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お隣さんは二口女

「アパートのお隣さんが二口女かもしれない?」

 午後二時過ぎ。

 探偵事務所に依頼人がやってきた。

 名前は土風宏樹。二十二歳の大学生だ。

 彼の話の内容に僕とサユキは驚いてしまい、思わず同時に訊き返してしまった。

「はい……大学生になったのを機に実家を出て、アパートで一人暮らしをしているのですが……僕の部屋には小さな穴があって、それがお隣の部屋と繋がっているんです。初めは穴がお隣と繋がっていることを知らずに『この穴、何だろう?』と思って穴を覗いてみたんです。そうしたら、お隣に住む女性が後頭部から肉を食べているのを目撃してしまって……それに肉にはベッタリと血が付いていました。市販の肉にあそこまでの血はつかない……おそらく人肉だったんだと思います」

 彼はそう説明してくれた。

「なるほど……」

 僕は唇に手を添えて考え込む。

 怪異が人間に擬態しているのか。確かに二口女のような極めて人間の形に近い怪異は人間社会に溶け込んでいる傾向がある。それによって人間の被害が出たり、犯人が不明な怪奇事件として扱われることが多い。それに二口女は人肉を好む。アパートの隣に住んでいる土風さんが襲われていないのは、アパートの住民を襲って波風が立つのを恐れているからだろう。

「分かりました。それでは土風さんが住んでいるアパートまで案内してもらっても良いですか? 僕達が二口女と直接対峙します。話し合いで解決すれば一番良かったんですが、人を食べているのならば話は別です。早急に祓わなければいけない」

「は、はい。分かりました。僕は大丈夫ですよ」

「よし。それじゃあ早速向かいましょうか」

 僕達は探偵事務所を飛び出し、彼の住んでいるアパートへとやって来た。

 僕は二口女を祓う為に霊刀を、サユキは『封魔刀』をそれぞれ持参していた。

「僕の部屋は103号室で例のお隣さんの部屋は102号室です」

 土風さんはそう説明してくれた。

「分かりました。ありがとうございます」

 僕は彼にそう礼を告げた。

「土風さんは外で待っていて下さい。僕達が出てくるまでは動かないで。何か危険があれば別ですが、なるべくこの場所を動かないでもらえると助かります。危険に晒したくないので」

「わ、分かりました」

「ありがとうございます」

 僕はそう言ってサユキと共に102号室に赴いた。

 インターホンを押す。

 すぐに「はーい」と女性の声が聞こえてきた。

「あれ? 宅配の人じゃない……どちら様ですか?」

 扉を開けて出てきた女性は後頭部を隠すように後ろで髪を束ねていた。

「突然の訪問、失礼します。わたくし、霊能探偵の白神悠斗と申す者です」

 僕はそう挨拶した。

「彼の助手を務めています。雪女のサユキです」

 サユキも続けてそう挨拶する。

 なるべく彼女に疑われないようにする為の作戦だ。

「霊能探偵? 初めて聞きますけど……一体どうしたんですか?」

「実はこのアパートの近くで殺人事件が起きまして、今聞き込みをしているんです。少しお時間いいですか?」

 僕は彼女の部屋に入る為の口実を言った。

 さて、どうくる?

 彼女は一瞬、表情に影を落としたがすぐに満面の笑みを見せた。まるでボンドで仮面を顔を貼り付けたかのような、無機質な笑顔だった。瞳の奥は笑っていない。

 気づかれたか?

