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#14 渓谷

 ヴェルツェンクッペの要塞を粉砕し、強固な軍事拠点を手に入れてから数日が経過した。しかし、我々人連合軍の前に広がる景色は、勝利の余韻に浸ることなど許されないほどに異様で、重苦しいものだった。

 まずは、半壊した要塞の補修だ。おびただしい数の魔獣の屍はそのまま埋めるとしても、くずれた城の上部のがれきを撤去せねばなるまい。その労力に、兵士たちを使わざるを得ない。

 しかもだ、その半壊した要塞の向こう側には、深く切り立った巨大な渓谷が口を開けていた。そしてその渓谷のさらに向こう側、魔大陸の最奥部へと続く空には、太陽の光を一切通さない怪しげな黒い雲が、まるで巨大な蓋のようにべったりと広がっていたのである。

 我々人類が魔大陸の海岸に上陸し、反転攻勢に打って出てから、すでに三百キロ近くも内陸へと進軍している。蒸気機関や火薬という大発明によって魔族の魔術を凌駕する力を手にした我々であったが、予想以上に伸び切った戦線の維持が、いよいよ司令部にとって重い負担となりつつあった。前線へ弾薬や食料を届けるための補給線は間延びし、魔獣の残党による襲撃のリスクは常に付きまとっている。

 それに加え、先日私が魔族のガウガから聞き出した「魔獣は魔王によって無尽蔵に生み出される使い捨ての道具に過ぎない」という情報は、司令部の上層部を深く絶望させるのに十分だった。魔獣が無尽蔵に湧き出す武器であるならば、いくら前線で何十万の魔獣を砲火で粉砕しようとも、戦いは永遠に終わらない。となれば、それを作り出していると言われる「魔王」の住む居城そのものを潰さないことには、この魔大陸の恒久的な支配など不可能だということを暗に示していた。

 そこで人連合軍司令部は、眼前に広がる渓谷の向こう側を探るべく、幾度となく斥候部隊を送り込んだ。だが、送り込まれた部隊はことごとく帰還しなかった。ただの一人も、通信の途絶えた理由を報告することなく、あの黒い雲の下で消息を絶ったのだ。あの不気味な雲の下には、これまでとは比較にならない恐るべき敵兵が潜んでいることは確実だった。

 このまま進軍すれば、またしても多大な犠牲を覚悟しなくてはならない。しかし、補給線が限界を迎えつつある今、この要塞跡にとどまり続けても、ジリ貧となって犠牲が増えるだけである。長時間の激論の末、司令部はついに、この渓谷を越えて黒い雲の下へと進撃することを決定した。


 さて、その作戦が下される少し前。当の私は、久しぶりに魔族の尋問を行うために、陣地の奥に設けられた丸太小屋へと足を運んでいた。

 鉄格子の向こうで重い鎖に繋がれているのは、長距離魔術の使い手であるブリヘーリアだ。おそらくだが、先日私が誘拐されたあの夜、陣地に侵入したリーリアに何かの方法で接触したであろうことは察していた。が、私は何事もなかったかのように、平然とした態度で尋問を始める。


「気分はどうだ、ブリヘーリアよ。今日も尋問のため、ここまでやってきた」


 おそらくは今ごろ、魔王の前に連れていかれていると思われていた人物が、目の前に現れたのだ。驚いて当然なはずだろうが、ブリヘーリアは眉一つ動かさず、平然とした表情で私と対峙する。呆れるほど豪胆なやつだな。が、こちらもそれに負けず涼しい顔で、誘拐未遂などなかったものとして話を進めざるを得ない。


「ふん、相変わらず減らず口を叩く小娘だ。で、今日は何を聞きに来た」

「お前も知っての通り、魔大陸の奥にまで我々はやってきた。それゆえに、今日はお前に聞きたいことがある」


 私は単刀直入に切り出した。今回どうしても知りたかったのは、あの渓谷の先にある異様な空間のことだ。


「我々が放った斥候が、一人として帰ってこない。あの渓谷の先には、黒い雲がたなびいていると聞く。その先に向かった者が、誰一人として返ってこないのだ。ということとは、だ。あそこには人を寄せ付けない何かがあるのではないか? あの不気味な黒い雲の下には、一体何が潜んでいるのだ」


