100話 新たな仲間
一つの大会が終われば、また次の舞台が待っている。
人が変わり、体制が変わり、音も変わっていく。それぞれが新しい仲間を見つけ、それぞれの場所で音を重ね始める。
けれど、誰もが順調に次へ進めるとは限らない。
新たな音の中で、彼らは何を見つけるのか。
柊木に連れられ、響はある教室へとやって来た。
扉を開ける。
そこには、三人の生徒が待っていた。
「……?」
響は困惑した。
「えっと、これはどういう状況?」
「見たまんまだよ」
柊木は、何でもないことのように答えた。
「この人たちも、同じチームとしてやるんだから」
響は改めて、そこにいる三人を見渡した。
靴の色からして、二年生が二人。一年生が一人。
そこに自分と柊木を加えれば、一年生が三人。
計五人だった。
「つまり、この五重奏でやるってこと?」
「いや、まだいるよ」
「え?」
柊木がそう言ったのとほぼ同時だった。
教室の扉が開き、新たに二人の生徒が入ってくる。そのうちの一人と目が合った瞬間、響は目を見開いた。
「ふ、副部長?」
そこにいたのは、新しく副部長に選ばれたばかりの都築叶だった。
「柊木君、この……なんだっけ? 名前。とりあえず、この子も一緒にやってくれるって」
もう一人の生徒が、少し困ったように口を開く。
「あ~、こんちわーっす」
その生徒は、そっけなく挨拶した。
どこか体調が悪いのではないかと思ってしまうほど、顔色が優れない。
目にもあまり生気がなく、髪もボサっとしていて、手入れが行き届いているようには見えなかった。
響は、その姿をじっと見つめる。
いったい、何者なんだ……?
「よし、とりあえず一旦集まったね」
柊木は、教室に集まった全員を見渡した。
「じゃあ、せっかくだし。順番に自己紹介しようか」
柊木がそう言って、まず自分から前に出た。
「一年、ホルンの柊木真尋です。今回のアンコンは、本気でやりたいと思ってる。せっかくこうして集まったんだから、ただ参加するだけじゃなくて、ちゃんと結果を残したい」
真っ直ぐな言葉だった。
続いて、響に視線が向けられる。
「月本響です。一年、ユーフォニアム。……僕も、やるからには本気でやりたい。みんなと一緒に、いい演奏ができたらと思ってます」
響がそう言って、一歩下がる。
「次、私ね」
次の人に視線が集まった。
「二年、トランペットの田邊千明です。まあ、先輩として一年生に負けないようには頑張るよ。せっかく柊木君が集めてくれたんだし、楽しくやりながら、いいところまで行けたらいいかな」
続いて、響が先ほどから気になっていた少女へ視線を向ける。
「……次、私?」
少女は少しだけ顔を上げた。
「一年、アルトサックスの鶲切陽毬です」
それだけ言って、少し間を置く。
「……頑張ります」
短い。
あまり感情の起伏も見えない。
「次、向井先輩」
柊木に促され、向井が立ち上がった。
「二年、パーカッションの向井鋼。まあ……足引っ張らないようにする」
それだけだった。
「じゃあ、次は私だね」
都築が苦笑しながら前に出る。
「二年、テナーサックスの都築叶です。私はもともと別のチームで出る予定だったんだけど、柊木君にすごく誘われて……」
そこで都築は柊木を見る。
「まあ、ここまで誘ってもらったからには、私もちゃんと頑張ろうと思います」
「次」
「はーい」
都築の隣にいた生徒が、気の抜けた返事をする。
「一年、パーカッションの夢天琮一です。まあ、楽しくやれたらいいかなーって思ってます」
「……お前、もうちょっとやる気出せよ」
向井がぼそっと呟く。
「えー、あるよ? ちゃんとあるって」
夢天は笑った。
そうして全員の自己紹介と意気込みが一通り終わる。響は、改めて集まったメンバーを見渡した。
自分を含めて、七人。
「……つまり、管打七重奏ってことね」
「違うよ」
「え?」
即答だった。
響は余計に困惑する。
「そもそも、今回僕らのやる曲には、もう一人必要なんだよ」
