第1066話 黒竜VS機竜(1)
『圧倒せよ、ブリュンヒルト!』
「貫け、『ギルフリート』!」
三つ首竜と化したブリュンヒルト、その頭の一つが放ったブレスを、俺の荷電粒子砲が迎え撃つ――――だが、砲口のサイズが違い過ぎて、流石に力負けする。
黒蒼に輝く一撃は、怒涛のように押し寄せるエメラルドの奔流に僅かに逆らった後、儚く飲み込まれて行った。
「見た目通りの化物出力だな。やっぱり二基積んでやがる」
『ふん、それもミアに教わったか? 魔王たる者が、まるで敬虔な信徒のようではないか』
三つ首頭から放たれた三本のブレスを掻い潜り、本命であるベルのブレスが炸裂するが、正しく『妖精結界』と同じ虹色の結界に阻まれる。シールドの出力も大戦艦並みだ。
ブリュンヒルトはただデカいだけの拡張武装ではない。大出力のエーテルリアクターを搭載した、二機目の大型兵器と呼べる存在なのだ。
大威力のビームを撃ちまくり、高硬度のシールドに守られ、さらに巨大ブースターの推進力によって速度と機動性もある。
走攻守、どこにも隙のないパーフェクトなウォーマシンが実現できているのも、動力炉が二基搭載だからこそ。
基本的にエーテルリアクターは一つの機体に一基。戦人機でも天空戦艦でも一基であり、複数搭載しても出力が単純に加算されることはない。
同じ機体に複数のリアクターからエーテルを流すと、微妙な質の違いで干渉しあって、結果的に個数分以下の出力にまで減少するのだという。
「――――でも、たまにいるんだよね。二基搭載の機体を動かせる人が」
戦人機パイロットとして、一つの特殊能力だと、ミアは語った。
ただの能力者なら、強い機体に乗ってるだけで済むが……エース級の腕前にこの能力が加わると、図抜けた性能の専用機を乗り回す、一騎当千のスーパーエースとなり、非常に厄介な強敵になったという。
中でも最強最悪の敵が、イリスっていう人なんだけど……
「お前だってイオスヒルトに授かった加護で大暴れじゃねぇか」
『加護など、私が願ったモノではない――――勝手に押し付けられた力ならば、私の勝手で奮わせてもらうまでよ!』
そういうワケで、デュアルリアクターのブリュンヒルトは古代においても最上位になるほどの高性能機として猛威を振るっている真っ最中だ。全力全開のバーニング・ベルでも、押し切れない火力と装甲。戦闘能力だけなら、龍災の龍に匹敵する。
「なるほど、リリィの言った通り、真面目にイオスヒルトを信仰しているワケじゃないらしい」
『ならばお前は、心から魔王ミア・エルロードを信仰しているとでも言うのか?』
質問と同時に、凄まじい数の反撃も一緒に飛んでくる。
渾身のブレスがあえなくシールドに防がれたことで、ベルはそのまま加速して間合いを離脱。その背を追うように、ブリュンヒルトの各部から放たれた様々な攻撃が発射されていた。
確認できた限り、背中、腰、尻尾……ほとんど全身じゃねぇか。出力に任せてどんだけ武装積んでんだ。
背中は大量に積みこんでそうなミサイルランチャー。腰には可動式の砲塔。尻尾はギラギラ輝くブレード状の先端から、拡散するビームをぶっ放す。
飛び去るベルの背中を覆うような、大量の攻撃が迫って来る。回避の隙間も埋めつくす物量。
「『魔剣・閃烈刃』!」
ベルには直撃を避けたい高出力の太いビームの回避に専念させ、それ以外は俺が防ぐ。
飛ばした『魔剣』は勿論、いつもの黒化長剣ではない。相手は戦人機軍団だ、ただのロングソードなんて何本あっても火力に貢献はできない。
求める機能は迎撃ミサイル、あるいはフレアだ。
それを実現したのが『閃烈刃』と名づけた専用武装である。
