母の行方
ジーナが自警団に連れ込まれたその頃、シングは自警団の詰所の近くの路地で、心配そうに建物の様子を窺っていた。
ジーナが乱暴に引きずり込まれたときは今にも飛び出しそうになった。
ジーナがちらりと「手を出すな」の視線を送って来なかったら、その場であの男に剣を突きつけていたかもしれない。
「……妙な情が湧いちまったなぁ……」
シングはこんな自分に呆れてしまう。
「あいつはまた無茶なお願いをしてくるし……言うなりになる俺も俺だが」
ブツブツと愚痴りながらも、シングは剣を握り直し、ジーナの計画について思い返した。
* * *
「シング! 来て!」
「えっ、おい?」
泣き喚くカミラからシングを引き離して近くの路地裏に連れ込み、ジーナは自警団の詰所に向かうと言い出した。
「店の壁に伝言があった。私が行かなきゃ今度は店を燃やすってさ」
「何!?」
「だから行ってくるよ」
軽く言うジーナに、シングは目を剥く。
「駄目に決まってるだろうが!」
「じゃあどうするの?」
怒鳴るシングをジーナはまっすぐ見つめる。
「どうするの、って……」
「だって、黙ってたら店が燃やされるんだよ? こんな暴力を振るうやつらだよ、本当に燃やしに来るよ」
「うっ……」
一瞬言い負かされそうになったシングは、だが駄目だ、と首を振る。
「それでもジーナが行くのは駄目だ、なんなら俺が行く」
「私を指名なんだよ、シングが行ってどうなるのさ。ちょっと脅した程度で黙る奴らじゃなさそうでしょ。あ、全員殺す? うわエグ……」
「そんなことは言ってねえだろ! 極端だな!」
「でも現実的にそのくらいしか対処なくない?」
「うーん……」
シングはこめかみに指を当て、眉をしかめる。
「ええと……、そうだ、逃げよう。この町にジーナが居なくなれば、店を燃やしてもどうにもならない。そんな無駄なことはしないだろう?」
「本当にそう思う?」
「う……いや……」
実際は見せしめのように店を燃やされる可能性も高いだろう。
困った顔をしたシングの胸元に、背伸びするようにジーナはぐっとしがみつく。
「……あのさ、行かせてくれないかな。勝手に行っても良いけど、そしたら多分シング怒って騒ぎにしちゃうじゃん? 私、自警団に話を聞きに行きたいんだよ」
そのあまりに真剣な様子にシングは目を瞬かせる。
「どういう事だ?」
ジーナはかかとをゆっくり下ろして俯き、メイリィねえちゃんがさ……、と小声で呟いた。
「メイリィねえちゃんが自警団の奴らに怒鳴ったのは、私を奴らから隠すためだったかもしれない、と思ってさ。私を追い出そうとしたのは、私を奴らから逃がして、守ろうとしたのかもしれない」
小さく息を吐いて、ジーナはシングを見上げる。
「……ただなんとなく、もしかしたらと思うだけなんだけどさ。もしそうだったら……」
シングは昨夜のメイリィの様子を思い出す。
メイリィは酒を呷りながら愚痴るようにシングに昔の話をしていた。
――アタシがリラを売ったんだ。見張って動向を報告しろってオトコに言われてさ。
――そんなつもりはなかったんだ……なんて言い訳だね。リラに嫉妬してたんだよ。酷い目に合えばいいって思ってた。
――リラが数日休みを取って、帰ってきた時にはジーナを連れていなくて。それを報告したら殴られてね。
――恋人だと思ってたのにさ。役立たずの売女って罵られたよ。
――その日のうちにリラは姿を消した。上手く逃げたのかもしれない、って思おうとしたけど……。ジーナがあんなに傷だらけの目に遭ってるんなら……。
『全部、アタシのせいだ』
据わった目で暗い部屋の壁を見つめ、メイリィは吐き出すように言った。
その言葉には、後悔と共に、何か強い決意が感じられた。
「……そうだな」
シングはふっと悲しげに笑い、頷く。
「メイリィは、ジーナを守ろうとしていたように見えたよ」
「本当に? シングもそう思う?」
「ああ」
シングのはっきりとした肯定に、ジーナは一度震えるように深呼吸をし、うん、と頷いた。
「もしそうなら、なんでメイリィねえちゃんが自警団と私の接触をそんなに嫌ったのか、なんで今回私が誘拐されそうになったのか」
ジーナはシングに切々と訴える。
「昔の、私と母ちゃんの失踪も、あいつらが関わってるのかも知れない。……あいつらは、もしかしたら母ちゃんの行方を知ってるのかもしれない。だから……」
――話を聞くだけだから。
ジーナの懇願するような目に、シングはもう反対することができなかった。
そうしてシングは自警団詰所の近くの路地に控え、ジーナの合図を待つことになったのだった。
* * *
「……父ちゃん? 本当に、父ちゃん?」
ジーナは目を見開いてみせる。
「そうだ、父ちゃんだぞー。よーしよし。明日にはリラ母ちゃんのとこに連れてってやる。だから大人しく待っとけ? な?」
――私をいくつだと思ってんだ?
