第7話 カフェ(3)
「ねーねー、実憂ちゃんってお休みの日とか何してんの?」
「うーん。本読んだり、音楽聞いたりしてることが多いかな」
フラペチーノを飲みながら俺たちは他愛もないおしゃべりに興じていた。話題は休日の過ごし方や趣味など、ごくありふれた内容だ。
それでも実憂の話を聞くのは俺たち三人にとってはとても新鮮だった。
日頃からメッセージでやり取りしている俺は彼女のことをそれなりに知っているつもりだったが、こうやって顔を合わせて話してみると今まで知らなかった一面がたくさんあった。
気がつくと四人のカップはいつの間にか空になっており、店内も混み始めてきたので俺たちはカフェを出ることにした。
「この後どうする? 解散するにはまだちょっと早いよね」
「せっかくだし皆でどっか遊びにいかね? カラオケとかどう? 実憂ちゃんも音楽好きって言ってたし」
「カラオケ! いいね、めっちゃ行きたいっ!」
裕也の提案に、南が目を輝かせる。そしてずいと身を乗り出して実憂を見つめた。
「実憂ちゃん、この後予定は?」
「と、特にないけど」
「じゃあさ! 一緒にカラオケ行こうよ!」
南に気圧されながらも、実憂はうんと頷く。
「あ、でもわたし、あんまり最近の曲はわからないから、盛り下げちゃうかもだけど」
「そんなのぜーんぜん気にしないよ!」
「そうそう。俺と遥斗が踊って盛り上げるよ」
「俺は行く前提なんだな」
当たり前だろと、子供みたいな無邪気な目で言う裕也。
当然この後の予定など何もない俺には、その誘いを断る理由はなかった。
◇
そうして俺たちは店を出ると、さっそく近くのカラオケを探して歩き出した。
スマホでマップを見ながら歩く南を、隣で裕也が見守っている。
南は昔から方向音痴だが本人にその自覚がないため、誰かがさりげなくフォローする必要がある。
子供のころは俺がその役を担うことが多かったが、今では彼氏である裕也の役目だ。
張り切って先頭を行く南とその横でフォローする裕也の背中を見ながら、実憂と横並びで歩く。
前の二人がマップを見ながら話し込んでいるのを確認してから、俺は声をひそめて実憂に話しかけた。
「あのさ、実憂」
「っ!? な、なに?」
びくっとしたように肩を跳ねさせて、実憂がこちらを向く。
「実憂の秘密は、誰にも話すつもりはないから安心して」
「――え?」
その瞳に、驚きと戸惑いの色が浮かんだ。
何を言われたのかわからないという様子で黙ってしまった実憂に、俺は説明の言葉を続ける。
「勘違いだったら申し訳ないんだけど、何となくさっきからチラチラと見られてるような気がして。それで、もしかしたら、実憂がこの前俺に話してくれたことを気にしてるのかなと思って」
実を言うと、カフェを出て歩き始めてからずっと、実憂のもの言いたげな視線を感じていた。
何か失言でもしてしまったかと、今日会ってからカフェまでの会話を思い返してみたが、これといって心当たりはない。
そこで記憶をさらに巻き戻してみたところ、実憂と最後に二人で話した帰り道のことを思い出した。
雨の中、一つの傘に入りながら帰ったあの日、実憂は未来の俺から聞いたという情報を口にした。
それ以来、実憂のタイムリープの話については半信半疑だった俺も、もしかしたらこの子は本当に未来から来たのかもしれないと考えるようになった。
それと同時に思ったのは、もしも実憂が本当にタイムリープなんて超常現象を経験していたとしたら、彼女はどれほどの負担を抱えているのだろうということだった。
実際に未来の俺から聞いたという情報を口にしてしまったときの実憂はひどく取り乱しているように見えた。
過去に戻るなんて不可解な現象に巻き込まれたら、頭の整理が追い付かなくなってしまうのは当然だろう。
だとすれば、これ以上実憂に負担がかかってしまうようなことにはすべきではない。
少しでも彼女が安心して過ごせるようにできれば。それが俺の今の思いだった。
「裕也と南はたしかに一番仲のいい友達だけど、実憂の秘密はあの二人にも絶対に言わないから」
裕也たちのことを信用していないわけではないけど、実憂が勇気を振り絞って打ち明けてくれた秘密を俺が勝手に話してしまうのはよくないだろう。それは自分を信じてくれた実憂への裏切りと同じだ。
その一方で俺は、実憂の秘密を誰にも教えたくないという、どこか自分勝手な独占欲があることにも気づいていた。
悩んでいることがあるなら、できれば他の誰かではなくて自分に相談して欲しい。
