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心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
第1章 響く音響編 —始動—

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87話 T Fes

学校には、音楽を奏でる日だけがあるわけではない。

笑って。

迷って。

誰かとくだらない話をして。

そんな何気ない時間もまた、高校生活の一部だった。

今日は、文化祭。

彼らはそれぞれの一日を楽しんでいく。

準備期間は、あっという間に過ぎていった。

そして、いよいよ文化祭――T Fes(てぃーふぇす)当日を迎えた。



朝から、校内はいつもとはまるで違う雰囲気に包まれていた。


廊下には色とりどりの装飾が並び、教室からは楽しそうな声が聞こえてくる。


普段なら静かな場所にも、人の姿が絶えない。


「すご……」


音楽室へ向かう途中、響(ひびき)は思わず足を止めた。


「昨日まで普通の学校だったのに」


「文化祭なんだから当たり前でしょ」


隣を歩いていた陽翔(はると)が笑う。


「でも、確かにすごいな」


響も笑った。


今日は、いつもの学校とは違う。


授業もない。

いつもの時間割もない。


校内の至るところで、生徒たちがそれぞれの方法で文化祭を楽しんでいる。


そして――。


「よし、まずは見に行こうぜ!」


「部活の準備までまだ時間あるしな!」


「何食べる?」


「それより先にクラス展示だろ!」


いつの間にか、吹奏楽部の部員たちも動き始めていた。


今日は、演奏するだけの日ではない。

自分たちも、この文化祭を楽しむ日だ。



とは言いつつも、結局自分のクラスに戻ってきてしまった。


自分のクラスの出し物は、雑貨店。

教室の中には、日用品や小物などが並べられている。


そして、店内にはどこか見覚えのある雰囲気が漂っていた。


壁には、某「お値段以上」のお店を思わせるようなキャッチコピーまで貼られている。


「……これ、完全にあれじゃん」


思わずそう呟いてしまう。


「いいだろ? 結構それっぽいだろ」


クラスメイトが、どこか得意げに笑った。


「まぁ……確かに」


そんなやり取りをしながら、しばらく店内を眺める。


どこから回ろうかと迷いながら、店内を眺める。

そんな時間も、文化祭らしい気がした。


「そういえば、奏多(かなた)は?」


クラスの一人が、ふと思い出したように口を開いた。


「奏多?」


陽翔が即答する。


「午後からだってよ」


「即答するじゃん」


その返事の早さに、響が驚いたように口を開く。


「まぁね」


陽翔は、何でもないことのように答えた。

でも、その表情には少しだけ嬉しそうなものが浮かんでいた。



桜咲(おうさき)が、テーブルに突っ伏していた。

メイド服も、少し乱れている。


「あぁ〜……全然人来ないよぉ」


「服、ぐちゃぐちゃになるよ?」


天奏(てんそう)が心配そうに、桜咲の服を指でツンツンする。


「メイド喫茶なんて……今じゃ時代遅れでしょ?」


「知らないよ。多数決でこうなったんだから」


二人は愚痴を漏らすように、だらだらと過ごしていた。


「ちょっと、そこの二人。ちゃんと働いてよ。シフトでしょ?」


少し離れたところから、クラスメイトが声をかける。


「そう言われても、客がいなきゃ意味ないよ」


桜咲が、突っ伏したまま答える。


すると。


「やっほー、来たよ!って、ガラガラじゃん」


聞き覚えのある声に、桜咲が反応した。


「その声は?!」


顔を上げる。

入り口に立っていたのは、守田(もりた)と茅野(かやの)だった。


「あ、今桜咲シフトだったんだ」


