#17 争い
人間とは、実に浅ましい生き物である。
私は今、それを痛感しているところだ。
魔大陸にいる魔族に対抗するため、一時は連合まで組んで協力しあった仲だというのに、魔大陸に敵がいなくなった途端、今度は魔大陸の覇権を巡って争いが始まった。
特に強国であった我がロメリア王国は、鉱山の権益と、三つあった香辛料の丘の内、二つの所有権を主張した。それに反発する周辺諸国が、この魔大陸で戦闘を挑んできた。
ディッケバルトは、我がロメリア王国の軍需工廠が作り出したものだ。戦闘に用いた物資の多くも、ロメリア王国が供与してきた。その結果としてこの魔大陸を探索し、石炭鉱山や硝石、その他各種物質の源を見つけ出し、この大陸内部だけで物資を調達できるまでになった。
さらに王国は、街も築いた。アイゼングラート山の麓に「クリスタルブルグ」という城塞都市を作り、そこを拠点に周囲への開拓を始めていた。私も、今はそこで住処を得て暮らしている。
それゆえにロメリア王国がその分、権益を主張するのは当然のことではあるのだが、他国も相当な人員や費用を負担したから、この独占に近いともいえる王国の専横ぶりに反発する国が現れるのも無理はない。
他国から見れば傲慢ともいえるロメリア王国の動きに対抗し、かつて連合を組んだ国々がやや南に港を整備して、同じく軍事都市を築いて対抗してきた。
人魔戦争が終わって、ちょうど一年が経った。が、今度はこの魔大陸で人同士の戦争が始まった。
いや、正確には、人でない者もいるのだが。
「まったく、人間どもというのは、これだから下等だというのだ」
「その通りだな。なぜ同じ種族同士だというのに、戦いに興じるのか? 理解できぬ」
魔族のブリへーリアとヴラゾヴラにそう言われてしまっては、形無しだ。まったく人間という種族は実に愚かだと、私自身もそう思う。
第七十五砲術隊改め、ロメリア王国軍第十五砲術隊となったわが隊は、砲術長を含め、ほぼ同じ面子のままだ。砲術長は昇進したものの、相変わらずアルデリーギ大佐のままであるし、算術師は私、イルザ・ロッセリーニ中尉が務めている。
これまでと違うのは、一つの砲術隊に、三基のディッケバルトがあるということと、そして一人、長距離魔術の使い手が混じっているということだ。加えて、魔獣を操ることができるヴラゾブラ、それに数人の魔族まで混じっている。
なお、ヴラゾヴラは失った左腕を、強力な治癒魔術が使える魔族によって治療を受け、今は五体満足な身体に戻っていた。
にしても、なぜだか分からないが、生き残った数名の魔族は皆、私のいる第十五砲術隊へと集まってきた。それらを仕切るのは、生き残った魔族の中でもっとも年長者でもあるブリへーリアだ。
要するにだ、魔族たちから見ても力ある国は、まさに我がこのロメリア王国だと知ってのことだろう。強い国だから味方する、まったく、なんとも計算高い連中だ。算術など知らないというのに、こういう計算能力だけは鋭い。
などと考えていると、敵軍が現れた。場所は、グルートクッペそばの大平原で、かつて魔族を相手に塹壕戦をやったあの場所だ。その平原の南側からヴォードランス公国と、ヴァルメリー王国の連合軍がやってきた。事前の情報によると、両軍合わせて七千の兵力だという。
「ちっ、ついこの間まで、共に戦った相手だというのに、手のひらを返してくるとは……」
ぼやく砲術長だが、その連合軍に対するロメリア王国軍の規模はおよそ一万。それ以上に、二十五センチ榴弾砲が三十基に、この第十五砲術隊の三基のディッケバルトがある。加えて、長射程の魔族が一人に、指揮魔術の使い手が一人。あとは中小射程の魔族が数人、味方についた。
いつの間にかこの大陸は、人と魔の戦いから、人同士の戦いの場に変わってしまった。そこに、勝てそうな我が国へ魔族が味方するという、つい一年前では考えられないような事態に陥っている。
もちろん、人大陸でも、大陸間の海でも、互いの権益をめぐって戦いが始まっていると聞いた。が、私はすでにこの魔大陸にて居を構えて暮らしており、それ以外での戦闘の詳しい状況など、知るよしもない。
「さて、さっさと奴らを叩いて、今日も美味いものを食おうではないか、イルザよ」
ブリへーリアはといえば、五百年もの間、鬱屈していた不自由な生活を晴らすが如く、人がもたらす美味い食事にハマっている。
一方のヴラゾヴラは、人の書籍を読み漁っている。いつの間にか、我々の文字を覚えたようで、そこから得られる知識が面白いらしい。なお、今もっともハマっているのは、小説文学の類いのようだ。
「ちょっと、本を読みながら戦いはしない! 怪我しても、知らないわよ!」
「なんだ、マルディーニ、相変わらず心配性だな。あれほど遠くにいる敵に、俺が遅れをとるはずがない」
「そんなことをいってるから、私たちに捕まって酷い目に遭ってたじゃないの」
「今は大丈夫だ。むしろ俺にけがを負わせた張本人たちは味方なのだから。それよりもだ、あまり怒ると、その可愛らしい顔がより魅力的になって、ますます俺が惚れてしまうではないか」
