17.アルフォンスとソフィア
アルフォンスはマイカを伴って別室に向かった。
エリザベスの妹のソフィアが体調を崩したので休ませているが、本人からアルフォンスに話したいことがあると言っているとシリカから報告を受けたためだ。
(エリザベス様のお顔のことで内密に話があると)
エリザベスの妹のソフィアが姉に対して貴族子女の集まる茶会などでどういうことを話していたかは王子であり親友のジャスティンからしばしば聞き及んでいた。エリザベスの生家での扱いは父親であるハルトマン伯爵が事なかれ主義の無関心であることが大元の原因だとは思うが、ソフィアがわかりやすい意地悪をしていたことが大きいだろうとジャスティンは言っていた。家族の悪口をエリザベスが言うことはないが、アルフォンスはソフィアにいい印象を抱いていない。
(とはいえ、エリザベスの顔についての情報は捨て置けない)
マイカをつけるように言ってくれたシリカの聡明さ、そう作ることができた己の才能に感謝しながらアルフォンスはソフィアの待つ部屋のドアをノックした。
「ごきげんよう、ソフィア・ハルトマン嬢。具合はいかがかな」
「ごきげんよう、アルフォンス様。もう大丈夫ですわ。わがままを言ってご足労頂いて申し訳ありませんでした」
長椅子に腰掛けていたソフィアはアルフォンスの顔を見るとその場で立ち上がり、丁寧なカーテシーで挨拶をした。
「話があると聞いている。僕の出世を祝うパーティにあまり長いこと穴を開けることはできないのでかいつまんで率直にお願いしたいね」
「ええ、わかっていますわ。こうでもしないと二人でお話しする機会がないかと思ったのです。許してくださいませね、そちらのメイドは……ゴーレム、と言うのでしたっけ。できれば人払いをお願いしたいのですけど……」
「彼女は僕の言うことしか聞かない。僕が他言を禁じれば人間以上に信用できる。なにより僕らはお互いに婚約者のいる身。口さがない者に噂を広められないために同席させている。このままでいさせてもらいたい」
「……承知しました」
ソフィアを実際に見てみてアルフォンスが彼女に抱いた印象はしおらしく、そつなく、貴族の婚約者として完璧な令嬢だった。兄のクラウスにはエリザベスよりもこのタイプの方が確かにふさわしいかもしれない。
「では、申し上げます。わたくし、姉のエリザベスが顔を失った原因を存じております」
「……!!」
予想はついていた。顔のことで話があると言われた時点でそうなのだろうと思っていた。しかし実際に「顔を失った原因を知っている」と言われ、アルフォンスの喉の奥がぎゅっと緊張した。
「姉の顔は……ペイルトゥナという魔女に奪われたのです」
「ペイルトゥナ……! やはり……」
ペイルトゥナのことはアルフォンスも知っている。百貌の魔女と言われるこの地方では名の知れた魔女だ。アルフォンスが魔術師として立身し、魔女だけの集会に挨拶に行った際直接話したこともある。人間の顔をコレクションしていることで有名な魔女だ。アルフォンスはエリザベスが誰かに顔を取られたかもしれないとの考えに至った時ペイルトゥナの存在を第一に思い出していたが、ソフィアの発言でそれが確かなものになった。
「それで、どうして君がそのことを知っているのかな。君が直接かかわっているのか?」
「ああ、アルフォンス様、懺悔いたしますわ。わたくしは子供のころ魔女ペイルトゥナに脅され、契約を結んでしまったのです」
ソフィアは胸の前で手を組み、うるうるとした瞳でアルフォンスを見上げる。
「ペイルトゥナは初めから姉の顔を欲しがっていました。だけど姉はあまり鏡を見る娘ではなかった。だから近くにいてよく鏡を見るわたくしの顔を取ると……。嫌なら姉の顔を差し出して、代わりにわたくしの顔は取らないという契約を結べと言われたのです……!」
「……それで、エリザベスの顔を差し出した……と?」
「八歳ですよ!! 八歳の童女が魔女を前に拒否できるとお思いですか? それはあまりにも酷でございます……。ただの子供が鏡の中から魔女に脅され、わたくしは震えあがって首を縦に振るのが精一杯でしたの……」
ペイルトゥナは気まぐれで残酷な魔女だ。確かにそんなものに小さな女の子が抗うことはできないだろう。
「話はわかった。しかしなぜ今頃そんなことを? その後その話を大人に話すことはできただろう? どうして今になって?」
「それが……きっと恐ろしすぎたせいですわ。そうでなければ暗示をかけられていたのかもしれない。わたくし、最近まで自分が魔女に会ったことを忘れていたのです」
「暗示か……。ない話ではないが」
なぜ今? という疑念がアルフォンスにずっと付きまとっている。だが彼はそれを口にすることはしなかった。いつもはアルフォンスと人の会話に茶々を入れるマイカも今は不気味なほど静かにしていた。
「わたくしは恥じております。自分が姉を顔のない状態で社交界に出なくてはいけない生き地獄に落としたのに、それをすっかり忘れて彼女を貶めていた。今更合わせる顔はありません。だけど、夫となるアルフォンス様には伝えなければいけないと思って……」
そこまで話し、よよと泣き崩れるソフィアをマイカに任せたアルフォンスは「もう少し休んでから戻るといい、兄上を呼ぶよ」と言い残し廊下へ出て行った。
(ペイルトゥナに会わなければいけない。なんとか交渉してエリザベスの顔を取り戻さなくては……!)
