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#15 魔王城

 我々人連合軍が、分厚い黒雲にへだたれた光の道を抜けて辿り着いた魔大陸の奥。そこにそびえ立っていたのは、我々の常識をはるかに超える威容を誇る、一つの「山」であった。

 禍々しい黒曜石で築き上げられたその巨大な建造物こそが、七百年もの長きにわたり、人類を絶望の淵へと追いやり続けた元凶、魔王の住まう城である。周囲の空間は赤黒い魔力のオーラによって陽炎のように歪み、見上げればその頂は、再び空を覆い始めた薄暗い雲に隠れて見えないほどに高い。

 だが、その魔王城を双眼鏡で観察していた私は、前回の要塞城と比べてある決定的な違いに気がついた。


「砲術長……あの城、城壁が見当たりませんね」


 私の報告に、アルデリーギ中佐も無言で双眼鏡を覗き込み、険しい表情で頷いた。

 先日陥落させたヴェルツェンクッペの要塞には、強固な石造りの防壁が張り巡らされていた。しかし、この魔王城の周囲には、物理的な壁というものが一切存在しないのだ。ただ、巨大な黒曜石の塔がむき出しで大地に突き刺さっているだけである。

 なぜ城壁がないのか。その理由は、城の麓を見下ろした瞬間に明らかとなった。

 大地を埋め尽くすように蠢く、緑や褐色のおぞましい魔獣の波。無数のゴブリン、コボルト、オーク、そして先陣で立ち塞がる岩山のようなギガオーガたち。何万、いや何十万という魔獣の群れが、城を取り囲むように幾重にも密集して配置されているのだ。

 物理的な石の壁などに頼らずとも、尽きることなく湧き出し続ける無尽蔵の魔獣の群れそのものが、この魔王城を守る「生きた城壁」として機能しているのである。


「なるほど、奴らにとっての魔獣とは、石積みの壁よりも安い、替えのきく防壁の材料というわけか」


 砲術長が吐き捨てるように呟いた。魔族以上に、魔王の徹底した手下の命への軽さが、その陣形から如実に伝わってくる。

 しかし、我々人類も、もはやかつての脆弱な種族ではない。

 人類と魔族が血で血を洗う戦いを始めてからすでに七百年。海の向こうから押し寄せた魔獣と魔術の脅威に蹂躙され、人大陸の一部を奪われ、息を潜めていた暗黒の時代は終わった。火薬と蒸気機関いう大発明が砲術と爆術、そして生産力と移動力を生み出し、我々は魔術を凌駕する絶対的な暴力を手に入れたのだ。

 そして、それを自在に操る算術も、彼らを凌駕する見えざる力として働いた。


 今や、この魔王城の西側に集結した我らが人連合軍の兵力は、本国からの増援を含めて四万という途方もない数にまで膨れ上がっていた。

 横一列に展開した歩兵部隊の後方には、無数の十センチ砲と、九十基もの二十五センチ榴弾砲がずらりと並んでいる。さらにその後方、見晴らしの良い丘陵地帯には、人類の叡智の結晶であり最大火力を誇る口径四十二センチの長射程の巨砲「ディッケバルト」が、二十五基も等間隔で鎮座し、その太い砲身を魔王城へと向けていた。

 すでに、魔王城上空を覆い隠し、絶対的な探知と防御を担っていたあの忌まわしい黒い雲は、我々のディッケバルトの集中砲火によって完全に吹き飛ばされている。陽の光が、この魔の領域に真っ直ぐに差し込んでいる。

 あとは、残る最後の魔獣群と、城に立て籠もる多数の魔族を粉砕し、あの黒曜石の塔を引きずり下ろすだけだ。

 いよいよ、七百年に及ぶ人魔戦争の最終局面である「魔王城攻略戦」が、今まさに始まろうとしていた。


『全軍、目標、魔王城およびその周囲の魔獣軍! 一斉射撃、用意!』


 連合軍司令部からの号令が、無数の拡声器を通じて魔大陸の空気を震わせた。信号弾が赤く天に打ち上がり、それを合図に、全砲門が火を噴いた。

 天地がひっくり返るような轟音。大地が激しく波打ち、我々の陣地は一瞬にして濃密な硝煙と土煙に覆い尽くされた。

 九十基の二十五センチ砲と、二十五基のディッケバルトから放たれた無数の砲弾が、美しい放物線を描いて魔王城の麓へと降り注ぐ。

 ところで、二十五基のディッケバルトにはそれぞれに算術師がいる。が、場所も近く、私の予測がもっとも的確であるという理由から、私の算出値を元に砲台の位置分を補正して用いる算術師が多い。結果としてその方が、命中率が上がるのだという。いや、私よりも階級が高い算術師の方が多いのだから、それくらいは自身で計算してくれと、毎度思う。

