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黒の魔王  作者: 菱影代理
第48章:パンドラ四帝大戦
1083/1084

第1076話 勇者と大将軍(1)

 一隻の飛行巡洋艦が真っ直ぐにプルガトリオへ突っ込んで行くのを横目にしながら、レムリア海上空をフィオナは飛翔してゆく。

 挑発、あるいは牽制として火球をばら撒くような真似などせずとも、正確に自分を捉えて接近してくる強い気配が感じられた。


 それなりの速度で飛ばしているが、七色の輝きを纏った小さな人影は、見る見るうちにこちらへと追いついてくる。

 ほどなく、ついに肉眼でその顔が見えるほどの距離にまで両者は並んだ。


 ロンバルトが誇る最強の大英雄。聖剣の勇者ロイ。

 その姿は四帝会談の時に見た通り、黒髪黒目の幼さが残る少年だ。年の頃はウルスラと同じくらいか、少し上か。

 それでも苦難の人生を歩んだ聡明な一番弟子は、年の割に随分と大人びてしまっている。それこそ、何かと自分の世話を焼けるほどには。

 そんな彼女と比べれば、ロイという少年には年相応の純真さのようなものを感じる――――だからこそ、聖剣に選ばれたのだろうとフィオナは直感した。


「よくも前衛艦隊を吹っ飛ばしてくれたな! 恐ろしい黒魔女め、この僕が相手だっ!!」


 何かしら強力な遠距離攻撃は持っているだろうに、わざわざ顔を合わせるように並走しながら、ロイは聖剣を向けて宣言してくる。


「初めまして、勇者さん。フィオナ・ソレイユです。よろしくお願いします」

「ロイです、よろしくお願いします!」


 どこまでも素直な性格なのか、フィオナが律儀に自己紹介をすれば、勇者は素直にそう応えた。


「あの、戦う間に一つだけ言っておきたいことがあるのですが、いいですか?」

「どうぞ!」

「その剣、あんまり使わない方がいいですよ」

「同じこと、何度も言われましたよ。僕みたいな子供に、聖剣は相応しくないって」


 子供らしい雰囲気は一転、どこか悟ったような表情で冷たく言うロイに、忠告をしたフィオナの方が困惑した。だがフィオナの表情は変わらないので、初対面のロイに魔女の心中など分かり様もないのだが。


「けれど、誰も僕から聖剣を奪うことは出来なかった。僕が聖剣を持っているんじゃなくて、聖剣が僕を選んでくれたんだ――――だから『サロスダイト』は、僕にしか使えない」

「そういう意味で言ったのではないのですが」


 だが本人も手放す気は毛頭ないらしい。どの道、フィオナの忠告は無意味なものである。


「まぁ、いいでしょう。私の相手になってくれるのですよね、勇者さん」

「逃がしませんよ、魔女さん」

「逃げませんよ。自慢の聖剣の力、見せてもらいましょう」


 まずは小手調べ、というようにフィオナは『ワルプルギス』を一振りし、幾つもの火球を飛ばす。

 連発できる下級攻撃魔法とはいえ、魔人化を果たしたフィオナが放てばそれだけで砲弾のような威力。生身の人間一人に向けるは過剰な火力だが、勇者ロイはそれを容易く聖剣で切り裂いた。


 火球が炸裂し連鎖的に爆風が吹き荒れる。それでも妖精のように虹色の光を纏うロイの小さな体は、全く風圧の影響など受けず悠々と飛び続けていた。

 その姿はやはりリリィを思わせるが、その力の源も在り方も、根本から異なっているとフィオナは分析する。


「飛行と防御は別個の能力……けれど、全て聖剣を通して発動……いえ、逆ですね」


 ロイは勇者に相応しい、青と白の爽やかなカラーリングの衣装に身を包んでいる。小さな体に重厚な鎧は似合わないので、手足と胸甲だけの最低限といった装甲。頭には兜ではなく、王子様のようなサークレットを被っている。