裕也や南みたいに一緒にいるだけで楽しい気持ちにさせてあげたりはできないかもしれないけど、それでも彼女の力になりたいという気持ちだけは誰にも負けない自信があった。
「もし俺にできることがあったら、遠慮なく言って」
無意識にそうつぶやいていた自分に気づき、ようやく我に返る。
さっきから実憂はポカンとしたまま一言も発していない。さすがに一方的に喋り過ぎだ。これでは頼ってもらうどころか、下手すると引かれてしまいかねない。
「ご、ごめん。俺ばっかり喋っちゃって――」
「遥斗君」
俺の言葉を遮るように、隣から実憂の穏やかな声がかけられる。
「ありがとう」
まっすぐな目でこちらを見つめてくる実憂。その顔はわずかに紅潮していたが、とても穏やかなものだった。
(初めて、名前呼ばれた)
ただ名前を呼ばれただけなのに、その破壊力は想像以上であり、俺は何も言えなくなる。
体の中心から熱い何かがじわりと込み上げてきて、自分の体温が一気に数度上がったような気がした。
俺の気持ちは少しは伝わったのだろうか。そうならいいなと、俺は心から思った。
◇
カフェを後にしたわたしたちは、つい先ほど成り行きで決まったカラオケを探して駅前を歩いていた。
こうやってその場の勢いで次々と楽しいことを思いついてしまう南ちゃんや裕也君は本当にすごいなあと思う。
地図アプリを見ながら先導してくれている南ちゃんたちに付いて行きながら、わたしは隣を歩いている遥斗君の様子を窺っていた。
(遥斗君、わたしと二人だと全然話してくれない……)
カフェで四人でいたときは、あんなによく喋っていたのに。
基本的に南ちゃんや裕也君が面白いことを言って、遥斗君がそれにつっこみを入れるというのがお決まりのパターンだった。
わたしはただ笑うくらいしかできなかったけど、居心地の悪さは全く感じなかった。
だけど今は、さっきまでの賑やかな時間が嘘みたいに静かだ。
(やっぱりわたしのこと、怖がってるのかな)
初めて見る遥斗君の私服姿や、とろけるようなフラペチーノのおいしさにすっかり忘れていたけど、わたしは先日の雨の日の帰り道、彼を困惑させてしまうような失言をしてしまった。
現在の遥斗君が知るはずもない、未来の遥斗君から聞いた情報をもらしてしまったのだ。
わたしの不注意が原因なので、嫌われてしまったとしても仕方がないが、お話できなくなるのはやっぱり寂しい。
何か言ってみようかなと、喉まで出かかった言葉を何度も飲み込んでは、話しかけるタイミングを測るように彼の横顔をチラチラと窺っていた。
――だから、彼がいきなり話しかけてきたときには心臓が止まるかと思った。
「あのさ、実憂」
「っ!? は、はい?」
心の準備ができていなかったことに加え、初めて名前を呼ばれたこともあり、わたしは明らかに挙動不審な女だった。
(……お、怒られる?)
さっきからチラチラ見てるけど何? あんまりこっち見ないでくれる? そんな拒絶すら覚悟したわたしにかけられたのは、思いも寄らない言葉だった。
「実憂の秘密は、誰にも話すつもりはないから安心して」
「――え?」
あまりにも拍子抜けしてしまって、最初は何を言われたのか全くわからなかった。
そんな間抜けなわたしに説明してくれるように、遥斗君は丁寧な口調で語り出す。
彼がどんな思いで話しているのかはわからなかったけど、それでも真剣な顔で話すその横顔からは不思議と壁のようなものは感じなかった。
(怒ってるわけでは、ないのかな?)
そんなことを考えながら、当惑気味な頭で聞いていたとき、
「もし俺にできることがあったら、遠慮なく言って」
「……!」
その言葉に、わたしはようやく自分が気遣われていることに気がついた。
視線を逸らしながら恥ずかしそうに言う彼の顔に、わたしは昔から知っていたやさしい遥斗君を思い出す。
去年の文化祭のとき、いつもさりげなくわたしのことをフォローしてくれた遥斗君。突然わたしがタイムリープなんてばかげた話をしても、一度も笑わずに真剣な顔で話を聞いてくれた遥斗君。
そうだ。彼はどんなときもズルいくらいにやさしかった。
「遥斗君」
気がつけば勝手に口が動いていた。いつもなら何を言おうかを考えてしまうのに、このときは胸の奥にある温かな気持ちをそのまま声にすることができた。
「ありがとう」
目を見開いてこちらを見つめてくる遥斗君。
わたしはこの気持ちが少しでも伝わっているといいなと、心から思った。




