T字路の見越し入道
ある日の夜。
探偵事務所に依頼人がやってきた。セーラー服を着た女子高生だった。すっかり夜は更けている為、母親と思わしき女性と一緒に事務所を訪れていた。
「こちらのソファにどうぞ」
サユキが二人をソファに案内する。
「紅茶です。リラックス効果があるアールグレイにしました。良かったら飲んで下さい」
そして二人の前に紅茶が入ったカップを置く。
真澄さんは「ありがとうございます」と頭を下げた。
琴葉さんは何かに酷く怯えているような表情をしており、礼を告げる元気もないのか「あ、すみません……」とか細い声で言った。
サユキは気に掛けるように「大丈夫ですか?」と声をかける。
しかし彼女は口を閉じてしまい、代わりに母親が「すみません。あまり大丈夫ではないんです……」と告げた。
「そうですか……是非、私達にお話を聞かせて下さいね」
サユキはそう声をかけて、僕の隣の席に腰掛けた。
依頼人の女子高生の名前は柊琴葉。十七歳。そして母親の名前は柊真澄。どうやら母子家庭であるらしく、真澄さんの手一つで琴葉さんを育て上げたらしい。
「それで、どういったご依頼でしょうか?」
僕は琴葉さんにそう尋ねた。
これまでの状況から見て、何か事件に巻き込まれたのは娘の琴葉さんなのだと推測した。真澄さんは僕の事務所に赴く際の付き添いと言ったところだろうか。
どちらにせよ、話を聞かない限りは状況は進展しない。心苦しいが、事件に巻き込まれた張本人である琴葉さんに話を聞く他ないのだ。
しばらくの間、静寂が場を支配する。
そして琴葉さんはその重い口を開いた。
「実は、今日、塾があったんです。それでその帰り道に、街灯が一つ建っているT字路で突然背後から男の人に顔を覗き込まれたんです。とても恐ろしい顔をしていて……私はすぐに逃げ出しました。私は身長が百六十センチなのですが、そんな私を上から覗き込むなんて、どれだけ身長の高い男の人だったんだろうって怖くて……多分、怪異だったんだと思います」
琴葉さんは恐怖に震えながらもそう説明してくれた。咄嗟に真澄さんが彼女の背中をさする。彼女は真澄さんの身体に寄りかかり、涙を流した。とても怖かったことだろう。確かに話を聞く限りでは怪異で間違いないだろう。だが、祓い方は知っている怪異だ。
「おそらく、琴葉さんが遭遇したのは見越し入道という怪異だと思います。二メートル以上の高身長の男の怪異で、背後からターゲットを覗き込んで硬直させます。その後、動けなくなったターゲットを食べるんです。琴葉さんが動けたのは、生存本能が過剰に働いたからでしょう。無事で何よりです」
僕はそう言った。
彼女は震えながら僕に「高校生の小遣い程度しか払えませんが、どうにかしてくれませんか?」と言ってきた。
「報酬はいただきません。流石に高校生からお金を貰うほど僕は鬼じゃありませんよ。その代わり、見越し入道は必ず僕達が祓います」
僕はそう言い切った。
「ありがとうございます」
真澄さんが琴葉さんを慰めながら礼を告げる。
「いいえ。気にしないで下さい。これが私達の仕事ですから」
咄嗟にサユキがそう返した。
僕は隣に座る雪女の助手にウインクし、「サユキ、よく言った」と告げた。
彼女は照れながらも「はい」と笑って答えた。
僕は立ち上がり、霊刀が入った刀袋を肩に担いだ。
「僕達は見越し入道を祓いに行きます。お二人は念の為に事務所にいて下さい。もし何か緊急事態があれば、この連絡先に電話をかけて下さい。すぐに駆けつけます」
僕はメモ用紙を一枚引きちぎり、自身の電話番号を書いて真澄さんに渡した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
真澄さんはそう礼を告げてきた。
「いいえ」
僕は笑ってそう返した。
「そうだ。琴葉さん。琴葉さんが見越し入道に遭遇したT字路の場所を教えてもらっても良いですか?」
「は、はい」
彼女はバックからスマートフォンを取り出し、地図アプリでT字路の場所を指し示した。
「このあたりです」
「分かりました。ありがとうございます」
僕は瞬時にT字路の場所を記憶し、彼女に礼を告げた。
「よし、サユキ、行こう」
「はい」
サユキは立ち上がり、『封魔刀』を帯に差し込みながらそう返してきた。
「それじゃあ、僕達で見越し入道を祓いに行きます。祓い終えたら戻ってきますので、少しの間待っていて下さい」
「はい。よろしくお願いします」
琴葉さんは震えながらもそう言ってきた。
僕達は踵を返し、事務所の扉を開けて外に出た。
