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心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
響く音響編 —始動—

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51話 覚醒

音が、記憶を呼び覚ます――

封じていた旋律は、心の奥で眠ったまま。でも、確かに響く音は、もう逃げ場を持たない。

天奏の胸に残る痛みと、比奈の想い。そして、響の静かな確信。

今日、教室に流れる旋律は、誰も知らない奇跡を生む――二人だけの祈風が。

天奏(てんそう)は、困惑していた。


「……上には、上?」


掠れた声が、静まり返った教室に落ちる。意味が、理解できない。


自分の音が人を壊した。

それが全てだったはずだ。


なのに。


“上には上がいる”。


それは、何を指しているのか。


慰めでもない。

否定でもない。

怒りでもない。


目の前に立つ響の表情は、ただ静かだった。優しさも、嘲りも、そこにはない。あるのは、確信。


天奏の喉が、ひくりと鳴る。


「……どういう、意味?」


問いかけた瞬間、自分でも分かる。


怖いのは、答えだ。

もしそれが本当なら。


もし、自分の音が“壊せるほどのものではなかった”としたら。


比奈の死の理由が、また崩れる。


支えてきた罪悪感すら、足場を失う。


天奏の指が、震える。


握られた「祈風」の楽譜が、かすかに揺れた。


(ひびき)は、その震えを見ていた。

一歩、近づく。


「言葉のままですよ」


静かに、淡々と。


「壊せるほどの音なら、もっと強いはずです」


空気が、変わる。


それは挑発ではない。事実を、並べただけの声。


天奏の心臓が、強く跳ねた。


ドクン。

ドクン。


逃げたい。

でも、目が逸らせない。足も動かない。


響の瞳が、わずかに深くなる。その奥で、何かが揺れた。


ほんの一瞬。


誰にも気づかれないほどの、微かな変化。そして、響はゆっくりと、


「……確かめましょうか」


音楽室の隅に置かれたユーフォへ、静かに歩き出した。



天奏の手には、オーボエがあった。


隣の席には響が座っている。二人の並びは、比奈(ひな)と一緒に吹いたあの日と同じだった。


胸の奥が、ひりつくように疼く。


忘れたかったはずの記憶が、楽器の重さと響の呼吸のリズムに、静かに呼び覚まされる。


「始めましょうか」


響はユーフォを構える。


その姿に釣られるように、天奏もオーボエを唇に寄せる。


そして、息を吹き込んだ。



響のユーフォニアムから放たれた音――


そのはずだった。


しかし、天奏の耳に届いたのは、紛れもなくフルートの音色だった。


柔らかく、透明で、確かな息遣いが生む旋律。まさに比奈が吹いていたあの日の音そのまま。


(え……?)


天奏は目を疑った。

近くで誰かがフルートを吹いているのか?


目を皿のようにして辺りを見渡す。だが、視界に映るのは響と自分だけ。


教室の壁も机も、何も変わらない。


響は、いつもの表情で吹いていた。何も変わったことをしていないかのように、ただ淡々と息を吹き込んでいる。肩の力も、顔の筋肉の動きも、いつもと同じ。


天奏は思わず、息を止めた。


この音色は、どういうことなのか――


自分の耳は、フルートを確かに捉えている。しかし、響はユーフォを握っている。


息の送り方も、指の動きも、ユーフォそのもの。


(……信じられない)


