↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
第1章 響く音響編 —始動—

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/102

89話 二人の約束

音楽は、演奏するだけでは終わらない。

誰かに届いて。

誰かの心に残って。

そして、また次の音へ繋がっていく。

文化祭の舞台で奏でられた音は、どこまで届くのか。

体育館の中から、音楽が聞こえていた。

最初は、誰も気に留めなかった。


文化祭の午後。

校内には、あちこちから様々な音が響いている。


けれど――。


「……ん?」


廊下を歩いていた人が、ふと足を止めた。


「なんか、音聞こえない?」

「音?」

「ほら。あっちから」


耳を澄ます。

確かに、遠くから楽器の音が聞こえてくる。


「……これ、吹奏楽じゃない?」

「吹奏楽?」

「うん。体育館の方じゃない?」

「東縁って、吹奏楽部あったっけ?」

「あるだろ。まぁそんな話は聞かないけど」

「そうなんだ」


二人は顔を見合わせる。

そのとき、体育館の中からさらに大きな音が響いた。


「……え」


思わず、二人とも黙る。


「……こんな上手かったっけ?」

「俺も思った」


音楽は、少しずつ校内へ広がっていく。

廊下を歩いていた生徒が足を止める。

友達と話していた生徒が、顔を上げる。


文化祭を楽しんでいた人たちが、少しずつ体育館の方へ視線を向けていく。


「ちょっと見に行ってみようぜ」

「うん」


人々は音のする方へ歩き出した。

その後ろから、また別の人が続く。


「何やってるの?」


「吹奏楽部らしいよ」

「へぇ……」


誰かが、体育館へ向かう。

また一人。

そして、また一人。


気づけば、体育館の入口には少しずつ人が集まり始めていた。


誰もが、まだ知らない。


今、体育館の中で鳴っている音が――。

東縁(とうえん)高校吹奏楽部の、新しい一歩になることを。



軽快なリズムが、体育館いっぱいに響いている。

管楽器の音が重なり、打楽器がそれを支える。


客席からは、自然と手拍子が起こっていた。


「……すご」


後から入ってきた生徒が、思わず足を止める。


舞台の上では、東縁高校吹奏楽部の部員たちが、それぞれの楽器を手に音楽を奏でている。


さっきまで文化祭を楽しんでいた生徒たちとは思えないほど、真剣な表情。


けれど――。

その顔には、どこか楽しそうな笑みも浮かんでいた。


音楽はさらに勢いを増していく。


金管楽器が前へ出る。

木管楽器がそれに応える。

そして、打楽器がリズムを刻む。


客席から、また手拍子が起こった。


一人。

また一人。


気づけば、体育館のあちこちで手が叩かれていた。


「なんか、楽しいな」

「うん」

「吹奏楽って、こんな感じなんだ」


誰かがそう呟いた。


舞台の上では、演奏が最後の盛り上がりへ入っていく。


響(ひびき)も、楽器を構えながら前を見つめていた。


客席が見える。

笑っている人がいる。

手拍子をしている人がいる。

音楽を楽しんでいる人がいる。


その光景を見た瞬間――。

響の胸の奥が、少しだけ熱くなった。


楽しい。

ただ、それだけだった。


上手く吹かなければ。

失敗してはいけない。


そんなことを考える必要はない。

今はただ、この時間を楽しみたい。


そして――。

目の前にいる人たちにも、楽しんでほしい。


響は小さく息を吸った。

最後の音へ向かって、部員たちの音が一つになっていく。


そして。

最後の一音が、体育館いっぱいに響いた。


――――。


一瞬の静寂。

その直後。


「うおおおおお!!」

「すごーい!」

「楽しかった!」


体育館中から、大きな拍手が巻き起こった。


部員たちは楽器を下ろす。

顔を見合わせる。

そして、自然と笑顔がこぼれた。


久瀬(くぜ)がマイクを手に取る。


「皆さん!」


体育館に、久瀬の声が響く。


拍手が少しずつ収まっていく。


「今聴いていただいた曲は、『おジャ魔女カーニバル!!』でした!」


再び、客席から拍手が起こる。


「いやぁ……盛り上がりましたね!」


