第1077話 勇者と大将軍(2)
六聖将エリネシア率いる制圧部隊は、発見した入口より天空母艦の艦内へと潜入。階段を下り、通路を抜けた先に出たのは、広大な格納庫であった。
「うわっ、凄い広さ。陛下の言う通り、アスガルドよりも積載量に優れているけれど――――肝心の戦人機が無ければ、単なる輸送船ね」
本来、この巨大な格納庫には古代の主力兵器たる戦人機が収められていて然るべき。自らの主砲と装甲で戦う戦艦ではなく、大量の艦載機を抱えた移動基地としての役割が空母というもの。
その攻撃能力を担う艦載機が無いならば、エリネシアの感想通りにただの輸送船へと成り下がる。事実、格納庫にあるのはコンテナばかりで、完全にこの広さを持て余していた。
これで、せめて戦人機に代わる秘密兵器でも抱えていれば、緊張感も跳ね上がるのだが、張り子の虎の内側を見たような気分となったエリネシアは、もうここに見るべきところはないと、さっさと機関部を探すべく駆け出し、
「やぁ、お嬢さん。そんなに急いで、何処へ行くのかな」
街中でナンパ男にでも声をかけられたような、気安い台詞が飛んでくる。普段なら反射的に口から出るはずの、キツいお断りの言葉も無く、エリネシアは黙って腰に差した刀へと手を伸ばしていた。
コンテナの角から姿を現したのは、一人の男。
大将軍となっても手入れを欠かしたことはない自分の金髪よりも、美しく艶やかに輝くようなプラチナブロンドの波打つ髪を翻し、どこまでも澄んだクリアブルーの瞳が強烈な色気の流し目を寄越す。
そんな『魅了』が宿るほどの美貌をその男は持っているが、見るべきは顔ではなく、その身に纏った漆黒の鎧。
帝国軍の軍服は黒で統一されているが、鎧に関しては色も形状も様々だ。大陸の南半分を治める広大な版図を誇るが故に、集った騎士達の装いは故国のままである。
だがしかし、魔王を象徴する黒を基調とした鎧兜を纏う騎士団は、たった一つしか許されない。
「へぇ、アンタが暗黒騎士ってヤツ」
「ええ、歓迎させてもらいますよ、六聖将エリネシア殿」
今度は別な暗黒騎士が、静かに姿を現す。
サラサラと流れる白銀の髪に、中性的でありながら凛々しい顔立ちは、乙女が夢見る貴公子そのもの。その歩く姿、立つ姿、共に一部の隙も無い達人が如く。けれど武辺者の無骨さは皆無で、華やかで洗練された美しい所作が際立っている。
美貌の暗黒騎士が二人も並ぶと、もしかして自分は幻術にでもかかっているのでは、と疑いそうになるような光景だ。少なくとも、ロンバルトの発展著しい娯楽小説や歌劇に傾倒するような女性であったら、喜んで夢なら覚めないことを望むだろう。
それほど顔が、あまりにも顔が良すぎた。美貌の圧が強すぎる。魔王は良い趣味をしている、と皮肉ではなく素直に称賛できる。
そして、これほど目立つ容姿であり、魔王の信頼厚い暗黒騎士の情報は、ロンバルトにも伝わっている。
スパーダで最強の剣闘士として知らぬ者はいなかったスーパースターと、アヴァロン十二貴族の筆頭だった公爵家令嬢。だが、今はどちらも魔王に忠誠を誓う暗黒騎士。
ファルキウスとセリス。
よく帝国軍の広報でも取り上げられる美貌の二人だが、単に顔だけの広告塔では無いと、こうして相対するだけで察するに余りある。
「どうやら、誘い込まれたようね」
輝かんばかりの二人の姿に見惚れていたワケでは断じてないが、周囲には漆黒の機甲鎧を纏った暗黒騎士団が展開を完了させている。完全にこの場で迎え撃つ構えをとっていたようだ。
「けど、残念だわ。フリーシアの加護持ちの団長はいないんでしょ?」
暗黒騎士団団長サリエル。
元第七使徒でありながら、神を裏切った反逆者。使徒としての絶大な力を失えば、『暗黒騎士フリーシア』の加護を授かり、往年の力を取り戻しているという。
裏切り者でありながら、神にも魔王にも寵愛を受けた、そんな噂の団長閣下と是非手合わせしてみたいと思っていたが、
「団長はお忙しいのでね」
「僕らが相手じゃ不満かな。でも、きっと貴女を満足させてあげるよ」