構造自体はシンプルだ。元々あった『裂刃』の威力が強化されるように、刀身には火属性強化の術式を中心に刻み込み、柄は古代製ミサイルの誘導装置が強く反応する熱源と魔力反応を発する『閃光』を発する魔道具となっている。
単純に剣として見れば、火属性の魔法剣とも言えないような切れ味と耐久。俺がコイツで『黒凪』を放てば、次の瞬間にはフレアのフラッシュが炸裂しながら刀身が爆ぜるだろう。
手に持って振るうことは想定しない、完全に『魔剣』で飛ばす運用に振り切った造りとなっている。
こんな俺しか使わない特殊な専用武装も、帝国工廠に頼めば優先的に生産してくれるのだから、魔王の権力様様である。
お陰様で在庫はバッチリ。影空間と『無限泡影』どっちにも大量に突っ込んである。
戦人機にはミサイル系の武装は多種多様に存在している。戦略級の大量破壊兵器から、対戦人機用の誘導弾、マイクロミサイル、等々。
当然、オルテンシア軍の戦人機にもミサイル装備はあって然るべき。あると分かっていれば対策するのも当然だ。
『魔剣』の強みは複数の武器を自由自在に飛ばせること。自分の感覚が追いつく限り、高速かつ精密に操作できる。すなわち、相手が撃ったミサイルの速度と軌道を見切れるなら、魔法の手動操作で迎撃も可能というワケだ。
迎撃兵器において最も難しい「精密かつ高速の誘導」という機能を、自前の黒魔法で賄う力業でクリア。やはり数々の実戦と日々の鍛錬が、こういう時に活きてくるのだ。
流石にリリィの『星屑の鉄槌』ほど立派な魔法兵器ではないが、俺の『魔剣・閃烈刃』は十分な威力と性能を発揮してくれる。
すでにエール・スプリガンとの戦いで存分にミサイル系の武装を捌いてくれたが、
「数が多すぎる、サーカスかよっ」
ロボアニメで無数のミサイルが乱舞するバトルシーンは印象的だが、まさか自分があんな感じで狙われることになるとは。
ブリュンヒルトが全身から放った攻撃の多くはミサイルだった。それも同じ種類ではなく、サイズも様々な複数種類。お陰で狙ってくる軌道も様々で、数の多さも相まって目が回るような忙しさ。
最も高性能な追尾能力を持つミサイルは直接『魔剣』でぶち抜き迎撃。量で推すようなマイクロミサイルの嵐は、攪乱効果や囮機能が通じるので、フレアの効果で逸らす。
しかし『閃烈刃』で対応できるのはミサイル攻撃まで。一定以下の威力の光線は黒煙で散らし、それを貫くほどの攻撃は、防御魔法で直接防ぐ。
『私は知っている、クロノ、お前は祭り上げられて魔王となっただけの、ただの男だ』
嵐のような猛攻をなんとか凌いだ先に聞こえるのは、エカテリーナの憐れんだような声音だ。
『魔王ミアが選んだから、あの妖精が担いだから、滅びた国の者共が求めたから――――お前は自ら魔王を名乗るより他はなくなった、そうであろう』
「ああ、そうさ、その通りだよ。よく知ってるじゃねぇか、エカテリーナ」
俺は別に魔王ミアの子孫でもなければ、亡国の王子様でもないし、前世の宿命を背負っているワケでもない。
けど、生まれながらの使命なんて壮大なモノを背負っていなくたって、命を賭けて戦うに足る理由なんて、幾らでもあるんだ。
最初は恐怖。復讐心も湧かないほどの恐怖だ。ただ恐れて逃げ出した。
逃げた先で、ようやく恐怖を忘れさせる平和と安寧を手に入れた。
だがそれを理不尽に奪われた時、今度こそ恐怖を復讐心が上回った。
「俺には大陸統一なんて大それた野望なんざ、欠片も無かった。求められて、担がれて、祭り上げてくれなきゃ俺は魔王になれなかったが――――それでいい、それだけできれば十分だ」