久瀬が笑いながら客席を見る。


「皆さん、楽しんでもらえましたかー!?」


「いぇーーい!!」


客席から、たくさんの声が返ってくる。


「ありがとうございます!」


久瀬も嬉しそうに笑った。


「私たちも、めちゃくちゃ楽しかったです!」


その言葉に、舞台上の部員たちも笑った。


文化祭の体育館に。

音楽と、笑顔と、拍手が広がっていた。


「本日は、こうして私達の演奏を聴きに来てくださり、ありがとうございました!」


「ありがとうございました!!」


久瀬に続いて部員達も頭を下げる。


さらに大きな拍手が体育館を包み込んだ。


すると、しばらくして。

拍手が、少しずつ変わっていった。


「アンコール!」


誰かが声を上げる。


「アンコール!」

「アンコール!」


一人、また一人。


やがて、その声は体育館全体へ広がっていく。


「アンコール!アンコール!」

「アンコール!アンコール!」


そして。

手拍子が一つのリズムにまとまった。


パン、パン、パン、パン。


その音が、体育館いっぱいに響く。

舞台上の部員たちは顔を見合わせた。


驚いたように笑う者。

嬉しそうに頷く者。

そして、客席を見ながら小さく息を吐く者。


久瀬も、その光景を見つめていた。


これだけの人が、自分たちの音楽をもう一度聴きたいと言ってくれている。


それだけで、胸がいっぱいになる。


やがて。

久瀬は頭を上げ、再びマイクを手に取った。


「アンコール、ありがとうございます!」


客席から拍手が起こる。


「最後に、もう一曲だけ演奏させていただきます!」


久瀬は一度、部員たちを見る。


そして。


「T-SQUARE(ティースクエア)の『OMENS OF LOVE』です!」


「おおっ!」


客席から、期待の声が上がった。


久瀬は笑顔で続ける。


「最後まで、楽しんでいってください!」


マイクを置く。

舞台の空気が変わった。


部員たちが、それぞれ楽器を構える。


先ほどまでの明るく弾けるような雰囲気とは、少し違う。


どこか爽やかで。

どこか大人びていて。

それでいて、文化祭の最後にふさわしい、軽やかな空気。


狩川(きりかわ)が指揮台へ向かう。


ゆっくりと振り返り、部員たちを見る。


一人。

また一人。


視線を合わせていく。

響も、その視線を受け止めた。


狩川が小さく息を吸う。


そして。

タクトが上がった。


――振り下ろされる。


音が始まった。

最初の音が体育館に広がる。


その瞬間、空気が変わった。

先ほどまでの勢いとは違う。


一つひとつの音が、軽やかに流れていく。


木管楽器が旋律を奏でる。

そこへ金管が加わり、音楽に厚みを与えていく。


打楽器が一定のリズムを刻み、全体を前へと押し出していく。


狩川のタクトが動く。


大きく。

そして、時には小さく。


部員たちは、その動きに合わせて音を重ねていく。

響も、楽器を構えながら前を見つめていた。


音が流れていく。


その一つひとつが、さっきまで過ごしていた文化祭の時間と重なっていく。


笑った。

歩いた。


友達と話した。

くだらないことで盛り上がった。


そして今。

こうして、みんなで音楽を奏でている。


ふと、響の視線が客席へ向いた。


さっきよりも、人が増えている。

体育館の入口付近にも人がいる。


立ったまま聴いている生徒もいる。


誰もが舞台を見ていた。

その光景に、響はほんの少しだけ笑った。


音楽が進んでいく。


旋律が受け渡される。

木管から金管へ。

金管から別のパートへ。


一つの音楽が、部員たちの間を駆け抜けていく。


狩川のタクトが大きく動く。


音量が少しずつ上がっていく。

部員たちの表情にも、力が入る。


けれど。

苦しいわけではない。

むしろ、楽しい。


来島(らいとう)が笑っている。

陽翔(はると)も、前を向いたままどこか楽しそうだ。


そして。


奏多(かなた)もいた。


さっきまで離れていた時間など、最初から存在しなかったかのように。


いつもの場所で。

いつものように。


音楽を奏でている。


その姿を、柊木(ひいらぎ)が一瞬だけ見た。


目が合う。

奏多が、ほんの少しだけ笑った。


