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#13 攻城戦

 私が魔族のリーリアによって誘拐され、その後、あの鬱蒼とした森の中で特殊部隊に救出された誘拐事件から、数日が経った。

 さて、この事件を通して、困ったことが起きる。


「あ、あの、それはありがたい話ではあるのですが……」

「であろう。そうと決まれば、すぐに荷物をまとめてくるんだ」

「いえ、ですが、軍としてそういうのは……」

「また誘拐されるような事態になったらどうするつもりだ! どう考えてもこの方が、確実に安全だ」


 なんと、砲術長であるアルデリーギ中佐が、自身のテントに来るよう私に進言してきた。こういってはなんだが、誘拐防止にかこつけて、下心満載だ。

 いや、だが私もあまり人のことは言えないな。そもそも一度だけとはいえ、砲術長といっしょに寝ている。しかも、私がしがみついていたからという理由だ。それが二度、三度となったところで、もう今さら感がある。

 ということで、私の住処は砲術長のテントということになった。さすがは佐官だけあって、豪華な寝具が備え付けられ、広々としている。が、そんな場所で男女が二人きり。これで何事も起こらないわけがないな。実際その夜は、私は砲術長と抱き合うことになる。

 そこでふと気づいたのだが、私は砲術長から女として見られていた、ということか? こんな小柄で、板チョコのような胸の私を、だ。

 私が言うのもなんだが、砲術長というお方は相当、変わった趣向の持ち主だな。


 とまあ、私生活的にも大きな変化をもたらした事件であったが、それだけではおさまらない。

 この誘拐未遂事件を受けて、これまで甚大な被害を恐れて進軍を躊躇っていた人連合軍の司令部が、ついに重い腰を上げた。


「このまま座して待てば、あのリーリアのような隠密行動に長けた魔族が再び陣地に侵入し、我々の『算術』をはじめとする、様々な人類の技を盗みに来てしまうかもしれん。そうなれば、あの航海術を盗まれた時と同じく、人類にとって非常に不利な状況となる。そうなる前に、魔族と魔獣どもを完膚なきまでに倒さねばならない」


 それが、連合軍司令長官が出した最終的な結論だった。

 魔族が「算術」の有用性に気づき始めている。その事実が、上層部にかつてないほどの強烈な危機感を抱かせたのだ。その昔、我々の祖先が航海術を奪われ、人大陸へ魔族の侵攻を許してしまったあの悪夢の歴史を、二度と繰り返すわけにはいかない。そうなれば今度こそ、破滅の道が待っている。

 こうして我々、人連合軍は、前進を再開することになった。次なる二つ目の攻略地点である、東の丘陵地帯「シャルフクッペ」への進軍である。

 しかし、シャルフクッペへの道のりは平坦ではなかった。ここには明確な軍事的な攻略地点というものが存在しない。なだらかな草地と森が交互に続く地形で、戦場となるべき広い決戦場というものがない。おまけに、全体を見渡すことが難しい地形だ。司令部は、おそらく散発的な局地戦闘の繰り返しになるだろうと予測していたが、その予測は嫌というほど的中することになる。


「前方、敵影確認! 距離三キロの森の陰に魔獣の群れ!」

「迎撃態勢! 砲兵隊、前進停止!」


 進軍する我々の前に、時折、数十から数百規模の魔獣集団と、それらを操る魔族たちが散発的に姿を現すのだ。

 その度に我々第七十五砲術隊は、重鈍な蒸気車両を停止させ、巨大な四十二センチ榴弾砲「ディッケバルト」の転倒防止装置アウトリガーを大地に食い込ませて砲を固定し、反撃を行わねばならない。


「てーっ!」


 轟音とともに放たれた榴弾が、遠くの森ごと魔獣の群れを吹き飛ばす。私の算術による弾着計算は正確無比であり、現れた魔族の小集団を次々と葬り去っていった。

 だが、この戦法は我々にとってあまりにも非効率だった。射程十二キロを誇るディッケバルトにとって、三キロや四キロといった近距離で散発的に現れる小集団をいちいち立ち止まって狙い撃つのは、巨象が蟻を潰して歩くようなものだ。砲身の上げ下げや再装填の手間を考えれば、極めて戦い辛い戦場だと言わざるを得ない。


「まったく、小賢しい真似を。我々の足止めが目的か」


 アルデリーギ中佐が双眼鏡を下ろし、忌々しそうに吐き捨てる。が、確かに足止めが目的ではあるのだが、同時に魔族側にとっても戦い辛い地形だ。ヴラゾヴラが言っていたが、指揮魔術を持つ魔族にとって、魔獣を操るにはそれを視野に納めなくてはいけない。が、開けた場所が少ないということは、少ない魔獣しか動かせないということでもある。となれば、いやでも局地戦闘にならざるを得ない。

