番外編③ 公爵令嬢はお母様に助けを求める
『家庭教師になった公爵令嬢は、我儘をつき通す』の第9話の裏話です。
第9話を読んでからの方がお楽しみいただけるというか、話が分かるかと。面倒な方は、そのままお進みください!
「お、お母様!!」
ちょっと前から走っているような音が聞こえてきて、公爵夫人は空耳かしらと思い込もうとした。しかし空耳ではなかった。
勢いよく開いた扉、娘が飛び込んできた。
最近はだいぶ落ち着いてきていたはずなのに、今日は凄い。
入り口で止まることなく、ソファで優雅にお茶を楽しんでいた自分に突撃してきたのだ。
カップを持っていなくて良かった。
ちらりと扉を見れば、イーディスがゆっくりと扉を閉めているところだった。
「クラリッサ」
「……お、お母様」
相当切羽詰まっている様子だ。
これは一体、何が?
今日はあの日。サロンデートの日だ。
この子がここまで動揺するとは、まさか紳士だと思っていたのに!?
「どうしましょう~? アリスさんを怒らせてしまったわ!!」
(……違ったわ)
学園での約一年、影からの報告は具体的なものはなかったが、それでもアリステア・ペンフォードは信頼に値する人物であり、どちらかというとクラリッサの態度の方がたまに問題を感じるというものだった。
壁際に控えるイーディスを見れば、頭を横に、それから縦に振られた。
(それでは意味が全然分からないわ)
仕方なくクラリッサを剥がし、隣に座らせた。
うぐうぐとやや泣き始めている。
肩までの髪がさらさらと気持ちいい。
(やっぱりわたくしも切りたいわ)
「お母様」
「なあに?」
話しやすいようにと、あえて優しい声を出せば、またぎゅっと抱きついてきた。
よしよしとその背中を撫でる。
「うう……アリスさんに食べかけのタルトを食べさせてしまいましたわ……絶対に怒ってます!!」
(……娘よ、どういうことかしら?)
もう一度イーディスを見れば、今度は縦にだけ頭が動いた。どうやら真実らしい。
「貴女、どうしてそうなったの?」
娘の話を聞くのが、母の役目。
でも、なんだかそれ以上に面白い気がしていた。
* * *
「だって、だって、もっとお話したかったんです」
子供みたいに駄々を捏ねるクラリッサ。感情がかなり高ぶっている。
「だからって、どうしてタルトをアリステアさんに食べさせる必要が?」
「うう……悔しかったんですもの~」
「悔しかった?」
「だって、わたくしだけですのよ。終わるのが寂しいと思ってるのは。アリスさんはもう帰る時間だ、みたいな、そんなのずるいじゃありませんか」
「……自分の食べかけを食べさせる理由にはなってませんね」
「わ……分かってます。でも頭に血が上ってしまって」
(頭に血がのぼるというのかしら……これは?)
腹が立って人に食べさせる。
(分からないわ)
少なくともそういう気持ちになったことは……
(旦那様にはありますけれど)
イーディスからの前回の報告は『お友達』だった。「本当に?」という意味を込めて壁際に控える彼女を見るも、頭を左右に振られた。
(……ダメだわ、意思疎通がうまく行かない)
「クラリッサ」
「はい」
「泣いていてもしょうがないのですから」
「うう……」
「アリステアさんには、謝罪のお手紙でも書きなさい」
「……受け取ってくださるかしら?」
「それは貴女が決めることではないわ」
「……そうですけど」
会えなくなったら嫌だ。怖い。どうしよう。を繰り返すクラリッサ。
別に会えなくても困らないでしょう?とは言わなかった。
「会いたいなら、会えるように行動しなさい」
「……はい」
クラリッサは小さく頷くと、とぼとぼと部屋を出ていく。
事前に呼んでいたマリアがその後ろをついて行く。
マリアは甘やかすのが上手なので、なんとかなるだろう。
それより。
「で、どういうことなの?」
公爵夫人は、全てを見ていたであろうイーディスに今すぐここで話せと命じた。
* * *
キラキラと輝く奥様の青い瞳。
真夏の太陽を思わせるほどに、きらきら……ギラギラである。
「奥様、私的な報告は」
「泣きついてきたのよ?」
お嬢さまは奥様に大義名分を与えてしまった。
それに、おおよそのことはお嬢さまから奥様に話している。内緒にするつもりは無かったようだし、というか、本当に意識されていなくて、そんなことあるのか?と見ていてずっと思っていた。
「……お嬢さまの報告が全てです」
「本当に食べさせたの?」
「ええ」
「……嘘でしょ?」
「それはもう、見事に」
「あの子、やるわね」
「……淑女として如何なものかと」
「あら? アリステアさん限定ならいいじゃないの?」
「……お友達ですけれど?」
「本当に?」
「ええ、少なくともお嬢さまはそう思っておいでですけれど?」
「少なくとも?」
「……ペンフォード様のお気持ちは、全然読めませんので」
「面白くない男ね」
「……否定的な意見を初めて聞きました」
奥様はペンフォード様に対して全幅の信頼を寄せている、とさえ思っていたのに。
「あら? うちの可愛い娘を前にして、どんな感情もみせないなんて、つまらないじゃないの」
「……左様で」
「まぁ不埒なことをしないという一点においては、高く評価しますけど」
「……それ以外にも評価すべき点はあるかと思いますが」
「イーディスの審査も通るんだから、いい男ということね?」
「……それは……ちょっと違う気もしますが」
「はぁ、面倒な男ね」
「……奥様」
「で、あれでもお友達なわけ?」
サロンで淑女らしからぬ行動に出て、馬車の中では大騒ぎ、奥様の前では収拾のつかない状況。
「……根っこが奥まで伸びている、というところでしょうか?」
「まぁ、面白い言い方ね。恋の芽じゃなくて、根っこね」
「……」
「ふふ、引っこ抜かれなければ、そのうちボンと飛び出すわけね」
イーディスは答えなかった。
こと恋愛はどうなるか分からない。
「楽しみね~」
奥様はとても機嫌がよろしかった。
番外編③ 公爵令嬢はお母様に助けを求める 【完】