ミアは言った、必要だから魔王になった。
俺も同じだ。
魔王にでもならなければ、抗えない強大な敵がいる。
「言っただろう、俺はパンドラを守ると。そのために魔王になった。今更出しゃばって、邪魔するんじゃねぇよ!!」
『己の野望も大望も持たぬまま頂点に君臨しようとは、痴れ者め。領土の安泰など、君主として最低限の務めよ。その先の理想を語る言葉も持たぬ異邦人如きが、パンドラを征するなど思い上がるな!』
「だったら使徒ぶっ殺して十字軍潰してみせろってんだよ! ダイダロスもスパーダも負けて、ネロが裏切って大陸はメチャクチャになっちまった。それをどうにかして、ここまで取り戻したのは俺達だっ!」
オルテンシアが俺より先んじて十字軍と戦ってくれたならば、俺は喜んで下った。エカテリーナ女王陛下に忠誠を誓う、使い走りの兵士でも何でもやってやったさ。
お前じゃなくても、西方大帝ザメクでも良かった。どこの国の、どんな王様でもいい。
それで十字軍を倒せるならば、俺は幾らでも力を尽くした。
「ダイダロスが蹂躙され、スパーダが焼け落ち、ネロが大遠征軍を起こして暴れ回った時、お前らが何をした。何をしてくれた!」
オルテンシアもロンバルトも、十字軍の戦火など届かぬ彼方の国。何ができるはずもなく、何かをする義理もありはしない。
俺だって、それを攻めるほど八つ当たりがしたいワケではないのだ。平和な国があるのなら、平和なままいればいい。
だがしかし、その平和を謳歌しながら蓄えた力を、ついに十字軍を追い込んだ詰めの時に解き放ってきた間の悪さについては、俺だって怒りを覚える。
「俺の代わりに戦えなんて言わねぇけどなぁ、せめて奴らとのケリがつくまで、大人しく引っ込んどけってんだよ!!」
叫びながら演算を終わらせたことで、ベルが反撃のブレスを再び放つ。
こちらもミサイルサーカスのお返しとばかりに、数を重視した誘導型の火球だ。巨大な花火のように華麗に空へと開いた火線は、ブリュンヒルトの巨躯を覆うような軌道を描いて飛んで行く。
『見当違いの憤りだな。間が悪いのではない。魔王を名乗り、ここまで台頭してきた今だからこそなのだ』
勿論、この程度の攻撃が直撃したところでブリュンヒルトは揺らぎもしないだろう。それでも探りは必要だ。
いくらデュアルリアクターの怪物出力でも、常に全身を覆うシールドをフルで展開し続けることは出来ない。エカテリーナだって、大切なエーテルの無駄遣いは避ける。
その証拠にシールドで全て受けずに、火球の多くを俺の魔剣と同じように、迎撃を選んでいた。
全身にある武装の中でも、比較的小型な砲口から発射される細いレーザーのようなもので、ピンポイントで撃ち抜き火球を誘爆させている。全身からソレを発しているから、舞台演出のレーザー照明みたいにド派手な輝きを発していた。
『大遠征軍とやらを討ち果たし、大陸の半分を制したのは、正しく魔王に相応しい偉業。お前は自らの戦いを果たしただけ、と思っているのかもしれないが……積み重ねてきたその戦果こそ、魔王の証明に他ならん』
「それで本物の魔王を倒すのが、お前の試練だと言うのか」
『然り』
「大して信じてもいない女神の試練に挑んで、何になるってんだ。更に強い加護でも欲しいのか」
『この手には、すでにパンドラを征する力がある。私に必要なのは、魔王を超えた証――――イオスヒルトに、それを示してやることよ』
まるで女神に自分の力を認めさせたい、といった言い草に思えるが……その本質は別にあるのだと、リリィは言っていた。
故に、ここが勝負だ。
