第12話 微熱を帯びた横顔
朝のHRが終わった後、グラウンドに停車していたバスに乗り込む。これから目的地まで一時間ほどバスに揺られる予定だ。当然俺の隣には天音が座っていた。座席は窓際が天音で通路側が俺だ。
先程のことがあったため、バスの席についてこれ以上何か言うつもりはない。それに天音が隣になってくれていなかったら間違いなく一人余っていたことが目に見えていたため、ちょっと安心した気持ちになったりもしている。
天音の隣に座りたいクラスメイトはたくさんいると思うが、俺については間違いなく皆無だ。残念だがそれが現実だろう。
俺の隣に座ってくれるような美少女がいて欲しい人生だったと一瞬思ったが、よくよく考えるとそれは既に実現していた。これ以上を望むと色々な方面から文句を言われそうな気がする。
「バスに長時間乗るのは結構久しぶりな気がするわ」
「確かに、移動距離が長くなるなら大体電車を使うもんな」
「一応酔い止めを飲んでおこうかしら」
「飲んでおいて損はないと思うぞ」
本当はバスに乗る一時間くらい前に飲むのがベストだが、別に今からでも特に問題はないだろう。俺の言葉を聞いた天音はリュックサックの中をガサゴソし始めた。酔い止めの入ったパッケージを取り出す天音だったが、すぐに困ったような表情になる。
「……困ったわね」
「どうしたんだ?」
「水筒を家に忘れてきてたのよ」
なるほど、確かにそれは困る。天音が手に持っている酔い止めは口の中ですぐに溶けるタイプではなく、水と一緒に飲む必要があるカプセルだった。それなら俺が来る道中に自動販売機で買った水を天音にあげれば解決する。
そう思いリュックサックから水の入ったペットボトルを取り出す俺だったが問題に気付く。既に開封済みで飲んだ形跡があった。そう言えば学校に着いてから普通に飲んでいたっけ。だから無言でリュックサックの中に戻そうとする俺だったが、残念ながらそれは一歩遅かった。
「あっ、もしかして私のために出してくれたの?」
「……そう思ってたんだけど、既に開封済みだった」
完全にぬか喜びをさせてしまったため、天音にはめちゃくちゃ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あの時飲まずに我慢しておけば良かったなと後悔していると、天音は俺がしまいかけていたペットボトルを手に取る。
「ああ、それなら別に大丈夫よ。私は全然問題ないから」
「で、でも俺が既に口をつけて飲んでるし……」
間接キスという言葉を使うのは少し恥ずかしかったので、俺は直接的な言葉をあえて避けた。間接キスくらいで恥ずかしがるなよと思われるかもしれないが、俺にはその言葉を使うことすらめちゃくちゃハードルが高かったのだ。
だが天音はそんなのお構いなしでペットボトルのキャップを開けて、そのまま酔い止めと一緒に水を飲み始めてしまう。目の前で減っていくペットボトルの水を見て、俺はドキドキさせられてしまった。
「ありがとう、瑛人のおかげで助かったわ」
「……や、役に立てて良かったよ」
水を受け取った俺はなるべく平静を保ちながらそう答えたが、天音の顔を直視出来なかった上に舌もかなりもつれていた。多分誰の目から見ても明らかに俺は挙動不審だったと思う。
思い出したくもない黒歴史が一つ増えてしまった気がする。そんなことを考えながらチラッと天音の横顔を見ると、肌が若干ピンク色になっているように見えた。
天音はかなり色白なため、そういう変化にはすぐに気付けてしまう。もしかして実は天音も恥ずかしかったのかと思う俺だったが、周りのクラスメイトがちょっと暑そうにしている姿が目に入ってきた。
あっ、なるほど。天音も暑かったから顔色が変わったに違いない。恐らく俺が口をつけて飲んでいた水をわざわざ飲んだのは、暑くて普通に喉が渇いていたからという理由もあったのだろう。
窓を開けようかなと思った俺はその際に窓側に座っている天音の顔をチラッと見る。先程と同じく顔は相変わらずピンクがかっていたが、何故か天音の表情は明らかに緩んでいたのだ。
てっきり天音は暑そうな顔をしていると思っていたため、そんな表情を浮かべているなんて完全に予想外だった。色々と気になってしまったが、結局バスが目的地に到着するまでには聞けなかった。