 私の問いに対し、ブリヘーリアは鼻で笑う。その回答は実に単純で、そっけないものだった。


「簡単なことだ。あの黒い雲の下は、魔王様の手のひらの上に飛び込むようなものだからだ」

「手のひらの上、だと?」

「そうだ。あの黒い雲は、いわば魔王様の神経のようなものだ。あれの真下に潜り込む限り、どこに隠れていようが、どんなに息を殺そうが、魔王様がその存在を探知して魔獣を送り込み、即座に排除する。そういう絶対的な死の空間が、あの黒い雲が広がる場所の意味するところなのだ」


 その言葉に、私は寒気を覚えた。ブリヘーリアの言葉を裏返せば、渓谷を越えた場所の向こうに「魔王」がいる、ということを暗示している。


「なるほどな。ならば、魔王の居城はその近くにあるのだろう」

「それを我ら魔族に聞いたところで無駄だ。すでに知っての通りだろうが、魔王様の居所を語ることなど禁じられている。語ろうとすれば、その瞬間に魔族は、その命が尽きるよう呪いがかけられている。教えたくても、教えられない」


 黄金の瞳を光らせるブリヘーリアを残し、私は牢を後にした。

 まったく収穫がなかったわけではない。むしろ、重大なことを彼は告げた。斥候部隊が全滅した理由を、実に明確に説明できる。あの雲の下では、隠密行動など無意味。踏み込めば即座に探知され、排除される。なるほど、だからこそ斥候部隊が戻らないわけだ。

 その尋問結果を、砲術長のアルデリーギ中佐を通じて報告すると、司令部ではすぐさま新たな作戦の立案がなされた。魔王の探知を逆手に取る、大規模な「誘い込み」作戦である。

 まずは渓谷のこちら側で軍の主力を待ち伏せさせる。そして、軍の一部、一千名ほどの部隊を渓谷の向こう側に広がる黒い雲の領域に敢えて踏み込ませるのだ。すると、魔王の探知により確実に魔獣か魔族の群れが現れ、襲い掛かってくるはずだ。

 そこをすぐさま後退し、狭い渓谷内へと敵を誘い込む。敵を谷に追い込んだところで、谷の両側の高台に事前に設置した十センチ砲や二十五センチ榴弾砲にて、十字砲火による一斉砲撃を加える。

 これを何度も繰り返せば、敵を徐々に減らしていく。ある程度、湧き出してくる敵の数が減ったところで、初めて全軍で前進を開始する、という消耗作戦だ。

 かくして、この忍耐が要求される泥臭い消耗戦が始まった。


 軍の一部、一千人の歩兵部隊が渓谷を越え、黒い雲の下に入る。するとブリヘーリアの言葉通り、まるで大地が沸騰したかのように多数の魔獣が現れ、後方からは魔族らが魔法陣を展開し、容赦ない攻撃を加えてきた。


「後退! 全軍、渓谷まで走れ!」


 歩兵たちは小銃で応戦しながら、全速力で渓谷へと撤退する。彼らの背後から、魔王の意思に操られたかのように狂信的な魔獣たちが濁流となって追いすがってくる。そして、敵の群れが完全に渓谷の細い谷底に入り込んだ瞬間だった。


『全砲門、砲撃開始! てーっ!』


 谷の両側に配置された無数の大砲が、一斉に火を噴いた。狭い谷底に、逃げ場はどこにもない。放たれた榴弾は谷の壁面に当たって飛び散り、魔獣と魔族の群れを文字通りミンチに変えていった。飛び散る肉片と緑色の体液が、谷底を魔獣の緑色の血で染め上げる。

 これを、我々は二週間という長い期間、来る日も来る日も繰り返した。


 最初は一千人の囮に対して数万の魔獣が湧き出していたが、十日を過ぎた頃から、徐々に現れる魔族や魔獣の数が減り始めた。さらに、かつて盾として使われていたギガオーガのような強大な魔獣の姿が見えなくなり、現れるのはゴブリンやコボルトといった小柄で質の低い魔獣ばかりになっていった。


「魔王が無尽蔵に魔獣を生み出せると言っても、その生産速度にはやはり限度があるということか。ようやく、敵の底が見え始めたぞ」


 司令部の上層部は、双眼鏡でその様子を確認し、満足げに頷いたそうだ。敵の戦力は確実に削られている。そう踏んだ司令部は、いよいよ渓谷を完全に越えて、総突撃を敢行することを決定した。


