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心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
第1章 響く音響編 —始動—

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101話 八人目

一つの出会いが、また新しい音を生み出していく。

それぞれ違う場所で、違う思いを抱えていた八人。

ようやく揃った仲間たちが、次に目指す舞台とは――。

「おーい! 来島(らいとう)くーん!」


響(ひびき)が声をかける。

来島は足を止め、ゆっくりと振り返った。


「……響?」


「どうしたの?」


響は来島の顔を見る。

さっきから、どこか様子がおかしい。

いつもの来島とは違う。


「なんか……元気ない?」


「……」


来島は一瞬だけ黙った。


そして。

無理やり口角を上げる。


「いやぁ……別に、なんもないよ」


明らかに作った笑顔だった。


「……本当に?」


「ほんとほんと」


そう言いながら、来島は笑ってみせる。

けれど、その笑顔には力がない。


響は、ますます心配になった。


「でも……」


「追い出されたわ」


「え?」


響は目を丸くした。


「お、追い出された?」


「……」


来島は少しだけ視線を逸らす。


「……ドタキャンって言った方がいいかな?」


「ドタキャン?」


「そう」


来島は、もう一度笑おうとした。


けれど。

今度は、うまく笑えなかった。


「どういうこと?」


響が尋ねる。


すると。

来島は、しばらく黙っていた。


けれど。


「……もういいや」


小さく呟いた。

そして、堰を切ったように話し始める。


「俺、最初は本当に金管五重奏で出るつもりだったんだ。ペットの友達から誘われて。『一緒にやろう』って。俺も、めっちゃ嬉しかった。だから、俺も頑張ろうと思って。練習もちゃんとやってた。先輩らにも『よろしくお願いします』って言って。そしたらある日、急に言われた」


