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火車の炎

 規制線が張られた深夜の住宅街。

 そこには遺体が二人。どちらも黒く焼け焦げており、性別の判断が困難なほどだった。

 俺はしゃがみ込み、遺体の前で手を合わせて黙とうを捧げた。

「黒田、詳細」

 俺は部下に事件の詳細を訊いた。

 黒田は「は、はい」と手帳を取り出して答える。

「遺体の身元は焼け焦げているので不明なのですが、放火ではないことは確かです。なんでも、近隣の防犯カメラに映っていたのは人ではなく、炎を纏った“タイヤ”のようなものだったらしいです」

「炎を纏った……タイヤ?」

「はい」

「そうか……」

「炎を纏ったタイヤですか……それ、多分火車ですね」

「どわあぁぁぁぁ」

 俺は急に隣から聞こえてきた少年の声に驚き、思わず立ち上がってしまう。見ると、そこには白いパーカーを着た白髪の霊能者がしゃがみ込んでいた。さらにその隣には白い着物に身を包んだ雪女の少女がいた。悠斗とサユキだ。

「お前ら……だから来るならせめて足音ぐらい出せよ!」

 俺はそう叫んだ。

「いやあ、すみません。嫌な妖気が漏れ出てたんで、来ちゃいました。こんばんは、赤城刑事」

 悠斗は頬をポリポリと掻いて笑う。

「赤城刑事、こんばんはです」

 サユキも続けてそう挨拶してきた。

「『来ちゃいました』じゃねえ! たく、お前らは本当に……で、なんだって? 火車だっけか?」

「はい。遺体から火車の妖気を感じます。それに防犯カメラには炎を纏ったタイヤが映っていたんですよね?」

 悠斗は黒田に確認を取った。

「は、はい。そうです」

 黒田は戸惑いながらも答える。

「おそらく、それが火車です」

 彼はそう言い切った。

「火車ねえ……今回も怪異の仕業ってわけか」

「また同じ被害が出る前に、火車を祓いましょう」

 悠斗は立ち上がってそう言ってきた。

「祓うったって、どうやって火車を見つけるよ?」

「鵺の時と同じ方法を取ります。霊力を込めた霊符を貼り付けます。そうですね……火車を山におびき寄せるのはどうでしょう?」

「それも鵺の時と同じだな。近隣住民の被害を出させない為か?」

「はい。申し訳ないのですが、警察の手助けが必要です。僕達を山まで送ってくれませんか? 火車はそこまで強い怪異ではないので、僕とサユキだけでどうにかなると思います」

