#11 捕縛
一万を超える死者と数十万もの魔獣の屍の山を築いた、血みどろの「グルートクッペ攻略戦」。その狂気とも言える消耗戦を終えてから、三日が経った。
当初の予定通り、我々、人連合軍の本拠陣地はアイゼングラート山麓からグルートクッペの正面に開いた広大な平原へと移された。
私が立つ新たな陣地の周囲には、異様な光景が広がっていた。森の中からの魔獣や魔族による奇襲を極度に恐れた連合軍司令部の命により、次の作戦目標である「シャルフクッペ」の手前に広がる森は、ありったけの灯油や野焼きによって、徹底的に焼き尽くされたのだ。これにより、魔獣の大群による奇襲は不可能となった。
かつては蒼鬱と生い茂っていたであろう木々は黒焦げの炭と化し、草一本残らないほどの完全な更地へと変えられてしまった。風が吹くたびに、焦げた土と灰が舞い上がり、空は常に薄暗く霞んでいる。それはまさに、人と魔の凄惨な争いが大地そのものの命までをも奪い去ったような、ひどく荒涼とした景色だ。
なんのために戦っているのやら……私はそう思いながらも、ともかくこの新たな陣地での生活に慣れようと、動き回っていた。
陣地の設営は急ピッチで進められたが、その規模とは裏腹に、軍全体を包む空気は重く、停滞していた。
「またしても、次の作戦は見送りとなった」
その日の午後、司令部での幕僚会議から第七十五砲術隊のもとに戻ってきたアルデリーギ中佐は、軍帽を握りしめつつ、忌々しそうに吐き捨てた。
「どういうことですか、砲術長。我々にはまだ、二十基のディッケバルトも、十分な弾薬も残っています。すぐにでもシャルフクッペに向けて、進発すべきではないのですか?」
私が問いかけると、砲術長は眉を寄せながら、重いため息をついて言った。
「司令部の上層部どもは、先日のここグルートクッペでの戦いでの被害の大きさに腰が引けている。前回を上回る一万もの歩兵を失ったことが、相当な足かせになっているようだ。『これ以上、甚大な犠牲を出しながら前進を続けることは、むしろ人類の未来のためにならないのではないか。ここは一度立ち止まり、強固な防衛線を構築して防戦に徹するべきだ』とな。司令部の大半が、そんな弱腰の主張に染まりきっている」
私は小さく息を呑んだ。
確かに、あの波のように押し寄せる魔獣の群れと、無差別に降り注ぐ長距離魔術の恐怖は、前線で戦う兵士たちの精神を限界まで削り取っていた。だが、ここで立ち止まれば、かえって魔族に態勢を立て直す時間を与えるだけだ。
「しかし、それでは我々がここまで犠牲を払って押し返した意味がありません。魔族は必ず、大量の魔獣を集めて反撃してきます」
「分かっている。総参謀長も司令長官にそう進言した。だが、最終的に連合軍司令官は動かないと決断したそうだ。そういうことで、我々は当面、この灰被りの平原で待機することとなった」
砲術長はそう言うと、自身のテントへと向かっていった。
作戦が停滞する中、私は相変わらず陣地の外れにある丸太小屋へ通い、二人の魔族——長距離炎魔術の使い手であるブリヘーリアと、指揮魔術の使い手であるヴラゾヴラへの尋問を続けていた。
司令部が動かないなら、せめて私だけでも次の戦いに役立つ情報を引き出さなければならない。そんな焦りが、私をこの魔族の牢獄へと駆り立てていた。
薄暗い牢の中で、鉄格子越しに向き合うブリヘーリアは、いつものように鎖の音を鳴らしながら、私を嘲笑うかのように金色の瞳を光らせた。
「どうした、イルザよ。人間どもはすっかり足が止まっているではないか。自らの流した血の多さに、ついに恐れをなしたか?」
「いや、我々はただ、次の確実な一手を準備しているだけだ」
私がブリヘーリアからの質問を軽く受け流すと、ブリヘーリアは喉の奥でクックッと笑った。
「先の戦いでは、相当な犠牲が出たらしいな。お前が持つ『算術』という力がどれほど強大であろうと、やはり人間自体が脆弱なのだ。お前たちがこの先、シャルフクッペの森に踏み込めば、今度こそ全滅することになるぞ」
「何を言うか。お前たちが森を盾にしていなければ、あれほどの犠牲は出なかった。人間が弱いというより、魔族が臆病なだけだろう」
「ほう、本当にそう思っているのか?」
ブリヘーリアは不意に声を潜め、鉄格子に顔を近づけてきた。その言葉には、これまでのような単純な傲慢さとは違う、奇妙な誘惑の響きが混じっていた。
「ならばイルザよ。平原の端に行き、そこである物を探せ。そこには、魔族の秘密がある」
また、意味深なことを言い出したぞ、この魔族は。
「秘密、だと?」