 そんなディッケバルトの集中砲火に、小中口径の砲による一斉砲撃もあり、魔王城の前は爆発の閃光が連鎖して、生きた城壁となっていた魔獣の群れが、文字通り紙屑のように吹き飛ばされていく。ギガオーガの巨体は木端微塵に砕け散り、小型の魔獣たちは炸裂した千発の散弾を浴びて血肉の雨へと変わる。

 それを合図に、四万の歩兵部隊が鬨の声を上げて前進を開始した。生き残った魔獣たちが狂信的な突撃を仕掛けてくるが、歩兵の放つ一斉射撃の弾幕の前に、次々と蜂の巣にされて崩れ落ちていく。


「算術師! 敵の密集陣形を狙う!」

「はっ!」


 砲術長から指示が下る。私は双眼鏡を片手に魔獣の群れの密集具合を観察し、そのもっとも密なる場所に照準を定める。そして、すぐにそれを砲身の向きへと変換する作業に入る。


「左四.二度、仰角三十六.五度! 火薬最大、信管三十秒!」


 私は計算尺を握りしめ、前線でうごめく魔獣の群れを双眼鏡で捉えながら、次々と弾道計算を弾き出していく。我が第七十五砲術隊のディッケバルトも、私の計算に従って重い榴弾を放ち、魔獣の群れの真上で正確に散弾の雨を降らせていった。

 だが、敵も黙って滅びを待つわけではない。魔王城の各所から、緑色や赤色の魔法陣が無数に展開され、長距離魔術による炎や毒の雨が我々の陣地めがけて撃ち返してくる。

 しかし、算術を持たない彼らの魔術は、相変わらず狙いが定まらない。前進する歩兵の頭上を越え、虚しく後方に着弾するものが多い。時折、不運にも直撃を受けた部隊が業火に焼かれるが、四万という大軍の歩みを止めるには至らなかった。

 私は次なる魔法陣の展開位置を特定し、そこへ向けて対抗砲撃の諸元を計算しようと、計算尺の滑子を弾いた。

 その時だった。


「おい、イルザよ」


 背後から、低く押し殺したような声がかけられた。

 振り返ると、拘束を解かれたまま我々に同行している魔族の捕虜、ブリヘーリアが、腕を組みながら私を見下ろしていた。彼の黄金の瞳には、かつて人間を「魔獣以下」と見下していた傲慢さはなく、代わりにある種の奇妙な熱狂が宿っていた。


