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14.エリザベスと婚約指輪

 その夜、エリザベスとアルフォンスの二人は心からお互いを求めあって結ばれたいという気持ちを持ち寄って同じベッドに横たわった。


「しきたりがあるから、今日はキスだけだ」

「キスの先は何をするのかしら」

「エリザベス……もしかして、知らないの?」

「知らない……、よくわからないけど、子供ができるようなことをするのよね」


 エリザベスのその答えを聞いてアルフォンスは「ああ」と顔を覆って呻いた。


「どうしたの? アルフォンス。頭でも痛いの?」

「いや……君がその年までそうまで汚れないままであることに動揺しただけだ……」

「ずっと友達もいなかったから仕方ないじゃない……」

「ごめん。じゃあ、口頭で教えるね」


 アルフォンスはエリザベスのか細い手を取り、彼女の指の間に骨ばった自分の指を絡めながらキスのあとに愛し合う男女がすることをエリザベスに説明した。言いながら彼の頬は上気し、睫毛が震える。自分の言葉を実行する日のことを想像して興奮しているように見えた。エリザベスはアルフォンスからもたらされる情報に面食らいすぎてもっと真っ赤になっていた。


「え? そんなことをするの? それは……えっと、痛かったり怖かったりはしないのかしら……」

「絶対に怖がらせたり痛い目にあわせたりはしないよ。僕も初めてだけど……。愛し合って丁寧にすればきっと大丈夫だ」

「そういえば、本で家畜を殖やすことについてそんなこと書いてあったような気がするわ……」

「なんだ。なら、君も知ってたじゃないか」

「人間も動物と同じだなんて思ってなかったんですもの!」


 今度はエリザベスが真っ赤になって繋いでいないほうの手で顔を覆った。


「エリザベス、真っ赤で可愛い。食べてしまいたいよ」

「もうっ、からかわないで……」


 アルフォンスは感極まった様子でエリザベスの額や耳にたくさんのキスを落とし、それ以上のことはせず、二人は夜明けの空の色の天蓋の下で寄り添って眠った。朝まで手はつないだままだった。


「おはよう、エリザベス」

「あ……おはようございます、アルフォンス……きゃあ……」


 目を覚まして一番最初に飛び込んできたのが視界一杯に広がるアルフォンスの甘いマスクで、誰かの顔を間近に見ながら目覚めた経験のないエリザベスはじわじわと覚醒し、小さく悲鳴を上げた。そんな彼女にとろりとした笑顔を向けながらアルフォンスはつないだままの指にキスをする。その手を見て、エリザベスは自分の指に見慣れない物がキラキラと輝いていることに気が付いた。


「え……それって……」

「気が付いた? 遅くなったけど君のために用意した婚約の指輪だよ。君が眠っている間に僕が指にはめた。これからはお母様の形見と同じように君の指につけておいてほしい」

「……綺麗」


 指輪についている石が窓から射す朝日を反射して煌めいている。それをたわいないいたずらがバレた子供のようにはにかみながら一緒に見ているアルフォンスのことを、エリザベスは改めて大好きだと思った。


「ありがとう、アルフォンス。大事にするわ」

 

 それから数日後。アルフォンスに正式にお抱え魔術師として王宮に入れという王命が下った。王宮からの文書を塔まで届けに来たのは長兄のクラウスだった。エリザベスは君は応対しなくていいとアルフォンスに言われたが、会話が気になってしまいドアの隙間からこっそりと兄弟ふたりを覗き見していた。


「そういうことだ。我が公爵家から王宮の魔術師が選出されたことは喜ばしい。魔術のことは私にはわからんが……。今までお前をろくでなし扱いしていたことは謝る」


 謝る、と言いながらクラウスはぴんと伸ばした背筋を揺らしもしなかった。それでも、アルフォンスは兄の言葉を聞いて心なしか嬉しそうな顔をしていた。


「このことは他の貴族家に正しく周知させる必要がある。近々父上が戻ってくる日に合わせて我が家でパーティを開催するので、婚約者ともども参加するように。以上だ」


 クラウスはそれだけ言って帰って行った。最初から最後まで声色も表情もまったく変わらないままだった。


「びっくりした。兄上が謝ってくるなんて初めてだよ」

「あらぁ、謝ってましたか? 今の」


 エリザベスが食堂に引っ込み、マイカにお茶を出してもらって待っているとほどなくアルフォンスが戻ってきてハンカチで額の汗を拭きながら息とともに呟いた。別の部屋の音も良く聞こえるらしいマイカがアルフォンスのお茶を淹れながらそれに突っ込む。

