18.エリザベスと揺らぐこころ
クラウスと別れて公爵夫人を探していたエリザベスは用を済ませて戻ってきたらしいアルフォンスの姿を見つけた。
「アルフォンス」
「エリザベス、一人でどうしたの」
「知らない人が多くて、お義母様をみつけられなくて……」
「ごめんね一人にして。一緒に行こう」
その後アルフォンスはエリザベスの隣から離れることはなく、エリザベスは彼を伴ってハルトマン家の父母やクラウス、ソフィアとも挨拶をした。
「お姉さまごきげんよう。息災のようですわね。何よりですわ」
実家にいた時は毎日用もないのに隔離されたエリザベスの部屋まで来て意地悪や嫌味を言っていたというのに、今日のソフィアは驚くほどおとなしかった。
(ソフィア……もともとわたしが公爵家長男の婚約者であることが特に気に入らないようだったものね……。自分がクラウスの婚約者になれたからもう気が済んだのかもしれない。確かに、わたしより年下なのにずっと年上のおじさまみたいな人と結婚しなくちゃいけないというのは気の毒ではあった……)
ソフィアの性格上クラウスのように謝罪してくることなどはエリザベスもまったく期待していなかった。本当の姉妹のように仲睦まじく、とは行かなくてもいたずらに傷つけたりする関係ではもうなくなったのだと思って安堵した。
そうこうしているうちにパーティはつつがなく終わり、貴族たちはめいめいの馬車に乗って帰っていった。エリザベスは知らない人たちとずっと顔を合わせて話しつづける経験に乏しかったため、後半は立っているのがやっとだった。
「疲れたね、エリザベス。今日は立派だった。僕は君を誇りに思うよ」
「アルフォンス……大丈夫だったかしら。わたしちゃんとできていたかしら……、貴族の方々を不愉快にさせていなかったかしら……」
「大丈夫だとも、言ったろう。上流貴族はみんなしたたかなんだ。だから僕もあんまり得意じゃないんだが……、途中一人にして悪かったね」
「そういえば、あの時何かあったようだったわね。何かトラブルだったのかしら」
「それは……ううん。明日話すよ。君はもう休んだ方がいい。ゆっくりお風呂に入って、ぐっすりおやすみ」
「ん……そうね。もうくたくた……」
アルフォンスの言う通り、強い眠気が忍び寄ってきているのを感じたエリザベスは言われるままに湯殿へ行き、マイカに世話されるままに寝じたくをしてそのままベッドに行くのだった……。
「んん……はっ……わっ……」
次の朝目を覚ますと目の前にアルフォンスの美しい寝顔があって、エリザベスは小さく悲鳴を上げた。
(わたしが寝た後に来たのね、アルフォンス……。一緒に寝るのは初めてじゃないのに目覚めた時のこのハンサム顔にはまだ慣れないわ……)
どぎまぎしながら見つめていると、アルフォンスの長い睫毛がゆっくりと開き、明るい夜空のような瞳がとろりとエリザベスを捉える。
「おはよ……エリザベス……」
「おはようアルフォンス……きゃ」
シーツの中からアルフォンスの長い腕が伸びてきてエリザベスを抱きしめる。目覚めたばかりのアルフォンスの体温はとても暖かく、胸板はエリザベスをすっぽりと包んでしまう。
「愛してる……この時間、最高だ……」
「アルフォンス、寝ぼけてるの……? もう……」
動けなくなってしまったエリザベスは仕方なく、唯一自由な頭をもたげてアルフォンスにおはようのキスをした。
「昨日の話なんだけど」
起こしに来たマイカに急かされながら朝食を取り終わったアルフォンスが食後の紅茶のカップを傾けながら口を開いた。
「君の妹のソフィア嬢と話をした。彼女は君の顔が見えなくなった理由を知っていると言って、それを僕に話してくれたが、君自身はそれを知っていたかい?」
「えっ!! ソフィアが……。いいえ、知りません。どうしてこうなってしまったのかわたしはずっとわからなくて……」
「そうか。彼女もそれをずっと忘れていて、最近思い出したと言うんだ」
アルフォンスは昨日別室でソフィアに聞かされた話をエリザベスに話した。
「そう……だったの」
「彼女は罪悪感を抱いているようだった。僕は彼女がどういう娘なのかいまいち知らないので実際どうだかはわからないけど……」