「み……魅力的だなんて……ヴ、ヴラゾヴラ、そういうのはね、戦場で言う言葉じゃないのよ!」
そんなヴラゾヴラに説教するのは、マルディーニだ。が、ヴラゾヴラはどこで覚えたのか、妙な口調でマルディーニを丸め込む。どうやらこの二人はいつのまにか付き合っているらしい。マルディーニのやつ、よりにもよって魔族と付き合うとか、どういう神経をしているのかと思うが、ヴラゾヴラは恋愛小説によって「愛し合う」という感情を覚えたらしく、その小説の言葉を巧みに操り、マルディーニの心を掴んだようだ。
で、一方の私はといえば、さらに複雑で、困ったことになっている。
「イルザよ、今夜は我の家で一緒に過ごさないか?」
まただ、ブリへーリアが私に誘いかけてくる。すると、砲術長が黙ってはいない。
「おい、ブリヘーリアよ。イルザ……いや、ロッセリーニ中尉は私と同居している身だ。勝手に連れて行かないでもらえるか?」
「大丈夫だ、繁殖活動は、お前にゆだねる。我はただ、自らの快楽のためにイルザを抱きたい、ただそれだけだ」
この通り、魔族であるブリへーリアには遠慮や倫理感というものがない。露骨なまでに正直で赤裸々な感情を、平然とひけらかしてくる。当然ながら、砲術長はお怒りだ。
「あのなぁ、そういうのを人間の世界では『不倫行為』というのだ!」
「不倫? それは、悪いことなのか?」
「当たり前だ。ましてや公然とそれを述べるなど、悪行極まりない行為なんだぞ」
「我は魔族であるからな、悪行など、むしろ誉め言葉だ」
この通りだ。私はどういうわけか、この二人から言い寄られている。で、挙げ句の果てに、いつもこんな話になる。
「ならばアルデリーギよ、いつも通り、勝負しようではないか。どちらが多くの敵を倒すか。それで今夜、どちらがイルザを独占するかを決める」
「望むところだ。ディッケバルトの威力、見せつけてくれる」
「何をいうか、今日の我が魔術は冴えに冴えている。いつも以上に、敵に地獄を見せつけてやれそうだ」
ああ、またこれだ。人の命のかかる勝負で、私がどちらの家にいくかを決めている。こんな理由で倒される敵のことを、不憫としか思えない。
が、しかしだ、こんな両者だが、その両者にとっての算術師は、私しかいない。
「おい、イルザ。魔術弾の算術だ」
「ロッセリーニ中尉、ディッケバルトの弾道計算にかかれ」
二人同時に、命令が入る。敵までの距離はおよそ十一キロ。私はまず、ディッケバルトの弾道計算から始めることにしている。というのも、砲撃には準備に時間がかかる。こちらから取り掛からないと、不公平というものだ。
「左十五度、仰角五十六.四度、信管五十七秒、弾着五十六.四秒!」
ディッケバルトの榴弾の特性から、真上から広がるように当てるのがもっとも敵に損害を与えやすい。そう考えて、上方から降り注ぐ角度を指定する。
さて、ディッケバルトの方が砲撃準備にかかっている間、今度はブリへーリアの魔術弾の計算だ。弾頭と違い、風の影響を受けやすい魔術弾の計算を行うのは、かなり至難の業だ。が、私は最適と思われる値を弾き出す。
「左十四.七度、仰角三十四.二度、魔力は目一杯、弾着時間三十九秒!」
まったく、どうして私は二つの算術をやらなきゃいけないんだ。忙しいったらありゃしない。なお、魔術弾は低めに飛ばした方が、その炎が広がりやすく、打撃を与えやすい。その特性を活かすため、ブリヘーリアの魔術には低角度の弾道を選んだ。
「我にまといし禍々しき炎の魔力よ、その真なる力を顕現し、灼熱の地獄を彼方に与えたまえ!」
「射撃用意よし!」
「砲撃開始、てーっ!」
詠唱と号令が、同時にこだまする。このやる気満々の二人のおかげか、ほぼ最初の一撃で勝負が決まってしまった。ヴォードランス・ヴァルメリー連合軍七千の兵力のうち、三千もの兵がたった一撃で失われた。こうなるともう、戦線が維持できない。敵連合軍は、慌てて退却に転ずる。
「今宵は、我の番になったな」
「うう、くそっ、あとちょっとだったというのに……」
で、弾着観測員によれば、わずかにブリへーリアの魔術弾による被害が上回ったとのことだった。ということで、私は今夜、ブリへーリアの居住する家に行くことになった。
……のだが、ここでふと思う。私の意思というものは、どうでもいいのか? どうして二人の意思だけで、私の今夜の相手が決まる? おかしいだろう、どう考えても。
とはいえ、私自身、正直悩んでいる。王国軍でもトップエリートなアルデリーギ大佐に、寿命が無限とされ、長生きが期待できて将来に困らないブリへーリア。素直に言えば、どちらも捨てがたい。
結局、私が優柔不断なのがいけないのか? などと思いながらも、私は交互にこの二人と付き合っている。
おかしな運命の上を、私は今、歩んでいる。人魔戦争は終結し、タガが外れた人同士が戦いを始めてしまったと思いきや、逆に人と魔族が接近する。いや、それ以上に、人と魔族が私を奪い合うというおかしな状況すらも生み出してしまった。
果たして、この事実を死んだ私の家族が知ったら、どう思うだろうか?
お前こそ「魔族」ではないかと、きっとそう言うだろうな。うん、そうに違いない。
(完)