「どうした、ブリヘーリア。お前の同胞たちが次々と木端微塵にされている光景を見て、ついに嘆き悲しむ心でも芽生えたか?」


 私が皮肉を込めて返すと、ブリヘーリアは笑みを浮かべつつ、思いもよらないことを口にした。


「我の魔術も、放ってやろう。その算術とやらで我が魔術の道を、示してはくれぬか?」


 私は耳を疑い、計算尺を持ったまま完全に動きを止めた。


「は? お前、正気か?」

「至って正気だ」

「相手は味方である魔族の王、魔王の城だぞ」

「そんなことは分かっている」

「いや、それ以前にどうやって魔術を放つのだ? 魔石の杖とか、そういうものが必要じゃないのか」

「そんなものは、我には不要だ。素手だけで十分に撃てる」

「だったら、どうして捕まってる間に魔術を使わなかった? 素手で魔術を撃てるのなら、すぐに脱走できたであろうに」

「あんな狭い場所で我の魔術を放ったら、自身の命すら危ういからな。撃ちたくても、撃てなかった」


 ああ、そうか。言われてみればこいつの魔力量は凄まじいはずだ。なんせ、長距離魔術の使い手だからな。

 とはいえ、それだけで納得いかないこともある。


「そうやって魔術を放つふりをして、我々味方の陣地を内側から撃つつもりではないのか? 至近距離で魔法陣を展開されれば、我々のディッケバルトなどひとたまりもないぞ」


 私が鋭く睨みつけ、周囲の歩兵たちが一斉に小銃の銃口を彼に向ける。だが、ブリヘーリアは涼しい顔でこう返す。


「そんなつもりならば、お前の計算など要らぬ。少し離れた場所から魔法陣を展開し、真横にいる貴様らに向けて放てばいいだけではないか」


 確かにその通りだ。至近距離ならば弾道計算など不要。彼の強力な炎魔術が発動すれば、第七十五砲術隊は消し飛ぶ。彼がまだそれをやっていないのは、別の意図があるからだ。

 私の警戒心を察したのか、ブリヘーリアはふっと口角を上げ、静かに告げた。


「それに以前、お前に教えなかったか?」

「な、何のことだ」

「魔族とは、人間が考える以上に卑劣な存在だ、と」


 その言葉は、彼が牢獄の中で私に放った忠告そのものだった。


「我々魔族は、魔王様に絶対の忠誠を誓うよう呪いをかけられている。魔王様の居場所を語ることも許されぬ。だが、その呪いは『行動』のすべてを縛るものではない。勝者につき、敗者を切り捨てる。それこそが、個の力を絶対視する魔族の真理だ」


 ブリヘーリアは、遠くで崩れ行く魔獣の群れと、砲火に焼かれる魔王城を見据えた。


「もはや勝敗は決していると言えるだろうな。いくら抗えども、我々の魔術は、貴様らの持つ『算術』という理不尽なまでに正確な計算の前に敗れ去った。負けると分かっている方に味方するなど、まともな魔族のすることではない。我が力を、お前たちの算術でどれほどの精度まで引き上げられるのか、私自身の手で確かめてみたいのだ」


 なんという男だ。人間を憎み、見下していたはずの魔族が、自らの種族の敗北を冷静に受け入れ、あろうことか敵である我々の「算術」の力に魅入られ、己の魔術の威力を高めるために寝返ろうとしているのだ。

 魔王の呪縛すらも、彼の「力への飽くなき探求心」と、魔族特有の「卑劣なまでの合理性」を縛ることはできなかったということか。

 私は、彼の黄金の瞳をじっと見つめ返した。そこに嘘はない。純粋に、自らの放つ魔術が十二キロ先の標的に寸分の狂いもなく命中する光景を見てみたいという、狂気じみた渇望だけがあった。


「了解した。では、その魔術の弾道を、導いてやる」


 私は計算尺を強く握り直した。魔族の魔術と、人間の算術。その二つが融合した時、どれほどの破壊力が生まれるのか、私自身も算術師としての好奇心を抑えきれなくなっていた。


「標的は、どこに定めるつもりだ?」

「決まっている。あの魔王城だ。ちょうど中程にあるあのくびれた部分、あそこを狙う」

「そんなところを狙ってどうする?」

「分からんか。あの場所を砕けば、城はどうなる?」


 私は、ハッとする。そういえば、似たようなことをすでに別の戦場で経験している。

 とはいえ、巨大な城だ。前回の要塞城とは比べ物にならない。砕いたところで、全てを崩すことは不可能だろう。


「当然、一部は崩れるだろうが、そのすべてを崩すことはできないな」

「だが、それでも意味がある。とにかく、やってみればわかることだ」


 そうこの魔族は言い張るので、ならばと私は双眼鏡でその場所の距離や風速を推測し、すぐさま手元のメモ帳を広げた。

 目標は、前方十二キロにそびえ立つ魔王城。ブリへーリアが指し示した、構造的にもっとも脆いであろう中腹のえぐれた部分に狙いを定める。

 だが、今回はただの大砲の弾ではない。魔術によって放たれる炎の球体だ。質量、初速、そして空気抵抗が、鉄の弾頭とは根本的に異なるはずだ。

 私は以前、彼らが放った長距離魔術の火球の軌道を観察した際の記憶を呼び起こした。炎の球体は鉄の弾よりも軽く、空気抵抗を受けやすい。風の影響も大きく出る。それらの差異を係数として脳内で補正し、計算尺の滑子を猛烈な速度で動かしていく。

 距離一万二千。風向南西、風速四メートル。空気抵抗係数を通常弾の倍と仮定し、発射角度を割り出す。


「よし、出たぞ。私の読み上げる数値通りに、その手を向けよ」


 私はブリヘーリアに向かって、明確な数値を叫んだ。


「右七度、仰角四十五.二度! 弾着時間は五十秒、魔力は目一杯で!」


 大砲とは違い、魔術には「火薬何箱」や「信管何秒」といった物理的な設定が存在しない。彼自身が制御できる最大の初速、つまり「出せる限りの魔力」を放てと指示するしかなかった。