「ほいよ。送るぐらいなら良いぜ」

「ありがとうございます」

 白髪の霊能者は頭を下げて礼を告げてきた。

「いつもお前らには世話になってるからな。協力できることはなんでもするさ」

 俺はそう返した。

「では、一旦僕達は事務所に戻ります。霊刀と霊符を取りに行かないとなので」

「事務所までも送ってくぜ? お前らの事務所には前に一回行ったことがあるからな。場所は覚えてる」

「──良いんですか?」

「おうよ」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせてもらいます」

「おう。サユキもそれで良いか?」

 俺は念の為に雪女の少女にもそう尋ねた。

「はい。それで大丈夫です。お世話になります」

 サユキはそう言って丁寧に頭を下げてきた。

「そうかしこまらなくても良いんだけどな……もう二年以上の付き合いだろ?」

「いえ、初心を忘れないことが大切ですから」

 サユキはそう言ってきた。

「ま、お前らはそういう奴らだよな。よし、黒田。現場のことはお前に任せる。俺はこいつらを事務所に送ってく」

「分かりました。お気をつけて」

「おう。じゃあお前ら、パトカーの後部座席に乗れ」

「はい」

 悠斗は短く返してきた。

「分かりました」

 サユキも続けてそう返す。

 そして二人は後部座席に乗り込み、俺が運転席に乗って事務所までパトカーを走らせた。

 数時間後、探偵事務所に到着した。

「ほれ、着いたぞ」

「ありがとうございます。すぐに必要な物を取ってきます」

「私も念の為に『封魔刀』を取りに行ってきますね」

「ほーい」

 俺はタバコにライターで火をつけてそう返した。

 数分後、二人はパトカーに戻ってきた。

「すみません、お待たせしました」

 悠斗は刀袋を肩に担いでパトカーに乗り込んできた。

「お待たせしてすみません」

 サユキは着物の帯に小刀を差していた。

「おう。じゃあこのまま山まで向かうぞ。道がガタガタするから、つかまっとけよ?」

「はい。ありがとうございます」

「よろしくお願いします」

 二人はそれぞれそう言ってきた。

 俺は無線で二人と山に向かうことを連絡した後、パトカーを走らせた。



 僕達は赤城刑事の運転で、山奥までやってきた。

「運転、ありがとうございました」

 僕は彼にそう礼を告げた。

「ありがとうございました」

 続けてサユキもそう言った。

「おう。火車のこと、頼むぞ」

 赤城刑事はタバコをふかしながらそう言ってきた。

「はい、任せて下さい」

 僕は彼の目を真っ直ぐ見てそう返した。

 赤城刑事は微かに口角を綻ばせる。

 僕達はパトカーから降り、火車をおびき寄せるために木の幹に霊符を数枚貼り付けた。

「悠斗さん、こっちは全部貼り終えました」

 サユキにも手伝ってもらい、事務所から持ち出してきた霊符を全て貼り付けた。その全てに僕の霊力が宿っている。鵺の時の失敗を活かし、込める霊力は少なめにしておいた。

「ありがとう。サユキ」 

「はい」

 彼女は満面の笑みで答えた。

 僕は刀袋から霊刀を取り出した。

「こっちも貼り終えたから、あとは火車が現れるのを待つだけだね」

「そうですね。鵺の時みたいに現れてくれると良いんですけどね」

「確証は無いけど、何もしないよりかはマシだよ」

「確かに、それもそうですね」

 僕達が会話をしていた時だった。

 黒煙のような焦げついた妖気が漂ってきた。

「サユキ」

「はい」

 サユキも妖気に気付いたようだ。 

「創成・氷刀」

 彼女は氷の刀を生み出して構えた。

 僕も足で鞘をスライドさせて抜刀し、剣先を中段に置いた。

 そしてついに、妖気の根源が現れた。

 炎を纏った車輪の中心に男の顔が張り付いていた。間違いない。火車だ。

「お出ましだな」

「ううううう」

 火車は唸り声を上げる。

 そして次の刹那、車輪を急加速させて瞬時に間合いを詰めてきた。炎を纏った車輪が僕達を焼き尽くそうと動く。

 僕は咄嗟にサユキの前に立ち、火車の猛攻を青い刀で受け止めた。ギリギリと車輪が絶えず回転し、火花が散る。重い。それになんて回転力だ。少しでも刀を握る力を緩めれば、霊刀が弾き飛ばされてしまう。

「ぐっ……うぅ」

 僕と火車は硬直状態に入った。

 くそ。一歩も動けない。技も繰り出せない。どうすれば……。

 僕が必死に思考を回していると、サユキが僕と火車の側面に立った。

「創成・氷吹雪」

 彼女は着物の袖から吹雪を発生させ、火車の体躯を凍らせる。それによって火車の車輪の回転は止まり、炎は消火される。

「サユキ、ナイス!」

 彼女はウインクして返事をする。

 僕は霊刀を振り切って火車を後方を弾き飛ばす。

「ううううう」

 火車は背後の木に衝突する。

 それによって奴の体躯を覆っていた氷がパリンッと砕けるが、火車に隙が生じた。

 畳み掛けるならここだ。

「零明流剣術・──」

 僕は駆け出し、即座に間合いを詰める。

「蒼黒」

 青い刃を閃光の如き速さで振り切り、火車を真っ二つに斬り裂いた。

「うううううううっ」

 火車は唸り声を上げ、黒い塵となって消滅した。

「ふぅ」

 僕は地面に落としていた鞘を拾い上げ、刀を納めた。

「悠斗さん、お怪我はないですか?」

 サユキが駆け寄ってきた。

 とても心配そうな表情をしている。

 僕は彼女の氷色の髪を撫でて「大丈夫だよ。ありがとう」と言った。

「サユキが妖術を使ってくれたから、火傷もしてないよ。助かった。ありがとう」

 彼女は頬を赤らめて「お役に立てたなら良かったです」と言った。

 僕はサユキの頭を撫でている手をスライドさせ、ほんのりと赤く染まった頬に触れた。サユキは驚いたように目を見開いたが、すぐに僕の手に自身の手を重ねて微笑んでくれた。

「おーい、二人の世界に入ってる所すっげー言いにくいんだが、祓えたのか?」

 ふと、赤城刑事がパトカーの窓を開けて、身を乗り出してそう訊いてきた。赤城刑事には僕達が恋仲になったことは一応報告してある。いつもお世話になっている人物である為、報告しなければと思ったのだ。しかし、完全に赤城刑事の存在を忘れていた。

「あ、すみません。はい。火車は確かに祓えました」

 僕は早口になってそう告げる。

「そーか、お前らいつもそんな調子なのか? あんまり外ではイチャイチャするなよ? 『リア充爆発しろ』って恨まれるぞ?」

「──自重します」

 僕はそう返す他なかった。

「すみません。気をつけます……」

 サユキは顔を真っ赤に染めてそう言った。

「ま、良いけどよ。終わったなら戻ってこい。現場に戻るぞ。黒田とか鑑識が待ってんだ」

「そ、そうですね」

 僕達は微かに感じる気まずさを噛み締めながら、パトカーに戻るのだった。

 

 

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