第74話「落ちていく人」
第74話「落ちていく人」
王宮魔法庁の奥——調査室と呼ばれる、窓のない部屋。
石造りの壁に魔法灯が四つ。机の上に、メリア・シュヴァルツの衣服が広げられていた。
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調査官が二人。一人は中年の魔法技官、もう一人は記録係の若い女性だ。
魔法技官が、白い手袋をした指先で、衣服の裏地をめくった。
「——ここです」
裏地の縫い目に沿って、細かい粉末が塗り込められている。光にかざすと——淡い、白い光を放った。
「聖光石の粉末です。純度は中程度。衣服全体に均一に分布しています」
魔法技官が机の上の別の布包みを開いた。そこには、親指ほどの大きさの石が一つ、収められていた。
「さらに——胸元の内ポケットから、これが見つかりました。仕立ての際に縫い付けられた隠しポケットです。大きな石は胸元の内ポケットに、粉末は裏地に——二重の偽装だったのです」
記録係が羽根ペンを走らせる。
記録係が羽根ペンを走らせる。
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メリアが、向かい合って座っていた。
顔から血の気が引いている。手が——膝の上で、小さく震えていた。
「違います。これは——お守りとして持っていただけで——」
調査官が、静かに答えた。
「お守りであれば、裏地に縫い込む必要はありません。表面に身につけるのが通常です。このように生地の内側に均一に塗布する方法は——光の偽装に使われる手法です」
メリアの唇が、わずかに動いた。言葉を探しているが——出てこない。
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調査官が、もう一つの証拠を机に置いた。
「さらに——アルフレート殿下の名義で購入された聖光石の取引記録です。過去二年間で、十四回。総額にして金貨三十二枚」
メリアの目が泳いだ。
「それは——殿下が——」
「殿下ご自身は、この取引をご存知ありませんでした。名義の無断使用に該当します」
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沈黙が落ちた。
メリアの肩が、小さく震えた。
「わたしは——」
その言葉は、部屋の壁に吸い込まれて消えた。
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同じ日の午後。
第一王子シュテファン・フォン・ルヴェンタールの執務室に、弟アルフレートが呼び出された。
シュテファンの机の上に、調査報告書が置かれていた。
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「読め」
シュテファンは短く言った。
アルフレートが報告書を手に取った。ページをめくる。表情が——一行ごとに、変わっていった。
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「メリアが——聖女ではなかった?」
「調査の結果はそうだ。聖光石を使った偽装だった。衣服の裏地に粉末を塗り込み、自らの光属性魔法を増幅して見せていた。バウム顧問の計測記録でも、あの光は通常の光属性魔法と差異がないと確認されている」
「嘘だ。メリアは——」
「嘘ではない。これは宮廷魔法庁の正式な調査結果だ」
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アルフレートが報告書を机に戻した。
手が——震えていた。
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「弟よ」
シュテファンが静かに言った。
「お前の目は——何を見ていたのだ」
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アルフレートは何も言えなかった。
メリアの光を——聖女の光だと信じていた。あの淡い白い光が、本物の聖女の力だと。
それを疑ったことは——一度もなかった。
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(メリアが聖女でないなら——俺は、何のためにエリナを)
婚約破棄。あの秋の夜の舞踏会。「お前との婚約を破棄する」と言った。
メリアが聖女だから。聖女を支えることが、王族としての務めだから。
その聖女が——偽物だった。
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アルフレートの顔が、蒼白に変わった。
「兄上——」
「何だ」
「俺は——」
言葉が続かない。何を言えばいい。どの言葉を使えば、この状況を——。
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シュテファンが立ち上がった。
「処分については、御前会議で決定する。お前自身も——出席する義務がある」
アルフレートが俯いた。
「……はい」
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シュテファンは一瞬だけ、弟の背中を見た。
(この男は——本当に知らなかったのだ。メリアが偽物であることを)
愚かだ。だが——それは、純粋に信じていたということでもある。
救えない種類の純粋さだった。
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アルフレートが退出した後、シュテファンは窓際に立った。
夕暮れの王都が見える。塔の向こうに、秋の雲が赤く染まっている。
(エリナ・フォン・ヴァルトシュタイン)
あの日、庭園で会った令嬢。「辺境に参ります」と——負けた人間の目ではない目で言った女。
あの女が辺境で花を咲かせている間に——弟は、偽物の影を追い続けていた。
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シュテファンが、小さく息をついた。
「——面白くない結末だ」
独り言は、誰にも聞かれなかった。