 僕は内心どうなるかと不安でドキドキしていたが、彼女は「──分かりました。どうぞ、上がって下さい」と僕達を部屋に通してくれた。

「ありがとうございます」

 僕はそう礼を告げた。

「ありがとうございます。失礼します」

 サユキも続けてそう言った。

 こうして僕達は二口女の部屋に入ることに成功した。

「狭い所ですけど、くつろいでいって下さい。さあ、ここのテーブルに座って下さい」

 彼女は僕達を和室のテーブルに通した。

「外は暑かったですよね? 是非、麦茶でも飲んで下さい」

 そして彼女は丸い木のトレーに麦茶が注がれたコップを置いてテーブルまで運んできてくれた。

「あ、すみません。ありがとうございます」

 僕は怪しまれないようにそう返答した。

「悠斗さん」

 ふと、僕の隣に座っていたサユキが小声で耳打ちしてきた。

「どうしたの?」

「さっき、あの人が麦茶を用意する時に冷蔵庫を開けていたんですが、血液に浸っている肉が入ったタッパーがいくつも入っていました。確信犯です」

「──分かった。ありがとう」

 流石は僕の助手だ。

 二口女の隙を見逃さなかったようだ。

 これで容疑が確信に変わった。

 あとはいかにして奴を祓うかだ。

 僕は目の前に座る女性を睨みつけるのだった。

「何か?」

 彼女は僕にそう尋ねてきた。

 まずい。彼女を凝視しすぎてしまった。これでは怪しまれてしまう。

「いえ……何でもないです」

「それよりも──白神さんが肩に担いでいるそれは何ですか?」

 二口女は僕の刀袋を指差してそう訊いてきた。

 さあ、どうするか……。

 ここで霊刀を見せれば、彼女に余計に怪しまれてしまう。

 いや、待てよ。

 僕達は彼女を祓う為にここに来たのだ。

 ならばもうこれ以上、芝居を打つ必要もない。

 僕は刀袋を肩から下ろした。

「──ああ、これはですね……」

 そして刀袋から霊刀を取り出す。

「刀です。これで怪異や悪霊を祓うんです」

 僕はそう言い切った。

 彼女は「へぇ」と興味を示した。

「凄いですね。除霊なさるんですか? たくましい」

「ありがとうございます」

 僕はそう返した。

 彼女はまだ笑顔を貼り付けたままだ。

 仕掛けるか……。

「──そういえば、先ほど、僕の助手が冷蔵庫に血のついたタッパーがいくつも入っていると言っていたのですが……何か特別な肉でも保存しているのですか?」

 僕は彼女に向かってそう尋ねた。

 途端、今まで貼り付けていた彼女の笑顔が消えた。

 そして僕達を睨みつける。

「──事件のことは訊かなくて良いんですか?」

 彼女は声色を低くしてそう訊いてきた。

「ええ。だって犯人は既に分かっていますから」

 僕は隣に座るサユキに目で合図を送った。

 戦闘開始の合図だ。

 サユキはこくりと頷く。

「──貴方でしょう?」

 次の刹那、彼女は「あーあ」と長い息を吐いた。

「あともうちょっとで逃げられたのに……お前達のことも食べるしかないみたいね」

 奴はおもむろに髪をほどいた。次の刹那、妖気が部屋の中に充満する。先ほどまで妖気を全く感じなかった。隠していたのか。人間として生活していたのだ。妖気を隠す術を身につけていたとしても何も不思議ではない。

 彼女は後ろを振り向いた。

 その後頭部には大きな口があった。

「さぁ、いらっしゃい。食べてあげる」

 彼女の長い黒髪が伸長し、僕達を捕らえようと動く。

「そう易々と食われるもんかよ」

 僕は霊刀を抜刀して立ち上がり、迫り来る髪を全てを斬り裂いた。

「やるわね……それじゃあこれはどう?」

 奴は髪を丸鋸まるのこの形に変形させ、僕達を切り分けようとしてきた。

「創成・氷刀」

 咄嗟にサユキが氷の刀を生み出し、二口女の丸鋸を受け止める。ギリギリと刃が軋む音が響く。サユキは丸鋸を弾き返すが、二口女はすぐに新しい丸鋸を作り出し、猛攻を仕掛けてくる。サユキはそれらを全て氷の刃でいなしていく。

「悠斗さん! 今のうちに!」

 サユキがそう叫んできた。

「分かった!」

 僕は霊力を片足に込め、テーブルを蹴り上げた。

 ──零明流体術・乱界。

 木造のテーブルは粉々に砕かれ、奴の後頭部の口に直撃する。

「ギャッ」

 奴は短く声を出した。

 ひるんだ。

 仕掛けるならここだ。

「零明流剣術・枝垂柳しだれやなぎとむらい

 僕は霊刀を逆手に持ち替え、二口女の後頭部の口の中に刃を突き刺した。

「ギャアアアアアッ」

 二口女は悲鳴を上げる。

 僕はさらに刀を捻り、傷口を広げる。

「やめて! やめて!」

「うるさい! これまで散々人を殺めておいて、よく命乞いができるな」

「もう人は食べないから……本当よ。約束する。だからお願い。祓わないで。怪異だって人間社会で生きてても良いはずよ? 違う?」

「──あんたが人を食べていなければ、見逃すつもりだったんだ。だが、あんたはそれを認めるどころか、僕達まで食べようと襲ってきた。もうとっくに道を踏み外してるんだよ」

「改心するわ! 絶対に! 本当に改心するから!」

「今更信じられるか!」

 僕は霊刀を口から引き抜き、順手に持ち替えて刃を上段に構えた。

「零明流剣術・朧桜」

 そして太刀を振るう。

 青い斬撃が二口女の体躯にほとばしり、彼女は黒い塵となって消滅した。

 僕は霊刀を納刀する。

「悠斗さん」

 サユキが歩み寄ってきた。

「お怪我は?」

「ないよ。サユキは?」

「私も大丈夫です」

「よし。それじゃあ土風さんに報告に行こう」

「はい。分かりました」

 僕達は部屋を飛び出し、外で待機していた土風さんの元に向かうのだった。

 

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