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心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
第1章 響く音響編 —始動—

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99話 新体制と新部長

三年生が引退した東縁高校吹奏楽部。新たな体制のもと、部員たちは次の舞台へ向けて動き始める。

それぞれが選ぶ、仲間と音楽。

そして、新たに始まるアンサンブル。

日常は、次の音へと進んでいく。

音楽室には、いつもと少し違う空気が流れていた。


全国大会が終わり、三年生が引退した。

まだ、その実感が追いついていない部員もいる。


そんな中。


瞬崎(しゅんざき)が教壇の前に立ち、集まった部員たちを見渡した。


「さて。全国大会も終わって、三年生も引退しました。これからは、新しい体制で活動していくことになります」


そう言って、瞬崎は黒板へ向き直った。


「まず、次の大会について説明します」


チョークが黒板に触れる。

書かれた文字は――。


『アンサンブルコンテスト』


「通称、アンコンですね」


吹奏楽部にとって、コンクールとはまた違った大会。


大人数で一つの音楽を作り上げるのではなく、少人数の編成で、それぞれが一人の奏者として音楽を作っていく。


「基本的には、三人から最大八人の小編成で出場します。学校によっては複数のチームを組むこともあります」


瞬崎は淡々と説明を続ける。


「もちろん、我が東縁(とうえん)高校も参加する予定です」


その言葉に、何人かの部員が顔を上げた。

全国大会が終わったばかりだというのに、もう次の舞台が始まる。


「ただし――」


瞬崎がチョークを置いた。


「今年は、少しやり方が違います」


その瞬間。


音楽室の後方から、一人の少女が前へ歩み出てきた。


二年生。

ファゴットを担当する少女。


守田木乃香(もりたののか)。


その姿を見て、部員たちの視線が集まる。

守田は、教室の前まで来ると、ゆっくりと振り返った。


「ここからは、私から説明します」


静かな声だった。


けれど。

その声には、これまでとは少し違う響きがあった。


「今日から、私が東縁高校吹奏楽部の部長を務めます」


一瞬。

音楽室が静まり返った。


全国大会を戦ってきた三年生は、もうここにはいない。


これから、この部を動かしていくのは――。

二年生と、一年生。

その中心に立つのが、守田木乃香だった。


「よろしくお願いします」


守田が頭を下げる。


そして顔を上げると、黒板に書かれた『アンサンブルコンテスト』を見た。


「それでは、アンコンについてです」


守田は、一枚の紙を取り出した。


「今回、東縁高校では、校内予選を行います」


「……校内予選?」


誰かが呟いた。


「はい」


木乃香は頷く。


「出場したい人が自由に集まって、そのまま代表になれるわけではありません」


新しい東縁高校吹奏楽部。

その最初の競争が、始まろうとしていた。


「まずは、校内で出場メンバーを決めます」


守田は、部員たちを見渡した。


「参加する人には、これから希望する編成とメンバーを出してもらいます」


そして。


「その中から、学校代表としてアンコンに出場するチームを決定します」


誰もが、互いの顔を見る。


全国大会が終わった。

三年生も引退した。


それでも。

音楽は、止まらない。


次の舞台へ向けて。

東縁高校吹奏楽部は、再び動き始めた。



守田が音楽室を出て、廊下を歩いていると。


「お疲れ、部長さん」


後ろから手が伸びてきた。


「うわぁ!」


驚いて振り返る。


そこにいたのは、桜咲(おうさき)だった。


「いやー、結構いいスタートだったんじゃない?」


「……そう?」


「うん。ちゃんと部長っぽかったよ」


桜咲は楽しそうに笑う。


「……あれでも結構緊張してるんだからね」


守田は小さく息を吐いた。


