手がかりの探し方
「こりゃ一体どういうことだい!」
夜明け前、物音に駆けつけたカミラはジーナの部屋の惨状を見て悲鳴を上げる。
「あーカミラおばちゃん、部屋を汚してごめんね、こいつらが急に襲ってきたもんだから、シングが……」
「すまん、手加減ミスって殺しちまった」
部屋には三人ほどの男が血まみれで転がっている。潰れたように力無く地面に倒れ、微動だにしない。息がないのは明らかだ。
テーブルは壊れ、割れた食器や料理が床に散乱する。ベッドにも壁にも血が飛んでいた。
「生かして事情を尋問しろって言ったんだよ? なのにさぁ」
「ごめんって。こんなに弱いと思わなかったんだよ」
カミラは言葉を失ってただ口をパクパクした。
シングだけならまだしも、ジーナまで血溜まりの中平然と立っている。
「あ、あんたたち、一体……」
やっとカミラが言葉を絞り出した時。
「なぁにぃー?」
隣の部屋のドアが開く音が聞こえ、寝ぼけまなこでメイリィが部屋に入ってきた。髪が乱れ、薄着がだらしなく着崩れている。
「うるさぁーい。もうちょっと寝かせてよぅ~」
「メイリィねえちゃん? シングの部屋から……?」
「わあ! いま出てくるなよ!」
「うぅーん?」
ねむぅーい、と言いながらメイリィはシングにしなだれかかる。
「やめろ、こら!」
振り払おうとしてシングは手を止める。ぐったりとしたメイリィはシングに寄りかかったまま一人で立てない。
「おい、どうしたんだ、大丈夫か?」
「んー、大丈夫大丈夫……あら、まあー、お部屋血まみれ!」
メイリィはケラケラと笑う。
「カミラ、こりゃ大損だねぇー、あははははは」
「うるさいね! 酔っぱらってるのかい! そもそもなんでシングさんの部屋から……。あたしを通さず勝手に商売するんじゃないよ!」
「商売じゃないよぉー、遊びに来ただけーぇ」
シングに寄りかかったままメイリィはグダグダと答える。
「ここで男と会ったら商売なんだよ! 恋人だろうが旦那だろうが、ウチの娘たちに会うんなら全員客だ!」
「ああー、旦那ねぇ……、旦那……」
半分ウトウトとしながら、メイリィはふと思い出したようにカミラに聞く。
「そう言えばさぁ、カミラ、なんでリラの旦那の顔知ってたのぉ?」
「何の話だい、ああもうだらしがないねぇ」
文句を言いながら、カミラはメイリィのはだけた服を直し始めた。
「ジーナが最初に帰って来た時ぃー、リラの旦那に似た雰囲気の保護者がーって言ってたじゃーん」
「え……」
カミラは一瞬手を止め、
「ああ……、一度ここに来たことがあるんだよ、お前たちは知らないだろうが」
と言いながらイライラした様子でメイリィの服のボタンを止めていく。
「ウッソだーぁ」
「何がウソだい! うるさいね、もう黙りな!」
「だってさーぁ、無理があるよカミラ。リラは旦那に居場所を教えてないって言ってたじゃな……」
「いい加減におし!」
いきなり、カミラはメイリィの頬に平手打ちを叩き込んだ。
乾いた音が響き、メイリィはよろけてシングの腕に掴まる。
「……いったぁ…」
「おい、女将、いきなり殴らなくても……」
激昂するカミラをシングが宥めようとするが、カミラの怒りは止まらない。
「お客さんに迷惑をかけたんだ! この程度で済んでありがたく思うんだね!」
「俺は別に迷惑じゃ……」
「お客さんの飯を食ったろう」
「えっ」
「お客さんに出した酒を勝手に飲んだんじゃないのかい! そんなに酔っ払ってぐうぐう寝て!」
「おい、待て待て」
もう一度腕を振り上げたカミラを制すようにシングは手を挙げる。
「俺に確認も取らずになぜメイリィを責める。俺が一緒に飲もうと誘ったんなら、メイリィは悪くないだろう」
「そういう時は客に媚びて甘えて高い酒を注文して、支払いは客につけるんだよ! 客の安酒を飲んだって実入りにならないだろ!」
「…………手の内を全部明かすじゃねえか……」
「こんなの常識だろ!」
「ええぇ……」
カミラの言葉にシングは鼻白む。
「常識でも夢を見させてくれよ……、いや、そうじゃなくてな、俺の飯を食ったかどうか分からねえじゃねえか。何をそんなに決めつけて怒ってるんだ」
「だってこんな前後不覚に寝て……」
そこまで言って、カミラはハッとする。
「寝て? まだ明け方だぞ、なにかおかしいか?」
「あ……いや、この娘はいつもは不眠気味だから……よほどいい思いをしたんだろうってちょっと思っただけだよ。大した理由はないよ」
