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コンクリートの中の怨霊

「遅くなっちゃった……」

 私は塾帰りの夜道を歩いていた。

 すっかり辺りは静まり返り、初夏の暑さが肌に染みる。思わず汗ばむ身体をハンドタオルで拭いた。

 その時だった。

 突如、歩道のコンクリートから無数の手が現れた。

「きゃっ、え、何これ……」

 次の刹那、地面から生えた無数の手のうちの一つが私の足を掴んだ。そして私はコンクリートの中に引き摺り込まれる。

「い、嫌ッ!」

 私は手足をバタバタとさせて必死に抵抗したが、私の足を掴む手の握力は思った以上に強く、私はコンクリートの中に引き摺り込まれてしまった。

「ゴボボボッ」

 息ができない。

 窒息する。

 私は意識が遠のいていくのを感じ取った。

 ああ、私、死ぬんだ。

 そう悟った時には、私の意識は完全に途絶えていた。



 ***



「これが遺体……か」

 規制線が張られた夜の歩道。

 歩道のコンクリートには埋められた遺体。女子高生だ。遺体は額から上の部分しか残されておらず、それよりも下の部分は全てコンクリートの中だ。無論、鼻や口もコンクリートの中である為、窒息死してしまったと考えるのが妥当だろう。しかし、なんて不可思議な事件なのだろう。

 今回も、彼らの手を借りなければならないようだ。

 俺は遺体の前で手を合わせて黙とうを捧げた後、部下を呼んだ。

「黒田。悠斗に連絡だ」

「分かりました」

 黒田はすぐに彼に連絡を取った。

 約一時間後、件の霊能者は雪女の助手と共に現場にやって来た。

「赤城刑事。お疲れ様です」

 白髪の霊能者はそう挨拶してきた。

「赤城刑事。こんばんは。お仕事お疲れ様です」

 サユキも彼に続いてそう挨拶してくる。

「おう。急に呼んで悪りぃな。この遺体を見て欲しくてな」

 俺は二人に例の遺体を見せた。

 二人はその異様な状態に言葉を失う。

「これは……酷いですね」

 サユキは両手を口に当ててそう言った。

「ああ、だろう。むごいよな」

 俺はそう返すしかなかった。

「身元の特定は出来ているんですか?」

 悠斗はどうにか冷静さを保ち、俺にそう質問してきた。

「鑑識が毛髪からDNAを調べて、身元を特定してる。頭が出ているのが唯一の救いだ。ただ遺体をこの状態からどうすることも出来ないのが現状だ。コンクリートに身体の半分以上が埋まっちまってるからな」

「確かにこれは不可思議な事件ですね……」

 悠斗は歩道に手を置いた。

 そして目を閉じて、何かを感じ取ろうとしている。

 数分後、彼は蒼眼を開いた。

「霊気を感じます……とても強い霊気です。怨霊の類で間違いないでしょう」

「そうか……」

「ただ引っ掛かるのは、僕達がこうしている間でも怨霊が反応して襲ってこないという点です。僕達のような人間がこれだけ沢山いるんです。怨霊にとっては人を襲い放題なはずです。ですが、怨霊は襲ってこない。これは僕の推測ですが、怨霊が人を襲う時間帯があるんだと思います。この歩道に取り憑いて、人を襲うようになった……そう考えるのが一番現実的ですかね。赤城刑事。この歩道で昔に起きた事件などを調べてもらっても良いですか?」

「昔に起きた事件?」

「はい。この歩道を作る際、つまりコンクリートを入れる時に作業員が巻き込まれて窒息死してしまい、怨霊に転じた……僕は今、こう考えています。この推理が外れる可能性も十分にあり得ますが、調べる価値はある。お願いしても良いですか?」

