10.顔なし令嬢と第一王子
それからほどなく、エリザベスはアルフォンスの研究を手伝うようになった。三階の図書室の魔導書は好きに読んでいいと言ってもらえ、アルフォンスの助手として役に立てるように魔術の勉強をする日々が続いた。マイカによる刺繍のおけいこも続いていて、最近では糸で面を埋めるサテンステッチもできるようになってきた。
エリザベスにもらった刺繍のハンカチをアルフォンスは本当に額に入れて研究室に飾っている。
「この間上げた最新作の方が見た目がいいのに! 恥ずかしいからやめて……」
「君が初めてくれたプレゼントだよ? 僕にとって特別なんだ、ここに飾っていると勇気がぐんぐん湧いてきて毎日頑張ろうって思えるんだ……」
この塔に来てすぐはまだ態度が硬かったエリザベスのアルフォンスに対しての言葉遣いはずいぶん柔らかくなった。エリザベスにとってアルフォンスはまるで子供のころからずっと仲良しの幼馴染のような気持ちになる相手で、彼と接していると自分に顔がないことなど忘れてしまいそうだった。
そんなふうに二人仲睦まじくしていると、研究室のドアを叩く者がいた。執事のシリカだった。
「坊ちゃま、ジャスティン王子がお見えになられております。応接室でマイカのお茶を召し上がっておられますが、あまりお待たせしないように願います」
「ジャスティンが? いつも予告なしに来るな……。また身代わりでも置いて抜け出してきたのか。わかった、すぐ行く」
「王子からはエリザベス様にもぜひお目にかかりたいとのお言葉を承っておりますが?」
「ええ? なんだあいつ……。僕のエリザベスだぞ……」
「アルフォンス、ジャスティン王子ってあのジャスティン王子?」
ジャスティン王子と言えばエリザベスたちのいる国の第一王子、王位継承者である。
「あのって、エリザベスは奴について何を聞いてる?」
「非常にハンサムでとてもおモテになるとか」
「その通りだよ、ああ、あんまり会わせたくないなあ……」
「第一王子のお目通りを蹴るだなんてそんな無礼はできないわ、でもわたしのこの顔を見せたらそれが失礼になるかしら……」
「そんなこと言われたら相手が王子でも僕は許さないよ。わかった。一緒に行こうエリザベス」
「坊ちゃま! エリザベス様よりも坊ちゃまのほうが問題です! 王子にお目通りになるのにそんなボサボサ髪ではいけませんよ! 櫛をお通しなさいみっともない……」
シリカはどこにしまっていたのかちゃきちゃきと櫛やピンを取り出し、ものすごい速さでアルフォンスの前髪をきれいにまとめてしまう。
「すうすうして落ち着かないよ……」
「わたしはアルフォンスのお顔が良く見えて嬉しいわ」
「ホントに!? じゃあいつも出すことにする!」
「お早く」
王子には見えないとはいえ少しでも見苦しくないようにとエリザベスも化粧を直して、シリカの押す昇降ベンチにアルフォンスと並んで座り一階の応接室に向かった。
「やあごきげんよう! わが友アルフォンスよ! ぼくが尋ねて来たよ! 喜んでくれ!!」
「ごきげんようジャスティン。今日も声が大きいな……。頭痛がしそうだよ」
ジャスティン王子は絵にかいたような金髪碧眼で身体が大きく、そして声も大きかった。そしてこれまた大きな手でエリザベスの手をうやうやしくかかげ、手の甲にキスをした。
「おお、こちらのレディがアルの愛しの夜明けの君か? ごきげんようレディ、ぼくはジャスティン・レオ・ベルガルド。ご存知だろうがこの国の第一王子さ。よろしくね」
「ご、ごきげんよう王子様。何度か夜会でお目通りしましたわ。その時は仮面を被っていましたけれど……」
「そうだったね。初めて君のお顔を拝見することができた。親友のアルが焦がれてやまない夜明けの瞳を見たかったが、どうやらぼくには見えないようだ。これは残念。もっと視野を広く持たなければいけないな!」
ジャスティン王子は正直に何でも口にするタイプのようだった。しかしその言葉は自分の顔が他人に見えないことなどなんでもないんじゃないかとエリザベスが思ってしまいそうな圧倒的な明るさからくるものでもあった。