凛々しい眼差しでセリスがサベールを抜き、蕩けるような甘い笑みを浮かべたファルキウスが、グラディウスを抜き放つ。
剣を手にした瞬間に感じる、剣士特有の鋭い殺気。タイプは異なるが、どちらも卓越した剣の腕前を持っていることが分かる。
そして、二人とも黒き神々より厚い加護を賜っているだろうことも。
「まっ、いいわ。どの道、この私の前で剣を抜いたなら――――後は刃で語るのみよ」
ゆっくりと、見せつけるようにエリネシアも抜刀。左右の腰に差して二本、それぞれ拵えの異なる二刀流だ。
一本はヴィスコンティ伯爵家、先祖伝来の宝刀。初代が貴族位を賜る大活躍を、その剣で挙げたという、正に一族の誇り。
もう一本は、六聖将となった折に、ザメクより賜った一品。現代では精製が不可能な神鉄合金の刀身を持つ、古代の業物。
二つの名刀を手に、エリネシアは静かに唱えた。
「斬れ――――『冥剣聖ヨミ』」
◇◇◇
『こっ、こ、ここから先はっ、通しましぇええええん!!』
「なんでここにファナコ姫がっ!?」
敵の強行突入を許したことで、ネルは即座に艦内防衛の指示を出した。
ヴァルナ空中決戦では、他でもない自分が先陣を切ってピースフルハートへと乗り込んだのだ。敵が同じような手を使って侵入する場合の対策も考えられている。
しかし、いの一番に敵将の前へファナコがのこのこ出ていく、などと言うのは完全に想定外であった。
「急いで呼び戻してください!」
「おい、ファナコがヤル気出してんだ、やらせてやれ」
提督相手に平気でタメ口が効ける存在は、魔王をおいては、妖精しか許されぬ所業である。
そして慌てるネルの前に、偉そうに腕を組んだ師匠面でそんなことを言うのは、やはり妖精であった。
暗黒騎士ルルゥは、今日も幼女姿で生意気な口を叩いていた。
「あのジンという六聖将は危険です」
「大丈夫だ、ファナコも危ないヤツだからな」
確かに、先日に甲板上で行った組手で、ネルは初めて鬼神の加護を解放したファナコの力を前にして、そのあまりの狂暴ぶりに心底驚かされた。
古流柔術と相性が良かったが故に、ほとんど完封できたが、アレが戦場で暴れれば手が付けられないことは容易に想像がつく。
「とりあえず大暴れさせて、少し落ち着いてからじゃないと、他のヤツらも危なくて一緒になんて戦えねーぞ」
ルルゥはファナコについて、ヴェーダ留学を共にした間柄である。良くも悪くも裏表の無い妖精に、ファナコも随分と心を開いているようだった。少なくとも、今の自分よりも、ルルゥの方が彼女の心も実力も理解していることだろう。
「分かりました、まずはファナコ姫に先陣を任せるとしましょう。ですが、六聖将ジンは容易く抑えられる相手ではありません」
「任せろ、ルルゥがボコボコにしてきてやっから!」
リリィにやられてワンワン泣いていた、ということを聞かされているネルとしては、ルルゥだけに任せることに不安しかない。
しかしジンという英雄を相手に真っ向勝負できるほどの者となると、
「提督、レキも連れてって」
「いいのですか、ウルスラ」
「勿論。こういう時のために、こっちに乗ってもらってるの」
ウルスラは本来の所属である第一突撃大隊を離れて、プルガトリオ艦長の席へと座っている。そんな大任を背負った相棒を、一人にはさせられないと、レキも乗艦している。
魔法も技術も、特別なモノはない純粋な戦士職のレキであるが、フィオナの下でウルスラと共に無茶ぶりに振り回された間柄。手伝い程度なら、大体どこの部署でもやっていける経験値がある。
『魔女工房』の面々と仕事をするなら、レキは適任でもあった。
「分かりました。ファナコ姫のフォローには、ルルゥとレキについてもらいます」
「だってさ、レキ。頑張って敵将の首を挙げて来るの」
『オーライ! やってやるデーッス!!』
と、機関室にてお手伝いに精を出していたレキは、護衛戦力としての本来の任務を賜り、元気いっぱいの返事で飛び出していく。