 そんな局地戦の泥濘を抜け、我々はどうにかシャルフクッペの頂上付近へと到達した。


「ゲホッ、ゴホッ……なんだ、この鼻を突く匂いは」


 進軍する兵士たちが、涙目になりながらむせ返っている。私も思わず軍服の袖で鼻と口を覆った。

 ここシャルフクッペの頂上は、一面が赤い絨毯を敷き詰めたような異様な光景だった。その正体は、トウガラシだ。見渡す限り、赤い実をつけた低木が群生しており、風が吹くたびにつんとする香辛料の匂いが鼻腔を激しく刺激する。熟したトウガラシが種を放出するために、その刺激物も合わせて辺りにまき散らしているからだ。それほど多くのトウガラシが、ここには群生している。

 かつて七百年前に海を渡ってきた先人たちが求めた、金と同等の価値を持つという香辛料。その宝の山ともいうべき丘のてっぺんを、我々はついに制したのだ。

 だが、その宝の山の頂から前方の景色を見下ろした我々は、歓喜の声を上げる代わりに、驚愕に息を呑むことになった。


「砲術長! あれをご覧ください!」


 前方の警戒にあたっていた副官のストルキオ大尉が、遠くを指差し声を上げた。

 私も慌てて双眼鏡を構え、赤いトウガラシ畑の向こう側を見た。ここシャルフクッペのさらに奥、香辛料地帯における第三の丘陵地である「ヴェルツェンクッペ」のすぐ手前に、巨大な建造物がそびえ立っていたのだ。


「なんだ、あれは……要塞か、それとも、城か?」


 砲術長が、その不可思議な建造物を見て呟く。

 それは小高い石造りの中世の城のようなものだった。明らかに自然の地形を利用した石砦などではない。粗削りの黒曜石をいくつも積み上げ、強固な防壁を巡らせた、紛れもない人工物だ。

 魔族は道具や技術を発展させない種族だと聞いていた。だが、彼らが使役する無尽蔵の魔獣たちに強制労働させれば、これほどの巨大建造物を築き上げることも可能なのだろう。

 おそらくそれは、魔族がこの香辛料地帯を死守するために築いた、戦術拠点の一つに違いない。

 その報告を受けた軍司令部は、急遽作戦を変更し、この「ヴェルツェンクッペ要塞攻略戦」の実施を決定した。まさか魔大陸の奥深くまで進軍してきて、攻城戦をやることになるとは、誰も予想すらしていなかった。

 我々連合軍は、その要塞——というか、城と呼ぶべき巨大な軍事拠点を取り囲むように布陣する。

 が、戦いはすぐに膠着状態に陥る。


「敵、要塞上部より魔術弾! 来ます!」


 ドォォンという地響きとともに、我々の陣地の周辺に赤い火球が降り注ぐ。

 高所に位置する城の屋上から放たれる魔術弾は、飛距離が伸びるため、こちらの陣地まで容易に届いてしまうのだ。魔族には算術がないため狙いは不正確だが、上から無差別に降ってくる炎の雨は大軍にとっては脅威だった。


「歩兵隊、突撃!」


 砲撃の合間を縫って、歩兵部隊が小銃を構えて城への接近を試みる。だが、彼らが城壁に近づくと、重い石造りの城門がギギギと開き、中から緑色や褐色の肌をした無数のゴブリンやオークといった魔獣が、怒涛のように飛び出してくるのだ。


『後退せよ! これ以上は近づくな!』


 魔獣の波を小銃で押し返しても、やつらは痛みなど気に節突入する。これまでの戦いでも、甚大な被害が出るばかりだ。城の中からは次から次へと新たな魔獣が湧き出してくる。こうなると、歩兵よりも砲術隊による集中砲火の方が効果が大きい。が、歩兵が引いた瞬間、魔獣も壁の向こうに引っ込む。籠城戦を決め込んだ相手に対し、迂闊に近づくことはできず、かといって硬い岩盤の丘陵地帯では塹壕戦も効果がない。