 背に翻る真っ赤なマントは飛行速度と見合わぬ。ゆったりとしたはためきで、その身に直接かかる物理的な力が軽減されていることは、見た目だけで明らかだ。

 全身から七色に輝くオーラを使徒のように発していることから、並大抵の攻撃では通用しない防御力であろう。


 聖剣を除き、ロイが身に纏う衣装と装備は、国を代表する英雄が持つに相応しい、何れも強い魔法の力を宿した超一級品ではある。しかし防具として優秀というだけで、空を飛んだり、妖精結界オラクルフィールドに匹敵する万能の守りを展開するような、突出した効果を持っているわけではない。

 特別なのは、やはり『サロスダイト』と呼ばれる聖剣だけ。


 ロイが空を飛んでいるのは、赤マントの背中に浮かんだ、光る八芒星の魔法陣によるものだ。眩い白の中で微かに七色が混じった輝く魔法陣が、高度な飛行魔法としての効果を発揮している。

 古代兵器のようにエーテルを噴出するブースター方式ではなく、推進力、慣性制御、安定性、どれも妖精が空を飛ぶような自然さで機能している。ブースターのような推進機関と比べれば、一段上の高度な術式がその魔法陣に詰まっていることが分かった。


「こんな程度の攻撃では、僕は止められない! 一の型『ながし』!」


 火球の嵐を、さらに加速して迫って来る中、聞き覚えのある技名が耳に届く。

 繰り出されるのは、キラキラ輝く虹を描く剣閃。流れるように宙を飛びながら、次々と火球を切り裂いてゆく。

 拳と剣、扱う得物の違いはあれど、流水のように淀みなく動く、美しく滑らかな動作は、古流柔術に通じている。

 ミアの生きた時代の時点で、古流柔術と呼ばれていた。故に、その源流は神代にまで遡る。恐らく、この聖剣が繰り出す剣技も、神代の源流を基にしたものであろう。

 だからこそ、尚更に厄介だ。聖剣『サロスダイト』に宿るのは、神代にまで及ぶかもしれないほど古きモノ。


 そしてこの目でロイが卓越した剣技を奮う姿を見て、確認もとれた。

 身に纏うオーラで非常に見えにくかったが、魔人の眼力でもってフィオナはロイが聖剣を振るった瞬間の魔力の流れを見切る。

 その全身の隅々へ、無数に細分化され毛細血管のように繊細な流量で、聖剣から供給される魔力が送り込まれていた。

 それはつまり、ロイ少年自身が鍛錬で会得した剣術ではなく、聖剣が持ち主に『使わせている』ということ。

 飛行能力に万能の防御力、そして神代の流れを組む超人的な剣技。それら全ては、聖剣『サロスダイト』がロイという使い手を通して発揮される力であった。


 剣とは武器だ。武器とは使い手の力量を反映する、道具に過ぎない。

 人が道具に使われることは無いし、あってはならない。

 だがしかし、この世には剣の方が人斬りを使い手へ強要する現象もまた、存在する――――すなわち、呪いの武器。


「聖剣に選ばれた、ですか……呪いが人を選ぶなど、傲慢なことですね」


 四帝会談でロイが自信満々に聖剣を抜いて、冷やかすアイへ見せつけたあの時。クロノは一目で察した。

 神聖な気配で誤魔化されそうになるが、アレは紛れも無く呪いの武器だと。

 そして今、聖剣の力を奮う少年の姿を間近で観察し、フィオナはクロノの見立てが正しかったことを確信する。


 フィオナは決して、聖剣の力を恐れて「使わない方がいい」と言ったのではない。まして、子供のロイを言いくるめて聖剣を奪おうと目論んだ、汚い大人の嘘でもない。

 聖なる剣と偽れるほど、古く恐ろしい呪いが宿った剣を振るうのは、危険極まりない。遠くない内に、必ずその身を滅ぼす。

 そんな心からの忠告だった。


 しかし、ロイの破滅の時は、今ではない。

 聖剣の勇者、と讃えられるに相応しい絶大な力を以て、魔女へと襲い掛かる。