「そうだ。我々がなぜ、あの森に固執し、お前たちを阻もうとするのか。単なる卑怯者呼ばわりされるのは、我にとっても心外だな。なればその目で実際に、確かめに行けばいい。もはや焼け野原となり、魔獣一匹隠れる場所もない更地だ。何も恐れることはあるまい」
私はブリヘーリアの目をじっと見つめ返した。この悪辣な魔族が、ただ親切心で情報を与えるはずがない。とはいえ、これまでもこの男からは何らかの情報や暗喩を得ていた。それが戦いにおいて、大いに役立ったのもまた事実だ。
私の胸の奥で、探求心が膨らんでいく。膠着した戦況を打破する「何か」がそこにあるのかもしれない、となれば、確かめずにはいられないな。
「いいだろう。その秘密とやらを、確かめさせてもらう」
私は踵を返し、牢獄の丸太小屋を後にした。
太陽が西に傾きかけ、空が赤茶色に染まり始めた頃。私は部隊に何も告げず、一人で陣地を抜け出し、平原の端——黒焦げになった森の境界線へと向かって歩いていた。
足元には、降り積もった灰が敷き詰められており、カサカサとした足音が立つ。連合軍の哨戒線はまだこの手前までしか敷かれておらず、この辺りには歩兵の姿もない。戦いは終わり、魔獣の死骸すら焼き尽くされたこの場所で、私は特に警戒心も抱かず歩き続けた。
にしても、こんな場所に何があるというのだ? 魔力の源泉となる地脈か? だが、それならばアイゼングラート山で摂れる赤い石、魔石と呼ばれるものがあり、それが魔力の元だと言われている。
ならば、何があると言うのか。その魔石から魔力を取り出す何かが見つかるとでも言いたいのか。そう思いながら、わずかに残った木々の方へと向かう。
完全には焼き尽くせていないこの森の端に、多量のススを浴びながらもどうにか焼け残った木々がある。もしかすると、この燃えていない木々の周辺に何かあるのだろうか。そんな推論を頭の中で巡らせていた、まさにその瞬間だった。
「……っ!?」
背後から、音もなく忍び寄る気配があった。振り返る間もなく、私の両腕は背後に強く捻り上げられ、口を冷たい手で塞がれた。
「動くな。お前が、イルザだな」
耳元で、透き通るような女の声が囁いた。
小柄な魔族だというのは気配で分かった。見た目は私と同じくらいの娘に見える。が、抵抗しようと足掻いたものの、その細腕の魔族にすら私は敵わない。肩を押さえつけられ、私は無理やり地面に膝をつかされた。
そのまま腕を前に回されて、両手首を縛られる。その時、視界の端に映ったのは、額から水牛のような二本の角を伸ばし、藍色の短い髪を揺らす女形の魔族だった。
「大人しくしろ。殺しはしない」
彼女は素早い手つきで私の首に冷たい金属の輪をはめ込み、カチンと鍵をかけた。そして、その輪から伸びる丈夫な革紐をぐいと引っ張った。
「ぐっ……!」
首が締まり、私は苦痛に顔を歪めた。これではまるで飼い犬のようだ。これでも王立工術大学で主席卒業の算術師である私が、首輪をつけられ、地べたを這わされるみじめな小動物に成り下がってしまったようだ。
「私の名は、リーリア。さあ、立て。ここか離れるぞ」
「ど、どこへ行くつもりだ?」
「決まっている。魔王様のもとへ、だ」
リーリアと名乗ったその魔族は、私の紐を強く引きながら、黒焦げの平原を抜け、さらにその奥にある魔族の領域——シャルフクッペの手前の深い森に向かって私を連れていく。華奢な身体つきだが、やはり相手は魔族だ。人間である私には、彼女の引っ張る力に抗うすべなどない。
どれくらい歩かされただろうか。二つ目の丘陵地の手前の森の奥深く、陽の光も届かない鬱蒼とした木々の間で、リーリアは立ち止まった。
私は、思わず身震いする。そこにいたは、巨大な岩と見紛うほど筋骨隆々とした体格の、頭に太い二本の角を生やした男型の大型魔族が腕を組んで待ち構えていた。
「遅かったな、リーリア。で、そいつが例の人間か?」
「そうだ、ガウガ。こやつを魔王様のところまで、運んでほしい」
「しかし、本当なのか? どうみても、ただの小娘だぞ。一体、こんなやつのどこに我らを脅かす力などあるというのだ」
「さあな。いずれにせよ、魔王様ならその秘密を明かしてくれるであろう。ともかく、何があっても殺すな。必ず、魔王様のもとへ送り届けろ」
「で、そういうお前はどうするんだ?」
「人間どもに囚われている、あの二人をどうにかせねばなるまい」
なぜかは分からないが、他の魔族にも我々が魔族を二人、捕らえていることを知っているようだ。そういう魔術でもあるのか? いや、それ以上にどうして私が捕らえられた?