僕達は琴葉さんが地図アプリで指し示したT字路へと赴いていた。
僕は刀袋から霊刀を取り出す。
「創成・氷刀」
サユキは氷の刀を二本生み出した。
しばらくの間T字路で待っていると、妖気が漂ってきた。
「来たか」
僕は霊刀を抜刀する。
サユキも氷の刀を構える。
次の刹那、背後から長身の男が僕の顔を覗き込んできた。男の瞳の中に僕が映り込む。しまった。油断した。見越し入道に遭遇したは良いが、彼と目を合わせて仕舞えば硬直状態に陥る。これでは技が繰り出せない。
僕が硬直していると、咄嗟にサユキが氷の刀で見越し入道の腹を斬った。
「ぐっ……!」
見越し入道は腹を手で押さえながら後退りする。
奴が僕を覗き込まなくなったことで、僕は硬直状態から解放された。
「ありがとう、サユキ。助かったよ」
「いいえ。大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
彼女は笑顔でそう言った。
僕は見越し入道の方向に振り返り、刃を構える。
「よくもやってくれたな。借りは返させてもらう」
次の刹那、僕とサユキは同時に駆け出した。
そして青い刃と氷の刃を交互に振るう。
奴の体躯に斬撃がひた走る。
「零明流剣術・朧桜・灯篭」
僕は霊刀を下から上へ振るい、見越し入道の身体に大きな切り傷を与えた。
だが、まだ奴は祓えない。当たり前だ。見越し入道には祓い方がある。だが、それを実践する為には見越し入道にどうにかして隙を生じさせなければならない。
「サユキ、見越し入道に隙を生じさせたい。手伝ってくれる?」
「勿論です」
サユキは即答した。
それに、僕が考えていることも大まかに予測しているようだ。流石は僕の恋人だ。
サユキは駆け出した。
見越し入道は拳を握り、彼女に目掛けて渾身の力でそれを振り下ろす。
サユキは見越し入道の猛攻を氷の刀でいなしていく。
奴の拳とサユキの氷刀がぶつかり合う度に火花が散り、大気が揺れる。二メートル以上の背丈の男から振り下ろされる拳はさぞ重いことだろう。それを全ていなしているサユキの力に驚かされる。逞しくなったものだ。鬼の『霊障』にあてられて苦しんでいた雪女の少女がここまで強くなるとは、誰が予想できただろう。全く、彼女にはいつも驚かされてばかりだ。いや、何を感心しているのだ。サユキが身を挺して隙を作ってくれているのだ。僕も動かなければ。
僕は霊刀を横に構えて駆け出した。
「創成・氷針」
サユキは氷の針を生み出して見越し入道に突き刺そうと動く。
見越し入道は氷の針を拳で打ち砕き、全て粉砕する。
「それなら……!」
サユキは『封魔刀』を抜刀し、地獄の業火を纏った刃で奴の腹を切り裂いた。
「ぐあああああっ」
見越し入道の悲鳴がT字路に響き渡る。
ここだ。
ここしかない。
僕は見越し入道に向けて水平に太刀を振るった。
「零明流剣術・朧桜・横凪」
青い斬撃は奴の腹を斬り裂いた。
「ぐっ……」
見越し入道は血を吐く。
だが、倒れることはない。
耐え忍んでいる。
しかしこれで良い。
これで良いのだ。
見越し入道は再び拳を振るってくる。
僕はそれらを全て霊刀で受け止める。
拳と霊刀がぶつかり合う度に火花が散り、大気が揺れる。
そして僕は拳を弾き返し、奴の腕を斬り落とした。
「ぐっ……うぅ」
これで見越し入道の攻撃手段は無くなった。
そして奴の“耳”を塞ぐものもない。
僕は霊刀を納刀する。
「──見越し入道、見越した」
僕はそう口にした。
見越し入道、見越した。その言葉を聞かせることが見越し入道を祓う唯一の方法だ。しかしこれには条件がある。『可能な限り見越し入道を弱らせる』ということだ。そうでなければ、この言葉を言ったとしても見越し入道を祓うことはできない。だからこそ、サユキの妖術や『封魔刀』、僕の霊法で奴を極限まで弱らせる必要があったのだ。僕は見越し入道の両腕を斬り落として保険もかけた。
これで効かないはずがない。
案の定、奴は苦しみだした。
「ぐっ……うぅ……うぅ」
「これまで現世の人々を苦しめた罰だ。甘んじて受け入れろ」
僕は最後に閃光の如き速さで霊刀を抜刀した。
「零明流剣術・居合・宵影」
そして奴の体躯を一刀両断した。
次の刹那、奴は黒い塵となって消滅した。
「ふぅ」
僕は霊刀を納刀する。
「どうにか祓えましたね」
サユキが駆け寄ってきた。
「うん。サユキの援護があって良かったよ。助かった」
「それなら良かったです」
僕達は互いに笑い合い、T字路を後にするのだった。