頭を撫でられて、ジーナは内心苦笑する。
だが舐めてくれているならその方が良い。
「お頭が父ちゃん……ブククク」
「バカ、やめろ、怒られるぞ」
「だってさっき商品って言っちまってたのに……ヒヒヒヒヒ」
扉の辺りに控えていた男たちが、コソコソと囁き合うのが聞こえてきた。
お頭が振り向きもせずナイフを鞘ごと投げつけ、笑ったほうの男の額に直撃する。
ゴンッ、とすごい音がして、男は仰向けにひっくり返った。
「うわ、大丈夫?」
「あんなバカはほっとけ。部屋を用意させてるからな、そこでゆっくり待ってろ、な」
「うん。ねえ、父ちゃん、母ちゃんはどこにいるの?」
あー、とお頭はガリガリと頭を掻いた。
「母ちゃんなぁ。どこにいるのかオレも知らねえんだよ。けどな、優しーいお偉いさんに大事ーに可愛がってもらってるだろうよ。リラを売っ……連れて行ってもらってからもう6年も経つのに、まぁーだジーナは連れてこれねぇのかって連絡が来るんだ、リラがお前に会いたがってるからじゃねえの?」
めんどくせえよなぁ、とお頭は大きいため息を吐く。
「ま、今から連絡するんでな、明日には迎えの男がすっ飛んで来るよ。そしたら母ちゃんに会えるからな」
「……うん」
――明日か。
「……そしたら一回帰っていい? シングに連絡しないと心配するからさ」
「シング。ああ、あの傭兵くずれか? うん、そうだな、ここに呼べばいい。お前はここで待ってろ、今誰か呼びにやるよ」
「いいよ、私が行く」
「いいから大人しくしとけ」
「でも……」
「だからっ、……っ、あー、本ッ当にもうめんどくせえ」
立ち上がりかけたジーナの服の胸元を掴まえて、お頭がジーナを乱暴に高く持ち上げる。
「ぐ……」
「いいから黙って大人しくしてろ。オレ達もあの男に用があんだよ」
「苦し……とうちゃ……」
藻掻くジーナにお頭は不意に感情を爆発させた。
「そうだよ、父ちゃんだよ! リラはオレの女で、お前はオレの娘なんだ! 黙って言うことをきいときゃいいんだよ!」
「父ちゃん……?」
震える手で男の手にしがみつき、ジーナは苦しそうに呼ぶ。
「ハハッ、よくまあそれだけか弱く見せられるよな、流石だな」
お頭はジーナから乱暴にマントを剥ぎ取る。ジーナの少し曲がった腕が顕になった。
「お前の行方は把握してたんだよ。ただ、市場の商品には手が出せなくてなぁ。ノコノコ出てきてくれて助かったぜ。なあ?――『折れ枝のジーナ』さんよ?」




