第1065話 拡張武装
空中戦は俺達が優勢のまま進んでいる。
敵は精鋭だが、特訓の時に相手していた以上の動きは見せていない。恐らく、古代の軍事教練に忠実に訓練してきたからこそ、俺達にとって慣れた戦闘機動ばかりなのだと思う。
無論、だからといって好き勝手に動かした方が強いというワケではない。空飛ぶ巨人でも、烏合の衆ならとっくに駆逐できている。
初見である俺達の攻撃を受けながらも、決して連携を崩すことなく戦い続けていられるのが、彼女達の練度の証拠。
だからこそ、一機でも多く今の内に落としておきたかったのだが、
「クロノ、来たわよ」
いよいよ本命が出張ってきたことを、リリィが伝えてくれた。
届いた映像には、エール・スプリガンとは一線を画す巨大な機影が映る。
「アレがウィンダムを落とした鋼の竜か――――」
女帝エカテリーナが乗る専用機『ブリュンヒルト』。
曰く、その姿は正しくドラゴンそのもの。戦人機を上回る巨躯を誇り、圧倒的な火力で全てを焼き尽くす。
大陸北部で強く反抗した国は、ブリュンヒルトによって壊滅させられたところもあるという。ウィンダムは早々に王様が脱したので、首都が焼き払われる前に降伏したというが。
ともかく、その性能はすでに実戦で証明されている。
そして俺達にとって最も不利なことは、オルテンシア国内で長い時間をかけてエカテリーナ自ら改造した機体であるため、その詳細は外観の他に一切分からないということ。
流石のミアも、現代オリジナルの機体を再現することは出来ない。精々が、当時ミアも戦ったという、大型兵器の再現機体を相手できたくらい。
ブリュンヒルトが巨大なドラゴン型なのに、戦人機に分類しているのは『拡張武装』という、追加装備を纏った形態であると推測されるからだ。
拡張武装はその名の通り、戦人機の通常装備に加え、更なる武装を施す兵器の総称である。大砲やミサイルポッドといった大型武装、長距離飛行用の増設ブースター、拠点防衛用の重装甲化など、種類は多岐に渡る。その中でも、戦人機の全身を包み込んで、全くの別機体になってしまうような大がかりな拡張武装も存在していたという。
ブリュンヒルトはその系譜ではないかと思われる。
正直、古代の大型兵器よりもエカテリーナのブリュンヒルトが高性能だとは、思いたくないが……
「――――いやデカくね?」
報告で聞いていたよりも、遥かにデカく見える。
外観はベルクローゼンと同じく、長い首に四肢を備え、大きな両翼を持つ、如何にもドラゴンらしい。ウィンダムでは最初に見た時、そのシルエットから氷龍だと見違えたというほど。
だがしかし、現れたブリュンヒルトは細身の氷龍とは似ても似つかない、やけに寸胴というか、膨れ上がった姿をしていた。
全身が太く見えるのは増設装甲のせいだろうか。背面、腰部、と各所に大型のブースターもあるが、速度と機動力の強化というより、あの巨体を飛ばすために必要な推進力を確保しているように思える。
けれど最も膨れて見えるのは、その腹に抱えた巨大な――――
「ウソだろアイツ、大戦艦の主砲積んでやがる!?」
後学のために、とミアが調子に乗って見せてくれた、エルドラドを超える大戦艦と呼ばれる最大級の天空戦艦を目にしていなければ、この一瞬では気づけけなかっただろう。
長大な三連装砲は、抱えて飛ぶために砲身を切り詰めている。それでも巨大なブリュンヒルトから、大きく突き出すほどの長砲身となっているが。
竜の四肢でガッチリと抱え込んだ砲台は、本体に迫るほど巨大。そりゃあんなの持って飛ぼうと思えば、大型ブ-スターも増設するというもの。
しかしその巨体で大きなウェイトを占めるのは、間違いなく超大砲をぶっ放すための莫大なエーテルを供給する、外付けバッテリーだ。
コイツを撃とうと思えば、不格好な巨躯に膨れ上がるのも道理。
どうやらエカテリーナは、戦闘に美学は求めないタイプのようだ。
『――――如何にも、戦いとは、ただ相手を倒す力があれば、それで良い。格好にこだわるのは、勝ってから考えるべきものよ』
「随分なご挨拶だな、エカテリーナ」
『礼儀が必要な間柄でもなかろう、魔王』
こちらがテレパシーで通信傍受しているのは承知の上なのだろう。エカテリーナはオープンチャンネルで堂々と語りかけてきた。
敵味方問わず、全員が女帝の声を聞き届けている。
エカテリーナの参戦が伝わったことで、戦場の空気が変わった。
「なら正々堂々、一騎討ちでもするか?」
『無粋な男よ、そう急くな。まだ女の準備は済んでおらぬぞ――――』
ついにこちらからでも目視できる距離にまで飛んできたブリュンヒルト。エカテリーナの優雅さすら感じさせる物言いと合わせて、随分とゆったり飛行しているように見えるが、俺は嫌でも彼女の狙いを察し、冷や汗が流れた。
「エルドラドを狙ってるぞ!!」
あの超大砲は俺を殺すためのモノじゃない。一発で天空戦艦を落とすための専用武装だ。
