第1069話 予測不能の援軍
「――――済まぬ、主様よ」
「いや、いいんだ。ベルはよくやってくれた」
ブリュンヒルトとの勝負を決した、必殺技たる『虚竜砲』を放ち、ついにベルは限界を迎え、地上へと舞い降りる。
ただでさえバーニング化は力を消耗するというのに、魔王の加護まで使ったのだ。これ以上、無理を押して戦えば『竜心崩壊』が発動して全て吹っ飛ばしてしまう。
ベルには大きな負担をかけることとなったが、それでもここまでやらねば勝てなかっただろう。
魔王の加護は、俺の目を持っているリリィも使うことが出来る。その前例があったからこそ、俺が直接乗り込んでいるベルにも発動させられるのでは、と思って訓練してきた。
戦人機相手なら黒竜でも強さのゴリ押しで勝てないからな。更なるパワーが必要で……実際、ブリュンヒルトは対竜災用兵装を備えた、ドラゴン相手のメタ機体だった。『鋼の竜王』のガードと『炎の竜王』のパワーが無ければ、竜殺し兵器『DDD』は凌げなかっただろう。
そして、ベルのブレスと俺の最大火力の必殺黒魔法『虚砲』の合わせ技である『虚竜砲』で、ブリュンヒルトの頑強なシールドと装甲をまとめて消し飛ばしたのだが――――
『――――よもや、この姿まで晒すこととなろうとは』
鋼鉄の三つ首竜の姿は、もう空にはない。しかし、神々しいエメラルドの輝きを放つ人型が、今も尚、天に君臨し続けている。
ブリュンヒルトは拡張武装だ。ならば当然、中身の戦人機があるということ。
それこそ女帝エカテリーナが乗る、彼女の愛機であり、オルテンシアの最終兵器。
『やはり魔王クロノ、貴様こそ最大の試練。最早、これを乗り越えるに手段は選ばぬ。私の全てを尽くして、貴様を超える――――羽ばたけ、『シグルドリーヴァ』』
エカテリーナの宣誓と共に、光の翼が広がった。
淡い緑に輝く天使の翼のような形状で、それそのものが超密度のシールドとなっている。同時に、全てを焼き切る光の刃にもなるだろう。
攻防一体の残酷な光の翼を生やした機体は、その女性的な優美なシルエットも合いまった、本当に天から降臨した戦女神のようである。
白に近い薄紫の装甲は滑らかにして流麗。胸鎧は丸い膨らみを帯びており、腰には広がるロングスカートのような形状で、装甲板が連なる。ドレスを纏ったようにも見える姿はしかし、その随所にエメラルドグリーンのエーテルラインが走り、全身余すことなく敵を滅する強大な力が行き渡っているのを感じる。
これがエカテリーナの専用機『シグルドリーヴァ』か。
その名と存在は知っていた。だが、性能は未知数。そもそも一度も戦場に現れたことがないのだから。ブリュンヒルトを含めて、完全に初見の相手となる。
だからこそ、それを見越して対戦人機訓練でミアのユリウスとも戦ったりしたのだが……雰囲気的には、イリスが乗っていたビット兵器装備のエール・スプリガンに近いものを感じる。
「傷一つない新品同様の専用機と、こっからやり合うのか……」
『流石の私も、肝が冷えたぞ。『DDD』を力業で返されるとはな』
最大の誤算は、俺達の『虚竜砲』が完全に回避されたこと。
中身があるのは分かり切っていたので、中の戦人機ごと消し飛ばすように放った。実際、ブレスは袈裟懸けに切り裂いたように、胴を斜めに一閃。首と翼を巻き込んで、両断しきったが、緊急離脱機能でも働いたのか、瞬時にシグルドリーヴァはブリュンヒルトを脱ぎ捨て、射線から逃れて見せたのだ。
せめて腕の一本くらいは奪っておきたかったが……多少の損傷があったとしても、天から見下ろすエカテリーナに対して、俺は空を飛ぶ力を失った黒竜と地に落ちている、この立場に変わりはない。
『騎竜を失ったのは、互いに同じ。これで降伏などと言うまいな?』
「当たり前だ。俺にだってまだ、切り札は残って――――」
『陛下! ご無事でございますか!!』
その時、俺の台詞を遮るようにけたたましい呼び声がオープンチャンネルで大々的に響き渡る。
エカテリーナの安否を気遣う言葉は、オルテンシア軍のものに間違いはない。ブリュンヒルトが撃墜されたのを見て、騎士が駆け付けたのかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。
今、オルテンシア軍は帝国軍の要塞に総攻撃をかけている。
最後の守りとして配置した、ブリギットのヴァイラヴィオーラも姿を現し、攻略戦は激化の一途を辿っている。