ダンスフロアへ向かうアルフォンスの青い瞳は決意に満ちていた。
*
「うっ、うっ……うっうっうっ……くっく……くくくくく」
水が欲しいとマイカに頼み、部屋に一人になったソフィアの嘘泣きは含み笑いへと変わっていた。
(信じたかしら。全部信じなかったとしてもあの人がやるべきことは変わらないわ……)
もちろん魔女に会ったことを覚えていなかったなどというのは嘘だ。しかし子供のころ魔女に会って自分の顔の代わりに姉の顔を差し出す契約をしたというのは本当。真実に嘘を巧妙に混ぜることでより真実味のある嘘をつく。ソフィアは嘘に慣れていた。もっとも貴族の令嬢であれば多かれ少なかれ皆そうなのだが。
(わたくしだってあれから魔女について調べなかったわけではないのよ。お姉さまが読んでいた魔術に関する本なんかわたくしにだって読めるわ。長く生きる魔女は退屈していることが多い。魔女に呪いをかけられた愛する女のために立ち向かってくる美しい男なんて魔女たちにとっては絶好のオモチャ。エリザベスの顔を返してくれ~なんてそんなのがやってきたら、からかっていたぶって、千切ってお姉さまの前にまき散らすに決まっているのよ。わたくしの目の前で幸せになれると思った? 残念でした、あなたの婚約者は勇敢よ。うふふふふ!!)
ソフィアが声を殺して笑っていると、ドアをノックする音がした。部屋に入ってきたのは水差しを持ってきたマイカと、婚約者のクラウスだった。
「ソフィア。あなたがいないので探していた。具合が悪いのだとアルフォンスに教えてもらってな。放っておいて悪かった。一緒に戻れるか? もし辛いなら先に休んでいてもいいのだぞ」
「クラウス様……?」
クラウスに普段は言わないような優しい言葉をかけられ、それだけでソフィアはさっきまで胸の内に渦巻いていた毒気が抜けそうになってしまう。
(え? クラウス様、どうして今日は優しいの?)
エリザベスがアルフォンスに愛されているように、自分も同じくらいクラウスに愛されれば奸計などめぐらさずに済むのでは……。
そんな考えが一瞬脳裏をよぎったが、ソフィアはぐっとこぶしを握って考え直す。
(いいえ。わたくしはお姉さまを蹴落として自分だけ幸せになりたいの。もう後戻りはできないわ)
ソフィアは肩に添えられたクラウスの手にそっと指先を重ね、にっこりと微笑む。
「ありがとうございます、もう大丈夫ですわ。パーティの主催者とその婚約者が不在ではいけませんわよね。会場に戻りましょう……」
ソフィアが立ち上がった時、床に落ちていた何かをマイカが拾い上げたのに気が付く。それは化粧直しのコンパクトだった。瞬間、ざわっとソフィアのうなじの毛が逆立つ。
「ゴーレムメイド。それは何?」
「これでございますか。どなたかの落とし物のようです。ソフィア様の物ではございませんか?」
「見せて」
それは螺鈿の細工のされたコンパクトだった。マイカの手の中でしっかりとふたが閉められ、開いていた形跡はない。
(びっくりした。もし開いて鏡の部分が出ていたら魔女に聞かれていたかもしれない。危なかったわ)
どきどきする胸を押さえ、ソフィアはクラウスと共に部屋を出て行った。
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