理屈も常識も、今ここでは意味をなさなかった。でも、音は紛れもなくフルート。


鮮明で、柔らかく、確実に“そこにいる”音。


天奏は我に返り、手元のオーボエに息を吹き込む。指を軽く押さえ、最初のフレーズを弾き出す。


すると、驚くべきことに――


響の“フルート音色”と天奏のオーボエは、自然と呼応し、ひとつの旋律となった。


空気に溶け込むように、二つの音は混ざり合い、互いの響きを引き立てる。


息を合わせる必要も、音量を調整する必要もない。


まるで元から二重奏用に作られた旋律のように、空間が鳴り始めた。


空気を揺らし、教室の窓を微かに震わせ、遠くの廊下にまで微かな共鳴を届けた。



教室棟から少し遠く、理科棟。


「何これ」


久瀬(くぜ)香久山(かぐやま)の動きが止まる。


「オーボエと、フルートだよな」


「誰が吹いてるの?」


完全にオーボエとフルートの二重奏。それにしか聞こえなかった。


奥の階段でも、


「オーボエだったら、天奏先輩か?」


「じゃあ、フルートは、だれ?」


来島(らいとう)永井(ながい)の動きも止まっていた。



天奏は目を閉じた。


体の奥で、忘れていたものが震えた。


あの日の比奈の息遣い、指の動き、音の温度――

全てがここにある。


しかし、奏でているのは比奈ではない。


響のユーフォから、だ。


呼吸が重なる。


音の粒が絡み合う。


二人の世界が教室の空間を満たし、床も壁も、すべてが共鳴する。


微かな空気の揺れさえ、音楽に溶けていく。


天奏は、自然と指先に力が入る。オーボエの音を、自分の身体の一部のように操る。


でも、耳に入る響のフルート音に、自分の音はまだ追いつけない気がする。


この感覚は、怖いほど新しい。


……もう少し力を抜いて


響の声ではない。音楽そのものが語りかけてくる。息の流れ、音の角度、微細な振動――


全てが、まるで導くように天奏を包んだ。


天奏は目を開く。


隣の響はいつも通りユーフォを構えているだけ。でも、何もかもが違った。


世界の音の全てが、響の演奏の周りに集まり、形を変えている。


教室の空気が変わる。


全員の鼓動が、呼吸が、音楽と一緒に震える。


天奏は、震える唇を少しだけ開き、声にならない息を吐く。


(これが……本当の音……)


二重奏は、さらに密度を増していく。


天奏のオーボエが響のフルートに呼応し、旋律が空間に描く光景は、教室の限界を超えていた。


誰も、口を開けない。


息をするのさえ恐ろしいほどに、音が支配する。でも同時に、心の奥に温かさが広がる。


比奈が、ここにいるような、そんな錯覚すら覚える。


響は、微動だにせず吹き続けた。


天奏の手元も、呼吸も、自然と同期する。


二人の間に、奇跡のような共鳴が生まれ、音は空間を満たし、時間さえ緩やかに溶かす。


そして誰もが知る。


この瞬間、ここにあるのは、単なる演奏ではない――


祈風そのものが、再び生きているのだと。



演奏が終わった瞬間、空気が一度止まった。


教室には、二人の呼吸だけが残る。


天奏はオーボエを下ろす手が震えているのを感じた。響も同じく、ユーフォを静かに机の上に置いた。


響は目を細め、わずかに口角を上げる。 


「先輩は……壊してなんかない」


その言葉は、静かな空間に落ちる音のように、天奏の胸に響く。


だが響は、そこで止まらない。


「でも、封じ込めていたんですよね?自分の音を、誰にも触れさせずに――」


しかし、それは責めるためではなく、真実を示すための冷徹さだった。


「自分だけの音を、誰のものでもないものを――先輩はずっと、否定していた。大事なはずの音なのに」


天奏は言葉を失う。


胸の奥が熱く締めつけられる。

でも目を逸らすことはできない。


響の声が、さらに低くなる。


「先輩は、冴山さんの願い、約束――それを、叶えたくないんですか?」


問いかけられた瞬間、天奏の頭に、屋上の記憶が流れ込む。



――あの日の風。

――交わした言葉。

――比奈と一緒に作った、まだ誰も知らない旋律――祈風。

「いつか、その曲を、二人で世界に響かせたいんだ」

「二人で、世界に……」

「約束ね!」

「一緒に吹こ!!」

「この曲さ……大事にしよ」

「天奏は、音楽、好き?」

「うん、大好き。比奈と一緒に吹けて、私、楽しい」

「…ふふ、私も……大好きだよ」



忘れようとしていたはずの想いが、胸の奥で震えた。


響は静かに、しかし一歩一歩、言葉を続ける。


「でも……先輩、本当に自分の音を恐れていただけかもしれませんね。誰かを壊すかもしれない、誰かに届かないかもしれない――って」

  

響の声が静かに、しかし確実に天奏の胸に届いた。


天奏の胸の奥が、じんわりと溶けていく感覚。


「祈風を、もう一度、二人で……そう、二人で、世界に届けましょう」


天奏は震えながらも、涙を流す。胸の奥の壁が、静かに壊れる感覚。


ふと気がつくと、天奏の目の前には比奈が立っていた。天奏にはそう見えた。幻覚なのか?



