第6話 カフェ(2)
待ち合わせ場所に着いたとき、俺はそこにいた山田さんを見て思わず言葉を失った。
(やばい……、かわいすぎる……)
清楚な、淡いアイボリーのワンピース姿。
決して派手で目立つような服装ではないけれど、その控えめなデザインが彼女の持つ柔らかな雰囲気に驚くほど馴染んでいた。
南から次の週末に山田さんを入れて期間限定フラペチーノを飲みに行こうと言われたときはさすがに躊躇ったが、彼女のこの可愛らしい私服姿を見ることができただけで、今日来て本当によかったと思える。
「二人とも昨日部活の練習あったんだよね? 疲れてたりしない?」
体調を気遣ってくれた南に「別に大丈夫」と答えようとした矢先、隣にいた野郎がとんでもないことを口走った。
「いやー、練習は別に大したことなかったんだけどさ。昨日の部活終わりに遥斗が急に私服買いに行きたいから付き合ってくれって言いだしてよー」
「っ!? ちょ、おいっ!」
にたにたと笑いながら言う裕也。これはつい口が滑った、ではなく、確信犯である。
俺は裕也に詰め寄って、山田さんに聞こえないように小声でささやく。
「お前、それは内緒にしてくれって約束だったろーが」
「まあまあ、そう言うなって。これは好きな人がいたくせにずっと俺に黙ってたバツだ。それに昨日お前に女子ウケの良いコーデを見繕ってやったんだから、これぐらいはご愛嬌ってやつだろ?」
「~~っ」
たしかに裕也の言う通り、俺は昨日の部活の練習後、恥を忍んで「女子から見てもダサくない私服を選ぶのを手伝って欲しい」と裕也にお願いした。
今まで一度も彼女なんていたことはないし、特段お洒落を意識してこなかった俺には私服のセンスなんて皆無に等しい。女子ウケのよい服となれば尚更だ。
ただ、だからといって、やっと少しばかり仲良くなってきた憧れの人にダサいと思われるのだけは絶対に避けたかった。
その点、裕也は男の俺から見てもお洒落のセンスはかなり高いほうだと思うし、彼女持ちということで女子の視点にもそれなりに詳しいはずである。
そういった事情があって俺は裕也に相談したのだが、もしかしたら相手を間違えたかもしれない。
「まあまあ遥斗。悪いようにはしないから安心しろって。それに俺の考えでは、お前が今日頑張ってお洒落してきたことをあえてアピっといたほうが得策だと思うぜ」
「あ? どういうことだ?」
裕也は得意気な顔で目だけを動かして「あれ、見てみろよ」と促してくる。
その視線を辿ると、そこにはなぜか顔を真っ赤にしている山田さんがいた。
◇
「ソイミルク&マンゴーフラペチーノ四つください」
「かしこまりました。お支払いは皆さんご一緒でよろしいですか?」
「はい。一緒でお願いしまーす」
目的のカフェについた俺たちは列に並び、お目当てだったフラペチーノを注文した。
支払いについては当初の予定通り、四つ分の合計金額を俺と裕也と南で三等分だ。
途中で山田さんがやっぱり自分も出すと言い出したが、そこは南が「いいからいいから」と無理やり押し通した。俺や裕也としても今日は山田さんにお礼するために来ているため、素直に奢らせてくれる方がありがたい。
南が代表して店員さんにお金を手渡す。
レシートを受け取ってカウンターに移動し、それぞれがフラペチーノを受け取ると、注文前にとっておいた四人掛けの席に座った。
「うっまそーっ! いただきまーす!」
「裕也待って。飲む前に皆で写真とらなきゃ」
「えー」
ストローに口をつけようとした裕也に南がストップをかける。
南は鞄からスマホを取り出すと、片手でカップを持ち上げてもう片方の手で自撮りモードになっているスマホを器用に掲げた。
「はーい、皆とるよー」
「いえーい」
どんなポーズをすればいいのかわからなかったので、とりあえず南の真似をしてカップを手に取りながらピースを作る。