「こんなの相手に時間稼ぎとは……はぁ、クロノさん来てくれないでしょうか」


 溜息交じりに呟いて、フィオナは哀れな少年勇者の相手に全力を尽くすこととした。




 ◇◇◇


「ああぁーもうっ、バッカじゃないのぉ! 何よこの頭の悪い作戦!!」


 プルガトリオと竜騎士団から猛攻撃を受け、大揺れに揺れる飛行巡洋艦の中で、そんな叫びが響く。

 ヒステリックに、と言うには正当性のある訴え。しかし頭の悪い作戦という正論をぶつけられても尚、作戦立案者は余裕の笑顔で応えた。


「おう、俺が考えたからな!」

「知ってるわよ、バカぁ!」


 敵天空母艦に対する強襲作戦をザメクに献策したのは、ロンバルトの大将軍、六聖将の筆頭と言われるジン・ブリッツ。『蒼雷騎士アルテナ』の加護を宿す青年だ。

 深い濃紺の髪に、野性味溢れる精悍な顔つき。身の丈は2メートルに届かんばかりで、こうして重厚な鎧兜に身を纏っていれば、大将軍を名乗るに相応しい覇気がある。

 しかしながら、こうして長い付き合いとなる相棒のような女将軍と笑い合っていると、どこの酒場にもいる剛毅で陽気な冒険者の青年らしい。いや、本来のジンは、そんなありふれた冒険者に過ぎなかった。


「全く、陛下の無茶ぶりには困ったものだわ。コイツの脳筋作戦を本気で実行しようってんだから」


 爆音轟く艦内でありながら、ハァ……と溜息を吐くだけの態度でいられる胆力は、彼女もまた数多の修羅場を潜り抜け、六聖将の一人となったからである。

『冥剣聖ヨミ』の加護を授かる、エリネシア・ヴィスコンティ。

 西部の辺境、小さな国のド田舎出身だったジンとギルフォード。後に六聖将となる幼馴染の男二人は、ただの冒険者として故郷を飛び出してきたのだが、そんな彼らと最初の仲間になったのが、エリネシアである。


 濃い蜂蜜色の輝くような金髪を、歌の女神のように大きく二つでくくった髪型は、少女らしい面影を残す美貌と良く似合っている。勝気な目はルビーのように爛々と輝き、スラリと伸びた細身のスタイルは、聖歌隊の歌姫の一員のように凛々しく美しい。

 しかしその身を包むのは、勇者ロイとよく似た、剣士としての軽装に権威を示す真紅のマント。

 ジンと同じく歳は20を過ぎたばかり。若くとも、六聖将として名を連ねる、卓越した剣技を誇る大剣豪である。


「マジでエリィの言う通りだぜ。まさかこの作戦が通るとは」

「ふざけんなっ! どうせギルが無茶が通るように、何とかしてくれただけでしょ」

「だよなぁ、やっぱスゲーよギルは」

「大将軍になっても、アンタはギルに頼りっぱなしね」

「へへっ、エリィだって同じだろ?」

「それはまぁ……そう、ねぇ……」


 当時は身分を偽って、エリィという偽名を名乗っていたが、そのまま愛称としてジンは彼女をそう読んでいる。

 将軍となるまでに、多くの経験をしてきたが、二人が顔を合わせれば懐かしの冒険者時代と変らぬ気安さでお喋りばかりしてしまう。

 この二人が言い合っている内は余裕だ。そう配下の騎士達は心得ている。

 故に、今にも空中で爆発四散してしまいそうな状況下でも、ここに待機している天空母艦制圧部隊は、静かに出撃の時を待っていた。


「――――皆の者、準備は良いか」


 若き大将軍二人が言い合っている間に、三人目の六聖将が現れる。

 『大盾公ベルシルテ』の加護を授かる、老齢の重騎士、バーダン・レイザーバックである。

 老いて尚、熊のような大男であり、その体格はジンをも超えるほど。

 ギルフォード、ジン、エリネシアの三人は故国を同じくするが、バーダンは全く別の国の出身。ザメクと真っ向から西部の覇権をかけて争った、有力国家の一つであり、バーダンは一軍を預かる将として、長らく仕えてきた。