「なんや、もう曲決まってるんか。つまんねぇな。俺がええ選曲してやろうってのに」
夢天が横からツッコむ。
「……」
柊木は、ため息をついた。
「そのもう一人がいないから困ってるんだよ。できれば、低音がいいんだけどね」
「なるほど……」
響はもう一度、周りを見渡す。
確かに、七人しかいない。
あと一人。
しかも、低音。
「……」
しばらく、誰も口を開かなかった。
すると、鶲切が静かに手を挙げる。
「あの人はどうなの?」
「誰?」
「西村のやつ」
「ああ」
夢天が思い出したように口を開いた。
「陽翔やろ? あいつ、クラで組むんじゃなかったっけ?」
「あー……」
柊木も思い出したように唸る。
そうだった。
陽翔は、すでに別のメンバーとクラリネットのチームを組む話が進んでいる。
「……」
「……」
七人は顔を見合わせる。
肝心の八人目が、いない。
こうして、彼らは途方に暮れることになった。
話し合いが終わり、響は一人で廊下を歩いていた。
すると。
「うぃーっす」
突然、肩に手が乗っかった。
「うわぁ!」
響は思わず飛び上がり、振り返る。
そこにいたのは、先ほど自己紹介をした一年生だった。
「き、君は……夢天、君?」
「あー、なんや。硬いなぁ」
夢天はケラケラと笑う。
「普通に『夢天』か『アホ』か『そっちゃん』でええのに」
「どんな呼び名のラインナップなの、それ……」
「ハハハッ!」
夢天は楽しそうに笑った。
「まあ、あんたはそれがおもろいんやけどな」
「……?」
響はよく分からないまま、改めて目の前の少年を見る。
「そういや、ちゃんと話すん初めてやな」
夢天はそう言うと、改めて響へ向き直った。
「改めて一年、パーカッションの夢天琮一や。そっちゃんでも夢天でも、好きに呼んでくれや。まあ、これからアンコン一緒にやるんやし、よろしくな」
「う、うん。よろしく……」
響がそう返すと、夢天はニヤッと笑った。
「しかしなぁ」
「?」
「オメェさんのこと、ずっと見てきたんやで」
「……え?」
響の表情が固まる。
「いや、ほんまに。地区大会んときも、県大会んときもな」
夢天は指を折るようにして、これまでの大会を思い返していく。
「どんだけすげぇ奴なんか、ずっと見とったんや」
「……」
なんだか少し、気味が悪い。
響は思わず半歩だけ後ずさった。
「……なんで?」
「ん?」
「なんで僕のこと、そんなに見てたの?」
「そら気になるやろ」
夢天は何でもないことのように答える。
「東縁の一年に、とんでもないユーフォ吹く奴がおるって話、ずっと聞いとったしな。まぁ俺も一年やけど、ハハハッ!」
「……そうなんだ」
「せやから、実際どんな奴なんかなーって」
夢天は響の顔をじっと見る。
「で、実際見てみたら、ほんまにおもろい奴やった」
「おもしろい……?」
「そこはまあ、ええねん」
夢天は笑いながら話を逸らした。
そして、少しだけ首を傾げる。
「それより聞きたいんやけど」
「何?」
「オメェさん、なんでここに入ったん?」
「……ここ?」
「東縁高校や。オメェさんほどの奴やったら、もっと他にも行けたやろ?ほら、豊川とか、他にもいろいろ」
「……」
響は、少しだけ黙ってから、
そして口を開きかけた。
しかし、その前に。
「あっ、そうや!」
夢天が突然、何かを思い出したように声を上げた。
「オメェさん、忘れちまってるんよな。忘れてるのを忘れてたわ、なんつって」
「……」
「アハハハッ!」
夢天は一人で大笑いする。
そして、何事もなかったかのように響の肩を軽く叩いた。
「そんじゃ、頑張ろうな」
「え?」
「……って、まだ一人足りないやんけ!」
夢天は突然立ち止まった。
「やばいやーん!」
「あっ、ちょっと――」
「アッハハハハ!!!」
そのまま笑いながら、夢天は廊下の向こうへ歩いていった。
響は、その背中を呆然と見送る。
「……」
一体、何なんだ。
響の姿が見えなくなった。
廊下に、一人だけ残る。
「……」
先ほどまでの笑顔が、消えた。
「……何やってんだよ、俺」