 

「兄上にしてはかなり謝ってたよ。兄上は単純にやる気と結果が直結している人間が好きなんだ。僕は認めてもらえたということだろう」


 確かに、クラウスは婚約中エリザベスに最小限にしか話しかけなかったり、自分にふさわしくないと言ったりはしたがソフィアやメイドたちのように気持ち悪いだとか化け物だとかは言ってこなかったな、とエリザベスは思いだした。それからアルフォンスが席に着くのを待ってもっと気になっていることをおずおずと尋ねた。


「あの、すみません。盗み聞きしてたのだけど、わたしもパーティに出なくちゃいけないのね。あなたに迷惑をかけないかしら……」

「迷惑などかけるわけがないよ。パーティの主役は僕だ。僕のパートナーである君に無礼な真似をするような者がいたら許さない」

「アルフォンス……」

「すぐに君のドレスを用意する。王宮魔術師の妻である君にふさわしいドレスだ。僕も君も人前に出るのは苦手だけど、君と僕がこれ以上ないくらいお似合いだということをその日はみんなに知ってもらいたい。いいかな?」


 エリザベスは仮面を付けさせられて針のむしろのような視線に晒される辛い夜会の記憶が邪魔をして、すぐには首を縦に振れなかった。しかし、うつむいた先にある自分の指に優しい色の母の形見と、煌めく星のようなアルフォンスの婚約指輪があるのを見て、自分も勇気を出さなくてはと思い直した。


「わかりました。あなたを信じて、あなたの隣に立つのにふさわしい婚約者として人前に出られるように気をしっかり持つわ」

「ありがとう、エリザベス。ちゃんと守るからね」


 アルフォンスは前々からパーティ用のドレスを作る話を仕立て屋に依頼していたらしく、すぐに採寸の日取りが決まった。アルフォンスが雇った仕立て屋は腕も心構えも一流でエリザベスのつるりとした顔面を見ても眉一つ動かさずにてきぱきと採寸を済ませて帰って行った。

 パーティの日までの間、エリザベスとアルフォンスはいつもと変わりなく塔で寝起きをし、一緒に食事をし、協力しながら研究開発を進めて時には魔術の材料を取りに沼や森に出かけた。途中の道で出会う農夫たちは二人が仲睦まじく出かけているのをすっかり見慣れたようで、取れたての果物を差し入れてくれたりした。公爵家次男のアルフォンスにはいつも顔をベールで覆ってはいるが優しく丁寧な婚約者がいるということは公爵領では周知の事実になっていった。


「坊ちゃま、ドレスが納品されてきました」


 ある日二人がカエル捕りから帰ると、シリカが玄関でそう告げた。


「ああ、来たんだね。エリザベス! マイカに手伝ってもらって着てみておくれ、そして早くその姿を僕に見せて!」


 パウダールームまでついてきて興奮気味にまくしたてるアルフォンスがシリカに引っ張られて出て行くと、マイカがテキパキとドレスを着つけてくれた。


(何を着ても顔がないのだからこんな派手なドレスいらないでしょうと美しいドレスは全てソフィアに取られた……。嬉しいな、自分だけの綺麗なドレス……)


 髪も美しく巻き、エリザベスが出来立てのドレスを完璧に着こんだ状態になってからようやくマイカが扉を開ける。うずうずとした顔で飛び込んできたアルフォンスはドレスを着たエリザベスを見て、感嘆の声をあげた。


「ああやっぱり僕のエリザベスは世界一綺麗だ!!」

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