そちらの方から、こちらへと向かってくる機影は一つも無い。
ベルクローゼンVSブリュンヒルトは激しい空中戦であり、要塞方面から少しばかり東側に逸れて行き、俺達が今、降り立った場所もダキア寄りで、さらにアスベル山脈の麓のすぐ傍といったところ。
エカテリーナへ呼びかけをする者達は、アスベルの山からやって来た。
『どういうことだ……エルザヴェータ、何故お前達がここにいる』
『申し訳ございません、命令違反の罰は後で如何様にも――――ですが、私の『星詠み』で陛下の窮地を目にした以上、捨て置くことはできませぬ!!』
現れたのは、白と緑のカラーリングの『リンドヴルム』の部隊だった。
あの新型機、もうすでに一部隊編成できるほど揃っていたのかよ。
だが一番の問題は、エルザヴェータと呼ばれた少女のような声音の持ち主が、エカテリーナの次代を担うハイエルフのお姫様ということ。
エカテリーナはオルテンシアにおいて永世女王ではあるが、眠りについている期間は、他の女王がいる。
エルザヴェータ姫はまだ幼いが、エカテリーナが目覚めなければその年に女王となっていた、と言われる少女だ。
オルテンシアの真の支配者たるエカテリーナが大陸統一に乗り出したことで、エルザヴェータ姫の出る幕はすっかり無くなっていたが……なるほど、女王になれる立場だったのは、ただ王家の血筋を最も色濃く継いだ姫君だからではなく、彼女もまた『北天星イオスヒルト』の加護を授かっているからなのか。
『イオスめ、余計な真似を――――しかし、これもまた運命か。エルザよ、よくぞ参った』
『はい!』
『クロノよ、先に決闘のルールを破ったのはお前だ。卑怯とは言わせぬぞ』
ちくしょう、流石にまずいぞコレは。
シグルドリーヴァとの一騎討ちなら、最後の切り札で対抗できる。
しかし、ここにリンドヴルムの一個小隊が加わるとなれば、幾ら何でも戦力差が決定的となる。
エルザヴェータ姫も加護を持っているので、ヴァルキリーとして素人ではないだろう。そのお姫様の元についているヴァルキリーも、間違いなく近衛の一員。ただのスプリガン部隊が加わるだけでもキツいのに、近衛まで相手をするのは無理だ。
「主様……」
「言うな、ベル」
我が身を犠牲にしてでも俺を逃がす、なんて話は言うだけ無駄だ。ここで退いたところで、どの道勝機はない。
要塞は激しい攻防が繰り広げられ、とても俺の方へ救援を出せる余裕などありはしない。
空もまた同様。俺のためにブリュンヒルトを超長距離狙撃した代償として、主砲一門が吹き飛んでる。エカテリーナにも気取られずに背中を撃ち抜くための一撃は、砲門に限界以上の負荷がかかる、一発限りの砲撃だ。
だからこそシモンに託し、見事に決めてみせてくれた。これ以上の援護は不可能だ。
陸も空も、こちらの方が劣勢へと傾いている。ここから勝利をもぎ取るには、俺がエカテリーナを討つより他はない。
元より、地力で劣るのは分かり切っていた。俺達の勝ち筋は大将たるエカテリーナを討ち取る以外に方法は無いのだ。
その唯一の勝利への道が、全く予測できなかった援軍によって、閉ざされようとしている。
まさか、ウィンダムに駐留していたであろうエルザヴェータ姫が、待機命令を無視してでもこの戦場に乗り込んで来るとは、夢にも思わない。
『あっけない幕切れとなったものよ。しかし、これが力の差というものだ――――オルテンシアという国そのものが、この私の力なのだから』
『魔王クロノ、御覚悟!』
退くことも出来ない俺の前に、いよいよリンドヴルム部隊が迫って来る。
もう猶予はない。俺に残された手段は、最後の切り札を切り、死力を尽くして抗うことだけ。せめてエカテリーナだけでも道連れにしなければ、エルロード帝国に未来はない。
「おーい!」
と、俺の覚悟など嘲笑うかのように、能天気な声が周囲一帯に響いた。
戦人機の通信ではなく、単純に人の肉声が、大声で木霊する。
何だ。誰だ。
そう思ったのは、オルテンシアの面々も同様。揃って視線を向ければ、東の彼方より、白い影が一つ飛んでくるのが見えた。
あの忌まわしい輝きは、紛うことなく使徒が纏う白銀のオーラ。
「クぅーロぉーノぉーくぅーん! あーそーぼー!!」
ふざけた大声と共に、蒼穹を横切る白銀の一閃。
どこか空間が歪んで見える不気味な光は、一度しか見たことは無いが、二度と忘れることはできない、破滅の一矢だ。
