20.エリザベスとコランダム
「宝石のゴーレムを作るよ」
数日うんうん考えてアルフォンスが思いついたのは顔の真ん中だけではなく、全身が宝石でできたゴーレムを新しく作ってペイルトゥナに差し出そうというアイデアだった。
「全身宝石で? どれだけ宝石がいるの? 可能なのかしら」
「うん。もちろんシリカやマイカのような大人のサイズのものは無理だ。さすがに破産してしまう。だから赤ん坊くらいの大きさが限度かな」
そう言いながらアルフォンスは外套を羽織り、出かける準備をしていた。
「僕はしばらく留守にする。大きくて質のいい宝石を手に入れるために山に住む貴石エルフたちと交渉をしなくちゃいけないんだ。外に行きたいようなら絶対にマイカを伴って。ああ、お母様がまた帰ってくるようだから会ったら挨拶をしておいておくれ」
「わかったわ。どうか気を付けて行ってきてね、アルフォンス」
エリザベスがちょっとつま先立ちになってキスをねだると、アルフォンスはほっこりと微笑んで彼女の頬に指を添え、ゆっくりと慈しむように唇を落とした。
「レディ、エリザベス~♪ お庭でお茶をしましょう~」
アルフォンスを見送ったエリザベスが彼の留守中魔術の窯を管理したり読書をしたりして過ごしていると公爵夫人がお茶のお誘いに来た。
「新しい国境の土地は安定したわ。難民の受け入れ、内政、いろいろあるけどひとまず私の仕事は終わり」
「お疲れさまでしたわ、お義母さま」
花咲き乱れる庭園に紅茶とスウィートロールを広げ、エリザベスと公爵夫人は話に花を咲かせた。
「私とあなたのお母様、マーガレットとは生前親交があったのよ」
「ええ、そうだったのですか……」
お互いの近況を話し終えた後、ティースプーンで美しい色の紅茶をかき混ぜながら夫人は突然そんなことを言い出した。
「マーガレットはとても聡明で私の知らないことをたくさん知っていて、それでいて可愛らしくて……。私彼女にぞっこんだったの。姉妹みたいになりたいって思ってた。あなたのお父様は私以上にぞっこんだったけどね。ちょっとはたから見て怖いくらい。マーガレットがいれば他に何もいらないって感じで」
「確かに……そんな記憶があります」
まだエリザベスが顔を失っていなかったころ、両親の揃っていた伯爵家は暖かくてとても幸せだった……。
「あなたが産まれて私ね、是非うちの子の婚約者にしてほしいって夫にねだったのよ。それで縁談を立ち上げたらマーガレットも私のところだったら安心って言ってくれて、クラウスの婚約者にしたのだけれど……ごめんなさい。あの子がとても失礼をしてしまったわ」
「そんな、いいんです。クラウス様とはこの間のパーティで改めてお話をして直接謝っていただきました。彼のことを何も知らないままでいたわたしも子供だったんです」
「あら、あの子謝ったの? やだ、男の子って見てないうちに別人みたいに変わっちゃうんだから……」
夫人はこの日以降もたびたびエリザベスをお茶に誘ってくれた。そして彼女の口利きで、エリザベスは今まで一度行ったことがなかった令嬢たちのお針子会に参加することになったのだった。
「ごきげんよう、エリザベス様」
「ごきげんよう!」
「ごきげんよう!」
「ご、ごきげんよう……エリザベスです……」
仮面を被ったままのパーティーで挨拶くらいはしたことがあったがそのころは遠巻きにされるばかりでちゃんと話したことのなかった令嬢たちは、この間のお披露目パーティに参加したことによってエリザベスのことを「顔がないというハンデを抱えているにも関わらず、王宮魔術師の役職が決定している将来有望でハンサムなアルフォンスの婚約者の席を手にしたラッキーガール」として認識していたようだ。エリザベスが危惧するような意地悪をする者は一人もおらず、普段のアルフォンスがどういう青年なのかということを次々と尋ねてきた。
「アルフォンス様って全然パーティーにでてこなくってえ、あんまり見目もよくないって噂でしたのよ」
「だというのに、まさかあんなに美しい殿方だったなんて……」