「何を?」


「『やっぱ、お前じゃ無理』って」


響は黙った。


「……え?」


「俺も最初、冗談やと思ったんだ。『またまたー』って笑ってな。でも、マジだった。『別の奴と組むことになったから』って。『悪いな』って。それだけ」


来島は両手を広げる。


「マジで意味わからないし、それで終わりかと思ったら、また別の奴から声かけられてな」


「誘われたの?」


「そう。『一緒にやらない?』って。俺も『今度こそ』って思った。また練習して。今度はちゃんと馴染めるように頑張って」


一度、息を吐く。


「そしたら、また」


「……また?」


「『ごめん、やっぱり別の人にする』って」


「……」


「三回だよ。三回も、『一緒にやろう』って言われて、その気になって、練習して。それで最後は『やっぱお前下手だから』って追い出されるの?」


「……それは」


「酷いでしょ?」


響は答えられない。


「しかも、別に俺が上手いなんて思ってないよ。俺自身、自分が下手なのは分かってる」


「……」


「でも、最初から言ってよ!って感じ」


廊下に声が響いた。

来島自身も少し驚いたように黙る。


それでも、止まらない。


「最初から『お前は下手だから無理』って言われたなら、まだ分かる。俺だって練習するし、諦めもつく」


「……うん」


「なのに、『一緒にやろう』って言っといて、こっちが本気になったところで『やっぱやめた』ってなんなの!」


拳を握る。


「先輩もそうやし、同級生もそうやし……みんな勝手すぎる」


「……」


「『アンコン一緒に出よう』って言われて、嬉しくなった俺が馬鹿みたい」


来島は俯いた。


「俺だって……」


声が少し小さくなる。


「俺だって、誰かと一緒に吹きたかっただけなのに。なのに、気づいたら俺だけ余って」


響は黙って、来島の言葉を聞いていた。


来島は笑う。

けれど、もう笑顔にはなっていなかった。


「そして、最後は『お前は別のところ探せ』」


「……」


「別のところって、どこなの?」


来島は顔を上げる。


「もう残ってないよ」


響は、何も言えなかった。

ただ、目の前で吐き出されていく言葉を聞いていた。


「……ほんと、散々」


来島は大きく息を吐いた。


「だから、もういいんだよ」


「……本当に?」


「いいって」


来島は、また笑おうとする。


「どうせ俺なんか、どこ行っても一緒。俺は、誰よりも下手でバカでアホなんだから」


その言葉だけは。

さっきまでの愚痴とは違って、妙に静かだった。


そして、さらに来島が口を開こうとした、その時。


「なんや、こんなとこにおったんか?」


「……?」


廊下の向こうから、聞き覚えのある声がした。

来島が振り返る。


「夢(む)、天(てん)?」


「おう、夢天や」


夢天琮一(そういち)だった。

夢天は二人の姿を見つけると、ニヤッと笑う。


「なんや、オメェ誰とイッチャイチャしてるかと思ったら、響やん。こんなとこで」


「それはどういう意味?」


響は首を傾げる。

夢天はそんな響を無視して、来島を見る。


「で、何してるんや? 兄弟」


来島の眉がわずかに動いた。


「またの名を、クラスメートさん」


「……」


響は少し驚いた。


「え? 二人とも同じクラスなの?」


「なんやオメェさん、ひでぇなぁ」


夢天が大げさに胸を押さえる。


「一緒に一年やってきたのに、俺のことなんて認知してへんのか? 酷いわぁ。傷つくわぁ」


「いや、認知はしてるよ……」


「まぁ俺のハートは元から壊れてるようなもんやからな。なんつって、アハハハッ!!」


「……」


響は困ったように夢天を見る。

その隣で、来島が口を開いた。


「……何の用だよ、夢天」


「ん?」


「憐れみにでも来たのか?」


「何を?どこを?どう見て?」


「分かるだろ。俺が今、どうなってるか」


「うーん……」


夢天は腕を組み、しばらく考える。


「アホな俺が一生懸命、脳みそ縛り出したとしても分からんなぁ」


「……」


「ただ、オメェさんと兄弟がイチャイチャしてるようにしか見えん」


「……」


来島は軽く舌打ちした。


「まぁ、とりま。兄弟がなんか嫌な感じになってるのは、分かる気がするわ」


「……」


「つーわけで」


夢天は突然、来島の肩を掴んだ。


「アンコンやろうぜ?」


「は?」


「いや、何が『は?』だよ。うちら、一人足りひんねん。もう一人必要なんよ」


「……」


「しかも低音。兄弟、チューバやん。ドンピシャやん」


来島は呆然と夢天を見る。


「てか、早くチーム作んねぇと、多分柊木(ひいらぎ)のやつがうっさくなるし」


夢天は少し考える。


「まぁ、俺の方が百倍うるさいけど。アハハハッ!!!」


「……」

 

