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折れ枝のジーナ -- 奴隷少女の生き残り戦記 --  作者: 青風ぱふぃん


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逃げない選択

「宿に戻るのはやめときな」

 食堂を出た時、メイリィは言った。


「わかってる」

 シングが答え、ありがとな、と軽く手を振ってくるりと背を向ける。


「えっ? シング、荷物は? 部屋に置きっぱなしじゃない?」

「置いてきたんだ。宿に戻ってくるふりをしないと、追手がかかるからな」

「ああ、アレ考えがあったんだ……」

「なんだよ?」

「いや、あんな迂闊に置いてったら盗まれそうだなーって思ってたんだけど、まあシングだしなって黙って見てた」

「……ん?」

 首をひねって、シングはジーナを見た。


「それは何だ? 信頼か? 諦めか?」

「うーんと」

 とジーナは目線を逸らす。

「……まあ、財布は持ったからいいかなーって」

「おい誤魔化すな、お前もしかして、俺のこと間抜けだと思ってないか?」


 そんな会話をしつつ、ふたりはさり気ないふりで町の外へと向かった。


   *   *   *


「昨夜、メイリィが警告してくれてな」

 道すがらシングがジーナに説明する。


「カミラの出す飲食物に気をつけろ、ってな。それで、部屋に運ばれた晩飯を前に、どうしたもんかと悩んでいたら、メイリィが店の終わった夜更けに俺の部屋まで来て……」

「それでふたりで一晩仲良く過ごしたんだ、ふーん」

「だから! 色々話をしただけだって!」

「メイリィねえちゃんは胸も尻も大きいもんな、ふーん」

「胸も尻も話に関係ねえ! なんなんだお前は」

「別に、なんでもない」

「なんでもねえのかよ……」


 相変わらず左腕にくっついたまま、むー、とむくれているジーナを見下ろして、わかんねえな……とシングはため息を吐く。


「……まあ、うん、それで、俺のかわりに飯と酒を平らげたメイリィが眠り込んじまってな。俺は隠れてお前の部屋の様子を伺ってたんだよ」


 部屋をそっと覗きに来た襲撃者達は、暗い部屋で布団を被って寝ているメイリィをシングだと思い込んで安心し、そのままジーナの部屋になだれ込んだ所を後ろからシングに斬り伏せられた。


 ――あ、シング、殺さないでよ、話を聞き出さなきゃ。

 クルクルッと踊るように襲撃者の手を躱したジーナは、シングが剣を抜いているのを見てストンと身を低くして言う。だが、その時には既にすべての襲撃者が切り捨てられていた。


「お前も飯食って寝てると思ったんだがな、正面から迎え討つとは思わなかったぜ」

「ご飯、食べちゃいけない匂いがしたから食べなかった」

「食べちゃいけない匂い? 腐った肉のスープ食べてたお前が?」

「そういうのじゃなくて……、なんか、この草の匂いがしたら危ないから食べちゃダメだって……、誰に教わったんだっけな」

 ジーナは首を傾げる。


 ――薬草の匂いを嗅ぎ分けた?

 シングは眉をひそめる。


 薬草は、施療院や教会などが研究し、庶民の怪我や病の治療に使っている。だが、その大元は貴族だ。貴族家は各々、薬だけではなく毒や麻薬を生み出し、それらを秘伝として娘に代々伝えている。