アルフォンスの話を聞いて、昨日会った時のソフィアがおとなしく、しおらしささえ感じさせた理由がエリザベスにはわかった気がした。ソフィアもそろそろ淑女としての自覚が出てくるお年頃。自分の酷いふるまいを内省して改めていたのかもしれない。
「それにしても、魔女が取っていっただなんて。本当なの? 魔術でそんなことができるの……?」
「いや、魔女ペイルトゥナは実際にいるよ。僕のように研究で魔術師になった新参ではない、生まれついての……このあたりの魔女を束ねている大魔女だ。だけど魔術に縁のないソフィア嬢が嘘の材料に使うほど一般人に知られているわけではない。ペイルトゥナが君の顔を取ったというのは本当なんだろうと思う」
「そうなの……私の顔、消えてなくなったわけじゃなくてどこかにはあるのね」
触れば感触はあるのに、他人が目で見るとない。呪いだと周りには言われていたが、実際は呪いではなかったのだ。エリザベスは思案に暮れながら自分の頬を指先でするりと撫でた。
「返してもらえるように頼んでみようと僕は思う」
「ええっ? 大丈夫なの?」
「どちらにしろ、新しく工房を構えるときには土着の魔女たちに挨拶をしなくてはいけないんだ。君も魔術の才能を開花させつつあるよね。僕は王宮が用意した建物に新しい研究室を作って君と一緒に仕事をするつもりでいる。だから君もこれから工房を持った魔女になるんだ。君も一緒に、次のサバトに参加する必要があるよ」
サバト。魔女たちが交流を深め情報を交換する集会だとエリザベスの実家にあった魔術の本に書いてあった。まさか自分がそれに参加する日が来るとは。
(昨日のパーティに参加すると決まっただけで胸が爆発しそうだったのに、今になってはそんなのどうってことなかったわ)
さらに、アルフォンスはそこでエリザベスの顔を返してもらえるように頼むと言うのだ。エリザベスの顔面に緊張の汗が浮き出た。
「サバトの日までまだ時間がある。さすがに手ぶらでこちらだけ顔を返してくれなんて言っても話すら聞いてもらえないだろう。だから僕は当日の手土産をこれから作るよ。本当は今日から婚礼の準備をしようと思っていたんだけど、それよりも優先すべきはこっちだ。君には悪いけど、僕を手伝っておくれ」
「……アルフォンス! わたしは、あなたとずっと仲良く暮らせればこのままでもいいわ! あなたにだけはわたしの顔が見えるのだし……それで十分なの……アルフォンス?」
エリザベスの言葉を聞いたアルフォンスの表情は悲痛の色に染まっていた。彼がどうしてそんな顔をするのかわからず、エリザベスは彼に向けて伸ばした手をひっこめ、反対の手できゅっと握りしめた。
「……僕が君の顔を取り戻したいんだ。夫として、君に顔を取り返してあげたい。僕はちょっと考え事をするから、少しの間一人にしておくれ。いい考えが思いついたらそれを一緒に実行したい」
「アルフォンス……」
アルフォンスはそのまま食堂を出て研究室のある階へ向かって行ってしまった。食堂にぽつんと取り残されたエリザベスは急にとても心細い気分になった。
(得体のしれない呪いをかけられている女を妻にしているということが公爵としての外交をしていく上で瑕疵になるのも変わらない)
昨日のパーティでクラウスが言った言葉を思い出す。アルフォンスもほんとはそういうふうに思っているのだろうか。
(いえ、そんなこと考えちゃいけない。アルフォンスは心からわたしを愛してくれているの。だからわたしに顔を取り戻そうと思ってくれているの。いけないわ。ちょっと外の空気を吸いに行きましょう)
お茶のお代わりを持ってきたマイカに外に行きたい旨を伝えると、マイカは庭でお茶でも? と尋ねてきた。
「いえ、今日は散策に行くわ。前にアルフォンスが連れて行ってくれた歩いて行ける高台へ……」
一話目の前書き部分に表紙イラストを置きました。自分で描いています。よければ見に行ってみてください。
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