 ブリヘーリアは頷くと、右手を前方に突き出した。

 私は懐から、測量に使う真鍮製の分度器を取り出し、彼に手渡した。彼はその意味をすぐに理解し、分度器の目盛りを見ながら、自らの右腕の角度を私が指示した「四十五.二度」へと正確に固定した。方位も、私の指差す「右七度」へとピタリと合わせる。


「では、行くぞ。貴様の算術と私の魔術を組み合わせた力、見せてもらおうか」


 ブリヘーリアの周囲の空気が、急激に熱を帯びて歪み始めた。彼の体から、途方もない量の赤黒い魔力が立ち上り、渦を巻き始める。

 そして、彼は大地を震わせるような声で詠唱を開始した。


「……我にまといし禍々しき炎の魔力よ、その真なる力を顕現し、灼熱の地獄を彼方に与えたまえ!」


 次の瞬間、我々第七十五砲術隊の頭上の空間に、直径十メートルはあろうかという、禍々しい緑色に輝く巨大な魔法陣が展開された。

 圧倒的な魔力の奔流に、周囲の歩兵や砲術隊員たちが「な、何事だ!?」と唖然として空を見上げる。敵の魔術が陣地のど真ん中で発動したのかと、パニックになりかけたその時だった。

 まるで空気を裂くような音が響いたかと思うと、緑色の巨大魔法陣の中心から、太陽の表面を削り取ったかのような真っ赤な炎の球体が打ち出された。

 強烈な熱波が我々の頬を焼き、凄まじい風圧が陣地の砂埃を吹き飛ばす。放たれた魔術弾は、轟音を引きずりながら、私の計算した通りの美しい放物線を描き、天空へと舞い上がっていった。

 私は双眼鏡を構え、その行方を息を呑んで見守った。

 魔力は足りているか。空気抵抗の補正は間違っていなかったか。もし外れれば、算術の敗北だ。

 十二キロの距離を飛翔する、長い長い時間。やがて、弾着時間を迎える。


「だんちゃーく、今!」


 炎の球体は、寸分の狂いもなく、私が狙いを定めた魔王城の中腹、えぐれた側面の壁に直撃した。

 凄まじい閃光が走り、音速を超えて遅れて届いた爆音が、大地を激しく揺さぶった。

 双眼鏡のレンズ越しに、信じられない光景が映し出された。ブリヘーリアの最大魔力によって放たれた炎の球体は、単なる爆発ではない。その想像を絶する超高熱によって、魔王城の強固な黒曜石の壁面を、まるで蝋燭のようにドロドロに溶かしていた。

 赤熱し、液状化した岩の壁が、滝のように下方へと流れ落ちていく。城の中腹に、巨大な溶岩の口が開いた。


「素晴らしい! 我が魔術が、狙った一点にこれほど正確に突き刺さるとは、実に痛快だ!」


 ブリヘーリアが、自らの両手を見つめながら歓喜に打ち震えている。かつての自身の本拠地であった魔王城を傷つけたという罪の意識など微塵もなく、それよりも算術の力を借りた自らの魔術の破壊力に、魔族である彼自身がもっとも驚愕していた。

