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19.エリザベスと少年たち

 ではピクニックにしましょうと準備をしにいったマイカを置いて、エリザベスは一人で塔を出た。この塔の中はアルフォンスのエリザベスへの愛……気遣いに満ちている。マイカもシリカもとても優しく、愛すべき家族とすら思うが、考えてみれば彼らはアルフォンスの作ったゴーレム。その人格はアルフォンスの延長だ。アルフォンスのことは愛しているし、優しい毎日は心地よかったが今はそれから少しの間逃れたかったのだ。

 エリザベスは公爵家に来てから何度かアルフォンスと一緒に散歩などをしていた。散歩コースの先にある高台だったら一人で行っても大丈夫なのではないかと思っていた。


 (アルフォンスと一緒にいる時すれ違う領地の人たちはみんな気持ちよく挨拶してくれたし……)


 そんなふうに考えながらも馬車の轍の残る道をたどるエリザベスの足どりは重たかった。頭に浮かぶのは先ほど見たアルフォンスの悲痛な表情だ。


(どうしてアルフォンスはあんな顔をしたのかしら……。わたし、そんなにおかしなことを言ったかしら。わたしはアルフォンスだけがわたしの顔を見てくれればそれでいいの……本心からそう思うのよ……)


 悲しい気持ちでつま先を見つめていて歩いていたエリザベスはふと視線を感じ顔を上げる。外出用の帽子についたヴェールの向こう、彼女が歩く道の傍らに積んである干した牧草の上に、三人の少年たちが座ってエリザベスを見ていた。年のころは12歳ほど、釣りに行く途中で道草を食っていたのだろう。全員釣竿を手にしていた。


「ごきげんよう……」


 無視して通り過ぎるのも失礼かと思って、エリザベスは一言だけ挨拶をした。


「なあ、あんた。いつも領主のせがれと一緒にいる女だろ」

「?? アルフォンス様のことですか? でしたらそうですけど……」


 少年たちはニヤニヤと笑いながら干し藁から降り、近づいてきた。崩れた言葉遣いに慣れていないエリザベスは一瞬戸惑ったが、言われたことはその通りなので否定せずに返事をした。すると少年たちは彼らの意図がわからないまま立ち尽くしているエリザベスに絡み始める。貴族たちはしないような歯を剥き出したニヤニヤ笑いを見て、エリザベスは恐怖を覚え始めた。


「今日は一人でどうしたんだよう、お嬢様」

「いつもお上品なヴェールで顔隠して、どんな顔なのか気になってたんだよな」

「なあ、そのヴェールを取って見せろよ」

「嫌、困ります……!」


 少年たちの一人がエリザベスの帽子を乱暴に取り去る。ヴェールの下の美しい顔を期待していた少年たちは、乱れたエリザベスの前髪の中にあるはずの目が存在しないのを見てあんぐりと口を開けた。


「……顔が、ない……!?」

「おい、なんだよこいつ……」

「化け物じゃねえか……」

「返して……、それを返してください」


 化け物。しばらくかけられることのなかった酷い言葉を浴びせられて、エリザベスの心はずきんと痛んだ。


「俺たちの土地の領主が化け物を囲っているだなんてな」

「あの引きこもりのせがれもお前が化け物だって知ってんのか?」

「あ、逃げたぞ! 追え追え!!


 このままここにいてはいけない。そう思ったエリザベスが駆けだしたのを少年たちが追いかける。いつも外を駆け回っている平民の少年たちと塔からあまり出ないエリザベスでは体力に圧倒的な差がある。エリザベスは泥を跳ねさせながら水たまりを通り過ぎると、振り向きざまにその水たまりを凍らせた。


氷結(フローズン)!」

「わっ、なんだ!?」

「うわっ!!」

「畜生!」


 突然つるつるの氷が張った水たまりに足を取られ、少年たちは全員その場に転倒してしまう。その間に少しでも距離を稼ごうと、エリザベスはありったけの力を込めて地面を蹴り、走った。


「この女、魔法を使ったぞ! やっぱり化け物だ!」

「化け物退治だ!」

「ぶち殺せ!!」


 無様に転ばされたことが少年たちの暴力性に火をつけてしまったのだろう。釣竿を杖にして立ち上がり、再びエリザベスを追いかけ始めた少年たちの表情は獣じみて、口から出る言葉もエスカレートしていった。


(助けて! 殺される!!)