ブリッジへ勝手に入り浸っていたルルゥも、他の奴に先を越されては堪らないとばかりに、ファナコのいる甲板へ向かって走りだす。
その後を同じ暗黒騎士となっても忠実に付き従って世話を焼き続けているレヴィが追ってゆく。ネルが万一の時があれば頼む、とばかりに視線を向ければ、レヴィも心得たとばかりに目礼で応えた。
ファナコは鬼神の力で暴走状態、ルルゥは自由な妖精で、レキも戦いに集中すれば他に気を配る余裕はなくなる。そんな彼女達にレヴィという保護者がついていれば、ひとまず報連相の心配はない。
次に気にするべきは、それぞれ分散して艦内へと突入した残る二人の六聖将である。
「エリネシアは暗黒騎士団が、バーダンはヴェーダ傭兵団で対処をお願いします」
天空母艦プルガトリオを守る戦力は暗黒騎士団を中心とした帝国軍と、仙位持ちの大半を含んだヴェーダ傭兵団である。
太陽神殿の御子フィアラと神官達もいるので、ルーンの騎士も同乗しているが、彼らの役目は祭壇のある神殿と煉獄炉の防衛。すでに『太陽神殿結界』が艦隊防御を支えているため、ここの護衛をおいそれと動かすことはできない。
「侵入した両部隊は、ひとまずそのまま通路に沿って進んでいます。予定通り、エリネシアは第一格納庫、バーダンは第二格納庫へと出ます。何としても、この場所で抑えておいてください」
『抑えるだなんて、アヴァロンのお姫様はお上品なことで。城に土足で上がり込んできた奴らだ、そっ首落として見せましょう』
ヴェーダ傭兵団の団長を務めるアスラ流拳士『双極』のガオジエンが、すでに配置についた先で返答を寄越す。
十字軍が相手ではない以上、徹底した殲滅戦をする必要はないが、決着がつくまでは死力を尽くして殺し合う敵であることに変わりはない。無論、ネルとて安易な博愛主義で、殺す、という言葉を避けているワケではなかった。
「六聖将は何れも加護を極めた強敵です。早々に討ち取ることは難しく、激しい消耗戦となるでしょう。それに相手の目的はプルガトリオの制圧。苦戦を強いられれば、制圧から撃墜へと切り替える可能性が高いです」
『下手な隙を見せて、艦を危険に晒すことがないよう抑え込むのが第一、ということですか』
ネルの説明に、もう一人の『双極』であるカルラ流剣士シャニが理解を示す。
旗艦であり防御の要でもあるプルガトリオは、絶対に落とされてはならない。この艦が落ちれば、その瞬間に敗北すると言っても過言ではないのだ。
『安心しな、こちとら雇われの身ですからねぇ。命令にはキッチリ従いますよ、姫様』
「よろしくお願いします。勝負を決める一手は、他にあります。ここは守勢に徹するだけで十分ですから」
『へぇ、勝負を決める一手ねぇ……ソイツは楽しみだ、空の上からとくと見物してやろうじゃあないか』
如何にも勝算があると言い切ったネルだったが、内心では劣勢に傾きつつあると戦況を正確に理解していた。
まず最大火力を担うフィオナは、敵の最強の個人戦力たる聖剣の勇者ロイと一騎討ちしながら、艦隊決戦の場からそれとなく遠ざけている。お互い、最も強力な駒を一緒に盤外へ落としたような状態。
ロンバルトは無謀な単艦突撃によって貴重な飛行巡洋艦という古代兵器を一隻失ったが、プルガトリオへの強襲は成功している。六聖将の半数をもつぎ込み、その全員が直属の配下を引きつれ乗り込んできている。実質、王手をかけているといってもいい。
こちらが守りに徹して、敵制圧部隊を完全に抑え込んでいられたとしても、艦隊決戦は五分の状態に変わりはない。互いに堅牢な大結界を破るべく、全力で砲撃を撃ち合うのみ。
だがロンバルトは、この砲戦の中でさらにもう一手を繰り出した。
潜水艦である。
それはこちらの海魔軍を出すことで対処し、敵潜水艦部隊も、どうやら海中に潜むモンスターを警戒して迂闊に近づいて来てはいない。このまま膠着状態か相打ちになれば、やはり戦況は五分のまま維持できるが……
「残りの六聖将も出張って来ましたか」
敵艦隊の中で、三人の姿を確認。
