自警団
「カミラおばちゃん……」
ジーナはカミラに呼びかけるが、カミラはメイリィを抱えてただ座り込み、
「……なんで……あたしは……何のために……ああ……こんな……こんな……」
と嗚咽に混じって断片的に声を上げ続けるのみで、ジーナに気づく気配もない。
ジーナは動かないメイリィを見つめて小さく唇を噛み、だが次の瞬間には顔を上げてカミラの横を抜け、店の中に入る。
店内は徹底的に破壊され、テーブルや椅子が木屑となって散らばっていた。
「酷いなぁ……誰が、なんで……?」
思わず呟いた言葉に反応するように、カタリ、と音がして、店の奥からカトレアがそっと顔を覗かせた。
「……ジーナ?」
「カトレアねえちゃん! 無事だった?」
「うん、大丈夫。みんな裏から逃げて隠れたの。……モニカが殴られてる間に……。あたしはカミラを呼びに行って……そのまま怖くて戻れなくて……」
ぎゅ、と唇を噛み、カトレアは目線を落とす。
「……カミラが泣いてる。モニカに何かあったの?」
「モニカねえちゃんは無事だよ、怪我はしてるけど」
「そうなの? よかった……」
その時。
ふとそこに立つシングに気がついたのだろう、外からカミラの大声が響いてきた。
「あんたっ……!! あんたが! あんたがあいつらを殺したから! あんたたちが逃げたから! メイリィがっ……!」
あとはただ、メイリィ、メイリィ……! と悲鳴のように連呼する。
「メイリィ!? なにがあったの!?」
と顔色を変えて店表へと飛び出していこうとしたカトレアが、店の入口でギクリと足を止め、壁を凝視した。
「なに……これ」
壁には大きく、何かがナイフで刻まれている。
「文字だね。えっと」
後ろから来たジーナが壁をなぞるようにしてナイフの刻みを確認していく。
「ジーナ、字が読めるの?」
「うん、貴族に売られる用に最低限のことは叩き込まれた」
「貴族に売られる……? どういうこと……?」
不審げに呟くカトレアを無視し、ジーナは壁の文字を読んだ。
「ジーナ、来い……、次は、燃やす……、あとなんだろこれ、斜め3本線?」
「これ……自警団の印……」
「へえ? 自警団。自警団ね……」
ジーナは皮肉に笑う。
奴隷市場には自警団から売られて来た子もいた。
何かで自警団を怒らせた親から詫びとして差し出され、奴隷に売られてきたと話す子の、諦めたような悲しそうな顔を覚えている。
暴力の痕跡を見回して、ジーナは、なるほどこういう奴らね、と納得したように呟いた。
カトレアはハッと目を上げる。
「そう言えば……昨日の最初のお客……メイリィが怒鳴って追い返そうとした人たち……、自警団の人が混じってた……」
まさか、あんな程度のことの報復なの……? とカトレアは口を覆う。
「……ふぅん?」
ジーナは少し考えるように軽く目を伏せ、フッと息を吐くと、目を開ける。
「……来いって言うなら行こうか」
さらりと言い切ったジーナは、まっすぐ前だけを見て、外へと足を踏み出した。
* * *
この国の小さな町には自警団を名乗る集団がしばしば居て、町を守るという名目で商店などから金を巻き上げている。
盗賊などが横行するこの時代、元々は町を不当な略奪や暴力から守るという目的で発足したはずの団体は、いつの間にか自分たちが暴力集団に成り下がってしまっていた。
勿論ちゃんと機能している自警団もあるだろうが、ジーナが知っているのは、たちの悪い方の自警団だ。
彼らは、自分たちに逆らったり、金が払えなかったりする相手に、嫌がらせや破壊を行っている。
(誰から何を自警してるんだか)
とジーナは呆れたように思う。
――俺達の暴力からお前を守るために俺達に金を払え、ってこと? 笑っちゃうね。
だが、そんな感情を隠して、ジーナは何も知らない無垢なふりをする。
「ねえ、ここ自警団? ジーナだよ、来たよ」
ジーナは、自警団が詰所にしている建物の前で、そこに立つ男に声をかけた。
細く小さい身体をマントで包み、大柄な男を見上げてちょこんと首を傾げる。
「中に入ってもいい?」
男は一瞬疑うように目を細め、だが次の瞬間マントの上からジーナの腕を力任せに掴む。
「痛った……!」
ジーナの苦痛の声にも動じず、男はジーナを吊り上げ、振り回すように建物の中へ引きずっていった。
そして、
「おいお頭! ジーナを捕まえたぞ!」
と言いながら、ジーナを奥の部屋に放り込む。
ジーナは肩から床に打ち付けられ、転がって机の幕板にぶつかり、ドン、と大きな音を立てた。
「……っ、痛ったいなぁっ……」
文句を言いながら起きあがったジーナの後ろで、今ぶつかった机が反対側からガン、と蹴られる。
どこから奪ったのか、重厚な執務机は、僅かに振動しただけでびくとも動かなかった。
「おい! ジーナは大事な商品だろうが。乱暴に扱うんじゃねえ」
その執務机の向こうから、低く凄む声が聞こえ、ジーナを投げ捨てた男はびくりと身を震わせる。
「ああ、すまねえお頭。……でもよ、こんな傷だらけの小娘、ちっとくれえ傷が増えても変わらねえだろ」
「ああ!?」
「わ、わかったよ、悪かったよお頭」
おどおどと後退る男に向かってチッ、と舌打ちがされ、ジーナの背後、机を隔ててガタンと立ち上がる音がした。
「やあー、ジーナ。えらく久しぶりだなぁー」
いかにも作り声な優しい声色でジーナの前に回った男は、床に半身を起こしたジーナに視線を合わせるように屈み込む。
久しぶり、と言われてもジーナには全く見覚えがない。
筋肉質の大きな体。埃っぽく艶のない薄茶の髪に、人を見下すような灰色の目。顔には右の瞼の上と口元に大きな傷跡。その傷跡が引き攣れるのか、薄っすらと片笑いしているような表情を浮かべている。
「んー?」
男はジーナの顎を掴み、グイッと顔を上げさせて、イライラしたように言った。
「お前、顔に傷付けんなよ、価値が下がんだろ」
ジーナはその手を振り払い、怯えたように目を伏せる。
「……ひでえ目に遭ってきたみたいだな。まあ、そんなに綺麗な顔してたらなぁ。相変わらずリラにそっくりだ」
――リラ。母ちゃん。
ジーナは思わず顔を上げる。
男はジーナと目が合うと、ニヤ、と笑みを深めた。
「おう、やっとちゃんとこっちを見たな。どうだ、覚えてるか? ……お前の父ちゃんだよ」