 渓谷に布陣時、十五日目の朝。三万もの大軍勢が、地響きを立てて渓谷を越え、黒い雲の下へと飛び込んだ。

 今度こそ、一気に魔王の懐へと攻め込む。全軍の士気は最高潮に達していた。

 だが、その直後、我々は魔族の「卑劣さ」を再び思い知らされることとなる。


「前方、および左右の森より敵影! 数は……推定で十万以上!」


 数が減ったとばかり思われていた魔獣と魔族が、まるで地底から湧き出すかのように、四方八方から大量に現れたのだ。彼らはこれまでの二週間、あえて質の低い少数の魔獣を送り込むことで、我々に「敵の戦力は尽きかけている」と誤認させていたのだ。


『くそっ、罠か! 全軍、渓谷へ撤退せよ!』


 拡声器で呼びかける司令官だが、三万という大軍の撤退は容易ではない。側面を突かれた歩兵部隊は次々と長距離魔術の炎に焼かれ、押し寄せる魔獣の波に飲み込まれていく。我々第七十五砲術隊のディッケバルトも、必死の支援射撃を行ったが、敵味方が入り乱れ、同士討ちを避けるために思うように撃てない。


 多大な犠牲を払いながら、連合軍は再び渓谷のこちら側へと撤退を余儀なくされた。追ってきた魔獣や魔族を撃退すべく、谷の両側では多数の砲門が息を殺して待ち構えていた。

 しかし、奴らは渓谷の中へは飛び込んでこなかった。


 渓谷の入り口でピタリと足を止め、不気味なほど統制された動きで森の中へと後退していったのだ。どうやら、魔族の指揮官もある時点から我々の「誘い込みからの十字砲火」という戦術を学習し、渓谷内への無謀な突撃を抑え、自らの兵力を温存し始めたらしい。


「くそっ……これでは完全に手詰まりではないか」


 砲術長が苛立ちのあまり、作戦地図を拳で握りつぶす。進めば十万の魔獣と魔王の探知にすり潰され、誘い込もうにも敵は乗ってこない。黒い雲は依然として空を覆い、飛び込んだものを寸分たがわず探し当てる。

 そんな行き詰まりの空気が陣地を支配していた時、牢獄から意外な申し出があった。あの高位の魔族、ブリヘーリアが、尋問に訪れた私に対してこんなことを言い出したのだ。


「イルザよ。我をあの渓谷の先へ連れて行け。されば、あの忌まわしい黒い雲を吹き飛ばす方法を伝授しよう」


 私はその言葉を聞いて、思わず眉をひそめた。


「お前が、雲を吹き飛ばす方法を教えるだと? あれは魔族を護るためのものではないのか。それを、魔族自身が吹き飛ばすなどと、どうして信じられようか」


 正直、私はその提案に極めて懐疑的だった。我々を憎悪する魔族が、なぜ人間を手助けするような真似をするのか。どう考えても何らかの罠か、逃亡するための口実としか思えない。

 だが、その報告を聞いたアルデリーギ中佐の反応は違った。


「面白い。やらせてみようではないか」


 とうとう戦いが長引きすぎて、砲術長までおかしくなってしまったのか。私は問いただす。


「あの、砲術長、正気ですか? 敵の強力な魔術師を解き放つなど、言語道断です。つい先日にやつの言を信じて、私があのような目に遭ったばかりではありませんか」

「ロッセリーニ少尉。どのみち、あの黒い雲の下は魔王の絶対的な勢力下なのだ。今さら魔族一人を連れ出したところで、戦況が劇的に悪化するわけでもない。もしこちらに攻撃を仕掛けるような動きを見せたならば、その場にて全砲門で粉砕してしまえばいいだけのことだ。むしろ、心置きなくあの長距離魔術師である魔族を消す口実ができるというものだ」


 砲術長のその冷徹なまでの進言により、事態は急転直下した。膠着状態を打破する一縷の望みにすがりたい司令部すらも、その提案をあっさりと許可したのだ。

 やはりこの軍は、狂っている。

 その翌日。我々第七十五砲術隊のディッケバルトの傍らに、手枷や鎖といった一切の拘束を解かれたブリヘーリアが立っていた。歩兵たちが周囲を銃で取り囲んではいるが、彼は全く気にする様子もなく、堂々とした足取りで渓谷の真ん中付近へと歩み出た。