「てか、桜咲が副部長なのが未だによく分からないよ」


「なんで!?」


「いや、だって……普段の桜咲を見てると、どう考えても――」


「二人とも、廊下で何してるの?」


その声に、二人が振り返る。


桜咲の後ろには、いつの間にかもう一人、少女が立っていた。


「叶(かな)」


少女――都築(つづき)叶は、少し呆れたように二人を見る。


「さっきからずっといたんだけど……気づいてなかった?」


「全然」


守田が即答する。


「ひどくない?」


叶が苦笑した。


「まあ、いいけど」


桜咲が叶の肩を軽く叩く。


「ほら、部長さん。副部長が二人もいるんだから、これから楽になるよ」


「そのうちの一人があんたなのが不安なんだけど」


「だからなんで!?」


また、廊下に声が響いた。

守田はそんな二人を見ながら、小さく笑った。


けれど。

ふと、あの日のことを思い出す。


どうして、自分が部長になったのか。

どうして、桜咲と都築が副部長になったのか。


それは、三年生が引退する少し前。

二年生だけで集まった、ある日のことだった。



「えー、先輩達からの推薦が来てるわけで」


二年生だけが集められた教室。


教卓の前に立った守田が、集まったメンバーを見渡す。


「この二年の中から、幹部を決めていきます」


「いや、なんであんたが仕切ってんの?」


すかさず、桜咲がツッコんだ。


「まぁ、ほぼ答えなんだけどね」


守田は苦笑しながら、改めて周りを見渡した。


「部長に推薦されました。ファゴットの守田です」


そして、一呼吸置いて。


「異議申立て、ありますか?」


教室に、一瞬の静寂が広がった。


誰も手を挙げない。

桜咲は顔を顰めながらも、手は上げなかった。

どうやら、異議はないらしい。


「……それでは、次に副部長に推薦された人。前に出てきてください」


その言葉と同時に。

二人が立ち上がった。


「げっ」


守田の顔が、露骨に引きつる。


その一人は――桜咲だった。


「えーっと……桜咲彩花(あやか)です。副部長になったみたいなので、まあ……頑張ります」


どこか気の抜けた挨拶。


「もっと真面目にやってよ……」


守田が呆れたように呟く。

そして、桜咲を推薦した先輩たちの顔を思い浮かべる。


「ていうか、桜咲を推薦するとか……先輩たち何考えてるんだ」


「ひどくない!?」


桜咲が抗議する。


そんな二人をよそに。

もう一人の少女が、おずおずと前へ出た。


「あ、ふ、副部長に推薦されました。テナーサックスの都築叶です」


緊張した様子で、深く頭を下げる。


「部長と、もう一人の副部長を支えられるように、頑張ります。よ、よろしくお願いします」


再び頭を下げた。


守田は、その様子を見て小さく息を吐いた。


「……こっちは真面目ね」


「私だって真面目だよ!」


「どこが?」


「どこがって……」


二人のやり取りを見ながら、叶は少し困ったように笑った。


こうして。

東縁高校吹奏楽部の新しい幹部が決まった。


部長 守田木乃香。

副部長 桜咲彩花。

    都築叶。


まだ、この三人がどんな部を作っていくことになるのか。

この時は、誰も知らなかった。



放課後。

響(ひびき)、柊木(ひいらぎ)、来島(らいとう)の三人は、並んで帰路についていた。


「なあ、響」


「ん?」


「……お前、前あんなにおかしくなってたのに、今日はどうしたの?」


来島が、少し不思議そうに響を見る。

以前の響は、明らかに普段とは違っていた。


言葉も。

表情も。

どこか、遠くを見ているようだった。


けれど。

今の響は、そんなことなどなかったかのように、いつも通りに話している。


「まあ、いろいろあったけど」


響は笑った。


「なんとか落ち着けた」


「……そうか」


来島は、それ以上聞かなかった。


詳しいことは分からない。


けれど。

本人がそう言うのなら、それでいい。


「それよりさ」


柊木が二人の会話に入る。


「アンコン、どうする?」


「ああ」


来島が少し考える。