初手でコレをぶっ放して天空戦艦を沈めた上で、俺との戦いに臨む。目的が果たせれば、凄まじいデッドウェイトとなる大砲を捨てて、本来の機動力で戦える。
ロボットモノでも、積みまくったミサイルを撃ち尽くしてからパージ、なんて戦法は定番ではあるが……つぎ込む火力が桁違いだ。
俺の声に反応し、エルドラドは回避行動に移りつつ、シールド出力も全開に。
さらに黒煙もばら撒き、敵の攻撃に備えるが、
『ふん、小賢しい。射線を開けよ』
『御意!』
黒煙の彼方へ消えようとするエルドラドを追うように、敵機が集中砲火を浴びせる。無論、その攻撃が届くことは無いが、炸裂した威力はその分だけ黒煙を消し去る。
あらかじめ攻撃で穴を開ければ、黒煙の減衰効果も半減。シンプルだが、堅実な対策。そして本命のデカい一撃を通すなら、この程度の援護で十分だろう。
「『魔弾・黒煙・全弾発射』!」
『無駄だ、すでに捉えた――――『ランドグリーズ』発射』
紫に瞬く眩い輝きが、戦場の空を染め上げる。
破滅的な光景だが、それ以上に背筋を凍らせる圧倒的な魔力の気配が駆け抜けていく。
「主様っ!」
「ぐうっ……これ以上は近づくこともできねぇ……」
ありったけの黒煙をフルバーストした後に、出来るだけの防御魔法も放り込んだが、正に焼け石に水。禍々しい紫光の奔流にあっけなく消し飛ばされ、黒煙の減衰効果さえものともせずに、闇を貫いて行く。
「『流星剣士』――――『妖精結界・四重層・大三角形』!!」
流石にリリィも自らを盾に割り込む無茶はしなかった。
それでも最大限の防御を張るために、 『流星剣士』12人全員を投入し、四重の妖精結界を三枚、差し込ませていた。
白竜エーデルヴァイスのブレスも防げる防御力を誇るはずが、それも超大砲の威力を前に儚く散って行く。
これでもう、エルドラドまで遮るモノは何もなくなった。後は天空戦艦の防御しか残されていない。
果たして、回避は間に合うのか、
「うわぁああああああああああああああああああああああっ!!」
エルドラドのブリッジにいるシモンの叫び声が届いた直後、通信が乱れる。
そして大爆音と特大のシールドの粉砕音が響くと共に、紫の閃光が空を焼いた。
『――――ふむ、しぶといな』
撒き散らした黒煙を全て吹き飛ばした爆風が過ぎ去った後、そこにはいまだ空を飛び続けるエルドラドがあった。
しかしシールドは完全に消失しており、船体には斜めに横切るように大きな焦げ跡が焼き付き、破損が目立つ。どうにか小破といった程度に留まったようだ。
『だが、これで守りは全て剥がれた』
エルドラドのシールドは全て砕け散った。そして、再展開するにはそれなりに時間がかかってしまう。最悪、シールド発生装置が破損していれば、再び張ることも出来ないかもしれない。
天空戦艦は船体そのものも頑丈ではあるが、十全な武装をした戦人機に群がられれば、成す術がない。
そして、そのことをエカテリーナが知らぬはずもなく、
『行け、ヴァルキリー達よ。まずは船を落とせ』
『御意!』
『エカテリーナ陛下、万歳!』
『オルテンシアに勝利を!!』
たったの一発で形勢は逆転した。
天空戦艦エルドラドは本丸だ。これを見捨てる覚悟で戦ったところで、俺達に先はない。かといって、守りに徹したところで勝てるワケでもない。
エルドラドは天空戦艦としての大容量のシールド出力があるからこそ、空中において移動要塞としての戦力を発揮したが、その守りの力が失われ、撃墜の危険性が高まれば、巨大な護衛対象に成り下がる。
まずい。これは、かなりまずい流れだ。
「総員、エルドラドの護衛に回れ」
「危険だわ、あの機体は私達も知らない」
「だがリリィがいなければ、エルドラドは守り切れない。エカテリーナの相手は、俺とベルに任せてくれ」
「……分かったわ」
俺としても、リリィとしても苦渋の決断といったところ。
エカテリーナの専用機ブリュンヒルトが、ただのスプリガンとは比べ物にならない高性能機であることは予想できて当然。だから俺とリリィのコンビで相手をするつもりだったが、この状況下では致し方ない。
黒竜達が巣に帰るかのようにエルドラドへ向かい、それを追うようにオルテンシアのエール・スプリガンが飛ぶ。
そうしてこの空域に、俺とエカテリーナだけが残る。
「まったく、よくもやってくれたな女帝様よ」
『ふふん、この程度は露払いに過ぎん』
凄まじい威力を発揮した超大砲『ランドグリーズ』は、一発で限界を迎えたようにスパークを散らし、煙を噴いていた。
最早スクラップ同然と言うように、ブリュンヒルトは抱えていたランドグリーズを投棄。合わせて、バチバチと音を立てて、ランドグリーズ用の増設装備が次々とパージされていった。
巨大なデッドウェイトを捨て去り、ドラゴンらしい鋭いスタイルを取り戻したブリュンヒルトは、それでも尚、黒竜ベルクローゼンを超える巨躯を誇る。
『とくと見るがいい、これぞ我が愛機、ブリュンヒルトの真の姿よ』
全身から装備をパージした直後、さらに装甲が可動……いや、これは最早、変形だ!