「比奈...」


「ごめんね。天奏。私のせいで大変な目、合わせちゃったよね」


「そんなことはない。私の方こそごめんなさい。助けられなかった」


比奈は優しく微笑む。


「そんな事ないよ」


「え...」


「確かに、たまに天奏らしくない一面もあった。けど......」


比奈は、さらに笑顔を見せる。


「私はそういう天奏も、大好き。大丈夫。天奏と私は、ずーっと一緒だよ」



気がつくと目の前には、響が立っていた。


「見せてください。誰のものでもない、天奏先輩の本当の音を」


長く、痛みを伴った時間が、ようやく溶け出す。


「ありがとう……比奈、響君……」


響は静かに微笑む。


「さぁ、もう一度吹きましょう」


「...うん」


教室には、二人だけの祈風が生きていた。


比奈の残した旋律と、二人の魂が共鳴する――そして、誰にも奪えない音楽の奇跡が、そこにあった。


冷たく、しかし全てを肯定する神、いや、それすら超えるような響き。


その中に、比奈の微笑み、天奏の息遣い――そして未来への希望が混ざり込んだ。



「くそっ!」


東堂(とうどう)の怒声が、教室の静寂を切り裂いた。


拳を握りしめると、その力は尋常ではなく、皮膚を裂き、血が指の間からにじんだ。


「響……目障りなんだよ。お前は……」


声が震える。怒り、苛立ち、絶望――全てが渾然一体となり、暴力的な熱を帯びる。


拳を高く振り上げる東堂の背中に、床の木目が微かに反応して揺れた。


「その音が、海斗を……くっ!」


言葉は途切れる。胸の奥で抑えきれない感情が爆発する寸前。


彼の拳が、目の前の机に向かって振り下ろされる。


ドンッ――


鈍い衝撃音と共に、机の脚がわずかに折れる。木屑が空気を舞い、血の匂いと怒気が混ざり合う。


東堂の呼吸は荒く、全身から震えが伝わる。


拳を振るった瞬間、彼の内側にある闇の熱が、教室の空気をほんの一瞬、重くした。


「返せよ...海斗を、返せよ!!」



翌日、響と柊木(ひいらぎ)は二人で登校していた。


「そういえば昨日、フルートとオーボエの音、なってたけど聴いた?」


響は慌てて答える。


「え?あー、うん。なんかそれっぽいのは聞こえたよー」


「何その反応」


「いや、なんでもない」


二人は学校に着き、向かう先は職員室。


「失礼します!」


瞬崎(しゅんざき)が振り返り、笑顔で口を開いた。


月本(つきもと)君に柊木君もおはようございます。何か用ですか?」


「音楽室の鍵を取りに来ました」


「あぁ、それなら天奏さんが先に持って行きましたよ」


「天奏先輩が?」


柊木はそう口にする。それを見て、響は静かに微笑んだ。


二人は音楽室に着き、足を踏み入れる。中にいた天奏が振り向き、穏やかに微笑む。


その笑顔は、昨日までの天奏からは想像できないほど自然で、柔らかく、豊かな表情を湛えていた。


「響君、柊木君も、おはよう」

祈風は、再び生きた。

天奏の音も、響の音も、そして比奈の想いも。教室の空気は変わり、心も少し軽くなる。

しかし、外の世界はまだ静かではない――それは事実だ。

再び立ち上がる衝突と、東海大会への新たな一歩が再び始まる。

感想、評価、ブクマ是非お願いします。

次回もお楽しみに!!


※一旦一区切り&用事が出来たという事で、少し投稿期間を空けます。ご了承ください。


明日、2月15日は如月奏多の誕生日!!

誕生日スペシャルを、番外編「心はB♭で響いている〜Beyond the Stage〜」で公開予定。お楽しみに!!

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