 しかし国はザメクを前に敗れ去った。自分の率いる軍だけは、最後まで降伏せず城を守り抜いていたというのに、少しばかり首都を突かれた途端に、情けなく白旗を挙げたのだった。


「敵の攻撃は苛烈極まる。吾輩が艦の守りを離れた以上、そう長くは保たん。速やかに降下を開始せよ」

「おう、そんじゃあ行くか!」

「しっかりやんなさい。あの赤い結界、相当硬いわよ」

「へっ、見りゃあ分かる」


 聖歌隊に匹敵する敵の大結界へと切り込むのは、ジンの役目だ。言い出しっぺの法則でもある。

 もっとも、ダメならエリネシアが二の矢として、それでもダメならバーダンが三の矢として、渾身の一撃を叩き込めば、突破口は開ける算段であった。そして六聖将の実力を疑う者は、この場には誰もいはしない。


「じゃ、お先ぃー」


 馬で遠乗りでも行くような気軽さで、ジンが開放されたハッチから飛び出す。

 自由落下の加速度と全身にかかる風圧。そして何より、色濃く漂う魔力の気配と、戦場の空気。ここは今まで自分が経験してきた、どの戦場よりも巨大で苛烈なものになるという確信が、ジンの闘争心を煽った。


「永久不滅の忠義を尽くす、蒼き刃――――『蒼雷騎士アルテナ』」


 神名ワールドネーム神言ディヴァインスペルを口にし、加護が発動。

 バリバリと名の通りに青い雷光を身に纏いながら、青白く輝く髪が逆立った。

 全身にみなぎる蒼き雷の力を、すでに振りかぶっていた大剣の刀身へと集約させてゆくと……もう、黄金を纏った薄紅の結界は目の前だった。


「オォラァ――――『落雷破城槌』!!」


 蒼雷を纏った刃は、正に巨大な雷が落ちたような轟音と共に、『太陽神殿結界ヘリオスフィア』を叩いた。

 強大な雷撃と洗練された武技による威力、だけではない。その名に破城槌とつけた以上、この技は特に破壊力に優れる。敵将が纏う鎧兜に盾、大型モンスターの分厚い甲殻、固く閉ざされた城門、そして魔術師による結界。敵が構えるあらゆる防御を破るための術理を、さらに加護の力によって上乗せし、ジンは幾度も敵の守りをこの技で打ち破って来た。