 身体を動かし慣れていないエリザベスの息は切れ、助けを求める言葉も口にできない。マイカが厨房から戻ってくる前に急いで出かけたのでスカートのままだったのもあだになり、足がもつれる。加えて彼女が走って行く先には高台しかない。追いつかれるのは時間の問題だった。


「はあ、はあ、はあ、ひゅー、ひゅー……」


 汗にまみれ、高台に着く前にエリザベスの足は止まってしまった。心臓はどくんどくんと激しく脈打ち、肺と脇腹が激しく痛む。よろけてたたらを踏むエリザベスに少年たちが追いついた。


「もう逃げられないぞ、くらえ! 化け物!!」

「きゃ……!!」


 少年の一人が持っていた釣竿でエリザベスを打ち据えようと振りかぶる。しなる竿がひゅんと空を切り、エリザベスは頭を庇ってその場にうずくまった。

 

 ガキン!!


 硬いものがぶつかり合う激しい音が響く。叩かれた、と思ったエリザベスだったが、まったく痛くないのに気が付いて恐る恐る目を開ける。


「お前らいい加減にしろ!! 自分たちが何をしているのかわかっているのか!? その人は領主の息子の婚約者だぞ!!」

「どけよおっさん!! 俺らは化け物を退治するんだよ!!」

「あ、あなたは……」


 少年の釣竿を手にした(すき)で受け止めたのはいつも蛙捕りに行く途中で手を振ってくれる農夫だった。


「化け物を庇うのかよ!」

「俺知ってるぜ! おっさんのかみさんもいつも顔隠してるんだよな!」

「化け物の仲間か! やっちまえ!!」


 もう暴力で気晴らしができればなんでもいいのか、少年たちは怒りの矛先を農夫に変えたようだ。エリザベスの目の前で四人は乱闘を始めた。


「た、助けて! 誰か! 誰かあ!!」


 息切れが収まり、ようやく大声を出せるようになったエリザベスが助けを求めて叫ぶ。瞬間、その場に紫の稲妻が奔った!!


「ぎゃあああ!!!!」


 稲妻は農夫を器用に避け、三人の少年だけを痺れさせる。びくんと手足を硬直させて感電した少年たちはそのままばったりと倒れた。


「間に合った……ごめんよエリザベス!! 追いかけるのが遅れて……、怪我はないかい!?」

「あ……アル……フォンス……」


 葦毛(あしげ)の馬にまたがり、その場に駆け付けたのはアルフォンスだった。少年たちを痺れさせたのは彼が放った雷撃だと気が付いたエリザベスの顔からざっと血の気が引く。


「死んでない!!?? その子たち、大丈夫!?」

「生きてまさあ、悪たれガキどもが。痛い目みるくらいがちょうどいいってもんだ……」


 割って入ってくれた農夫が鼻の穴を片方押さえ、少年たちの一人に殴られて出た鼻血をその場にふんと噴き捨てながら答える。馬から降りてきたアルフォンスはドレスを泥だらけにして座り込むエリザベスを抱き寄せ、立たせてくれた。


「エリザベスを助けてくれてありがとう。あなたがいなかったらどうなったことか……」

「躾のできてない馬鹿ガキがこっちこそすまねえです。罰を与えてくれて構いませんが、どうか生活できなくなるようなことはご勘弁を……こんなんでも農場の貴重な働き手なんで……」

「親による鞭打ちとしばらくの無償労働を課すよう兄に伝える。二度とこういうことのないよう周りの大人が教育してくれ」

「寛大なご判断に感謝しますです。あ、お嬢様、これさっき拾った帽子です、お嬢様のモンですよな?」


 農夫は割って入ってくる前に地面に置いていたヴェール付きの帽子を埃を払ってエリザベスに渡してくれた。彼はエリザベスの顔のあたりを当たり前にまっすぐ見ていた。


「あ、ありがとうございます。あの、わたし、顔がなくて……驚かせてしまって……」

「なに、うちの奥さんも顔に大けがのあとがありましてね。こういう口さがないのにやいのやいの言われることの嫌さは痛いほどわかってるんですよ。間に合って本当に良かった」


 そう言うと倒れた少年たちを荷車に載せて、農夫は来た道をがらがらと帰っていった。このあと少年たちにはきついお灸が据えられるだろう。


「ごめんね、エリザベス。僕の言葉が足りなくて、君を悩ませてしまったんだね。僕はこういうことの心配をせずに君が太陽の下を歩けるようにしてあげたいって、君がそれを諦めたまま残りの人生を生きるなんて悲しいと思ってしまったんだ」

「いいえ……わたしこそ、すねて一人で外に出てしまってごめんなさい。あなたがわたしのために頑張ろうとしてくれてるのをわかってなかったわ……」


 アルフォンスが乗ってきた馬にエリザベスも引っ張り上げられる。彼の腕の中に抱きしめられながら、エリザベスは彼を一瞬でも疑ったことを恥じた。

 帰り道、彼女が魔法で凍らせた水たまりは太陽の光の熱ですっかり元に戻っていた。

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