 だが、ここで戦況を見つめていた歴戦の指揮官が、この千載一遇の好機を逃すはずがなかった。


「溶けて脆くなっているあの城壁に、我々の砲弾で破壊すれば、支えを失った魔王城の一部が崩れるのではないか? ならばこちらも、同じ位置にぶち当てるぞ!」


 砲術長のアルデリーギ中佐が、鬼のような形相で怒鳴り声を上げた。


「算術師、直ちに計算せよ! 溶けたあの岩盤に徹甲弾を叩き込み、内部から爆砕する!」

「はっ!」


 私は再び計算尺を手に取った。先ほどは魔術弾の空気抵抗だったが、今回は重量のあるディッケバルトの砲弾だ。条件を瞬時に切り替え、計算尺を滑らせる。

 目標は変わらず。風速も先ほどと同じ。ただし、今度の対象は砲弾だ。値は当然、異なる。


「右七.一度、仰角四十六度、火薬十箱、信管四十九秒!」


 私の叫んだ諸元が、伝令を通じてすぐさま周囲のディッケバルト部隊へと伝達される。

 二十五基の巨砲が一斉に砲身の角度を微調整し、標的を捉えた。

 二十五基のディッケバルトから、射撃用意よしの旗が上がる。それを見た砲術長が拡声器で叫ぶ。


『全砲門、目標、魔王城側面! てーっ!』


 天地を裂くような砲撃の連音が響き渡る。

 放たれた二十五発の四十二センチ砲弾は、空を覆い尽くす黒い影となって魔王城へと飛翔した。そして、四十九秒後。

 砲弾群は、ブリヘーリアの魔術によってドロドロに溶かされ、防御力を完全に失っていた魔王城の中腹の穴へと、全弾が吸い込まれるように命中した。

 ドドドドッと、溶けた岩盤の内部に深く突き刺さった砲弾が一斉に炸裂し、それと同時に地響きのような音が唸り出す。

 火薬の圧倒的な爆発力が、密閉された城の内部から外側へと解放される。もはや自重を支えきれなくなった魔王城の上部は、断末魔のような軋み音を立てた。

 そして、まるで巨人が膝を折るかのように、黒曜石の塔の上部、三分の一ほどが斜めに傾き、そのまま崩れ落ちたのだ。


「「おーっ!!」」


 連合軍の兵士たちから、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 数万トンという黒曜石の巨大な瓦礫の雨が、魔王城の麓へと降り注ぐ。その下で城の壁となるべく整然と陣形を組んでいた無数の魔獣たちは、逃げる間もなく、崩落する城の巨大な破片によって次々と押し潰されていく。

 私は双眼鏡で、その崩落の様子を詳細に観察していた。

 瓦礫が降り注ぐ麓の奥、魔王城に隣接するようにして建っていた、奇妙な巨大なドーム状の建造物。その真上に、ひと際大きな城の破片が直撃し、その建物を完全に押し潰すのが見えた。

 すると、それまで自らの命を顧みず、ただ暴れ回るだけの魔獣の波が、ピタリと止まった。

 私の横でその光景を見ていたブリヘーリアが、ふっと息を吐いて告げた。


「あの魔獣どもを生み出していた仕掛けを備えた建物が今、潰された。これで魔獣が生み出されることはもうなくなった」

「えっ? まさか、さっき潰されたあの建物が……魔獣を?」

「そうだ。言ったであろう、魔獣は特定の場所から無尽蔵に生み出される道具だと。あの潰された建物こそが、無尽蔵に魔獣という道具を作り出す『工房』だったのだ」


 私は唖然とした。言われてみれば、魔獣らの動きが止まった。つまり、これ以上新たな敵の増援はないということだ。残るは、今この場にいる魔族と魔獣の残党のみ。

 その事実を悟ったからこそ、あの魔王城にいる魔族らは魔獣をむやみに突撃させるのを止めたのだろう。この先は、ただ減るばかりの魔獣を今まで通りに無造作に扱えば、かえって自分たちが危うくなる。

 七百年の長きにわたった人類の絶望が今、魔術と大砲、そしてそれを正確無比にぶち当てる弾道を計算した算術によって、完全に断ち切られた瞬間だった。


「終わったな」


 私が安堵の息を漏らして計算尺を下ろそうとした時、ブリヘーリアが不敵な笑みを浮かべ、そう告げる。そして、崩れゆく魔王城を指差した。


「とはいえ、まだ本当の終わりではない。魔王様はあの城の最下層、玉座の間におわす。いくら上部が崩れようと、あの御方が生きている限り、我々魔族の呪縛は解けぬ」


 そして彼は、軍服姿の私を見下ろし、当然のようにこう言い放った。


「さあ、このまま魔王城に飛び込むぞ。貴様ら人間どもの力とやらが、魔王様の絶対的な力にどこまで通用するのか、この目で見届けさせてもらおうではないか」


 私は彼を見上げ、呆れたように苦笑した。

 魔王城への突入。それは砲兵である算術師の仕事ではない。歩兵の役目だ。だが、この血生臭くも奇妙な因縁で結ばれた魔族と共に、すべての元凶である魔王の顔を拝むのも悪くない。


「分かった。どうせ私は一度、魔王のもとに向かうはずの身だった。それが強要されたものか、自らの意志によるものかの違いだけだ」


 そういえば、私はリーリアによってさらわれたという話を、まだブリヘーリアにしていなかったな。が、奴は絶対にそのことをしっているはずだ。そう思った私は、敢えてこう言ってのけた。計算尺を胸のポケットにしっかりと仕舞い込み、第七十五砲術隊とともに、前方の崩壊する黒曜石の城へと向かって、力強く歩みを進めた。

 人と魔の真の終焉となる戦いが、今、行われようとしていた。

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