 私も、計算尺を握りしめながら彼の横に並ぶ。


「さあ、ここからどうすればいい? お前の言う、雲を吹き飛ばす方法とやらを、話してはくれないか」


 ブリヘーリアは上空を覆う分厚い黒い雲をじっと見上げ、やがて第七十五砲術隊の面々に向かって、こう告げた。


「あの雲の最も分厚い部分、あの場所に目掛けて、貴様らの誇るその『砲弾』とやらを撃て」

「なんだって、雲を撃つだと?」


 私は耳を疑った。魔族である彼自身が魔術で吹き飛ばすのではないのか。我々の大砲を使って雲を撃てというのか。


「あの黒い雲は、ただの自然現象ではない。魔王様の魔力が高密度に凝縮された、探知と魔力供給の要だ。しかし我の魔術では、雲のように柔らかいものを焼き払うことはできぬ。が、貴様らのその理不尽なまでの破壊力を持つ大砲ならば、物理的にあの雲を吹き飛ばすことができるのではないか」

「なるほど、そういうことか」


 私は、砲術長と顔を見合わせた。砲術長は小さく頷き、それを合図に私は計算尺を握りしめた。


「算術師よ、目標は上空の黒い雲の最厚部! 弾道計算を行え!」

「はっ!」


 私は双眼鏡で上空の雲の分厚い渦の中心を捉え、測距儀で数値を割り出した。だが、雲に向かって撃ち上げるとなると、通常の放物線を描く弾道計算とは勝手が違う。落下して当てるのではなく、空中の目標に対してほぼ直線的に向かう「低進弾道」による攻撃を行わなければならない。


 距離はおよそ、七.五キロ。高度は八百メートルだ。


 その値を元に、私は計算尺を滑らせる。ブリヘーリアの黄金の瞳が、私の手元を食い入るように見つめている。彼は私が算術を使うという事実を知ってはいたが、実際にその詳細な計算プロセスを間近で見るのはこれが初めてだった。

 私は無言で、五百年の時を生きる魔族の目の前で計算尺の滑子(スライダー)を素早く滑らせた。距離、高度、初速、重力加速度、そして空気抵抗。いくつもの複雑な数値を計算してはメモ帳に素早く書き出し、その値を元に再び計算尺を滑らせては新たな値を書き取る。

 計算尺が擦れる音だけが、静寂の渓谷に響く。


「……なるほど、計算尺とはかようにして使うものであるのか。見ていてもさっぱりだが、実に複雑な計算の繰り返しであることが、我にも分かるぞ」


 ブリヘーリアが畏怖に満ちた声で呟くのを背中で聞きながら、私はついに完璧な答えを導き出した。私は振り向き、砲術隊に向けて声を張り上げた。


「右〇.五度! 仰角二十六.四度! 火薬十箱、信管時間は二十四秒!」


 私の口から弾き出された絶対的な数値を復唱し、砲術隊員たちが一斉に動き出す。


転倒防止装置アウトリガー展開!」


 いよいよ砲撃開始だ。ディッケバルトの巨大な脚が、大地に深く食い込む。渓谷の両側から、その食い込む際の音がこだまする。


「尾栓開け! 弾頭装填!」


 重さ数百キロにも及ぶ四十二センチ榴弾が、尾栓から滑り込むように装填される。私が指定した「信管時間二十四秒」に正確にセットされた弾頭だ。


「火薬箱、最大装薬の十箱投入! 尾栓閉鎖!」


 厚紙に封じられた火薬箱が次々と放り込まれ、分厚い鉄の尾栓がガシャンと重い音を立てて閉じられた。砲術手たちがハンドルを回し、私の計算した通りの「右〇.五度、仰角二十六.四度」へと、巨大な砲身がゆっくりと天を仰ぐように持ち上げられる。


「射撃用意よし!」


 副官であり、砲術手であるストルキオ大尉が叫んだ。

 その報告を受け、砲術長のアルデリーギ中佐が、天空を指すように右手を高く挙げた。


「あの忌まわしい黒雲を、榴弾の火薬で吹き飛ばすぞ! てーっ!」


 砲術手の右手が力強く振り下ろされた次の瞬間、天地を揺るがす猛烈な轟音が渓谷に響き渡った。

 ディッケバルトの太く短い砲身から、凄まじい火柱が噴き上がる。射出の反動で巨大な蒸気車両全体が激しく後退し、巻き上がった土砂と硝煙が我々の視界を一瞬にして覆い尽くした。