「メイド喫茶ね。今更感があるというか」


「おい、茅野もそれ言うか」


守田は苦笑する。

茅野はニヤリと微笑んだ。


「ふふ、冗談よ。じゃあ、いただこうかしら」


茅野はそう言って、席へ向かう。


「ご主人様か?お嬢様気取りか?」


「え?」


茅野は真顔で首を傾げた。


「あら、そういう店じゃなかったの?」



「本当、怖そうだからさ。早く来てよ」


来島(らいとう)が、響と陽翔を急かす。


「そんな、急がなくても」


響は苦笑する。


「つーか、所詮クラス展でしょ?」


陽翔は、そこまで怖がる様子もない。


「いや、本当に雰囲気やばいから」


来島は真剣な顔で答えた。

そうして、三人はある教室へと辿り着いた。


そこには、大きな看板が掲げられていた。


1-1 永井(ながい)のクラス

そして、その下には――。


『絶望迷宮』


富士急ハイランドの「絶望要塞」と「戦慄迷宮」。その二つの要素を組み合わせた、謎解きホラーらしい。


「……」


教室の前に立った瞬間、響は言葉を失った。


確かに、これは怖そうだ。

というより。


明らかに、隣の教室とは雰囲気が違う。


装飾の量も。

照明も。

入口から見える内部の作り込みも。


明らかに、こちらの方が気合いが入っている。


「……本当にここ入るの?」


来島の顔が、見るからに引きつっている。


「せっかくだし、行こうぜ」


陽翔はまったく躊躇しなかった。


「今の時間は案外空いてるんだな。並ぼうぜ」


そう言って、陽翔は迷いなく用意されていた椅子に座った。


「……陽翔、怖くないの?」


「別に」


「……強いな」


来島は引きつった顔のまま、その隣に座った。

響も二人の後に続く。



少しして。


「次の方、どうぞー」


思ったよりも早く、順番が回ってきた。


「いってらっしゃい」


受付の生徒から懐中電灯を受け取る。


「……これ、使うんだ」


響が手元の懐中電灯を見つめる。


「本格的だな」


陽翔も苦笑した。


三人は、そのまま教室の中へ入っていった。


そもそも富士急ハイランドに行ったことがない。

当然、「絶望要塞」や「戦慄迷宮」がどんなアトラクションなのかも知らない。


だから、これがどれくらい本格的なのかも分からなかった。


ただ。

教室の中へ一歩入った瞬間。


「……」


空気が変わった。

廊下にいたときとは、さらに違う。


教室の窓は黒い布で覆われ、外からの光がほとんど入ってこない。


壁には古びたような装飾が施され、ところどころに意味の分からない文字や数字が貼られている。


机や椅子も普通に置かれているわけではない。


わざと通路を狭くするように配置され、奥へ進むにつれて先が見えなくなっている。


「……これ、本当にクラス展?」


響が小さく呟いた。


「俺も今、それ思った」


陽翔が答える。


「だから言ったじゃん……」


後ろから、来島の声が聞こえた。

明らかに震えている。


「いや、まだ何も起きてないだろ」


「こういうのは雰囲気が怖いんだよ!」


「はいはい」


陽翔は軽く流した。


そのまま、三人は懐中電灯を頼りに進んでいく。

最初の部屋には、何枚かの紙が貼られていた。


数字。

記号。

そして、意味の分からない文章。


「……謎解きか」


陽翔が紙を覗き込む。


「たぶん、これを使って次の場所を探すんだろ」


「分かるの?」


「まあ、これくらいなら」


陽翔は紙を一枚ずつ確認していく。


響も横から覗き込む。


「この数字、何か意味あるのかな」


「たぶん順番だろ。こっちの記号と合わせると……」


「……あ」


響が気づく。


「この文字、さっきの壁にもあった」


「ほんとだ」


二人で確認しながら、少しずつ答えを導いていく。


そのときだった。

――ガタンッ!