俺はエカテリーナがオープンチャンネルなのをいいことに、無駄にダラダラお喋りをしていたワケではない。ホントはベルの魔法演算に集中して黙っていたいところだが、それでも僅かな思考力を割いて会話しているのは、これも相手の隙を探るため。
リリィはテレパシー持ちだから、相手の精神的に弱いところを突いて動揺させる精神攻撃も難なくこなすのだが……鈍感のそしりを受ける俺には、すこぶる苦手な分野。
しかし、苦手だからといって、避けている余裕もない。エカテリーナの駆るブリュンヒルトは、使える手を全てつぎ込んで、ようやく隙を見いだせるかといった相手だ。
「ふっ……はははははっ!」
『何が可笑しい』
「これが笑わずにいられるか。イオスヒルトに示す、とは……人に野望だの大望だのと言っておいて、よくもそんな下らん理由を吐けたものだな!」
ここからは勝負のための演技スタートだ。
とは言え、本当に言葉通りの意味なのだとすれば、確かに下らない理由だ、と笑い飛ばしてやりたくもなる。
そう、たとえ本人がどれほど深刻に思い悩むようなモノであろうとも……それでこんな大規模な戦争まで起こされちゃあ、堪ったもんじゃない。どんな悩みを抱えるのかは勝手だが、個人の苦悩で他人を大勢巻き込むんじゃねぇよ。
『貴様には分かるまい、分かろうはずもない、100年も生きられぬ人間如きには。まして20の小僧にはな!』
「20年も生きりゃあ理解するには十分だ。こんな俺にも愛する婚約者がいるからなぁ」
『魔王たる者が、愛などと軽薄な言葉を吐くな』
エカテリーナ、ハイエルフのお前が実際に何百年生きてきたのかは知らないが……地獄の修羅場を乗り越えてきた俺が、お前に劣るとは思えない。
何故ならお前は――――
「ミアに愛されたイオスヒルトが、そんなに羨ましいか?」
エカテリーナは処女だ。
それも、一度も男に触れたこともないような、純粋培養の箱入りお嬢様みたいな女――――と、リリィは断言していた。
終身名誉処女、パンドラ最年長の乙女、恋愛パート未実装、攻略可能キャラ0人だのなんだの、何故かやたらと酷い言い草をしていたのだが、ともかくエカテリーナは男と無縁の生活を送って来たらしい。生まれてこの方、数百年も。
俺としては、生まれながらの女王として神聖な生き方をしてきたんですね、という感想を抱くくらいで、特に嘲りや憐れみといった気持ちを抱くことはないのだが、どうやらリリィは違うらしい。
エカテリーナは愛を知らぬどころか、知ろうともせずに拒絶する、度し難い拗らせ女なのだと。
そこまで酷く言わなくても、と俺が言えば、リリィは遠い目をして呟いていた。
「同族嫌悪というやつよ」
俺にはよく意味が分からなかったが、リリィがここまで言うのなら、コレこそエカテリーナの突くべき精神的脆弱性に違いない。決戦の時に、僅かな隙をこじ開けるために、試してみるには十分な価値がある。
果たして、こんな挑発が本当に効果あるのか――――なんて疑問は、次の瞬間には吹き飛んだ。
『クロノ、貴様は言ってはならぬことを言った』
耳が凍り付きそうな冷え切った声音が届くと共に、ブリュンヒルトが眩いエメラルドの輝きを発し、濃密な殺気と魔力の波動が叩き付けられる。
怒り爆発で後先考えずに出力を増大したような……ような、ではなく、正にその通りなのだろう。罵声や怒声を喚くことこそしないが、このビリビリと肌に突き刺さるように感じる強烈な気配が、何よりも雄弁に女帝の憤怒を現していた。
そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん……リリィが言えっていうから……