誰に言うでもなく、呟く。
「何が『アハハハッ』だよ。何が『忘れてるのを忘れてた』だよ」
自分自身を吐き捨てるように、言葉を重ねていく。
「最低だろ……」
さっきまで、あれだけ軽々しく笑っていた。
何も考えていないような顔で。
何でも面白がるような態度で。
それが、急にひどく滑稽なものに思えてきた。
「なんであんなこと言ったんだよ……」
誰かに責められたわけでもない。
それでも、自分自身を責めるように呟く。
「馬鹿じゃねぇのか、俺……」
俯く。
「ほんっと、どうしようもねぇな……」
しばらく、その場から動かなかった。
そして。
小さく吐き捨てる。
先ほどまでの軽い笑い声は、もうどこにもなかった。
「どこまでも、クズでゴミで、大馬鹿野郎だ」
響は、夢天のことが気になりながらも、廊下を歩いていた。
すると。
金管楽器による、明るいファンファーレが耳に飛び込んできた。
俺は、ペットの友達に誘われてて、金管五重奏で出ようかなって
以前、来島がそう話していたことを思い出す。きっと、来島たちの金管五重奏だろう。
響は、その音のする方向へ向かった。
やがて、一つの教室の前に辿り着く。
扉が少しだけ開いていた。
響は、そっと中を覗き込む。
そこには、トランペット、ホルン、トロンボーン。
金管楽器を持った生徒たちが並んでいた。
みんな、必死に楽器を吹いている。
アンコンに向けて、それぞれが本気で動き始めている。
その光景を見て、響は改めて実感した。
――みんな、頑張ってるんだ。
響はもう一度、教室の中を見る。
「……あれ?」
そこで、ふと気づいた。
チューバが、いない。
「来島が、いない……?」
もしかして。
別の金管五重奏なのだろうか。
そう思った、そのときだった。
――ボォォォ……。
遠くから、チューバの音が聞こえてきた。
「……!」
響は振り返る。
今度は、はっきりと聞こえた。
低く、大きく響くチューバの音。
「……こっちか」
響は、その音のする方向へ歩き出した。
そうして向かった先にあった教室も、響はそっと覗き込んだ。
しかし。
「……茅野先輩?」
そこにいたのは、茅野先輩と、バリトンサックスを持った二人の生徒だった。
「……」
響は少し考える。
「そういえば、前に先輩が話してた……」
確か、バリチュー三重奏をやると言っていた。
「これのことか」
響は小さく頷いた。
けれど。
「……ここでも、ない?」
来島の姿は、どこにもなかった。
響は教室を後にする。
その後も、廊下を歩きながら金管楽器の音が聞こえてくる教室を見つけては、片っ端から覗いていった。
「……ここじゃない」
「ここでもない……」
「チューバ、いる?」
「……いない」
響は、少しずつ困惑していく。
「じゃあ、来島君はどこにいるんだろう……」
さらに廊下を進む。
また、どこかから金管楽器の音が聞こえてきた。
響はその音を追っていく。
「ここかな……?」
「……違う」
「ここでもない」
「……こっちも違う」
いくつもの教室を覗いていく。けれど、来島の姿は見つからない。
「来島君……どこなんだろう」
響は廊下の真ん中で立ち止まった。
学校中で、アンコンに向けた練習が始まっている。
その中で。
一人だけ、探しても見つからない。
「……」
すると前方に、一人の生徒がトコトコと歩いているのが見えた。
その姿を見た瞬間。
響は、すぐに確信した。
「あっ!」
そして、大きな声で呼びかける。
「おーい! 来島くーん!!!」
その声に反応して、来島が振り返った。
「……」
来島の表情が、固まる。
呆然として、何も考えられなくなったような顔。かと思えば、眉間がわずかに寄る。
怒っているようにも見える。けれど、その目には力がなく、眉は少し下がっていた。
怒り。
困惑。
悲しさ。
そして、どうしようもない脱力感。
いくつもの感情が混ざったような、なんとも言えない表情だった。
結局、最初からどうでもよかったんだね。僕と競うとか、そういうこと




