も、空間を震わせるような魔力の波動も、人間である私の感覚には全く届いてこなかった。

 しかし、魔族たちには違ったらしい。ブリヘーリアとヴラゾヴラは、突如としてその場に片膝をつき、深く頭を垂れたのだ。彼らの顔には、先ほどまでの不敵な態度は消え失せ、呪縛による絶対的な服従の色が浮かんでいた。魔王から、彼らの脳内に直接「念話」が叩き込まれているのは明らかだった。


「……とんでもありません。我は魔王様のため、この者らをこの場に連れてきたのです」


 ブリヘーリアが、虚空に向かって恭しくそう答えた。


「ブリヘーリアの言う通りでございますよ。彼らこそ、算術と砲術という、魔族にはない力を持ち得る者たちなのです。必ずや、魔王様の役に立つ者どもでございます」


 ヴラゾヴラもそれに同調し、頭を下げたまま告げた。

 私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 まさか、裏切ったのか? ここにきて、私と第七十五砲術隊、それに随伴する歩兵らを魔王への手土産として差し出すために、ここまで誘導したというのか? 魔族の卑劣さを甘く見ていた私の完全な計算違いだったのかと、絶望が胸をよぎった。歩兵たちも一斉に銃口を二人の魔族に向け、場の緊張が極限まで高まる。


 だが、その時だった。


 頭を深く下げたままのブリヘーリアが、私からしか見えない絶妙な角度で、スッと人差し指を伸ばし、祭壇の上を指差したのだ。

 そして彼は、ほんのわずかに、口パクで私に伝えた。


 『あれを撃て』と。


 私はハッとして、彼が指差したその先、祭壇の上にある「魔王」の姿を凝視した。

 私はてっきり、魔王というものは、ガウガを遥かに超える巨大な魔族か、あるいは恐るべき化け物のような姿をしているのだと思い込んでいた。

 だが、そこにあったのは、およそ生命体と呼べるものではなかった。

 それはちょうど、漆黒の金属で覆われた四角い箱型の物体だった。表面には、計算尺の目盛りのように規則正しく並べられた無数の板状の部品が差し込まれており、そこから太い管や配線のようなものが四方八方に伸びている。そして、その箱の表面のあちこちで、赤や緑の小さな光が、まるで呼吸をするかのように不規則にチカチカと点滅を繰り返していた。


「魔王とはもしや……機械、なのか?」


 私は算術師としての直感で、それが何らかの高度な人工物であることを悟った。未知の原理で動く機械の塊ではあるが、あれと似たようなものを目にしたことがある。

 そう、無電機だ。電気を流す配線と呼ばれるひも状のものが束ねられた機械であり、それが遠くに電波というものを飛ばして情報をやり取りする。まさにあの無機質な機械とそっくりで、それを巨大化、複雑化したようなものだ。そんな無機質な機械の塊が、魔族を生み出して呪縛し、無尽蔵の魔力を供給し、魔獣すらも生み出していた「魔王」の正体だというのか。

 唖然とする私を催促するように、ブリヘーリアの指が再び微かに動いた。

 迷っている暇はない。呪縛により魔王に刃を向けられない彼らに代わって、我々人類があの機械を破壊しなければならないのだ。

 私は振り返り、第七十五砲術隊を束ねる砲術長、アルデリーギ中佐の目を見た。中佐もまた、あの不気味な機械の存在と、魔族の真意を瞬時に理解したようだった。


「水平砲撃、用意! 転倒防止装置(アウトリガー)、展開!」


 砲撃長は、続けざまに叫ぶ。


「目標、正面祭壇上の黒い箱! 仰角 〇.二度、火薬十箱、信管時間 一秒!」


 もはや計算尺など不要なほどの至近距離だ。ディッケバルトの巨大な砲身をほぼ水平にし、真っ直ぐに撃ち込めば確実に当たる。

 砲術長の指示を受け、隊員たちは俊敏に動いた。


「尾栓開け! 弾頭装填!」

「火薬十箱投入! 尾栓閉鎖!」


 ガチャンと重い金属音が響き、四十二センチ榴弾砲の発射準備が瞬く間に整えられた。


「射撃用意よし!」


 そして副官であるストルキオ大尉が絶叫する。

 砲撃態勢に入ったと知ると、アルデリーギ中佐は、巨大な機械の魔王を睨み据え、周囲に向かって号令をかけた。


「全員、ディッケバルト後方、または物陰に退避! 衝撃に備え!」


 この巨大な閉鎖空間で、最大火薬量による四十二センチ榴弾を至近距離で炸裂させるのだ。その爆風と衝撃波は、半端なものではない。歩兵たちも慌てて太い黒曜石の柱の陰へと飛び込む。

 私も急いで後方へ走ろうとしたが、足がもつれて転びそうになった。その瞬間、強い力で腕を引かれ、巨大なディッケバルトの重厚な鉄の車輪の裏側へと強引に引きずり込まれた。

 見上げると、それはブリヘーリアだった。彼は私を庇うように抱え込みながら、ニヤリと笑った。


「さあ、お前たち人間の底力とやらを、見せてもらおうか」


 なんてことだ、私は今、魔族に抱えられている。それも、命を狙われるためではなく、命を助けられるために、だ。かつて魔族によって家族を失った私は、魔族によって助けられようとしているのか。