 普通の庶民がわかるのは、精々傷薬と熱冷ましくらいのはずだ。


「……メイリィが貴族出身のようだから、彼女から教わったんじゃねえか?」

「うーん……、メイリィねえちゃんはいつも怒ってて、私のことは睨むか無視するかのどっちかだった記憶しかないなぁ……」

 ジーナは眉根を寄せ、頭痛がするように顔をしかめる。


「やっぱ、奴隷市場に来る前のことはあんまり思い出せないや」

「そうなのか」

「お前たちは奴隷という生き物として生まれ直したんだ、人間だった記憶は捨てろ、って、文字通り拳で叩き込まれたからなぁ」

「それは……」

「自分たちも記憶捨てたほうが生きやすかったから、あとから入ってきた子にも忘れろ忘れろ言い聞かせてたし」

「うーん……、そういうもんか……しかしだな……」


 そこでシングはふと言葉を止めた。遠くから微かに叫び声が聞こえてくる。


「なんだ? 喧嘩か何かか?」

「遠いよね?」

「ああ、俺達の追っ手ではなさそうだ。好都合だ、注目がそっちに集まっているうちにさっさと町を出よう」


 シングは歩を早めようとするが、左腕にしがみついているジーナが心配そうに後ろを振り向き振り向き歩くので、引っ張られて遅くなる。


「どうした?」

「うん……、あの騒ぎの方向さ……」

 不安げにシングを見上げたジーナだが、次の瞬間ぱっと後ろを振り返る。

 その視線の先、道の向こうから女性がひとり走って来るのがシングにも見えた。


「ジーナ! シング! 忘れ物!」


 置いてきたはずのシングの荷物を抱えて、モニカが笑顔でふたりを呼んでいる。


「モニカねえちゃん?」

「はーい、モニカだよー」


 不審げな声を上げたジーナに返事をしつつ、よたよたと走り寄って来たモニカは、息を切らしながら笑顔で荷物を差し出した。


「もー、足早いんだからぁー。あのね、ハァ、メイリィがね、ハァッ、これを、持ってってやれって」


 追いつけてよかったぁー、と笑ったモニカを、シングは不意に抱き締める。


「わ、なぁにぃ? 嬉し〜」

 モニカはヘヘっと笑ってシングを抱き締め返そうとし――。


 そのままがくりと膝を折った。


「あ、あれ? 立てない……」

「モニカねえちゃん……」

「……あ、ジーナ、ごめんね、なんか……力が、入らなくて……」

「良いから、喋るな」

 シングがモニカを抱き上げて耳元で囁く。


「え、なんでぇ?」


 キョトンと見返したモニカの顎から、血が滴る。


「モニカねえちゃん……!」

 ジーナがつらそうに声を殺して叫ぶ。


「どしたの? ジーナ、大丈夫?」

 そう言うモニカの顔は殴られて腫れ上がり、唇には血が滲み、裂けた額からの血が頬を伝って顎へと流れ落ちていた。


   *   *   *


 シングは人通りのない横道に入り、モニカをそっと地面に降ろす。


 ジーナが服の裾でモニカの血を拭い、モニカはハッとしたようにジーナの手元を見た。


「あ、これかあ。ごめんごめん、ビックリしたぁ? モニカはねぇ、こういうのよくあるの。でもそういうお客はカミラが叩き出してくれるから、大丈夫よぉー」


「何があったんだ……」


「えーと、なんかねえ、乱暴なお客さんの団体さんが、ドカドカって入ってきて、ちょうどそこにいたモニカをボコボコに殴ってさあー」


「……なんだと?」


「全然営業時間外なのにね、やんなっちゃう。それで、カミラが飛び出してきてさ、奥に行ってろって言うから、奥に行ったら今度はメイリィが裏口から飛び込んできてぇ。シングに荷物を届けろって」


 もー、全部が急すぎて頭が大混乱よぅー、とモニカは笑い、いててて、と顔を歪める。


「ああいうパーティーをやるなら先に言っといてくれればいいのにねぇ。それでぇ、昔にも似たようなことがあってぇ、えーとなんだっけなぁ」


「もうわかったから、喋るなって」


 シングはモニカが持ってきてくれた荷物を漁り、塗り薬を取り出してモニカの顔に塗り始めた。


「わ! 薬、もったいないよ! ほっとけば治るから……いててて」

「いいから。他に痛むところはあるか?」

「え? えーと……息すると胸が痛い……かな?」

「肋骨を傷めたか? よく走ってきたな……」

「メイリィに裏口から突き飛ばされてぇ、振り向くな、この道をまっすぐシングのところまで走れ! って怒鳴られたからぁ、めちゃくちゃ頑張って走って来た!」

 痛くてもう吐きそう、とモニカはケラケラ笑い、直ぐにいてててて、と顔を顰める。


「メイリィが……」


――巻き込んじゃってごめん。モニカだけでも逃がしてやって……


 メイリィのそんな言葉が聞こえたような気がして、シングはぐっと拳を握り込む。


 ジーナはシングから手を離し、ひとりでスッと立つ。


「モニカねえちゃんをお願い」

「おい?」

「ちょっと『イカれニワトリ亭』の様子を見てくる」

「そんな名前なのかあの店! いや、待てジーナ」


 いつもはジーナからしがみついているシングの左腕が、走り出そうとしたジーナの首に巻き付く。


「ぐえっ、何!?」

「俺も行く」

「え、でもあの店はシングに関係ない……」

「行く」

「……そっか、うん」


 取り急ぎ近くの宿に部屋を取ってモニカを寝かせたふたりは、揃ってカミラの店に走る。


 そこには、ボロボロの店の前に座り込んで泣き叫ぶカミラと、そのカミラの腕に抱かれて息絶えたメイリィの姿があった。


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