背面と下半身に多く集中していたように見えた装甲板が滑らかにスライド、あるいは大きく広がるように回転し、上半身と両腕へと集まって行く。
特にスプリガンより細長く見えた両腕に大型のパーツが集中してゆき、見る間に巨大な腕となり、さらに拳に纏った装甲が、頭部と同じ竜の頭と化した。
恐らく、これまで見せていた姿は移動用の飛行形態といったところ。そしてこの変形でもって、ブリュンヒルト本来の火力を発揮する、戦闘形態になったのだ。
「まさか、可変機だったとはな……」
「おおっ、なんと、三つ首の竜になりおった!」
ベルの言う通り、変形を完了させたブリュンヒルトは、三つの首を持つドラゴンと言うより他はない威容となった。
全身を覆う装甲は透き通ったアメジストのような薄紫。そこを眩い輝きを放つ、エメラルドグリーンのエーテルラインが走る。その攻撃的な姿と鮮やかなカラーリングは、神々しさと同時に禍々しい威圧感を放つ。
とんでもねぇモンスターが出てきたもんだ。
「ベル、こっちも本気出すぞ。全力全開だ」
「本当に良いのじゃな、主様」
「ああ、こんな怪物を前にしたら、温存しておく余裕も無い。切り札の使いどころだ」
「承知!」
俺の命に応え、黒竜ベルクローゼンに、真紅の輝きが宿る。
燃え尽きそうなほどの灼熱を錯覚させる、熱い魔力の波動が胸の奥底から爆ぜるように湧き上がり、全身へと漲って行く。
『竜心崩壊・カウントスタート』
全てを道連れにする自爆への刻限が起動する。
無論、俺達にエカテリーナ一人を道連れにして死ぬ気など毛頭ない。
俺とベルの全力をもって、ブリュンヒルトを叩き落とす――――
◇◇◇
「咲き誇れ、『凶姫乱舞』――――『装甲花弁』!」
天空戦艦の機関部へと正確に狙いを定めていたロングライフル持ちの狙撃を、クリスティーナは赤い花びら型の防御魔法によって、辛うじて阻止する。
すでにシールド機能を喪失したエルドラドは、火力と速度こそ保っているが、防御が非常に危うい。司令部たるブリッジは、船体中央にあるため直接外から狙われることはないが、それでも機関部など急所たりえる場所は存在する。
これで航行不能にまで追い込まれれば、最早戦況を覆すことも出来なくなるだろう。
それを空にいる帝国軍の全員が共有しているため、決死の防衛戦を演じている。
こちらにリリィが加わっていることで、エルドラドにいる妖精と力を合わせ、シールド代わりに妖精結界で守りを補うことができていた。
しかし、それでもオルテンシア軍の猛攻を紙一重で凌いでいるに過ぎない。リリィでも対応しきれない数の攻撃に晒されれば、勝負は決する。
「あの狙撃機は厄介ですわ、先に仕留めますわよ!」
「アンタに言われなくても、やってやるわよぉ――――」
だからこそ、恐ろしく正確な精度で狙い撃って来る狙撃機をこれ以上、野放しにすることはできない。
向こうも焦れて、徐々に距離を詰めてきている。今ならば、一気に攻めて逃がさず討ち取れる可能性があった。
轟々と竜の雄たけびを上げて、黒竜ガーヴィエラが獲物を見定めて加速する。
『黒竜が突っ込んで来るぞ!』
『迎え撃てっ!』
ロングライフル装備の狙撃機、その肩装甲に描かれているのはエイラ1のコードネーム。一部隊の隊長機であり、それを守るようにエイラ2から5の仲間が展開していた。
「私が守ります、そのまま突っ切ってくださいな」
「任せるぞクリスぅー!」
殺到するエーテルライフルの光弾を、クリスティーナが広げる装甲花弁』で弾く。
ただでさえ頑丈な黒竜を、可動式の結界が守れば、ライフルを何発か当てたところで止めきれないと、エイラ隊のヴァルキリー達はすぐに察した。
『なら直接止めるまでだ! エイラ3,4、続け!』
『了解!』
エイラ2,3,4の三機が突っ込んでくるガーヴィエラの進路に割り込むように、盾を構えて飛ぶ。