ピコン、とシャッターがきられた。
「うん、なかなかいい感じじゃない? ほら!」
南が見せてくれた写真には、楽しげに目を細めて笑っている南と、その隣でまさかの変顔をきめている裕也がいた。
その向かいにいる俺は、明らかに写真慣れしていないぎこちない笑みを浮かべている。そして俺の隣には、同じように初々しく微笑んでいる山田さんがいた。
(そういえば、山田さんと一緒に写真撮るの初めてかも)
もちろんクラスの集合写真などで一緒に写ったことは何度かあるが、プライベートで一緒に写真をとる機会なんて今まで一度もなかった。
俺はあとで南に写真を送ってもらい、そのデータを一生大事に保存しようと決めた。
「なあ、もう飲んでいい? 早くしないと溶けちまうよ」
「はいはい。どーぞー」
「っしゃ!」
待ってましたと言わんばかりに、ちゅーとフラペチーノを吸う裕也。一口飲んで、すぐにその目が見開かれる。
「うまーっ! マンゴーとソイミルクってこんなに合うのか!」
「うそ、そんなに? どれどれ」
裕也に続いて南がストローに口をつける。
俺も一口飲んでみると、濃厚なマンゴーの風味が口いっぱいに広がった。それでいてソイミルクのまろやかさが甘みをやさしく包み込み、後味は驚くほどさっぱりしていた。
「たしかに、これは美味いな」
その日は夏のはじまりを思わせるような暑い日だったため、冷たくて飲みやすいフラペチーノはするすると喉を通っていった。
「ほんと! まろやかでおいしー! これは来て正解だったね」
目尻を下げながら嬉しそうに言う南。
「実憂ちゃんはどう?」
「うん、すっごく美味しい」
隣をちらと見ると、山田さんが両手でカップを大事そうに抱えながらストローをくわえていた。そのちょこんとした仕草が、なんだかハムスターみたいで可愛らしい。
早くも三分の一くらいを飲み終えていた裕也が、ストローから口を離して山田さんのほうを見る。
「ねえねえ山田さん」
「え、な、なに?」
急に話しかけられてびっくりする山田さんに、裕也が続ける。
「山田さんって呼ぶのもなんかよそよそしいからさ、俺も実憂ちゃんって呼んでもいい?」
「へっ?」
裕也の唐突かつ馴れ馴れしい提案に、俺は飲んでいたフラペチーノを危うく吹き出しそうになった。
「えー、裕也が実憂ちゃんって呼ぶとなんかやらしいんですけど?」
「いーじゃん。南だって実憂ちゃんって呼んでるだろ」
「わたしはいいのよ、わたしは」
「え、なんかずりー」
隣並びでお互いに遠慮なく言い合う裕也と南。当の本人である山田さんは完全に置いてけぼりだ。
と、そのとき、急に裕也がこちらに振り向いて話を振ってきた。
「な、遥斗だってそう思うだろ?」
「は?」
「お前も実憂ちゃんって呼びたいと思うよな?」
「そ、それは……」
(そんなの呼びたいに決まっている!)
正直、いつかもっと仲良くなったらお互いに下の名前で呼び合いたいと思っていた。
だが、まだ数回一緒に帰っただけなのにそんなことを言ったら気持ち悪がられないかと心配で、とても自分から切り出すなんてできなかった。
ふと隣に視線を向けると、山田さんが俺の答えを待っているかのようにこちらをじいっと見つめている。
テーブルの下では裕也が「おい、このヘタレ!」と言うかのように俺の足をガンガン蹴っていた。
(ああもう、わかったって!)
俺は一度裕也に鋭い視線を向けてから、真横に座る山田さんのほうに向き直る。
「で、できれば俺も実憂って呼びたいんだけど、いいかな?」
「う、うん。じゃあ私も……遥斗君って呼ぶ」
「お、おう」
あまりの気恥ずかしさに居たたまれなくなった俺は視線を逸らしてフラペチーノを勢いよく啜る。
ふと向かいの席に目をやると、そこには満足気に口元をニヤニヤさせているカップルがいた。