エリザベスがあまり貴族社会の社交をしていないのは実家に軟禁されていたせいだが、次男とは言え公爵令息のアルフォンスが引きこもりろくに人にも会わないことを咎められない理由は、アルフォンスがこのジャスティン王子の親友であることが大きい。小さいころからアルフォンスと仲の良かったジャスティン王子は魔術に偏見がほとんどなかった。明るく行動的な王子はたびたび替え玉を置いては王宮を抜け出し、こうやってアルフォンスに会いに来ては王国の運営に魔術が役立てられないかという話をしていたのだという。大人になってからは昔ほど頻繁に来ることはなくなったが、王子の口利きによって王国にはアルフォンスの手による魔術を使った社会設備がいくつもあるそうだ。
今まではそれは特に公表していなかったが、前から「ちゃんと王宮に招いてお抱え魔術師にするべきだ」という意見が大臣たちから出ていたというのだった。
「と、言うわけなんだ。君の婚約者は優秀なのさ。ただちょっと引っ込み思案ではあるけどね……」
ジャスティン王子はそのあたりの事情をエリザベスにわかりやすく説明してくれたあとに軽く首をすくめる。それを見てアルフォンスは渋い顔をしていた。
「王宮お抱えになったら王宮に工房を構えないとならないだろ。せっかくこの塔でエリザベスと二人きりで暮らせるようになったのに……」
「絶対に行くべきよ!」
「……エリザベス!?」
エリザベスは踏ん切りのつかないアルフォンスの様子を見て、ついそう口にしてしまった。ここ数日エリザベスは毎日魔術の勉強をし、アルフォンスの研究を手伝って、彼の底知れぬ才能を目の当たりにしていた。剣や政治が凄い兄のクラウスも優秀だが、王子に言われるまでもなくアルフォンスが魔術の方面で非常に優秀であることはわかっていた。
「アルフォンス、王子のおっしゃる通り、あなたはとても優秀な魔術師。その才能を思う存分振るえるチャンスをわたしのために棒に振ってしまうなんて、そんなの絶対に駄目。わたし、王宮の魔術師になったあなたが見たいわ」
「エリザベス……」
エリザベスがそんなことを言うとは思わなかったアルフォンスは彼女の顔をまじまじと見つめる。つるりとした表面は紅潮し、汗が浮かんでいた。真剣なのだ。
「君たちはまだ婚約者のままなのだよな? ならば早く正式に婚姻してしまえ。そして一緒に王宮にくればいい。ぼくは奥方を歓迎するとも」
「せ、正式に、婚姻」
エリザベスがこの塔にきてまだ正式に婚姻していなかったのは、実家での辛い境遇で傷ついているエリザベスの心の回復を待ちたいと思うアルフォンスの優しさのためだった。この塔で暖かい暮らしをして、アルフォンスと一緒にいれば幸せになれるのだと理解してもらいたいという考えから婚姻の誓いは立てられていなかったのだが……。
「いいかい、アル。これからの我が国の発展のために君は必要不可欠の魔術師だ。そしてその奥方であるエリザベス嬢も同様だ。そんな彼女を侮辱する者が万が一にでも王宮にいたら、それは夫である君への侮辱、君への侮辱は親友であるぼくへの侮辱。そしてぼくへの侮辱は他ならぬ王国への侮辱だ。そんな不届きものはこのジャスティン・レオ・ベルガルドの名において決して許しはしないよ。安心して決断したまえ、わが友よ」
王子の言葉を聞いて、アルフォンスはごくりと唾を飲み込む。
「わかった。公式な招集までにいろいろと『準備』をしておくよ、ジャスティン」
「それが聞けて良かった。ではそろそろ替え玉がバレる頃合いだ。お暇させていただくよ」
素晴らしいお茶だった、とゴーレムのマイカにも人間と同じように礼を言い、王子は席を立つ。エリザベスとアルフォンスは揃って見送りに出た。
ふと、視線のようなものを感じてエリザベスは振り返る。
(……気のせいよね。でなければ庭師か誰かだわ)
エリザベスはそう思いなおしてアルフォンスの後を追いかけて行った。
(王子様がこんなところに来ているなんて……それに、何? あれがアルフォンス様!? もさくて汚い引きこもりって聞いてたのに、あんなに優しそうなハンサムだなんて……。ハンサム二人に挟まれて、あの顔なし! 調子にのって、許せないわ……)
彼らを見ていたのは引きこもりに嫁がされて塔に押し込まれ、しょぼくれているエリザベスを笑ってやろうとローゼンハイム邸に来ていたエリザベスの妹、ソフィアだった。
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