柊木も笑う。


言葉はない。

それで十分だった。


今は、音楽がある。

それだけで、二人は同じ場所に立っていられる。


音楽はさらに進んでいく。


旋律が広がる。

響の音も、その中へ溶け込んでいく。


自分だけの音ではない。

誰かの音と重なって。

また別の誰かの音と重なって、一つの大きな音楽になっていく。


それが、今は心地よかった。


狩川がタクトを振る。

部員たちが応える。


音楽が、体育館を包んでいく。


客席では、誰かが小さく身体を揺らしている。

隣の友達と顔を見合わせる人もいる。

ただ静かに、目の前の演奏を見つめる人もいる。


誰もが、それぞれの形で音楽を受け取っていた。


そして。

最後の盛り上がりへ。


狩川のタクトが高く上がる。


部員たちが、一斉に前を見る。


次の瞬間。

体育館いっぱいに、音が広がった。


金管の響き。

木管の旋律。

打楽器のリズム。


すべてが重なり、一つの音楽になる。


狩川の腕が大きく動く。


そして――。

最後の音へ。


全員が、同じ瞬間を目指す。


一つ。

二つ。

三つ――。


タクトが振り下ろされた。


最後の音が、体育館いっぱいに響き渡る。


そして。

静寂。

ほんの一瞬だけ。


誰もが、その余韻を聴いていた。


次の瞬間。

大きな拍手が、体育館を包み込んだ。


「うおおおおお!」

「すごい!」

「ありがとう!」


歓声まで混じる。


狩川はゆっくりとタクトを下ろした。

部員たちも楽器を下ろす。


そして、互いの顔を見る。


誰かが笑う。

誰かが小さく息を吐く。

誰もが、やり切ったような表情をしていた。


文化祭の午後。

最後の一曲が終わった。


けれど――。


この日の音楽が、彼らの中から消えることはなかった。


「ありがとうございました!!!」



演奏が終わってから、しばらくして。

部員たちは、それぞれ片付けや着替えを始めていた。


先ほどまで大勢の人で賑わっていた体育館も、少しずつ静かになっていく。


そんな中。


「……柊木君」

「……奏多君」


二人は、体育館の隅で向かい合っていた。


久しぶりだった。

こうして、二人だけで話すのは。


しばらく、どちらも口を開かなかった。


何から話せばいいのか。

それすら、分からなかった。


やがて。

柊木が、ゆっくりと口を開いた。


「……まず、謝らせてほしい」


「……」


奏多は何も言わず、柊木を見る。


「東海大会の時から……ずっと、ちゃんと話したいと思ってた」


柊木は、一度視線を落とした。


「全国に向けて、みんなが頑張っている中で……僕たちがこのままなのは、良くないと思ってた」


「うん」


「でも、それ以上に……」


柊木は拳を握る。


「僕は、君に謝りたかった」


奏多が、少しだけ目を見開く。


「僕は……君が傷ついていることを知っていたのに」


言葉を選ぶように、一つずつ口にする。


「それなのに、さらに傷を広げようとしてしまった」


「……」


「自分が正しいと思ってた」


柊木は苦しそうに笑った。


「君のためだと思ってた。でも……違った」


奏多は、しばらく黙っていた。

そして。


「……僕も、ごめん」


「え?」


「僕も、柊木君にちゃんと謝らないといけないと思ってた」


奏多は、少しだけ視線を落とす。


「自分のことでいっぱいになって……周りのこと、何も見えなくなってたから」


「奏多君……」


「だから……」


奏多は顔を上げる。


「ごめん」


短い言葉だった。


けれど。

その言葉には、今まで言えなかったものが、たくさん詰まっていた。


柊木も、静かに頷いた。


「……うん」


二人の間に、少しだけ穏やかな空気が流れる。


以前とは違う。

何かが完全に元へ戻ったわけではない。


それでも。

もう、互いに目を背ける必要はなかった。


「……それと」


柊木が、もう一度口を開く。


「君に、話さないといけないことがある」


奏多が顔を上げた。


「響君のこと」


「……」


「前に約束したよね」


柊木は、静かに続ける。


「東海大会終わったら、ちゃんと話すって」


奏多は黙って柊木を見つめた。