「うおっ!」

「うわっ!」


突然、横の机が動いた。

響と陽翔が同時に飛び上がる。


「…………」


二人とも固まった。

後ろでは。


「…………」


来島が完全に動きを止めている。


「……来島?」


「今のは無理だろ……」


「まだ何もされてないじゃん」


陽翔が呆れたように言う。


「音だけだろ?」


「それが怖いんだよ!」


来島は本気だった。


三人は気を取り直して、さらに奥へ進んでいく。


通路は次第に狭くなっていった。

壁に貼られた紙の数も増えていく。


どれも意味があるように見える。

しかし、どれがヒントで、どれがただの飾りなのか分からない。


「……これ、結構難しくない?」


響が言う。


「難しいな」


陽翔も認める。


「文化祭のクラス展って、もっと簡単なやつじゃないの?」


「俺もそう思ってた」


二人が話していると。


「…………」


来島が、少しずつ後ろへ下がっていた。


「来島?」

「いや……俺、後ろからついてくから」

「なんで?」

「前、怖いから」

「今さら?」


陽翔が呆れたように笑う。


すると。

――カタン。


「ひっ!」


来島が小さく跳ねる。


「何?」


響が振り返る。


「……なんでもない」


「絶対なんかあっただろ」


「ない!」


来島は必死に否定した。


その直後。

目の前の暗闇から、突然何かが動いた。


「うおっ!」


響が声を上げる。

陽翔も一歩後ろへ下がった。


「びっくりした……」


「今のは反則だろ」


二人が苦笑する。


しかし、来島は。


「…………」


完全に固まっていた。


「来島?」


「……」


返事がない。


「おい?」


その瞬間。


「イィヤァァァァァ!!!!」


「うわっ!」


来島が突然叫び声を上げた。


そして、そのまま三人を置き去りにして、暗い通路の奥へ走っていってしまった。


「えっ!?」


響が驚く。


「ちょ、待て!」


陽翔が叫ぶ。


しかし、来島は止まらない。


「来島!おい!」


遠ざかっていく足音だけが聞こえる。


「……」


響は呆然とその背中を見送った。


「……逃げた?」


「逃げたな」


陽翔はため息をついた。


「仕方ない。俺たちは先に進もう」


「いいの?」


「たぶんそのうち戻ってくるだろ」


「戻ってくるかな……」


「知らん」


陽翔はそう言いながら、再び目の前の謎に向き直った。


「それより、これ解かないと先に進めないぞ」


「切り替え早いな……」


「文化祭だからな」


陽翔は懐中電灯で壁を照らした。

そこには、いくつもの数字が並んでいる。


「……これ、さっきの答えと繋がってる」


「じゃあ、こっちが次の問題?」


「そう」


二人は再び謎解きを始めた。


しかし。

進めば進むほど、問題は難しくなっていった。


最初は簡単だった謎も、次第に複数のヒントを組み合わせなければ解けないものになっていく。


数字を並べ替えたり。

壁の文字を照らし合わせたり。

隠された記号を探したり。


「……これ、文化祭のクラス展だよね?」


響が思わず呟く。


「俺もそう思う」


陽翔も苦笑する。


「これ、普通に難しいぞ」


実際。


難易度はかなり高かった。


学生や来校者に楽しんでもらうためのクラス展というより、挑戦者を本気で悩ませることを目的にしているような難しさだった。


「……これ、解ける人いるの?」


「さあ」


「作った側、絶対楽しんでるよね」


「たぶんな」


それでも陽翔は諦めなかった。

一つずつヒントを確認し、答えを導き出していく。


響も横で考えながら、時々ヒントを見つける。



そして、ようやく最後の仕掛けに辿り着いた。


「……これだ」


陽翔が鍵を回す。


カチッ。

扉が開いた。


「やった!」


響が声を上げる。


二人は顔を見合わせる。


「思ったより時間かかったな」


「うん」


そのとき。


出口の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……お、遅かったな」


二人が振り返る。


そこには、先に逃げていった来島が立っていた。


「……お前、いつ戻ってきたんだよ」


陽翔が呆れたように言う。


「ずっと出口で待ってた」


「おい」


「だって、怖いんだもん」


来島は真顔だった。

響は思わず笑う。


「でも、結構面白かったな」


「俺は二度と入りたくない」


来島は即答した。


こうして三人は、文化祭の『絶望迷宮』を後にした。

文化祭は、まだ終わらない。

クラスの出し物を楽しむ者。

友達と笑う者。

新しい思い出を作る者。

それぞれが、それぞれの時間を過ごしている。

そして、この一日はまだ続いていく。

感想、評価、ブクマ、レビューも是非お願いします。

次回もお楽しみに!!

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