そしてその三人は、何れも強力な遠距離攻撃を持つことは、授かった加護によって明白だ。
彼らの力によって、拮抗状態となっている砲戦が、もしも劣勢に傾いたならば――――最悪の想像が脳裏に過りながらも、ネルは一切の不安を顔に出すことなく、提督として指揮に務めた。
それが今の自分にできる、最善の行動であると信じて。
◇◇◇
ザメクが西部統一で経験した海戦は幾つもあるが、これほど激しく砲撃が交わされることは無かった。そして恐らく、これから先も無いであろう。
ロンバルト史上最大規模の苛烈な砲戦の最中、その一翼を担う魔導式戦艦の一隻に、六聖将の一人が乗艦していた。
「あぁ、嫌だ嫌だ、ほんに戦は嫌でございますぅー」
結界越しに炸裂する砲撃の嵐を、実に物憂げな表情で眺める一人の女。
丸い獣耳を頭から生やし、豊かな髪を結い上げ、大粒の宝石が輝く簪を挿している。少女のように華奢で小柄な体だが、腰元から生えた尻尾は大きく膨らみ、身の丈ほどの長さがある立派なもの。
ロンバルトでは特段珍しくも何ともない、耳と尻尾に獣人の特徴が現れた混血種。
彼女が身に纏うのは見事な金糸の刺繍で彩られたエキゾチックなドレス。華美な羽織りと、大きな尻尾が相まって、優美なボリューム感がある。
その姿は激しい砲戦を演じる戦艦には全く似つかわしくなく、どこぞの金満お嬢様といった風情だが、彼女もまた六聖将の一角。
『幽姫オフィーリア』の加護を授かる精霊術士、マイア・ロスダイアである。
「嫌だから、さっさと終わらせるに限りますなぁ――――ギルフォードはん?」
「陛下より、出撃の命が下りました」
ここに来ることなど分かり切っていたようにマイアが振り向けば、そこには真っ赤なローブを纏った六聖将ギルフォードがいる。
彼女の察しの良さも承知で、ギルフォードは単刀直入に賜った任務を通達した。
「私とマイア卿で、敵の水中戦力……見たところ、海棲モンスターの使い魔の群れですが、ソレの掃討を済ませるようにとのお達しです」
「嫌だわぁ、墨に油に、真っ黒に汚れてしまいそう。ユーマはんに頼んだらええやないのぉ? あのお人なら、海の底まで射貫けるんちゃいます」
「ユーマ卿には、勇者に助勢せよと」
「それ、ホンマに? 正々堂々の一騎討ちやないですの。ロイの坊ちゃん、無粋や言うて怒りますよぉー」
「手段を選んでいられるほどの余裕はありませんから。後で陛下に取りなしてもらいますよ」
「まぁ、この戦況はウチらが何とかせんと動かんやねぇ……仕方ないわぁ、やってあげましょか」
「よろしくお願いします」
話している内に、甲板へと二人は出た。
元々はロンバルトと敵対した有力国家の旗艦であった、大戦艦である。甲板は広大というだけでなく、自前の防御結界に揺れを安定させる制御機構まで備わった、現代兵器としては最先端技術の結晶だ。
聖歌隊による大結界も機能しているので、砲声と瞬く爆炎こそ激しいが、艦そのものは無傷で航行にも一切の支障は無い。
それはこの艦だけでなく、艦隊全てが同様。
そしてザメクはこの戦況が、こちらに有利であることを悟っていた。
故に、その有利を決定的なものとするべく、残る半分の六聖将も惜しみなく投入することを決めたのだ。
ギルフォードとマイアの二人の援護によって、潜水艦部隊の攻撃を確実なものとし、さらにロンバルト最高の射手が、魔女を射落とす。
ネルが懸念していた通り、今この時、ロンバルトの持つ手札は、確かに連合艦隊を上回っていた。
「幽世にて君を呼ぶ――――『幽姫オフィーリア』」
マイアが加護を発動させると、俄かに不気味な白い霧のような魔力のオーラが漂う。
正直、ギルフォードはこの魔力の気配を感じる度に、背筋に走る悪寒が抑えられない。
それは六聖将になるよりもずっと前、故国においてはただの宮廷魔術師だった頃に、この『幽姫オフィーリア』特有の真っ白い闇を思わせる魔力を纏ったマイアによって、数え切れぬほど命の危機に陥った経験があるからだろう。