柊木は、一度息を吸う。


「僕と……響君の過去の関係を――」


「ううん」


奏多が、静かに首を横に振った。


「……え?」


「今は、大丈夫」


柊木が驚いたように目を見開く。


「でも……」


「きっと今、無理に話しても……」


奏多は少し考えてから、言葉を続けた。


「その話ばかり頭に入っちゃうと思う」


「……」


「そしたら、ちゃんと集中できなくなると思うから」


奏多は、体育館の舞台を見る。


そこには、さっきまで自分たちが演奏していた場所があった。


「今は、やらなきゃいけないことがあるでしょ?」


「奏多君……」


「全国もあるし」


奏多は、少しだけ笑った。


「それに、まだ終わってないから」


柊木は、その言葉を黙って聞いていた。


そして。

奏多が、もう一度柊木を見る。


「ちゃんと、やらなきゃいけないことを全部終わった時に」


一度、言葉を切る。


「その時に、もう一度聞かせてほしいな」


柊木は、しばらく奏多を見つめていた。


やがて。


「……分かった」


静かに頷く。


「約束する」


「うん」


奏多も頷いた。

二人の間に、もう一度静かな時間が流れる。


響の過去。

二人がまだ知らないこと。


それは、今すぐに知る必要はない。


今は。

今、自分たちがやるべきことを。


一つずつ終わらせる。


そして、その先で。

もう一度、この話をする。


二人は、それだけを約束した。



文化祭も、終わりを迎えようとしていた。

体育館では、まだ片付けをする生徒たちの姿が見える。


そんな中。


「いやぁ……実に見事でしたよ」


校長が、穏やかな笑顔を浮かべながら口を開いた。


「吹奏楽部のコンサート。実に素晴らしかったです、瞬崎(しゅんざき)先生」


「ありがとうございます」


瞬崎は、静かに頭を下げる。


「本当に見事でしたよ。観客の皆さんも、とても楽しそうでした」


「そう言っていただけると嬉しいですね」


「今回のコンサートは、きっと多くの人の心に残ったと思います」


校長は、嬉しそうに続ける。


「改めて、東縁高校吹奏楽部の演奏を聴いてもらう、いい機会になりましたね」


しかし。

瞬崎は、少しだけ笑って首を横に振った。


「私は、何もしていませんよ」


「え?」


「演奏を届けたのは、あの子たちですから」


瞬崎は、体育館の方へ視線を向ける。


「私は、少し背中を押しただけです」


「……なるほど」


校長も、静かに頷いた。


「でも、皆さん大好評でしたよ」


「そうですか」


「文化祭に来ていた他校の生徒たちからも、かなり評判だったようです」


「それは良かった」


瞬崎の表情が、ほんの少し緩む。


「これで少しは……東縁高校吹奏楽部を見る目が変わってもらえれば嬉しいですけどね」


「きっと、そうなりますよ」


校長は、優しく頷いた。

瞬崎も、小さく微笑む。


文化祭という一日を通して。

東縁高校吹奏楽部の音楽は、確かに誰かの心へ届いた。


けれど――。

瞬崎の表情が、少しだけ変わる。


「……でも」


「?」


「私たちには、まだ次があります」


校長は、その言葉を聞いて静かに瞬崎を見る。


「ある意味……ここからが一番の正念場でしょうね」


瞬崎は、静かに告げた。


「全国大会」


その言葉に、校長も表情を引き締める。


「まずは――オーディションです」


文化祭は終わった。


楽しかった一日も。

笑い声も。

拍手も。

今は、もう過ぎていく時間。


そして。

東縁高校吹奏楽部には、次の舞台が待っている。


全国大会。

その舞台へ立つために。


まずは――。

オーディション。



「始めていきましょう」

文化祭という一日は、終わった。

笑って。

楽しんで。

音楽を奏でて。

たくさんの人に、自分たちの音を届けた。

けれど――彼らの時間は、まだ終わらない。

次に待っているのは、全国大会。

その舞台へ立つために、まずは一つの関門を越えなければならない。

次の音が、もう聞こえ始めている。

感想、評価、ブクマ、レビューも是非お願いします。

次回もお楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。