まさかとは思うが、算術のことを知られたのか? となれば、ブリヘーリアかヴラゾヴラが何らかの方法で、外の魔族に算術のことを知らせたとしか思えない。
にしてはだ、この大小二人の魔族の会話から察するに、それほど算術というものに詳しいわけではないと見える。少なくとも、私が魔族を越える何かを持っているという程度しか知らないようだ。となれば、一体どこから私のことを?
それよりも、リーリアという魔族はどうやら、二人の魔族救出に向かうようだ。なんとしても知らせねばと思うが、首に縄をかけられており、その縄を魔族に握られている。おまけに両腕を縛られていて、自由に動けない。その縄をグイッと引っ張られ、転ぶ私を見下ろし、ガウガという大型魔族は鼻で笑う。
「ふん、なぜこんな貧弱な人間の命を奪わず、魔王様のもとに連れて行けと言うのか。ただでさえ弱い人間の中でも、さらに弱い者と見える。とても魔王様の前に差し出すようなやつには見えんがな」
するとリーリアはガウガに一言、こう告げた。
「私にも分からないが、この娘には『算術』という、途方もない力があるらしい」
「なんだ、そのサンジュツという力は……魔術の一種か?」
「知らん。ともかく、魔王様のもとへ急ぎ連れていけ。あの人間どもの強さの秘密の一つだけでも、分かるかもしれん。ともかく私は、魔族が囚われている人間どもの居座る
地へ戻る」
そう言い残すと、リーリアは風のように木々の間へと消えていった。
さて、この静かな森には、小柄な人間である私と、その倍以上はある巨大な魔族であるガウガだけが残された。その魔族は太い指で顎を撫で、忌々しそうに私を睨んだ。
「やれやれ、人間に遅れを取った挙句、こんな小娘を運ぶ役目を担うとは。が、魔王様のためとならば、仕方がない」
残されたガウガは、私の紐を乱暴に引っ張った。
「立て、小娘。歩け」
「うっ……」
よろけながら立ち上がった私は、首輪の痛みに耐えながら歩き出すしかなかった。
「のろまだな。こんなやつのどこに、魔術を上回るほどの力があると言うのか?」
ガウガはぶつぶつと文句を言いながら、容赦ない歩幅で森の奥、魔王が待つであろう深淵へと私を連れて歩く。私は胸のポケットに残された計算尺だけを心の支えに、この屈辱的な仕打ちに耐えるほかなかった。
◇◇◇
その頃、連合軍本拠陣地の第七十五砲術隊の天幕では、従軍看護師のマルディーニが苛立ちと不安の混じった表情で周囲を見回していた。
「ちょっと、イルザのやつ、どこへ行ったのよ?」
夕食の配給時間がとうに過ぎているにもかかわらず、いつもなら計算尺を片手に乾パンをかじっているはずの友人の姿がない。不審に思ったマルディーニが、砲術隊の隊員が集まるこの場所までやってきた。
「おかしいわね……ここにいないということは、また砲術長がお持ち帰りしたのかしら?」
「は? 砲術長が、なんだって?」
「おい、人聞きの悪いことを言うな。私ならば、ここにいるぞ」
よく見れば奥に、砲術長のアルデリーギ中佐がいる。うかつにも、余計なことを口走ってしまったとマルディーニは思ったものの、今はそれどころではない。
「アルデリーギ中佐殿! イルザ……ロッセリーニ少尉が、どこにも見当たらないんです!」
マルディーニから報告を受けた中佐は、立ち上がり、眉をひそめた。
「おかしいな……あの算術師が行きそうな場所と言えば、魔族の尋問か食堂、あるいは寝床のテントくらいしかないはずだ。警備の者に、確認はしたか?」