 攻めあぐねる連合軍を前に、私は計算尺を握りしめながら、双眼鏡で要塞の構造をじっと観察し続けていた。

 あの石砦のような城。よく見ると、全体の構造の中で、真ん中あたりに不自然なほど大きなくびれがある。まるで砂時計のような、不安定な形状をしているのだ。

 私は、一つの仮説と戦術を導き出した。


「砲術長! 算術師、意見具申!」


 私はアルデリーギ中佐の前に進み出た。


「具申、許可する。なんだ、イルザ……いや、ロッセリーニ少尉」


 おっと、いつの間にか私は砲術長から、名前で呼ばれる立場になってしまったのだった。思わずにやりと笑みを浮かべそうになるが、そこはぐっとこらえて、私は進言する。


「はっ。ディッケバルトを使った、城本体の破壊作戦を進言いたします」


 私は手元のメモ帳に素早く城の略図を描き、中佐に見せた。


「あの城の中心部に、大きなくびれがあります。あの場所に、我が軍の二十基のディッケバルトに徹甲弾を詰めて正確に当てつづければ、城の上部が崩れます。石積みの構造は重力に耐えきれなくなり、あの城の上部は自重で崩れ去るはずです」

「ほう……城壁を破るのではなく、城そのものを上から崩落させるというのだな」

「はい。上部が崩壊すれば、籠城して地下層で密集しているであろう魔獣たちも、何千トンという瓦礫の下敷きとなって大半が圧死します。籠城する相手から無限に湧き出す魔獣を小銃でチマチマと相手にするより、城そのものを破壊した方が遥かに効率的だと考えます」


 砲術長の視線が、じっと城の中央部にそそがれる。


「……悪くない案だ。いや、今の状況ではそれしか手はあるまい」


 砲術長は私の提案を高く評価し、すぐさまそれを参謀長へと知らせた。そして軍司令官へと伝達されていく。算術に基づいた物理的破壊作戦の合理性が認められ、数時間後には司令部より「城破壊作戦」の実行許可が下りた。

 我々の砲兵陣地から、目標となる要塞のくびれ部分までは、距離にしてちょうど八キロ。

 この作戦の成否は、二十基のディッケバルトがいかに「同じ一点」に徹甲弾を集中させられるかにかかっている。少しでも弾着がばらければ、分厚い石壁の表面を削るだけで終わってしまうからだ。だから私は、算術に全神経を研ぎ澄ませた。

 気温、気圧、そして双眼鏡で観察した木々の揺れから風速を割り出す。さらに地球の自転が生み出すコリオリ力による弾道のズレも計算に組み込む。そして計算尺を滑らせて、各々の力をうける弾頭の道を正確に割り出す。


「仰角三十五.二度! 左四.一度! 弾頭は徹甲弾、火薬量は十箱!」


 私は計算尺から導き出した完璧な射撃諸元を、我が第七十五砲術隊のみならず、伝令兵を通じて他の十九基のディッケバルト部隊にも伝達した。全ての砲が同じ諸元で、それぞれの砲の位置違い分の角度を補正すれば、おのずと同じ弾着点となり、二十発の徹甲弾は一点に集中するはずだ。その補正は、各々の砲に配置された算術師の仕事だ。


『全砲、目標、ヴェルツェンクッペ要塞中央くびれ部分! 発射用意!』


 アルデリーギ中佐の号令が、拡声器を通じて前線に響き渡る。射撃用意が整った砲台からは、旗が挙げられる。

 そして、二十基すべての旗が上がるのを見届け、砲術長が号令を発する。


『てーっ!!』


 合図とともに、二十基のディッケバルトが一斉に火を噴いた。

 腹の底に響く轟音とともに、発射の反動で二十台の重い蒸気車両がズシンと後退する。放たれた重い徹甲弾は、空を切り裂きながら八キロ先の要塞へと一直線に飛翔していく。

 私は双眼鏡を覗き込み、弾着の瞬間を待ち構えた。計算は完璧だ。必ず、あのくびれに命中する……はずだったのだが。


 「……なっ!?」


 私は自分の目を疑った。弾着がすべて、ずれているのだ。それらの弾は城に当たらず、何もない場所に弾着する。

 あのくびれ部分に命中したのはゼロ。すべて、くびれの数十メートルも上部や下部、あるいは横に逸れて分厚い城壁に当たり、空しく砕け散っている。


「算術師! 弾着がばらけているぞ! 計算間違いか!?」


 砲撃長が怒鳴った。


「もう一度、観測します!」


 私は慌てて双眼鏡を取り出し、風速を推定する。見直した値を計算尺を引き直し、再計算した。だが、何度計算尺を滑らせても、結果は同じだ。あれほどまでにずれる理由が、自然現象の中に見当たらない。