 最大装薬の火薬十箱によって、秒速三百四十メートル以上もの初速を与えられた重い弾頭は、空気を切り裂く鋭い飛翔音を残し、高度八百メートルに広がる黒い雲の渦の中心へと一直線に突き進んでいく。

 私は双眼鏡を構え、心の中で秒数を数えた。二十一、二十二、二十三……。

 そして、発射から二十四秒後を迎える。


「だんちゃーく、今!」


 弾着観測員の声と同時に、砲弾はまさに、分厚い黒い雲のど真ん中で炸裂する。そこで、一千発の散弾を内包した榴弾が大音響とともに炸裂した。

 少し遅れてドォン、という空の上で鈍い音を立てながら、まるで小さな太陽が生まれたかのような強烈な閃光が走った。物理的な爆発のエネルギーが衝撃波を生み出し、同心円状に凄まじい波紋となって空を駆け抜ける。


「見ろ……雲が……消えていく!」


 隊員の誰かが叫んだ。その言葉通り、円形の衝撃波が、黒い雲を吹き飛ばしていった。

 炸裂した中心から、あのべったりと空を覆っていた黒い雲が、まるで容器に充満した煙に息を吹きかけた時のように、みるみるうちに晴れていく。

 結果として、直径にして数百メートルほどの巨大な円形の穴が開いた。


 その穴から、眩いばかりの光の柱が、渓谷の向こう側の大地へと真っ直ぐに降り注いだ。長らくその地は魔王の黒雲によって光を受けていなかったためか、その下には植物の姿は一切なく、ただ荒涼とした岩肌が広がっている。

 そんな不毛な場所に、おそらくは何百年ぶり、いや、もしかすると何千、何万年ぶりかの太陽の光が差し込んだのだ。


「見事だな、イルザよ。お前の算術とあの巨砲の砲火が、魔王様の魔力すらも貫いた」


 ブリヘーリアが、光の差し込む天空を見上げながら、どこか清々しいような声で呟いた。妙な魔族だ。ここは本来、嘆くところではないのか。どうにもこの魔族の考えていることは、私には理解が及ばない。


 ともかく、黒い雲に穴が開き、魔王の絶対的な探知網の一部が破壊されたことで、その下はもはや死の空間ではなくなった。


「全軍、前進開始! 黒雲の開いた光の道を進め!」


 司令部の号令とともに、三万の人連合軍が地響きを立てて渓谷を越え、光の降り注ぐ領域へと一斉に進軍を開始した。

 こうして我々は、ブリヘーリアを伴いながら、上空に黒い雲の塊を見つけては、私が計算尺で弾道計算を行い、ディッケバルトで砲撃して穴を開けるという作業を繰り返し、着実に前進を続けていった。

 魔王は探知能力を失い、さらに空から無慈悲に降り注ぐ我々の砲火の前に、道中現れる魔獣の群れはもはや統制を失い、次々と蹴散らされていった。


 そして、光の道を切り開きながら進むこと数日。

 やがて我々の視界の果て、魔大陸の最奥部とも言える荒涼とした大地の向こうに、これまで見たことがないほどの威容を誇る、巨大な建造物が姿を現した。

 それは先日、攻略したヴェルツェンクッペの要塞など比ではない。天を突くように高く、禍々しい黒曜石で築き上げられた、まるで一つの大きな「山」のような城だった。

 その周囲には赤黒い魔力のオーラが陽炎のように立ち上り、周囲の空間そのものを歪ませているようにすら見える。


 私は双眼鏡を下ろし、隣を歩く砲術長と無言で顔を見合わせた。

 ああ、あれは間違いなく魔王の住まう城、魔王城だ。

 私の脳裏に、確信にも似た直感が走った。七百年もの間、無尽蔵に魔獣を生み出し、人類を地獄の淵へと追いやった元凶、そして私の家族を奪った全ての悪意の中心が、今、我々人類の生み出した巨砲の弾が届く距離にまで迫っていた。

 自然と私の拳に、強い力がこもる。人と魔の最終決戦の時が、すぐそこまで近づいていることを、禍々しい臭いを含む風が示していた。

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