「まあ確かに、ご兄弟のクラウス様も端正なお方ですから、弟のアルフォンス様が醜男なわけはないんですわよねえ」
「あなたたち、はしたないですわよ! さっきからお顔のことばっかり!」
「だぁーって! アルフォンス様かっこいいんですもの~」
「あ、あはは……」
きゃいきゃいとやかましい令嬢たちの勢いに押されてたじたじのエリザベスであったが、この間の少年たちのように化け物と呼ばわって追いかけまわすようなことをされなかったことに心底から安心した。
「そう言えばアルフォンス様がみすぼらしいって言ってたの、どなたでしたっけ」
「さあ……噂の言い出しっぺなんていちいち覚えていませんわ」
「ただまあ、ソフィア様はその話、お好きでしたわよねえ」
「ソフィア……、そう言えば、今日はいないんですのね」
実家で軟禁されていたころ、ソフィアは「これからお針子会にでかけますの、お姉さまはネズミとでもお話してればいいですわ」とエリザベスの部屋の前までわざわざ煽りに来ていた覚えがある。今日も来ているのではないかと思っていたが、どこにもいなかった。
「あら、ごぞんじありませんの? 姉妹ですのに……」
「エリザベス様は今は公爵家におられるんですもの、無理言うんじゃありませんわよ」
「ソフィアは、どうかしたのですか……?」
「お誘いしたのですけど、数日前から高熱を出して寝込まれてるそうですの。だからよくなるまでしばらく不参加だとのことですわ」
「まあ、高熱を……心配だわ……」
そう言えば、とエリザベスは思い出す。この間のパーティーで会った時ソフィアはずいぶんとおとなしかった。あの時から体調が悪かったのではないだろうか。そんなエリザベスを見て、令嬢たちは「エリザベス様って本当に優しいのね……」「ソフィア様、随分エリザベス様の悪口を言っていましたけれど」「だから顔がなくても愛されるのよ」と囁き合っていた。
それからおよそひと月。交友関係が増えて忙しい日々を過ごしている間にアルフォンスが帰ってきた。彼に付き添って一緒にでかけていたシリカは大きなトランクを抱えて重そうにその上体を傾けていた。
「ただいま! 僕の愛しいエリザベス! 帰ってきたよ! エリザベス分を補給させておくれ!!」
「おかえりなさいませ、あ、ちょっと、そんなに強く抱きしめたらっ、むぎゅう」
「坊ちゃま! そんな埃まみれでエリザベス様に頬ずりするんじゃありませんわ! お風呂に入ってらっしゃいまし!」
「わあ! そうだね! 行ってくるね!」
エリザベスを抱きしめ、アルフォンスは煙がでるんじゃないかというくらいすりすりと頬を擦りつける。そしてマイカに叱られて慌てて湯殿へ逃げて行った。
「長い間一人にして悪かったね。貴石エルフから宝石を都合してもらった後、ドワーフたちとも交渉して細工してもらってたのさ」
長旅の埃を流してさっぱりしたアルフォンスは研究室にシリカが運び込んだトランクをエリザベスの目の前で開ける。その中には人型の大きな宝石が静かに眠る赤ん坊のように丸まって横たわっていた。
「これがペイルトゥナに献上する新たなゴーレム、『コランダム』の素体だ」
「綺麗……透き通ってキラキラ輝いてる……」
コランダムは全身がアルフォンスの目の色に似た宝石でできていた。これがシリカとマイカのように動いて喋るのなら、魔女でなくても欲しがる者はあまたいるだろうとエリザベスは思った。
「これから魔力を込めて自動で動くようにするから、ここからは一緒にやろうエリザベス。手伝っておくれ」
「よろこんで……!」
そして二人は魔術材料や窯につきっきりでゴーレムの動力になる魔術装置の作成に着手した。コランダムに二人の魔力が注がれ歩いて話せるようになった夜、塔のバルコニーに紫の鱗粉を月光に煌めかせた怪しい蝶が飛んできた。それはアルフォンスの目の前で空中に鱗粉でできた文字列を描き、さらさらと散って消えていく。
「今のはサバトの招待状だ。エリザベス。次の土曜、一緒に魔女たちに会いに行こう」
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