 何か不確定な要素があったのかもしれない、それから三発、続けざまに撃ってみた。

 が、結果は同じだ。

 おかしい。何かが、弾道を意図的に狂わせている。

 何が起きているんだ? そこで私はふと、ある魔術の存在を思い出す。


「砲術長! 一度、榴弾をあの要塞の手前に撃ち込ませてください!」

「榴弾だと? そんなものであの石壁は壊せんぞ!」

「城を壊すためではありません。観測のためです。榴弾ならば、その動きを読み取ることができます」


 私の真剣な眼差しに、砲術長は短く頷いた。


「分かった、ではこの第七十五砲術隊のディッケバルトのみでの砲撃を許可する」

「はっ!」


 榴弾と徹甲弾では、ほんの少しだけ空気抵抗が異なる。だから、その部分だけ計算をやり直す。

 そして導き出した緒元を使い、一門だけの砲撃が行われる。


「てーっ!」


 放たれた一発の榴弾が、要塞の少し手前の空中で炸裂した。

 パッと光が弾け、白い爆煙が空中に広がる。私は双眼鏡で、その煙の動きを食い入るように注視した。


「やっぱり」


 本来ならば、現在の風向通りにゆっくりと横へ流れるはずの白い爆煙が、要塞の直前で不自然に、そして急激に上空へと巻き上げられていたのだ。


「どうした、なにか、分かったのか?」

「はい。おそらくある魔族が、強力な『風魔法』を仕掛けています。要塞の前面に、巨大な上昇気流の壁を作っているんです」


 遠距離攻撃の弾道計算の術を知らない魔族だが、彼らなりに「空から降ってくる鉄の弾」を防ぐ方法を編み出したのだ。物理的な石の防壁ではなく、下から上へと吹き上げる風の防壁で、弾道を上へと逸らすという対抗策を。


「くそっ……魔族の分際で、こざかしい。そんな器用な魔術で、弾着を狂わせていたとはな。だがロッセリーニ少尉、あれに対処できるのか?」

「風速は、およそ判明しました。今度こそ、当ててみせます」


 私はそう告げた。魔法によって生み出された風であろうと、それが物理的な気流であることに変わりはない。風速さえ分かってしまえば、それを元に補正すればいい。

 私は先ほどの榴弾の爆煙が上空へ流れる速度と、最初の徹甲弾のズレ幅の両方を用いて、その風魔法が作り出している局地的な風速を推定する。


「魔法による上昇気流、風速およそ三十メートルと推測。これを補正係数として弾道計算に組み込みます!」


 私は猛烈な速度で計算尺を滑らせ、新たな諸元を導き出した。


「仰角補正、三十三.八度!」


 私はすぐさま、修正した諸元を通信兵を通じて全隊に伝達した。再び、旗が上がる。

 それを見届けた砲術長が、拡声器でさけんだ。


『第四射、てーっ!!』


 再び、二十基のディッケバルトが咆哮を上げた。放たれた二十発の徹甲弾は、魔族が展開した見えない風の防壁へと突入する。しかし、あらかじめその強烈な風圧で押し上げられることを計算に組み込まれていた弾頭は、風の力を利用して見事に放物線を修正し、目標へと向かった。

 ドォォンと音を立てて、今度は、二十発の徹甲弾が寸分の狂いもなく、城の真ん中の弱点部であるくぼみ部分に同時命中した。


「全弾命中! 見事、標的に直撃しました!」


 硬い徹甲弾が石の壁を粉砕し、要塞の構造を支える骨組みを根本から削り取る。


『第五射、装填急げ! 同じ場所に撃ち込み続けろ!』


 間髪入れず、五射、六射と、徹甲弾が同じ一点に集中する。その度に風魔術が加わるが、私の補正の前には無力だ。せめて、風向きを変えるとか、そう言う柔軟性はないのだろうか? ともかく、実直過ぎる風魔術の魔族のおかげで、その魔法の防壁を潜り抜け、徹甲弾は命中し続ける。

 やがて、メリメリッ……という、八キロ離れた我々の陣地にまで響いてくるような、重く不気味な破壊音が轟いた。


「見ろ! 城が……!」


 兵士たちが歓声を上げる。

 くびれ部分を完全に粉砕されたヴェルツェンクッペ要塞城は、その巨大な上部の重量を支えきれなくなったのだ。やがて城の真ん中からポキリと折れるようにして、上半分がゆっくりと傾き始める。

 そして、天地を揺るがすような地響きとともに、何千トンという石の塊が、下部へと崩れ落ちていった。

 猛烈な土煙が要塞全体を包み込み、太陽の光すら遮った。


「やったぞ!」


 城壁の下層の扉は、閉じられたままだった。地下に潜み、外に出ることもできず、籠城していた無数の魔獣たちは、突然頭上から降り注いだ巨大な城の破片によって、混乱の中で次々と圧死していったに違いない。