廊下に、夢天の笑い声が響いた。


「……でも、なんで俺なんだよ」


来島は俯いたまま、呟いた。


「俺なんていても、足手まといになるだけだよ。下手くそだし……」


「……」


夢天は、そんな来島をしばらく見つめる。

そして、軽く肩を叩いた。


「そう自分を卑下するなよ、兄弟」


「……」


「つっても、難しいよな」


夢天は苦笑する。


「だって、事実やしな」


「ちょ、そんなこと言うなんて――」


響が慌てて止めようとする。

しかし、夢天はそのまま続けた。


「兄弟がどれだけ下手くそなのかは、俺だってよく分かるわ。正直、高校から始めたってのも納得やし」


「夢天君……」


「でも」


夢天は来島を見る。


「高校から始めたやつは、兄弟だけか?」


「……」


「違うやろ?」


そう言って、夢天は来島の目の前を指差した。


「兄弟の目の前にいるじゃんか」


「……え?」


夢天が指差した先。

そこにいたのは、響だった。


「オメェさん。確か高校から始めたんよな?」


「え、あ……うん」


響は戸惑いながら頷く。


「ほらな?結局、お前は一人ちゃう。お前みたいなやつは、探せばいくらでもいる」


「でも、響は……誰よりも――」


「そうやな」


夢天は即答した。


「それは認めざるを得ない」


「……」


「響。オメェさんがどれだけえぐいのかは、前も言った通り、はっきり分かっとる。正直、先輩なんか霞むぐらいオメェさんは上手い」


「……」


「だから、ぶっちゃけオメェさんだと、いい感じの例にならないな」


夢天は少し考える。


「ごめん。やっぱさっき言ったこと、嘘やわ。忘れてもろて」


「えぇ……」


響が困惑する。

来島は、再び下を向いた。


「……」


そんな来島を見て、夢天は続ける。


「でも、それだからって、兄弟は諦めてきたのか?」


「……」


「自分がそれだけ下手くそだって、自分で分かってて。それならなんで今まで辞めなかった?」


「……」


「辞めるタイミングなんて、自分で作れたやろ」


「それは……」


来島は言葉に詰まる。

夢天は、少しだけ笑った。


「簡単や」


「……?」


「諦めたくない。無駄にしたくない。それぐらい、音楽に惹かれていったからやろ?」


来島は、何も言わなかった。


「だったら、それを封じ込めてどうする?下手なら下手らしく、堂々と開き直ればええやん」


「……開き直る?」


「初心者代表、的な?」


夢天は腕を組む。


「……あー、でもなんか、それだと不名誉感も否めんなぁ」


「……ふふっ」


来島は、静かに笑った。


「どうして……」


その笑顔のまま、来島が呟く。


「どうして、そんなに君は明るくなれるの?」


「そりゃ――」


夢天が答えようとする。

来島が瞬きをした。


その瞬間。


「俺は、クズな俺であることだけ。それだけのちっぽけな存在なんやから」


トーンも。

口調も。

それまでと何も変わらなかった。

いつもの夢天だった。


けれど。

その顔だけは、それまでとは違っていた。

今までに見たこともないほどの真顔。


響は気づいていない。

気がつくと、夢天はいつもの表情に戻っていた。


「せやから……俺を信じてくれないか? 兄弟」


夢天は、来島の肩に手を置いたまま言った。


「……っても、兄弟のこと、なかなかストレートに言っちゃった俺のことなんか、信じられるわけないか」


少し考えるように首を傾げる。


「じゃあ、オメェさんにしてもらうか?」


「え?」


そう言って、今度は響を見る。


「響。お前が代わりに兄弟を信じさせてもらうか?」


響が目を丸くする。

夢天自身も、自分で何を言っているのか分からなくなったらしい。


「……って、俺何言ってんだ? 言語ぐちゃぐちゃやわ。日本語以下やわ、アハハハッ!」


豪快に笑った。

その笑いにつられるように、来島も再び笑う。


「……はは」


けれど。

その笑顔は、さっきまでと同じだった。

まだ、作っているような笑顔だった。


「……そんなこと言われたら」


来島は、少しだけ俯く。


「……信じられないわけないよ」


そして、もう一度顔を上げた。


「本当に……ずるいな」


夢天はニヤリと笑った。


「そうや。作りもんでも構わん。兄弟は笑ってる方がオモロいし、楽やろ?」


その言葉に、来島は何も返さなかった。


ただ、ほんの少しだけ。

今度は先ほどよりも自然に、口元が緩んだ。


夢天はそれを確認すると、何事もなかったかのように来島の手を取った。


そして、響を見る。


「チューわけで、イチャイチャ中すまんけど」


「いや、イチャイチャしてないけど……」


響が慌てて否定する。

夢天は気にする様子もなく、続けた。


「手柄は俺のもんってことで、早速柊木のやつに報告してくるわ」


「え、ちょ……」


響が声を上げるより早く、夢天は来島の手を引いた。


「じゃあ、また後でなー! オメェさんよーー!!」


「ちょ、夢天!?」


そのまま二人は廊下の向こうへ走り去っていった。


響は、しばらくその背中を見つめていた。

やがて、誰もいなくなった廊下に目を落とす。


「……本当に、これでよかったのかな」


その問いに答える者は、もうそこにはいなかった。



「てなわけで、これからみんなのチームに入ることになりました。一年、チューバの来島です。まだまだですが、頑張ります」


来島が少し緊張した様子で頭を下げる。


これで、八人。

ようやく、このチームのメンバーが揃った。


その隣では、夢天が得意げな顔で笑っている。


「俺の手柄やからな! 俺が説得したったわ。マジ天才、最高、いや、最高なアホの天才か? 何を言ってんだ俺、アハハハッ!!」


「夢天君、ちょっとうるさい」


鶲切(ひたぎり)が不機嫌そうに呟く。


「スマン!」


夢天は全く反省していないような顔で答えた。


そんな二人を見ながら、都築(つづき)は満足そうに柊木へ視線を向ける。


「でも、これでようやく八人揃いましたね。これで進めそうです」


「そうですね」


柊木も頷いた。

そして、八人を見渡す。


「なんとか八人揃った。これから、この八人――管打八重奏で、頑張ろう!!」


「おーー!!」


八人の拳が、同時に上がった。

その光景を見ながら、響はふと思い出す。


「そういえば、曲決まってるって言ってたけど、何やるの?」


「あ、それも言わないとね」


柊木はそう言って、部屋の後ろへ向かった。

そこには、すでにCDプレイヤーが用意されていた。


「もう準備しとったんか?」


夢天が覗き込む。


「夢天、邪魔」


「スマン」


柊木がCDを入れる。

そして、再生ボタンを押した。


静かに、音楽が流れ始める。


響は耳を澄ませた。


「これは……」


誰かが言葉を発するより先に、柊木が静かに口を開いた。



「福田洋介(ふくだようすけ)作曲――

『天の剣』」





管打八重奏 メンバー


Part1 田邊千明(たなべちあき):二年/Trp(トランペット)

Part2 鶲切陽毬(ひまり):一年/A.Sax(アルトサックス)

Part3 柊木真尋(まひろ):一年/Horn(ホルン)

Part4 都築叶(かな):二年/T.Sax(テナーサックス)

Part5 月本(つきもと)響:一年/Euph(ユーフォニアム)

Part6 来島青馬(おうま):一年/Tuba(チューバ)

Part7 向井鋼(むかいこう):二年/Perc(パーカッション)

Part8 夢天琮一:一年/Perc

僕はね、嬉しかったんだよ。ようやく本気で競えるって。

それで終わりにした方が幸せだったなって

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