15.エリザベスとパーティ
エリザベスのドレスが出来上がった数日後に、公爵家でのパーティは開催された。大きく開け放たれた公爵家の門を貴族の紋章のついた馬車が次々通ってくる。パーティを開催するホールに隣接した控えの部屋でアルフォンスと共に待機しているエリザベスは、不安で心をいっぱいにしていた。クラウスの婚約者であった時は人前に出る時は仮面をつけていたが、アルフォンスにもうそんなことはしなくていいと言われたので素顔で参加することになっているのだ。
「大丈夫かしら。わたしのこの何もない顔を見て、来賓の方々が気分を悪くしないかしら」
「大丈夫に決まってる。紳士淑女の方々はそこまで愚かな者ばかりではないよ。今日のパーティの主役は僕だ。その婚約者を無下に扱うところを他の貴族にみられるような無様はしない。君は安心して僕の隣に居てね」
アルフォンスの温かい手が肩に置かれるのを感じると、エリザベスの心は少し落ち着いた。心のざわざわが収まると、祝宴の準備をする人々が廊下を行き来するのを見る余裕ができる。素晴らしい腕の楽団、戦争中とは思えぬ美食、美酒の数々。主催者であるクラウスの次期公爵としての器を表しているようだった。
「このたび国王陛下から王宮魔術師の大任を拝命いたしました、アルフォンス・ローゼンハイム卿ならびに婚約者のエリザベス・ハルトマン嬢の入場でございます」
「呼ばれたよ、エリザベス。さあ行こう」
ドアの向こうからシリカの声がした。アルフォンスの王宮魔術師としての実力を示すため、今夜のパーティにはシリカとマイカも本宅の使用人に混ざって参加しているのだ。アルフォンスはエリザベスの手を取り、パーティ会場に続く扉の前に立った。
「愛してる、綺麗だよ。エリザベス」
「アルフォンス……」
重厚な音がしてドアが開く。現れた二人に会場にひしめく貴族たちの視線が次々と突き刺さった。会場にはすでに公爵と公爵夫人もいて、二人はまずそちらに歩いて行った。
「父上、遠征からの帰還、お疲れ様です。僕たちのために戻ってきてくれてありがとうございました」
「いやなに。お前の努力が実を結んだのだ。父としてこんなに誇らしいことがあろうか」
「レディ、エリザベス! まあ、なんて美しい色のドレスなの!? アルフォンスの見立て?」
「ご機嫌麗しゅう、公爵様、奥様。わたしの目と同じ色でアルフォンス様が仕立ててくださったドレスです。おほめにあずかり光栄です」
「君がレディ、エリザベスか。いろいろ複雑な巡り合わせがあったようだが、アルフォンスを支えてくれているようだね。これからもそうしてくれると嬉しい」
以前エリザベスが公爵と会った時はまだほんの子供だったし、まだ顔があったときだったのでどうなることかと思っていたが、公爵夫妻は息子の婚約者に対する態度としてふさわしい言葉をかけてくれた。
エリザベスの纏っているドレスは彼女の寝室に使われているベルベットよりも少しだけ明るい色合いのシルクサテンであった。ふんわりと膨らんだスカートの裾にはスパンコールとビジューがちりばめられ、彼女が歩くたびに会場の灯りを反射して美しくきらめいていた。
(うちの家族も来ているのかしら……)
公爵夫妻と話し終わってエリザベスは周囲を伺うとソフィアの後姿が見える。どうやらクラウスに連れられ他の貴族と話している最中のようだった。
「いやあアルフォンス卿、あのゴーレム執事は素晴らしいじゃないか。量産の予定は? うちにも導入できるだろうか」
「なんて素敵な発色のサテンなのかしら。いったいどこの染料でこの色が出たのですか?」
商魂たくましいタイプの貴族たちが次々と二人に話しかけてくる。エリザベスは先ほどから誰も自分の顔をろくに見ていないことに気が付いた。何人かと話したあとに実父であるハルトマン伯爵と義理の母とも会ったが、二人とも拍子抜けするほど自然に家同士のことなどだけを話して終わった。
(今までのパーティなら、もしかしたら何か言ってくる令嬢などがいたかもしれないね。だけどもう君は子供ではないし、話す言葉は基本的に外交だ。僕はそういうのが苦手だったからパーティに今まで出席してこなかったけど……。男として君の夫として態度を改める。今日はその第一歩だ。だからほら、ジョークとかも練習したからね!!)
ダンスの練習の相手をしながらアルフォンスが言った言葉をエリザベスは思い出す。彼の言葉は本当だった。では、彼以上にしっかりしていそうなクラウスがこれ以上仮面を外せない女を婚約者にはできないと婚約を破棄してきたのはどういうことだったのだろう?
「そろそろワルツが始まるので一度彼女と踊らせてはいただけませんか。終わったらお話ししましょう。エリザベス。僕と一曲踊っていただけますか」
「アルフォンス。喜んで」
病弱であるということにされていたエリザベスは実家である伯爵家ではダンスの練習をさせてもらっていなかったので、この日までアルフォンスと一緒に練習をしていた。練習にあてられる時間はあまり多くなかったので時々つまづきそうになったりしたが、アルフォンスのリードがうまかったのでなんとか持ち直すことができた。
(ああ、アルフォンスと一緒ならなんだって出来そうな気がするわ。あたたかい、大きな手。わたしを安心させてくれる夜空の瞳。こんなに楽しいパーティは初めて……)
ワルツの音程に合わせてアルフォンスとエリザベスはくるくると滑るように踊る。きらめくドレスがロマンチックに広がり、エリザベスは今誰もが認めるパーティの花になった。
「坊ちゃま。少しお話が」
踊りが終わって、少し疲れたエリザベスにワインを給仕しに来たシリカが離れ際アルフォンスになにやら耳打ちをした。
「マイカを連れて行ってください。くれぐれも短時間で」
「わかった。エリザベス。本当に申し訳ないが少しだけ席を外す。僕が戻るまでお母様と一緒にいておくれ。お母様の側ならきっと大丈夫だから」
「どうかしたの? アルフォンス」
「戻ってきたら話すよ。少しの間辛抱しておくれ」
アルフォンスは指輪のはまったエリザベスの手を取り口づけを落とすと、マイカと一緒に廊下へ出て行った。
(何かトラブルかしら。公爵夫人と一緒にと言ってたわね。ええと、どこにいるかしら)
エリザベスは公爵夫人を探したが、きらびやかな貴族たちがひしめく中で夫人を探すのに少し手間取った。
「独りで何をキョロキョロしている。アルフォンスはどうした」
「ちょっと用ができたようで別室に……あ」
背後から声をかけられ、エリザベスは無防備に振り返る。そこに立っていたのは、かつての婚約者。アルフォンスの兄であるクラウス・ローゼンハイムその人だった。
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