 と、そんな感傷など構うことなく、全員の退避を見届けた砲術長は右手を力強く振り下ろす。


「てーっ!」


 合図とともに、ディッケバルトの図太い砲門が、玉座の間の薄暗い空間を真昼のように照らす強烈な閃光を放ち、火を噴いた。

 凄まじい轟音が鼓膜を破らんばかりに反響し、城全体が激しい地震に見舞われたかのように揺れ動いた。

 放たれた重い砲弾は、瞬きする間もなく祭壇の上の黒い機械に直撃する。

 信管時間一秒。直撃と同時に、内部に詰め込まれた一千発の散弾をまき散らすための炸薬が、大音響とともに炸裂する。

 グォーッと猛烈な衝撃波が押し寄せ、真紅の分厚い絨毯がまるで強風にあおられたハンカチのごとく舞い上がり、周囲を取り囲む魔獣の骨の装飾が粉々に砕け散って吹き飛ぶ。私はブリヘーリアの腕の中で身を縮め、両手で耳を塞ぎながら、その凄まじい衝撃波が通り過ぎるのを必死に耐え凌いだ。

 やがて、鼓膜の奥で鳴り響く耳鳴りとともに、玉座の間を吹き荒れた爆風と土煙がゆっくりと収まっていった。

 私は咳き込みながら立ち上がり、ブリヘーリアの腕から離れて、祭壇の方へと目を向けた。


 そこにあったのは、無惨な結末だった。

 青白い光を放っていた鉱石は砕け落ち、玉座の間は薄暗い硝煙に包まれている。そして、あの祭壇の上で不気味な光を点滅させていた黒い箱は、ディッケバルトの圧倒的な物理的破壊力の前に、完全に粉々に粉砕されていた。

 ひしゃげた金属の板、千切れて火花を散らす無数の配線、そして用途の分からない奇妙なガラス管や得体の知れない物質でできた破片が、周囲に散乱している。それは無線機のような、いや、工術大学の研究室に置かれた、研究中の計算機というものを巨大化させたような、紛れもない機械の残骸だった。

 しかし誰が、いつ、どういう目的で、この魔大陸の奥深くにこのような機械を作り上げたのか。それは分からない。はるか古代の失われた文明の遺物なのか、それとも我々人類とは全く異なる存在が残した遺跡だったのか。

 ただ一つだけ確かなことは、それは魔族が作り上げたものではないということだ。技術を伝承せず、道具を発展させない彼らに、これほど精密な機械を作れるはずがない。


「これで、本当に終わったのか?」


 アルデリーギ中佐が拳銃を下ろし、静かに呟いた。


「ああ、終わった。我々の魂を縛っていた重い鎖が、今、断ち切られた」


 ブリヘーリアが、自らの両手をじっと見つめながら、深い安堵の息を吐き出した。隣では、ヴラゾヴラも同じように己の身体を確かめ、自由の感覚を噛み締めているようだった。


「この人でも魔族でもない無機質なものに、我々魔族は七百年もの間、ずっと縛られ、操られていたのだよ」


 ブリヘーリアの言葉には、長い歳月を無意味な闘争に費やさせられた者特有の、虚無感と哀愁が漂っていた。魔王という絶対的な存在が、単なるプログラムされた機械に過ぎなかったという事実は、彼らにとってどれほどの絶望と救済をもたらしたのだろうか。


「お前に聞きたい。魔王がいなくなった今、魔族はどうなる?」


 私は、破壊された機械の残骸から目を離し、ブリヘーリアに尋ねた。

 魔王の意思によって生み出され、長年、人間を滅ぼすように命じられていた魔族たちだ。その大元の命令者が消え去った今、彼らがどう動くのかは、人類の未来にとっても極めて重要な問題だった。

 すると、ブリヘーリアは少しだけ考え込むような素振りを見せた後、肩をすくめてこう答えた。


「さあな。呪縛が解けた以上、それぞれが自由に考えることだ。魔大陸の奥深くで静かに暮らすのもよし、新たな生き方を探すのもまたよし、だ。が……我はお前についていくつもりだがな」

「は? 私に? どうして」

「そうだな。まずはお前の持つ『算術』という概念を知りたい。あれは我が魔術をさらに高みへと導くための、最高の鍵となる。それに、お前のそばにいれば、退屈することはなさそうだからな」


 彼はニヤリと笑い、私を見下ろした。

 私は深い溜息をついた。家族の仇であった魔族と、まさかこんな形で肩を並べる日が来ようとは、王立工術大学で計算尺の使い方を学んでいた頃には想像もしていなかった。だが、あのガウガに添えた一輪の白い花が、私の中で彼らに対する認識を少しだけ変えていたのも事実だった。

 人間と魔族は、決してすぐに手を取り合えるわけではない。だが、縛り付けるものがなくなった今、互いに異なる理を持つ者同士として、新たな関係を計算し直すことはできるはずだ。


「ついてくるのはいいが、算術はそう簡単には手に入れられるものではないぞ」


 私が計算尺を胸ポケットから少しだけ覗かせてそう言うと、ブリヘーリアは楽しげに喉の奥で笑った。

 さて、がれきの山と化した魔王の姿を見た歩兵の一人が、歓声を上げた。


「勝利だ! 我々人類の勝利だ!」


 すると、それに呼応するように、玉座の間に残った全ての将兵たちが、地鳴りのような歓喜の声を上げる。第七十五砲術隊の面々も、煤だらけの顔で互いに抱き合い、喜びを爆発させている。

 私も、アルデリーギ中佐の方を向いて、静かに敬礼した。砲術長もまた、厳格な表情を崩し、柔らかい笑みを浮かべて返礼してくれた。

 七百年もの間続き、数え切れないほどの血と涙を大地に吸い込ませた人魔戦争は、ついに終焉を迎えた。

 魔王城の天井に開いた穴から、青く澄み切った魔大陸の空が覗いている。この青い光が照らすのは、人類にとっての明るい未来なのか、私には分からない。が、ともかく今は、無慈悲なまでの戦闘を終えて平和を勝ち取った喜びを、ただただ甘受するばかりだ。

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