「俺は、ペットの友達に誘われてて、金管五重奏で出ようかなって」


「へえ」


響が頷く。


「じゃあ、響は?」


「僕はまだ決まってないなぁ」


「僕も」


柊木も答える。


「そういや、柊木」


来島が思い出したように尋ねる。


「ホルンはホルンで組んだりしないの?」


「んー……」


柊木は少し考えた。


「どうせやるなら、上手い人と組みたい」


「何?ホルン、そんな下手なの?」


「下手っていうよりは」


柊木は、少しだけ考えてから答えた。


「つまらない音」


「おぉ……容赦ない」


「事実だから」


柊木は何でもないことのように言った。

響は、その二人のやり取りを聞きながら笑っていた。



放課後。

バスパートの練習教室。


三年生が引退したことで、以前よりもずっとこじんまりとしていた。


二年生は、桜咲と茅野(かやの)。

一年生は、響、来島、そして永井(ながい)。


来島が思わず呟く。


「……だいぶ寂しくなったな」


「うん」


永井も頷いた。


「何より……同じコンバスがいなくなっちゃったのが、やっぱり寂しいな」


以前は当たり前のように隣にいた先輩たち。


その中には、永井と同じコントラバスを弾く先輩。

今伊亮(いまいとおる)


それが今は、自分一人。


「まあまあ」


来島が、そんな永井を励ますように声をかける。


「来年、もっとたくさん入れてもらえばいいじゃん。そしたら後輩もできるだろ?」


「そうだね」


永井が少しだけ笑った。


そんな二人のやり取りを見ていた桜咲が、ふと思い出したように響を見る。


「そういえば、響君はアンコンのチーム、どうするか決めてるの?」


「いや、まだ決まってないんですよね」


響は首を横に振る。


「そうなんだ」


桜咲は少し考える。


「じゃあ、オーソドックスに金管で組むのはどう?」


そして隣を見る。


「茅野も――」


「バリチュー三重奏で決まってる」


「早ッ!!!」


桜咲が思わず声を上げた。


「てか、バリトン?ってことは……」


「華杖(はなつえ)さんと、和多井(わだい)さん」


茅野が即答する。


「あぁ、あの二人ね。にしても早いけど」


「こういうのは、グダグダする前に先に決めるものでしょ?」


茅野は何でもないことのように答えた。


「まあ、そうだけどさ……」


桜咲は呆れたように笑った。


響は、そのやり取りを聞きながら三人の名前を頭の中で思い浮かべる。


バリチュー三重奏。

それも、もう決まっている。


アンコン。

どうやら、自分もそろそろ本気で考えなければならないらしい。



それから、数日間。

校内では、至る所で部員たちが話し合っていた。


「ねえ、私と組まない?」

「曲どうする?」

「いや、こうでしょ?」

「この人がいいって!」

「ちょっと待って、この人は私たちのチームでしょ?」

「いや、俺たちだ!!」


中には、まるで一人の部員を取り合うような場面まであった。


アンコンのチームをどうするのか。

誰と組むのか。

何の曲を演奏するのか。


それぞれが、それぞれの考えを口にしていた。


その光景を、響と柊木は廊下の端から眺めていた。

しばらく黙っていた柊木が、鼻で笑う。


「……惨めだな」


「え?」


「こんなことする暇があるなら……」


柊木は、少しだけ呆れたように周囲を見渡した。


「練習しろってことでしょ?」


その言葉を聞いた響が、ふと思い出したように尋ねる。


「てか、それなら柊木君はもう決まってるの?」


「うん」


即答だった。


「早いな」


響は少し驚きながら、続ける。


「で、誰と? 何で?」


「響と」


柊木は、当たり前のことを言うように答えた。


「……え?ぼ、僕?」


一瞬、響の思考が止まる。


そして。

柊木は、そんな響を見ながら静かに言った。


「そうだけど?」


アンコンへ向けた動きは、もう始まっていた。

響君……いや、もうお前を信じることなんてできない

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