「はい。今日の昼間には、魔族の尋問を終えて、あの小屋を出ていったところまでは目撃されているんですが、その後、どこに向かったかまでは……」
砲術長の眼光が鋭くなった。あの冷静で任務に忠実な算術師が、無断で姿を消すなどあり得ない。何かあった、そう考えるのが妥当だ。
「嫌な予感がするな。総員で、算術師を探し出す。陣地の周囲をくまなく探せ」
「はっ!」
砲術長の号令により、第七十五砲術隊の面々は松明とランタンを手に、暗くなり始めた陣地の周辺へと散っていった。
「あの、私は……」
「看護師は、本来の仕事に戻れ。必ず探し出す」
「はい、了解しました」
砲術長自身もホルスターの拳銃の感触を確かめながら、陣地の外れ——魔族の捕虜が収容されている丸太小屋の周辺を探索することにした。イルザが最後に目撃された場所だ。何か、あるに違いない。
と、その時だった。
小屋から少し離れた場所に生えた木々の上に、音もなく登る人影をアルデリーギ中佐の目が捉えた。
それは、明らかに人間の動きではない。木の上から、魔族が囚われている丸太小屋の方をじっと見守っている。その頭からは、二本の角が生えているのが薄い月明りでも確認できた。
間違いない、魔族だ。
砲術長は、その魔族のいる場所にそっと忍び寄る。が、その際に枝を踏みつけてしまい、その音で砲術長がいることがばれてしまう。その影、リーリアは舌打ちをして気を降り、走り出した。
「逃がすか!」
砲術長は即座に拳銃を抜き放ち、その後を追って黒焦げの地面を走る。やがて、陣地近くの林に入り込むその魔族を追って走った。
木々の間を縫うように、リーリアは驚異的な素早さで逃げる。魔獣の鈍重な動きとは比較にならない。まさに脱兎のごとく、幹から幹へとジグザグに飛び移っていく。
砲術長も追いかけるが、間に合わない。そこで走りながら銃口を向け、引き金を引いた。
パンッ、と乾いた銃声が響くが、リーリアはジグザグに走り回っているから、弾丸が当たらない。なおも走る砲術長だが、徐々に引き離されていく。
「くそっ、ちょこまかと……狙いが定まらん」
再び引き金を引くが、やはり当たらない。相手の動きが素早すぎる。このままでは、取り逃がしてしまう。砲術長、アルデリーギ中佐は焦る。
おそらくやつは、ロッセリーニ少尉のことを知っている。直感だが、やつこそが少尉をさらった張本人だろう。殺したのか、それとも連れ去ったのかは分からない。ともかく、やつを捕まえねばロッセリーニ少尉の居所は永遠に闇の中へ葬られてしまう。
そう感じたアルデリーギ中佐だが、この士官は長年、過酷な最前線で巨大な砲の砲術手を務めてきた歴戦の士官である。十数キロ先の標的に砲弾を当てる算術師の計算とは異なる、彼自身の体に染み付いた「砲術の勘」があった。
走りながらも、この士官の頭脳は冷徹にリーリアの動きを分析し始めていた。
(木を蹴る時の沈み込みの角度、空中での滞空時間、そして次の着地点……)
あの小柄な魔族は無秩序に動いているように見えて、その実、地形の起伏と木々の配置に依存した一定の「パターン」を描いていることを見破る。
となれば、次に向きを変えるのは……弾道計算というほどの予測ではないが、アルデリーギ中佐は長年の経験による直感で、やつの動きを完全に読み切った。
そしてリーリアが地面を強く蹴り、太い樫の木の枝を目指して大きく宙に跳び上がったその瞬間。砲術長の銃口が、リーリアの次の「着地点」を捉える。まさにその魔族の右足が着地した瞬間、引き金が引かれる。
パンッ!