「──分かった。調べてみる」

 俺は部下のいる方に振り向いた。

「黒田。話、聞いてたか?」

「は、はい」

「よし。この歩道で昔起きた事件を洗い出すぞ」

「わ、分かりました」

 黒田はそう答えた。

 俺は再び霊能者と雪女の助手の方に振り向く。

「俺は一度本部に戻って資料を漁ってみる。悠斗達は悪いが、現場に残っていてくれ。もし怨霊が出て来た時に、対処できるのはお前らしかいない。良いか?」

「はい。大丈夫ですよ。任せて下さい」

 悠斗は笑って答えた。

「サユキも、それで良い?」

 彼は雪女の助手にそう訊いた。

「はい。大丈夫です」

 サユキは笑って答えた。

「ということなので、僕達はそれで大丈夫です」

「悪りぃな。なるべく早く調べて戻ってくるからな」

 俺は黒田と共にパトカーに乗り込み、急いで本部に向かった。



 赤城刑事が黒田さんと綾羽市警本部に向かってから、二時間の時が過ぎた。

 規制線が張られ、パトカーが並列する現場は鑑識や警察官でごった返していた。

 僕達は件の遺体があるコンクリートの歩道の上に立ち、赤城刑事からの連絡を待っていた。

「悠斗さん……今回の事件……」

 ふと、サユキが口を開いた。

「『怨霊じゃないかもしれない』でしょ?」

 僕は彼女の言いかけた言葉を言い当てた。

 サユキは驚いたように目を見開くが、すぐに頬を緩めた。

「流石悠斗さんですね。私の考えていること、バレバレですね」

「まぁね。もう二年も一緒にいるんだから、サユキの考えることは大体分かるよ」

 僕は笑って答えた。

「私の彼氏は凄いです」

 サユキは笑ってそう言った。

「ありがとう」

 僕はそう返した。

「確かに今回の事件、僕は最初怨霊の類だと思っていたけど、違った。多分、地縛霊だ。まあ、この推理が当たるかどうかは赤城刑事と黒田さん次第……てとこかな」

 僕達がそう会話していた時だった。

 スマートフォンが鳴った。

 赤城刑事からの着信だ。

 僕はスマートフォンを耳に当てた。

「はい、もしもし」

「おう。悠斗か。分かったぞ。あの歩道で起きた事件」

「聞かせて貰えますか?」

 僕はそう言いつつ、サユキを手招きした。

 サユキは僕の考えを察したのか、僕の耳に当てられたスマートフォンに自身の耳をくっ付けてきた。

 これで二人で赤城刑事の話を聞くことができる。

「悠斗の推理通り、あの歩道の工事があった時、七名の作業員がコンクリートに埋められて死亡してる。遺体はまだ見つかってない。おそらく、全身がコンクリートに埋まっちまったんだろう」

「だとすると、話は早いです。今回の事件はその作業員達が地縛霊となって引き起こされたものです。そう考えて良いと思います」

「そうか……因みにこの事故が起きたのは午後七時だ」

「午後七時……分かりました。おそらくその時間帯に彼らは動き出すんだと思います」

「そんじゃあ、その時間帯を狙って動くか」

「ええ。それが一番確実です」

「よし。それじゃあ明日の午後七時。もう一度あの歩道に集合して、霊を祓うぞ……つっても結局はお前ら頼みなんだけどな」

「何言ってるんですか。警察には『霊弾』があるじゃないですか。いざという時は、お願いしますよ」

「おう。任せとけ」

 赤城刑事から力強い返事が返ってきた。

「それじゃあ、僕達は明日に備えて事務所に戻りますね」

「おう。また明日な」

「はい」

 僕は短く返して電話を切った。



 翌日。

 僕達は再び例の歩道にやって来ていた。

 時刻は午後七時。

 僕の推理が正しければ、この時間帯に地縛霊となった彼らは動き出す。地縛霊を祓うには『冥界の鎖』を断ち切る必要がある。それが数名……正確には七名分だ。無論、作戦はある。まずはサユキの妖術で彼らが現れた際に一思いに凍らせて動きを封じ、僕が彼らの影を斬って『冥界の鎖』を露出させる。後は二人で鎖を断ち切っていけば、効率良く地縛霊達を祓えるはずだ。

 辺りをパトカーで囲んで封鎖し、近隣住民の被害が出ないように赤城刑事に頼んでおいた。

 警察官達は『霊弾』をリロードした拳銃を構え、戦闘体勢に入っていた。

 その時だった。

 突如、歩道から無数の手が現れた。

「サユキ」

「はい!」

 サユキが咄嗟に両手を地面に当てて歩道を凍らせる。

 彼らは手を出した状態で固定される。

 僕はサユキが生み出した氷の上を、彼女の妖術で作り出した氷のスケートシューズで滑りながら彼らの影を斬っていく。

 腕の影を斬ると、そこから『冥界の鎖』が露呈する。

 よし。ここまでは計画通りだ。

 あとはこの『冥界の鎖』を斬るだけだ。

 僕は霊刀を横に構えて一思いに振り切った。

「零明流剣術・朧桜・横凪」

 四人分の『冥界の鎖』を一気に斬った。

 途端、四人分の腕は黒い塵となって消滅した。

 あと三人。

「創成・氷刀」

 ふと、サユキが氷の刀を生み出し、『封魔刀』を抜刀した。

 氷の刃と炎の刃を横に構え、水平に太刀を振るう。

「封魔・花蓮咲かれんざき

 氷と炎の斬撃が『冥界の鎖』を断ち切り、残り三人の地縛霊を祓うことに成功した。

 サユキの攻撃を最後に、この歩道に纏わり付いていた霊気は完全に無くなっていた。

 サユキは道路を凍らせた妖術を解く。

 僕は辺りを囲う警察の皆さんに声をかけた。

「地縛霊は確かに祓いました。もう大丈夫です」

 警察官達は安堵の息を吐く。

 僕達は各々刀を納刀し、現場を後にするのだった。


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