 そして今、天才魔女が作り上げ、その血を分けた妹の御子が紡いだ太陽神の結界に、突破口を切り拓くことに成功する。


「やっべ、ギリギリだったなコレ……」


 カッコつけて先陣を切ったが、想像以上の手ごたえにジンは内心冷や汗をかいた。

 何とか自分達が突入できるだけの亀裂を穿つことは出来たが、結界は即座に修復されてしまうだろう。多少の傷はつけたところで、結界そのものは揺らがない。

 術者を倒す以外に、破る方法は無い厄介な大結界である。

 しかし、天空母艦へと降り立った自分達が任務を果たせば、自然とそれも達成される。


「――――俺がロンバルト六聖将、『蒼雷騎士』ジン・ブリッツだっ!!」


 ド派手に侵入してきた以上、これから隠れる意味はない。正々堂々とジンは名乗りを上げる。


「六聖将、『大盾公』バーダン・レイザーバック、参上」

「六聖将、『冥剣聖』エリネシア――――」


 続いて、二人の六聖将が降り立ち、配下の騎士を満載したドロップポッドが甲板に突き刺さった。


「ネル・ユリウス・エルロード、アンタの首を獲りに来たわ」


 連合艦隊を率いる提督、その顔と名前はすでに割れている。

 そして今この場に、魔王クロノはおらず、それに次ぐ女王リリィもまた、ここにはいない。ロンバルトにも伝わるほど美姫と名高きアヴァロンの第一王女にして、魔王の婚約者。ネルこそが、この戦場において帝国軍の総大将なのだ。

 そして天空母艦に乗っていることは明らかであり、もしも乗艦していなかったとしても、これを奪われれば最早、連合艦隊に勝ち目はない。


「ふぅむ、慌てて迎え撃ってくると思ったが……やけに静かなものじゃのう」

「私の宣戦、聞こえなかったのかしら?」

「もっとデカい声で言えば良かったんだよ」


 一刻も早く侵入者を排除すべく、この甲板へすぐに帝国兵が殺到してくると睨んでいたが、誰も姿を現さないことにバーダンは訝しむ。

 本当にこちらの声が聞こえなかった、などということはあるまい。もしも旗艦に乗り込んでこられただけで、恐れ慄き動けないような腰抜けばかり……かつて仕えた故国の王宮連中のような者であるならば、情け容赦も必要はない。


「誰も出て来ぬならば、都合が良い。このまま制圧に移るとしよう」

「えーっと、確かあの辺に入口あるはずって、ギルが言ってたような……」

「おっ、アレじゃねぇのか?」

「それそれ! じゃあ私はこっち、バーダン卿はあっちからお願いね」

「うむ、任されよう」

「じゃあ、俺はこのまま真っ直ぐ行く。あの神殿の屋上だろ、結界張ってるヤツがいるのは」

「アンタはそこを狙うのがいいわね。見えてる目的地だし」

「おうよ、こんなデケぇ船の中に入っちまったら、出られる自信がねぇからな」


 天空母艦はロンバルトにも無いが、天空戦艦は隅々まで調べられている。形状と役割こそ違うが、空を飛ぶ大型艦という点は共通。ならばその内部構造、巨大な艦体を宙に浮かすための動力源と推進力が、艦のどの辺にあるかは凡その検討はつく。

 エリネシアとバーダンは艦内の機関部を抑えるために。ジンは大きな神殿のような艦橋を攻めに。天空母艦という巨大な城を落とすべく、六聖将は各々散って動き始める。


 帝国軍からの攻撃が無いことで、素早くドロップポッドから降りた騎士達を引きつれて、エリネシアとバーダンはそれぞれ甲板の左右にある艦内へ続くだろう扉へと向かった。

 それを見送ってから、ジンは悠々と歩き出した――――直後に、その足は止まる。


「こっ、こ、ここから先はっ、通しましぇええええん!!」


 甲高い悲鳴のような声だが、台詞は自分の前に立ち塞がることを主張している。

 それは女だ。スラっと背の高い、けれど猫背気味で、どこか自信なさげな立ち姿。

 その手には剣の一本も無く、何かしらの武器を持っている様子は無い。おまけに衣装はボディラインが浮かぶタイトな異国風ドレスのようで、一体どこのお嬢様かといった出で立ちである。


 ロンバルトとエルロード帝国、二つの大国がぶつかり合う大海戦の真っ只中で遭遇するとは思えない、あまりに場違いな女。

 思わず返す言葉もなく、ジンは怪訝な顔で彼女を見つめ……ややしばらくの沈黙を経て、ようやくその顔に見覚えがあることを思い出した。


「アンタ、もしかしてルーンのお姫様か?」

「そ、そうですっ、私がファナコです!」


 グっと両拳を握って、力強く応えた女の顔には、目元が全く見えないほど分厚い大きな丸眼鏡がかけられている。その半ば仮面のように目元を覆い隠す眼鏡に、黒紫の長い髪と病人じみた青白い肌。