カミラは目を泳がせながら言う。その様子に、赤くなった頬を押さえながらメイリィが皮肉に笑った。
「そうそう、大した理由なんてない。客の飯を食ったら妙に眠くなるのも、酒がやけに回るのも。雇い主が従業員を殴るのだって、大した理由はいらないんだ。でもさ」
メイリィはシングを押し退けて自力で立ち、カミラを正面から見る。
「昔はカミラはアタシらをむやみに殴ったりしなかった。……ねえ、リラが消えた6年前、何があったの。あれからずっと、カミラはおかしいよ」
「……っ、何もないよ! おかしいってなんだい!」
メイリィは悲しげに首を振った。
「これ以上は言わないよ。でもさ、ねえ、カミラ……。もうやめようよ」
「なんのことだい、わからないねえ! そんな与太話に付き合ってる暇はないよ、さあ、部屋をなんとかしないと!」
誰か! 誰かー! と叫びながらドスドスと階段を降りていくカミラの背を見つめて、メイリィは笑うようにフッと息を吐く。
「あーあ……、ついに言っちまった。こりゃ後で折檻かねぇ」
さっぱりしたように笑うメイリィは、心配そうに見ているジーナに笑いかける。
「ここは売春宿も兼ねてるけどね、安心しな、リラは夜の客を取らない事で有名だった。天下一の踊りだけで充分稼いでいたんだよ」
そして、うーん、と伸びをする。
「アタシなんかはたまにこうして客でも取らないと食ってけないんだけどさぁ」
「おい待て! 俺が客みたいな言い方をするんじゃねえ!」
シングが慌てて言う。
「ええー? もうー、つれないねえー。あんなに熱く語り合った仲じゃないか」
「語っただけ! 言葉で語っただけな!」
「アタシは身体で語り合うのでも良かったんだけどねぇ」
「やめろ! 子どもの前だぞ! 教育に悪いだろ!」
「子ども……」
「教育……?」
ジーナはむくれ、メイリィは腹を抱えて大爆笑した。
* * *
「やさぐれたふりをしている割に、やけに素直で騙されやすそうだと思ってたら、あんた、やっぱり育ちがいいね?」
メイリィは笑いながら言う。
「そんなことはねえよ」
ブスッとしたシングはパン屑を撒き散らしながら乱暴にパンを食い千切る。
ここは近所の食堂。
部屋を片付けるからと追い出されたシングとジーナを、メイリィが食堂まで案内してくれた。
ちなみに宿泊費と部屋の掃除代は部屋を出る前にきっちり取られている。
「子どもの教育なんて単語、どこの庶民が使うんだい」
「う……」
「メイリィねえちゃん、教育って何?」
「ああ……」
ジーナの質問に、メイリィは苦笑しながら答える。
「貴族のガキどもが教わる礼儀作法とか歴史とかのことだよ。あと、男は剣術、女はダンスやガーデニングなんかを習うよ。薬草の授業が難しくてねぇ……」
と一瞬懐かしむような目をしたメイリィは、すぐにぱっと表情を切り替え、いつもの冷笑を浮かべてジーナを見る。
「シングは多分、淑女教育のことを言いたかったんじゃないかね」
「淑女教育?」
「そう、夫ただひとりに貞節を誓い、殴られようが蹴られようが従順に身を尽くして仕え……」
そこまで言って、ふはっ、とメイリィは自嘲するように笑い、
「つまり、夜中に男の部屋に潜り込んだりするアタシみたいになるなってことさ」
ね、と横目でシングを見た。
「そんな意味じゃねえよ」
シングは吐き捨てるように言い、グッとコップの水をあおる。
「っていうか、あんたも貴族出身か」
「……こんなところにいる女に出自を問うなんて無粋な男だねぇ」
「あっいや……、すまん」
メイリィに冷たく睨まれ、シングは慌てて頭を下げる。
「まあいいけどね、よくある話さ。殴る蹴るの上に浮気三昧な亭主に愛想つかして逃げてきたのさ」
食堂だと言うのに、メイリィは煙草に火をつけてふう、と煙を吐く。
「ま、淑女教育は役に立ったよ。ダンスも、男への仕え方もね。……あ、そうだ、アタシがジーナに淑女教育を施してやろうか?」
「やめろ!」
いたずらっぽい顔をしたメイリィに、シングは反射的に答える。
メイリィは冗談冗談、と笑った。
元気なメイリィを見たのは、これが最後だった。
* * *
「ウチの娘たちには手を出さない約束だったろう!」
カミラが泣き喚いている。
滅茶苦茶に壊された店内。
叩き割られ、地面に散らばっている赤いニワトリの看板。
「カミラおばちゃ……」
ジーナが声をかけようとし、だがつぶやくように語尾を消す。
カミラの腕には、傷だらけのメイリィが力無く抱きかかえられていた。