 土煙が晴れると、そこには無惨に崩れ落ち、元の高さの半分以下になった城の残骸だけがあった。

 たまらず、生き残った魔獣たちが悲鳴を上げながら、半壊した城壁の扉をこじ開けて外へ飛び出してきた。

 だが、その開かれた扉の前には、すでに前進を完了していた七十基の二十五センチ榴弾砲部隊と機関銃部隊が、無数の砲口を向けて控えていたのである。


「てーっ!」


 容赦ない砲火が、城壁の入り口に集中する。飛び出してきた魔獣たちは、入り口を越えることすらできず、次々と吹き飛ばされて屍の山を築いていった。

 城の崩壊を免れた一部の魔族たちが、瓦礫の中から魔法陣を展開し、最後の抵抗とばかりに魔術攻撃を仕掛けてこようとした。

 だが、魔法陣が緑色に光った瞬間、それは我々にとって位置を教える的でしかない。


「目標、右方の魔法陣! てーっ!」


 私の計算に基づき、ディッケバルトが正確に榴弾を撃ち込む。魔族たちは魔術を放つ前に、その魔法陣ごと次々と爆砕されていった。

 こうして、予想外の攻城戦は、ディッケバルトの圧倒的な破壊力と、算術の柔軟な対応力による勝利で、あっけなく幕を閉じた。

 これにより人連合軍は、トウガラシの群生するシャルフクッペのみならず、第三の丘陵地であるヴェルツェンクッペすらも手に入れることとなった。

 同時に、上部は崩れ去ったものの、強固な石造りの要塞の土台という、魔大陸における強力な軍事拠点を一つ、手に入れることに成功したのだ。

 今回は、一万人以上の犠牲を出した前回の消耗戦が嘘のように、人連合軍の圧倒的勝利に終わった。


 さて、このヴェルツェンクッペ要塞跡に我々の拠点が移って、二日後のこと。

 崩れた石材を再利用して兵士たちが陣地の構築に汗を流す中、私はその喧騒から少し離れた場所へと、一人で足を運んでいた。

 そこは、シャルフクッペの手前に広がる鬱蒼とした森の中。先日、私が魔族のリーリアに誘拐され、そしてあの大型魔族のガウガと短い間だが言葉を交わした、あの場所だ。

 黒焦げになった平原とは違い、ここにはまだわずかに緑と静寂が残っている。

 私は、記憶を頼りにその場所を見つけ出した。

 苔むした岩のそば。そこには、首を落とされ、心臓を特殊部隊の剣によって貫かれたガウガの巨体が、そのままの姿で朽ち果てようとしていた。

 彼の傍らには、魔王への忠誠を示すように、あるいは私に水を恵んでくれたあの革張りの水筒が、主を失ったまま転がっている。


「……」


 私は無言のまま、ガウガの屍の前に歩み寄った。

 魔族には、家族という概念がない。魔王の命令のままに生み出され、ただ人間を滅ぼすためだけに生きる存在とされた。

 私はあの時、彼に家族の温かさを教えようとした。それが彼にとって意味のないことだと、アルデリーギ中佐に冷たく切り捨てられたとしても、私の中には確かに、この不器用で、私の言葉に耳を傾けようとした魔族へどこか無念さが残っていた。

 私は、陣地の近くで見つけた、小さな白い花を一輪、彼の手のそばにそっと添えた。


「結局、家族というものが何なのか、最後までお前には分からなかっただろうな。妙な言い方になるが、私にとっては実にそれが口惜しい」


 私はしゃがみ込み、空を見つめたまま閉じることのない彼の黄金の瞳に向かって、静かに語りかける。


「お前たち魔族は、私の家族を奪った憎むべき敵だ。それは決して変わらない。でも、私に水をくれたこと、そして私の話に耳を傾けてくれたこと、そんな魔族がいたこと、それだけは忘れない」


 そして立ち上がり、私は計算尺の入った胸ポケットを軽く叩いた。

 我々はまた一つ、魔族の領域を奪い取った。だが、戦いはまだ終わらない。魔王という存在がいる限り、この魔大陸での死闘は果てしなく続いていくだろう。

 次なる戦いの前に、私はこの大型魔族を悼むことで、自分の中の迷いや青臭い感傷に、一つの区切りをつけた形となった。

 私は静かに背を向けた。活気を取り戻しつつある連合軍の新たな陣地へと、私の戦うべき場所へと、確かな足取りで歩みを進めた。

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