六聖将の中で、マイアだけは最初にザメクへ味方した人物である。
彼女は勇者ロイに次いで武功を挙げた将であると同時に……西部有数の大商人ロスダイアとして、経済的にも政治的にもザメクの西部統一を支えた。総合的にはロイを上回る貢献を果たしたと言えよう。
魔王クロノに妖精女王リリィがいるように、大帝ザメクには幽姫マイアがいたのだ。
しかし、リリィが公に魔王への愛を語っているのとは正反対に、マイアは公にもザメク本人にもハッキリ明言している。ロンバルトについたのは、それが一番儲かるからだ、と。
ギルフォードは六聖将になった今でもマイアという女傑が苦手であるのだが、それでも彼女が戦場に立っている限り、『損』は無いと信用できる。
「では、私が索敵を」
「ええよ、そんな雑用せんでも。もうウチの子らに探してもろてるから――――ほーら、おいで」
緩やかに揺れる甲板の縁へと立ったマイアが、使用人でも呼ぶように手を打ち鳴らせば、ザブーンという波しぶきの音に紛れて、こちらへ向かって飛び上がって来る複数の影。
「ゲコゲコ」
「ゲコォー!」
甲板へ降り立ったのは、人の膝丈ほどのサイズの真っ青なカエルだ。
背中には亀のように甲羅を背負い、体の各所に鱗も生えている、ウミガエルと呼ばれるモンスターの一種……の姿を模した、水精霊の使い魔である。
『幽姫オフィーリア』の加護は、精霊を使役する召喚術に特に強い恩恵が与えられる。幼いころから強い第六感を持っていた、生来の精霊術士であるマイアが、かの女神の加護を授かったのは当然であり、それを西部で並ぶ者はいないほどにまで極めているのは必然でもあった。
「ふぅん、なるほどね……敵さんが海魔軍とか呼んどるの、物凄い火属性詰め込んだ油を抱えているとか」
「では、もしもその海魔軍の一体が艦と接触すれば」
「そらもう、えっぐい大爆発が見れますやろ」
ただの水中モンスターを戦力化しているのではなく、艦を撃沈させられる威力を持っていることが明らかとなり、海魔軍の脅威度は跳ね上がる。下手すれば、潜水艦部隊も自爆に巻き込まれて全滅しかねない。
この段階で知れて良かったと、ギルフォードは心から思った。
「せやから、こっちもそれなりのモンを出さんと――――あっ、ギルフォードはん、ちょいと火ぃ貸してもらえますー?」
「私の火で良ければ、幾らでも」
ギルフォードがさっと手を翳せば、真っ白い手袋を履いた掌の上に、蒼い炎が灯る。
その蒼い火へマイアが指先を伸ばし、もう片方の手を海へと突き出せば、
シギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
海面から大海蛇が、何匹もその頭を覗かせた。
今まさに海を代表するモンスターの縄張りに踏み入り、船が襲われたかのような光景だが、勿論これら全てはマイアが召喚した精霊である。
本物の大海蛇と同等のサイズを誇るのは伊達ではなく、その身を構成する魔力量はウミガエルの比ではない。海魔軍に対抗しうる攻撃力を持つ使い魔だ。
「シャアアアッ!」
「ゲッ、ゲコォー!?」
荒い気性も本物譲りで、甲板の上で腹を見せて寝そべっていたウミガエルを、とりあえず目についた獲物として大海蛇が喰らいついていた。
そんな最中に、マイアがギルフォードから貰った蒼い火を指先に灯し、それを大海蛇へと向けて放てば、
ヒュボォオオオオオオオオオオオオオオ……
揺らめく蒼い炎が大海蛇の全身を包み込み、炎上する。
さながら火属性の上級攻撃魔法を撃たれて撃退されつつあるような姿だが、大海蛇には全く効いた様子は無い。むしろ、青く燃えている肉体が当然といった様に、堂々とマイアの前で大きな鎌首をもたげて並んでいた。
「相変わらず、見事な合成魔術ですね」
「大したことやないて、人様の手ぇ借りんと出来んような、半人前の技ですよって」
クツクツと小さな体に見合わぬ妖艶な微笑みを浮かべながら、マイアが手を振れば、心得たとばかりに蒼炎を宿した大海蛇の群れは海中へと泳ぎ去って行った。