『神聖元素』。アルザスで、俺の目を貫いた一撃である。
「アイ……どうしてお前が」
「勿論、遊びに来たのさっ!!」
背後からリンドヴルムを襲った一矢が炸裂し、空に白い輝きが瞬くのを背景に、大きな白い有翼獣の上で仁王立ちする第八使徒アイが、やはりふざけたことを叫んでいた。
『くっ――――な、何者ですか!?』
「おやおや、この第八使徒アイちゃんを知らないとはぁ、お姫様は随分と世間知らずだにゃー?」
『姫様、お下がりください』
『コイツは我らが国境を侵した、十字軍の尖兵だった者!』
「あっ、その声聞き覚えある! 君らあん時、散々追いかけ回してくれたよねー!!」
いつもの調子でアイが飛び回れば、リンドヴルム部隊はエルザヴェータ姫が乗っていると思しき一機を中央に置いた円陣を組み、警戒態勢をとった。
良くも悪くも、アイの出現で奴らの注意はそっちに注がれる形となる。
『ちっ、白き神の道化如きが……何のつもりだ』
「うへへ、あんまりにも楽しそうだからさぁ――――アイちゃんも混ぜてよぉ!」
交差する白と緑の光線。激しく瞬き、眩しいほどに瞬きながらも、アイとエカテリーナのどちらも、挨拶代わりといったように傷一つなく空を舞う。
「アイ、お前だけ飛んできたのか」
「勿論、他にはだーれも連れてきて無いから、安心してね」
それはそうだろう。十字軍が動いていたら、幾ら何でも帝国とオルテンシア、どっちも気づくに決まっている。ここまで辿り着くには、ラムクック三世が落ち延び残存戦力が集結したウィンダムが居座る南ダキア領を通ることとなる。
グリフォンに乗ったアイ単独なら余裕で通り抜けられるが、軍勢は無理だ。
しかし、まさかアイが乱入するとは。いや、元から乱入ばかりのヤツではあるが……敵の敵として現れたのは初めだ。
コイツには信頼もクソもあったものでは無いのだが、それでも使徒の強さは本物。
アイがリンドヴルム部隊の相手をしてくれるなら、戦況はこれでイーブンだ。
「ドヤ顔で来たんだ、しっかり暴れてくれよ」
「魔王陛下の仰せのままにー、おーるふぉーえるろぉーど!!」
『エルザヴェータ、あの痴れ者を始末せよ!』
「は、はい! お任せください、陛下!!」
エカテリーナの命によって、リンドヴルム部隊は本格的にアイを討つべく動き始める。アイはわざとらしいウインクを俺へと飛ばしながら、リンドヴルム部隊を引き付けるように飛んで行く。
「エカテリーナ、これでお互いに援軍はチャラになったな」
『全く、無粋な横やりであったが……私の優位は変わらぬぞ。貴様の黒竜は地に伏し、私の『シグルドリーヴァ』は空にある』
「確かに、自由自在に空を飛べる黒魔法はまだ無いが――――俺には、もう一つの翼があるんだよ」
高々と右手を天に掲げ、俺は呼ぶ。
俺の翼。この戦場における、最後の切り札を。
「行くぞリリィ、合体だ!!」
「私の全てを貴方に捧ぐ」
雲を突き抜け、高高度から俺の直上へ真っ逆さまに落ちてくる隕石が如き勢いで、リリィが飛んでくる。
俺はそれを自ら迎えるように、ブースト全開で垂直に跳躍。
手を伸ばし、リリィの手をとる、
「君の全てを受け止める」
『妖精合体』を発動させる誓いの言葉と共に、光が弾ける。
それで合体は瞬時に完了する……というのは、俺とリリィ、二人だけの場合だ。
『――――不明なユニット、接続、拒否』
警告音と共に、『暴君の鎧』がそう俺に訴える。
何度やってもコレだ。安いUSBメモリを刺したら認識しないパソコンのようなことを言うのは、それだけ相性が悪いからなんだろうが……許せ、俺達にはこれしか方法は無いのだから。
『不明な……拒否……拒否……妖精機甲鎧『ルシフェル』接続完了』
そう、俺には『暴君の鎧』、リリィには『ルシフェル』、という古代の装備がある。第七使徒サリエルと戦ったガラハド戦争当時には、無かった装備だ。
故に今の『妖精合体』は、俺達の古代装備すらも合体させ、一つにする。
『暴君の鎧』の背面へ、大きな星型の『ルシフェル』が接続される。それはスプリガンがバックパックを換装し、空戦機エール・スプリガンとなるのと同じ。
呪いの鎧と、現代魔法技術の結晶たる専用武装。相容れない二つの武装は、合体によって完全な一体化を果たし、更なる力を俺達にもたらす。
最早これは、かつての『妖精合体』ではない。
「――――『妖精合体・妖魔王』」