一機なら勢いのまま撥ね飛ばせるが、三機同時となれば、流石に当たり負けをしてしまう。
「ブレス!」
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
クリスティーナの合図と共に、ガーヴィエラがブレスを放つ。
狙いは真正面。盾のど真ん中に命中するが、貫くには至らない。
だが真っ向からブレスの圧力を受けたエイラ2は機体の制御を崩し、高熱でひしゃげて使い物にならなくなった盾を手放しながら、高度を下げていった。
「まだ二機残ってるぞ!」
「一機は私が」
エイラ2がフォーメーションから脱落しても、動揺することなくエイラ3、4は距離を詰めて、黒竜への壁となって立ち塞がる。
盾を突き出すように構えつつも、反対側の手にはすでに剣が抜かれている。突進を食い止めれば、そのまま突き刺し仕留めるつもりだ。
それを分かっていながらも、ガーヴィエラは臆することなくエール・スプリガンへと飛び掛かった。
「穿てっ! 螺旋機槍『ダムドラガン』!!」
衝突の刹那、クリスティーナが振るうのは先祖伝来の古代槍。
戦人機の装甲すら貫く古代の掘削機構は唸りを上げて、盾の内側に潜り込んだタイミングで繰り出された。
『ぐおおっ、竜騎士風情がっ!』
ただの人が放った一撃で、装甲を貫くダメージを負ったことにヴァルキリーは驚愕させられる。
そのまま受け続ければ大破しかねない威力を前に、反射的に退いてしまう。
致命傷は免れたが、その回避行動によって一機だけとなった相方は、あえなく黒竜に弾き飛ばされしまった。
『まずいっ、隊長!』
『ちっ、止め損ねるとはね。もういい、後はアタシが直接狙う――――』
隊長機のロングライフルが火を噴くのと、黒竜がブレスを放つのは同時であった。
赤と青、二つの火線が交差し、
「痛ったぁ!? ちょっとクリス、ちゃんと防ぎなさないよぉ!」
「私の『装甲花弁』の軌道を読まれましたわ……まさか、すでに見切られていたとは」
ガーヴィエラを守るために展開させていたが、その隙間を縫うように撃ち抜かれ被弾を許した。不運にも当たったのが鱗だけの薄い箇所だったため、思わぬ痛みにガーヴィエラも悲鳴交じりに文句を叫んだ。
「よくもこの私の首筋に焦げ跡を……アイツ絶対許さないんだからぁ!」
「これ以上の深追いは、母艦が危険ですわ。もう戻りますわよ、最低限の目標は達しました」
ガーヴィエラのブレスは隊長機に直撃こそしなかったが、回避しきれずロングライフルをかすめ、その砲身を削り取り、レシーバーまで破損させていた。
咄嗟に隊長機が手放した直後、激しいエーテルのスパークと共にロングライフルは爆散。
その光景を見届けたクリスティーナは、ひとまず危険な狙撃武器を排除することには成功したとして、これ以上の追撃を打ち切る判断を下した。
「もうっ、仕方ないわね……アンタら覚えてなさいよ! 臭い覚えたかんね!!」
子供じみた捨て台詞と共に、ガーヴィエラは翼を翻してエルドラドの下へと戻った。
「ここまでやっても撃墜しきれないとは、本当に厄介な相手ですわね」
今回の空中戦に比べれば、レーベリアでは鴨撃ちもいいところだった。
黒竜と力を合わせても尚、戦人機を倒し切るには至らない。向こうからすれば、戦人機で部隊を組んでるのに、たった一騎の竜騎士も落とせなかった、といったところだが……今、この戦場において力不足を痛感せざるを得ない。
少し離れた空域では、我らが魔王陛下が、オルテンシアの女帝と一騎討ちを繰り広げている。その空中戦の激しさは、レーベリアでの黒竜VS白竜に匹敵する。
「陛下、どうかご武運を」
凄まじい魔力の波動を放つ彼方を一瞥して、クリスティーナはただ一人の竜騎士として、今の自分にできる最善を尽くすべく、手綱を握りしめた。