「うっ!?」
完璧な予測射撃だ。放たれた弾丸は、リーリアの右足の膝のあたりを撃ち抜いた。力を失い、姿勢を崩したリーリアは、無惨に地面へと叩きつけられる。直後に襲い掛かる右足からのその痛みに苦しみ、土と灰にまみれて転げ回った。
「ぐうぅっ……! に、人間風情が、魔力も持たぬ人間風情が……!」
右足から緑色の血を流し、激痛に顔を歪めるリーリア。彼女は立ち上がろうと足掻いたが、膝をやられていてはどうにもならなかった。
そんな魔族に追いついた砲術長は、その銃口をリーリアに向けたまま、ゆっくりと歩み寄った。
「おいそこの魔族、ここで何をしている?」
すごみのある眼光と冷酷な銃口を突きつけられ、リーリアは死の恐怖を悟った。力ある魔族、というわけではない。それゆえに、死への恐怖が彼女を襲う。この女形の魔族はは自らの命を繋ぎ止めるため、あっさりと命乞いを始めた。
「ま、待て……撃つな! 私の名は、リーリア! 魔王様の側近の一人だ!」
「その魔王の側近とやらが、ここで何をしていた」
「と、囚われた二人の魔族の居場所を調べるためだ。そこでイルザという、恐るべき力を持つ者の存在を知り、その娘を捕まえた」
「そうか、で、そのイルザは今、どこにいる?」
「あの娘なら今ごろは、この先の東の丘陵に向かって、ガウガという大型魔族が魔王様のもとに連れて行っているはずだ」
「大型魔族に引き渡し、魔王の元へ連れ去った、というのか」
この時、アルデリーギ中佐はロッセリーニ少尉がまだ生存していることを知る。が、おそらくは今、我々が次に攻撃目標としていた、ここから東にある丘陵地である「シャルフクッペ」へと向かっていることを知る。
こんなところで、グズグズしている暇はない。そう砲術長は悟った。
「そうだ! だから私を殺せば、あいつに追いつく手がかりがなくなるぞ! 私を生かしておけば……」
自らの保身のために、同胞の動きすら売り渡す。それが魔族の卑劣で薄情な本質だ。
そんな魔族相手に、アルデリーギ中佐の瞳に、一切の感情は湧かなかった。
「……そうか。あの先の丘陵だな」
砲術長は冷たく言い放つと、銃口をリーリアの額の真ん中へと移動させ、引き金に指をかけた。
「なっ……! ま、待て、私は情報を……!」
パンッ、乾いた破裂音が、再び森の静寂を切り裂いた。
リーリアの言葉は永遠に途切れ、その身体は糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちる。額からは、緑色の血が流れだしていた。
砲術長は硝煙を上げる拳銃をゆっくりと下ろした。イルザの行方という最も必要な情報を入手した今、こんな薄汚い小物魔族からこれ以上聞くべき何かを持っているとは思えなかった。だから歴戦の砲術長は、この魔族をその場で処分することに決めたのだ。
「中佐殿! 今、銃声がしましたが……ッ!」
遅れて駆けつけてきた副官のストルキオ大尉と数名の隊員が、地面に転がる魔族の死体を見て息を呑んだ。
砲術長は銃をホルスターに収め、リーリアが指し示した東の丘陵地帯——魔大陸のさらに奥深く、魔王が潜むであろう絶望の暗闇を、鋭い眼光で睨み据えた。
「ストルキオ大尉。ロッセリーニ少尉の居場所が分かった。直ちに司令部へ出向く」
「はっ! しかし、なぜ司令部へ?」
「特殊部隊の手を借りる。どんな手を使ってでも、我が隊の優秀な算術師を、魔族の手に渡すわけにはいかん。それが我々にとってどれほどの痛手になるか、分かるだろう」
砲術長の低い声には、確固たる決意が込められていた。
「ロッセリーニ少尉、貴官は必ず、助け出す」
そう呟くと、アルデリーギ中佐は踵を返し、司令部へと急いだ。イルザ救出へと向かうために。