 あまり人の顔を覚えるのは得意ではないジンでも、その特徴的な出で立ちと、国家を代表する立場によって、覚えることができていた。


「やっぱりな、俺でも見りゃあ分かったぜ」

「んふっ、どうせ私は行き遅れで引き籠りの陰湿根暗なクソオタ陰キャ姫とか伝わってるんでしょぉ……?」

「いや、そこまでは」

「……」


 勝手に自爆してショックを受けられても、ジンには上手いフォローの言葉は出てこない。完全に自分が苦手なタイプ。そもそも女性のご機嫌取りが出来るような性格はしちゃいない。

 ともかく彼女は、本物のルーン第一王女、ファナコ・ゴールドサン・ルーンであるらしい。どんなに妙な性格であろうとも、その肩書の持つ意味は変わらない。


「ハァアアアア……勘弁してくれ、お姫様相手に手荒な真似はできねーんだ。なぁ、そこを退いちゃあくれねーか」

「そういうワケには、行きません……私、覚悟して来てるんで……貴方も、覚悟して来た人、ですよね」

「そりゃそうだけどよぉ――――おぉい、帝国でもルーンでもどっちでもいい! このお姫様を盾にして時間稼ぎしようってんなら、俺ぁマジで情けも容赦も捨てなきゃいけなくなるぜ!!」


 それはファナコ姫を斬る、という意味ではなく、非戦闘員の姫君を人質にするかのようにした者達を、一人も許さないということ。

 彼女に手荒な真似をする気はないが、配下には女騎士だっている。そのままファナコ姫の身柄を確保したって、こちらは良いのだ。この場でこれ以上、進軍を妨げる理由足りえない。


「か、勘違い、しないでください……私が、貴方を倒します」

「おいおい、待てよ、頼むから無茶は止めてくれって。俺そういうのホントに困――――」

「全部ぶっ壊す――――『鬼々怪々ユラ』」


 耳に届いた、初めて聞く神名と神言。その意味を理解するよりも前に、全身の肌が泡立つような強烈な殺意と――――腹部目掛けて叩き込まれた絶大な衝撃が駆け抜けていった。


 ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン――――


 轟音を立てて、六聖将ジンは甲板を盛大にぶっ飛び転がった。

 あまりに一瞬の早業にして、凄まじい破壊力の具現に、歴戦にして精鋭の騎士達も目を剥く。


 レムリアの覇権を争う上で最大の敵となるルーンについては、ロンバルト軍ではよく知られている。中でもファナコ姫は文化人として名高いと同時に、行き遅れが真剣にハナウ王を悩ませている、という事情まで騎士達は把握していた。

 だが、知っているのはそこまで。戦争をする上で、戦力的には一切考慮に値しない、単なるお姫様のはずが、


「ォオオオオオ……」


 化物染みた異様な気配を放ち、そこに立っていた。

 何故、どうして、影武者なのか。様々な可能性を騎士達は考えたが……誰一人として、己の上官たるジンの身を案じることは無かった。


 たとえファナコ姫が本物の怪物であろうとも、六聖将ジン・ブリッツは怪物退治もお手の物の英雄だ。


「ああ、なるほど、そういうことか……悪ぃな、お姫様。俺が間違ってた」


 蒼き雷光が瞬くと同時に、ジンは狂暴化したファナコの前に立っていた。

 吹っ飛んだはずの距離が瞬時にゼロへ。そしてジンの体には、一切の傷は見当たらない。鎧の表面が、少しばかり甲板を滑って汚れた程度。

 かくして、鬼神と英雄は相対する。


「正々堂々、勝負をするに相応しいぜ。アンタの相手は、俺だ」

「グ、フフ……ゲハハハハハハッ!!」

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